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第12話 狙われるニーシャ

 朝起きて、ジェラルド様と食事をして、従者三人のいずれかと一日を過ごす。

 夕食をジェラルド様と食べて、就寝。

 この穏やかで幸せなサイクルがおよそ三ヶ月間続いた。


 私の体から毒が抜ける気配はない。でも、以前よりはずっと毒を抑えられるようになってきた。

 今ではもう、物を触ってもほとんど腐食させることはない。

 ジェラルド様と握手しても大丈夫だろう。

 このままいけば、“普通”に限りなく近くなれるかもしれない。そんな気がしてた。


 ある日の夜、私は宮廷内のテラスを歩いていた。

 中庭に面した地点に差し掛かる。

 月明かりでぼんやりと映る芝生や木もなかなか風情がある。


 だが、その時だった。


 ガサガサと音がする。

 最初は庭師の人かなと思った。だけどこんな夜更けに作業してるわけがない。

 庭の茂みから、三つの影が飛び出してきた。


「……!?」


 黒装束に身を包んだ男たちだった。

 正確には男かは分からないけど、全員私より背が大きいし、多分男だと思う。

 手にはナイフのような刃物が握られている。


「なに、あなたたちは!?」


 男たちは問いに答えず、私に向かってきた。

 多分、捕えようとかそういうのじゃない。殺すつもりだ。


 だけど、私だって戦える。

 体内の毒素をガスとして放出して、彼らをダウンさせてやる。

 ガスが三人を包み込む。私の勝ちだ。

 なのに――


「効かない……!?」


 彼らは怯まない。

 どうしてガスが効かないの。

 目を凝らすと、彼らは顔面に黒いマスクを被っている。

 私がムゾンの屋敷にいた頃、みんなが被っていたマスクと一緒だ。

 殺される――と思った。


「ぐあっ!」


 悲鳴が響いた。

 黒装束の一人が傷を負っている。

 刃物で斬られたらしい。

 振り返ると、そこにはジェラルド様がいた。水色の寝間着姿で、右手に剣を持っている。


「ニーシャ、大丈夫か」


「は、はい……」


「私の後ろに」


 私はジェラルド様の後ろに下がった。

 本来、私は身を挺してこの人を守らなきゃいけないのに。

 だけど嬉しかった。ジェラルド様が私を守ってくれることが。

 剣を構えるジェラルド様はまるで物語の中に出てくる騎士のように凛々しく、美しかった。


「ちっ、退くぞ!」


 結末はあっけなかった。

 暗殺者たちはジェラルド様と剣を交えることなく、退散していった。

 ほっとして私は腰が抜けてしまう。


「ニーシャ!」


 ジェラルド様が私に触らないように、私は手で制する。心の動揺から毒を制御できておらず、体から毒素が出てしまっている。


「大丈夫です」


「腰が抜けてるじゃないか。寝室まで運ぼう」


 ジェラルド様は私を抱え上げてくれた。若干腕に毒が回ったはずなのに気にする素振りすらない。


「重たいでしょう……」


「いいや、軽い」


「え……」


「さ、行こう」


 ジェラルド様の顔に一瞬だけ怒りが滲んでいた。

 理由はなんとなく分かった。私の体が軽いことに、満足な発育ができていないことに、怒ってくれたのだ。

 私は寝室に運ばれ、そのままベッドに寝かされた。

 ベッドのそばにある椅子にジェラルド様が座る。


「夜の散歩に出かけていてよかった。さっきの者たちは……明らかに君を狙っていたな」


「はい……」


 間違いなかった。

 彼らはマスクをして、私の毒に対応していたし、私狙いだった。


「黒幕は……奴しかいないだろうな」


 推理するのもバカらしくなるぐらい、明らかだった。

 私の一応の父、ムゾンに決まっている。


「なぜ今更、奴が君を狙うのか……。口封じか?」


 私は首を振った。

 ムゾンが私を狙う理由はすぐに分かった。


「あの人は私が生きていても、脅威にならないことぐらいは分かっているでしょう。多分……気に入らないんだと思います」


「気に入らない?」


「私はあいつを楽しませるために育てられ、最終的には捨て駒としてあなたを殺す役目を命じられました。その私が今ものうのうと生きている。それが気に食わない。ただそれだけなんだと思います。“私が生きていると不都合だから”とかそんな気持ちは一切ない。ムゾンはそういう人間です」


「……」


 ジェラルド様にあんなあからさまな暗殺者を送り込んだら、成功したとしても騒ぎになる。だけど私を殺すだけなら、大した騒ぎになることもなく事は終わる。

 『自分の元から離れた飼い犬がムカつく。処分しよう』ぐらいの気持ちで、暗殺者を送り込んだに違いない。


「つまり、今後もムゾンは君を狙うかもしれないということか」


「そう……ですね」


 あの暗殺者たちも仮に捕まったところで自白しないぐらいの訓練は受けているだろうし、また送られてきてもおかしくはない。


「よし、君の警護にあの三人をつけよう」


「あの三人ってまさか……」


「三馬鹿だ」


 ジェラルド様がニヤリとする。こういう表情をするのは初めてかも。


「ええっ!?」


 メディックさん、ケイティ、クロウの三馬鹿……じゃなかった、三人組。

 彼らなら私の警護を引き受けてくれると思うけど――


「ダメです! あの三人にそんな危ないことをさせたくないです!」


「心配いらない。あの三人なら必ず君を守り抜いてくれる」


 ジェラルド様があまりに自信たっぷりなので、私は拒否することができなかった。

 しかし、あの三人が暗殺者と戦えるとは思えない。

 もしあの三人と一緒にいる時に暗殺者が現れたら、私はすぐに暗殺者の牙にかかろう。そう決心を固めた。



***



 襲撃から二日間、私はなるべく自室を出ないようにした。

 暗殺者に狙われないためだ。

 だけど、三日後の夜、ケイティが「少しは外に出ないと毒よ」とせがむので、夜に散歩に出ることになった。


 前に襲われた時のようにテラスを歩く。


「ニーシャちゃん、暗い顔してどうしたのー」


「うん……前もここ歩いてたら、襲われたから……」


「大丈夫だってー! 三日前に襲われたばかりでしょ? 仮に相手が諦めてなくても、しばらくは安心よ!」


 ケイティの言うことはもっともだと思う。

 いくらムゾンが私を処分したくても、帝国の宮廷に暗殺者を送り込むなんてそう何度もやることじゃないし、できることでもない。

 だけど、あの悪魔はそんな私の考えを軽くあしらってしまう。


 いつの間にか――いた。

 黒装束が五人。この間よりも多い。

 ムゾンは私から手を引くどころか、人員を増してきた。

 あの男がジェラルド様を恐れていない証拠でもある。


「あ……あ……」


 私は声が出ない。

 恐怖はもちろんあるけど、この五人は前の三人とは違うことに気づいたからだ。

 暗殺者の一人が言う。


「察しの通り……前の三人は処分した」


 失敗の責任を取らされたんだ。

 あの三人も、今いる五人も、所詮ムゾンの道具に過ぎない。

 役に立たなければ、処分される。私のように。


 五人同時に駆け出してきた。

 ケイティを巻き込むわけにはいかない。

 私は前に出て、進んで彼らの刃を受け入れようと決めた。


 しかし、ケイティが私よりさらに一歩前へ出る。


「ケイティ!?」


「大丈夫、あたしが守ってあげる!」


「やめて! 私のためなんかに犠牲にならないで!」


「心配いらないわ、だってあたし――」


 ケイティが暗殺者に向かって祈るようなポーズを取る。

 すると、五人のうちの一人に雷撃が炸裂した。

 被弾した暗殺者は黒焦げになって倒れる。


「え……!?」


「これぐらいは強いから!」


 ケイティがニカっと笑う。


「ククク……私の出番は残しておいて下さいよ」

「ボクもいるよー!」


 どこからともなくメディックさんとクロウも飛び出してきた。

 彼らも私を護衛していたんだ。


 クロウは相変わらず派手な格好だけど、両手にかぎ爪をつけている。

 彼のフットワークはまるでダンス。

 楽しく踊るように――目にも止まらぬ速さで、敵を切り裂く。


「ぐはっ!」

「げぐっ!」


 メディックさんも動きこそゆっくりなものの、掴みどころのない動きで暗殺者を迎え撃つ。

 手には小さな刃物を持っている。

 あれは――メスかな。お医者さんが手術に使う刃物だ。


「狙いはやはり……頸動脈にするのが効率がいいでしょうね」


 残る二人の暗殺者の間を通り過ぎたかと思うと、その二人は首から血を噴き出して倒れた。


 三人で――あっさりと五人を仕留めてしまった。


「……あなたたち、こんなに強かったんだ」


 私がつぶやくと、ジェラルド様の声がした。


「三人とも、よくやってくれた」


 すかさず、私はジェラルド様に尋ねる。


「あの、この三人は一体……?」


「この三人は……私の従者であり、“親衛隊”でもあるんだ」


「親衛隊……!」


 三人はただの従者ではなかった。

 私は驚きを隠せない。

 しかし、疑問も残る。


「私がジェラルド様を暗殺しようとした時は、なぜいなかったのですか?」


「彼らにもそれぞれ仕事があるからな。四六時中一緒ということはないさ」


 そういうものなのかな。

 でも、三人の実力を見る限り、もしあの場に三人がいたら私の命はなかったかもしれない。


「ニーシャちゃん、これからもあたしたちがあなたを守るからね!」


「う、うん」


 ケイティの言葉は頼もしかった。

 今の実力を見てしまったら、「彼らが暗殺者と戦えるとは思えない」なんて思っていた自分が恥ずかしくなる。


 しかし、ジェラルド様は言った。


「いや……私が甘かったんだ」


「え?」


「私が皇帝としてしっかりしていないから、ムゾンのような輩をここまでのさばらせた。宮廷に堂々と暗殺者を送り込ませるほどに。これ以上奴に手出しはさせない」


 ジェラルド様の眼光が怒りを帯びている。

 目の奥に炎が灯ったかのようだ。


「ニーシャ、私は奴と……ムゾンと決着をつける」


「ジェラルド様……」


 私が最も愛する人ジェラルド様と、最も憎む男ムゾン。

 二人と出会ってから、心の中に彼らがいなかったことはおそらく一日たりともない。

 その二人がついに相まみえようとしていた。

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