シェルター99
空には重くのしかかるような暗雲が立ち込め、時折遠く鳴る雷の音が耳に届く。マコトと譲治はシェルター99へ向け、来た道を引き返していた。
譲治は真っ黒な空を見上げ、あの怪物――夜獣に初めて遭遇した時のことを思い出していた。あんな化け物の根城にこれから入らなければならないのか。譲治は身が震える思いがした。
「降らなきゃいいが……」
「このあと天気は回復するみたいです」
マコトはグローブの天気予報モードをオンにして、譲治に見せた。一時間もすれば雨雲はなくなるようだ。譲治はうなずいて見せてから前方に見える大学へ向き直る。
「譲治さん、これが終わったら歌のお兄さんになるんですよね?」
重い足を無理やりに動かしながら、勤めて明るい声でマコトが言う。
「それはもういい」
「いいじゃないですか」
「いいわけないだろ」
二人は無意識に無事に帰ってからの話をしていた。これから入る場所のことを考えたくなかったのかもしれない。しかし、どちらの声も緊張の色を含んでいる。一匹ですら恐ろしい夜獣が、何匹もいるかもしれない空間に入ろうとしているのだ、緊張するのは当たり前だ。
「それになりたかっただけで、本格的に訓練してたわけじゃない」
「じゃあ、他にやりたいことはないですか?」
譲治は少し考えると、ふっと息を吐き出した。
「そうだな……ちゃんとしたこのみの墓を作ってやりたい」
「そう、ですか……」
マコトは一瞬うつむいたが、すぐに顔を上げて声を張った。
「私も手伝います! こーんなおっきいやつ作りましょう!」
「でかけりゃいいってもんじゃない」
譲治が苦笑いすると、マコトは照れたように笑った。
「俺のことより、お前は何かないのか」
「えーと……」
「やっぱり外を見て回りたいか?」
「それもありますけど……私は譲治さんと一緒にいたいです」
「俺と?」
マコトはこくりと頷く。
「それで色々な話を聞きたいです……このみちゃんの話も」
「……もう少し、整理がついたらな」
譲治は煙草を取り出し火をつけた。これが最後の一服になるかもしれないと思いながら、紫煙をくゆせた。譲治が煙草を吸い終えるころには二人は大学の正門前に到着した。
この中に、シェルター99はある。
「よし、準備はいいな?」
譲治が煙草を踏み消しながら言うと、マコトはレーザーライフルを構えてうなずく。譲治も腰からリボルバー拳銃を引き抜き、二人は廃墟となった大学の正門を通り抜けた。
コンクリートタイルが敷き詰められた道を進み、手前の校舎の角を右に曲がってマコトの地図に表示された建学記念館を目指す。公演場が併設された大きなものだった。
「これは……」
「う……」
入って数十秒でこの場所の異常さを思いしらされた。正門からは見えなかったが、何かを引きずったような血の跡がいくつも地面に残されていた。その全てが記念館へと向かっている。赤黒く固まったものもあれば、まだ乾ききっていないものもあった。
「よじゅう……ですかね」
「気を引き締めて行こう。お互いの死角を補うように進むぞ」
記念館の入り口に来ていた二人は、神経を尖らせて入口に向かった。枠だけになって動かない自動ドアを抜けて内部に侵入する。足元に散らばる砕けたガラス片を音を立てないように踏みしめ、物音を極力抑えながら先に進む。階段付近まで来ると、血の匂いがはっきりとしてきた。
「入り口はこの下だな」
「はい、地下二階の……案内板にはない階にシェルターの入り口があるみたいです」
マコトの言葉を受け譲治は階段に足をかけた。降りていくと人間の体の一部がそこかしこに転がっているのが目に付いた。
完全に骨だけになったものもあれば、まだ赤い血が滴っているものもある。マコトと譲治はそれらを直視しないようにしながらも、周囲に注意を張り巡らせた。いつ夜獣が襲い掛かってきてもおかしくはない。
階段を降り、譲治は銃を構えながら左右にすばやく体を向けた。異常がないことを確認してから踊り場で待機していたマコトを呼び、講演場へむかう。大きな木製の扉に手をかけた譲治は振り返った。マコトがうなずくと、譲治はゆっくりと扉を開けて滑り込むように中に入った。マコトも背後を警戒しながら後に続く。
講演場に入ると外の薄明かりはほとんど届いていなかった。薄闇の中ライトをつけ、二人は今まで以上に警戒しながら先へと進んだ。マコトの地図によれば講演場の舞台の裏にシェルターへと続くエレベーターがある。
「生体反応は」
「ここには私たちだけみたいです」
ずらりと並べられた聴衆用座席の脇を下りていく。もう少しで舞台だという所で、マコトは体勢を崩した。譲治は振り向いて受け止める。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい、何かを踏んづけたみた――」
マコトの足元には人間の上半身があった。片腕と胸から下がなかった。何かに引き裂かれたような傷だ。マコトが悲鳴を上げて足をどかすと小刻みに痙攣し始めた。まだ完全は死んでいないようだ。
「ひ、ひど……い……」
「しっかりしろ」
マコトは譲治の腕の中で荒くなった呼吸を整えた。
「大丈夫か」
「はい、だいじょ――譲治さん!」
マコトは手の甲のモニターを譲治に突き出した。大まかなホールの地図に、赤い点がみっつ。いつの間にか、自分達の他に生体反応がひとつ増えている。
(――っ!)
譲治は上方から視線を感じてとっさに二階席にライトを向けた。赤黒い肌の人間が――夜獣が、一瞬光に照らされた。譲治はすかさず引き金を引くが、夜獣は素早い身のこなしで躱し、聞き覚えのある激しい足音と何かを破壊するような音を立て、姿を消した。講演場の二階席の扉を壊して出て行ったようだ。
二人は背中合わせになり、周囲に視線を巡らす。譲治は弾を込め直し、マコトはライフルの銃身をきつく握りしめた。数分間そのままの姿勢でいたが夜獣は戻ってはこなかった。
「どうして襲ってこないんでしょう」
警戒の目を残したまま、マコトは口を開いた。
「わからん……」
譲治は周囲に目を配りつつ、マコトの手の甲のモニターを覗き込んだ。赤い点は、二つに戻っている。
「シェルター99はこの先でいいんだな」
「はい、そうです……どうしますか?」
マコトの言葉に譲治は顎ひげを撫でて考えた。ここが夜獣の巣窟だという可能性は高そうだ。そうでなくても危険ななにかが潜んでいることは確実だ。引き返すのが賢明だろう。
だが、ここ以外のシェルターに基盤がある保証はない。どこかのシェルターにはあるだろうが、そこにたどり着くまでに死ぬ可能性は十分にあり、それに加えて残された時間も多くはない。それに夜獣は自分たちになぜか危害を加えようとしない。
「よし、ならあいつが戻ってくる前に行って、基盤を取って来よう」
譲治はシェルターに入ることを決断し、マコトは表情を引き締めて頷いた。




