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馬車の乗り心地

 気づくと、毛布にくるまって横になっていた。どうやら、食事の後そのまま寝てしまったみたいだ。眠りに落ちた場所、焚き火の前から動いていなかった。毛布は誰かがかけてくれたのだろう。

 毛布と火のそばのおかげで、それほど寒くはなかったが、体が少しばかり痛い。姿勢が悪かったのか、それとも戦いで筋肉痛にでもなったか。こういった場合、回復系の魔法は効くのだろうか?

 とりあえず、いったん体をほぐそうと思い、ゆっくりと起き上がる。

「お、目が覚めたか」

 火の番をしていたのだろう。護衛のタイタスさんが声をかけてくる。

「おはようございます」

「おう、昨日はいきなり寝ちまったな。疲れていたのか?」

「そうみたいです。この毛布は?」

「アルヴァの旦那が持ってきてくれてたぞ」

 後で、お礼を言っておこう。

 周りを見ると誰もいない。他の人達は、馬車や簡易テントで寝ているようだ。

「そこまで寒くなかったんでな、下手に運んで起こしちまうよりは、そのままこの場で寝かしといた方が良いかって話になってな」

「すいません。気を使わせてしまったようで」

「かまわねえよ」

 ニカッと笑って答えてくる。斧使いでLv25、がっしりとした体つきの、気のいい兄貴って感じのタイタスさん。

「後30分もすれば、みんな起きだすが、どうする?もう一度寝るか?」

「いや、体が固くなっているので少しほぐします」

 返事をして、立ち上がる。

「とりあえず、結界からは出るなよ。朝っぱらから、魔物や獣に見つかると面倒だからな」

 歩き出そうとした俺は注意される。

「はい、結界内を一周してきます」


 馬車の旅は、快適とは程遠い。

 草原の道はデコボコだらけで、もちろん馬車にサスペンションのような衝撃吸収機構はない。とにかく揺れる揺れる。お尻は痛いし気持ち悪い。アスファルトの道や車に慣れた現代人には、到底耐え難い苦行だった。

 唯一の救いは、適度に休憩が入ることだ。馬が疲れすぎないよう、1時間半走ると30分休憩が入るので、その間に体調を少しでも立て直す。休憩の間に、昨日拾った劣化したタオルと服で、即席の座布団もどきを作ってみたが、気休めにしかならなそうだ。

 荷台の後方に座り、酔わないよう遠くの景色を眺める。今は、隣にいるのはアリシアさんだけで、他の家族は前方で団欒中。馬車に不慣れな自分を、アリシアさんは心配してくれているようだ。

 最初は、口を開けると舌をかみそうになり、しゃべることもできなかったが、多少慣れてきたので話かける。

「馬車がこんなに大変だとは思ってませんでした」

「1度も乗った事ないんですか?」

「はい」

「慣れるまでは大変みたいですよ。頑張ってくださいね」

 彼女はさすがに余裕そうだ。

「アリシアさんは、どのくらいで慣れました?」

「うーん、記憶がないですね。小さなころから乗っていましたし。記憶があるころには、もう平気でしたから」

「そっか。だから『大変みたい』と他人事だったんですね」

 彼女は笑っていた。

「ところで、さっき作っていた、それはどうしたんですか?」

 即席座布団を見ながら、アリシアさんが聞いてくる。

「崖下に馬車が転落していて、そこにありました。劣化していて使えそうにないので、焚き火の着火に使おうと思って、拾っておいたんです。そういえば、そういった持ち主のいなさそうな物でも、勝手に取るのは駄目でしたか?」

 拾得物とかは、どんな扱いになるのだろうか、気になって聞いてみる。

「崖下に落ちていたんですよね?」

「はい」

「それなら大丈夫です。見つけた方の物になりますから」

 アリシアさんの説明が続く。

「街の外の場合は拾った人の物、街の中なら詰所に届けるのが一般的です」

「街の中と外で違うんですか?」

「街の外の場合、持ち主の特定が難しいというのがあります。後は、もしわかっても、返さなければいけないなら、自分の荷物を増やしてまで持ち帰りませんから」

「まぁ、街の外では魔物とかもいるから、身軽に動きたいですしね」

「はい。それで放置するなら、拾った人が有効に使った方がいいだろうといった感じに」

 ここら辺は、平和な日本と違ってシビアな考え方なようだ。

「ただ、持ち主がわかる場合は、詰所や家族に伝えてあげるのも一般的です。行方不明扱いになっていることが多いですから」

「こんな物でも、わかったりしますか?」

 鞘付のナイフを【格納庫】から出して渡す。

「これは、一般的な物なので無理ですね。家紋入りとかであれば別だったんですが」

 ナイフを返してきながら話を続ける。

「基本的には、身分を示すカード等がよく使われます。わかりやすいうえ、小さくてかさばらないですから」

 彼女が首からかけている紐を引っ張り、胸元からカードを出してみせる。自分が持っているカードと同じだ。

「冒険者登録する方は皆持っていますが、身分証明になるので、一般の市民も結構持っていますよ」

「これですね。自分も身に着けていた方が良いですかね?」

【格納庫】から取り出し見せる。

「持っていたんですね。身に着けた方がいいですよ。ちょっと貸してもらえますか?」

 彼女が手を出してくるので渡す。

 アリシアさんは、腰のポーチに手を入れると、革紐を1本取り出した。揺れる馬車の中で、カードの穴に器用に紐を通し結ぶ。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 受け取ろうとしたその時、馬車がガタンと大きく揺れる。こちらに身を乗り出していたアリシアさんが、バランスを崩して倒れてくる。

 とっさに手を伸ばして支えようとするが、こちらも揺れで体勢が悪い。踏ん張りきれず、胸に抱きとめる形で、床に転がるのだけは回避した。回避はしたのだが…突然のことに、2人ともしばらくそのまま硬直していた。

 抱きしめながら、なんかいい匂いがするなぁとか、でも子供に何考えてるんだとか、いや自分も今は同じくらいだっけとか、ぐるぐる思考が駆け巡る。

 一方のアリシアさんも、固まったまま身じろぎもしない。

 どのくらい経ったろうか。多分2、3分もしないだろう。ガタッと馬車が軽く揺れ、お互いビクッと反応。ゆっくりと体を離していった。

「あっ、その、ごめん。大丈夫?」

「…はい」

 消え入りそうな、小さな声。俯いて顔は良く見えないが、耳は真っ赤だ。こちらも、そんなに余裕はない。気まずい時間がしばらく続いた。


「カードでしたっけ?見当たらなかったと思いますよ」

 沈黙に耐え兼ねて、唐突にさっきの会話に戻すことにした。

「カッ、カード!?」

 カードという単語に、反応している。こちらは、気付いてないふりをしながら続ける。

「はい。馬車の残骸を見つけた時、それなりに確認はしましたけど、そういった物は、見つからなかったですね」

「崖下の馬車の話ですね」

 なんとか、彼女も持ち直したようだ。

 一応色々思い出してみるが無かったと思う。拾った服にしても、これといった特徴はない。特徴と言えば《黒蜜》は特徴あるが、未使用状態だったみたいだし、商品だった可能性が高いだろう。そもそも【鑑定】スキルで判別できない様な物では、一般的に知られていないだろうから、この線でも持ち主はわからないだろう。

「そういえば、街中の拾得物は届けるのでしたっけ?」

「はい。街の中の場合は、落とし主が探していることが多いですから、詰所へ届けます。場合によっては、盗んだと勘違いされることもありますから、トラブルを避けるために、早めに届けた方がいいですよ」

「覚えておきます。今の話って、どの国でも共通ですよね?」

 本の知識はあるけど、念のため今の国名等を確認したいので、話題を変えてみる。

「同じですよ。今いるエクランド王国も他の国も」

「エクランド王国は大陸東を総べる国ですよね?」

「はい。そういえば、あまり世情に詳しくないと言ってましたよね」

「はい。少し教えてもらえると助かります」

「いいですよ。まずは…」

 アリシアさんの話をまとめると、次のような感じだ。

 大陸中心部から東にかけてあるのは、エクランド王国。人族の割合が7割程度。人族の治める国の中では、自由度が最も高く暮らしやすい。大陸の25%を領地とし、魔物の森と接している面積が最も多い。

 そして西側にはあるのが、ウェブスター王国。人族の割合が9割と最も高く、宗教色が他国よりも強め。大陸の20%を国土としている。

 そして、先の2国の北側には、ノーブル帝国。気候が厳しく、他の国より生活が大変。その為か、色々と規律等が厳しい。人族と寒さに強い獣人族が住み、面積は大陸の15%ほどと他国より小さめ。

 最後に、南にあるのがサヴァレ連合。獣人族が多く、部族ごとに小国家を築いている。連合とはいっても、特に同盟などを結んでいるわけではないそうだ。北側の3国とは、魔物の森に隔てられて領地が接していない。主に海路で交易している。国土は大陸の20%。

 国名や面積比などの大部分が、自分の知っている内容と一致していた。ちなみに魔物の森とは、大陸を西から東へ一直線に横切り、北と南に分断している森林地帯で、その名の通り魔物が多い。面積的には北側6、森2、南側2ぐらいだ。

 さて、国についての基礎知識がある程度聞けたので、次は気になっていた宗教関係でも確認しようかと思う。転送時にあった青い鳥居、ハーブティーの時にあがったエアルス教、それから宗教色の強いウェブスター王国なんて話もあったし。そっち方面の本は、読んでないので知識がない。

 話を切り出そうとしたその瞬間、常時展開させている【索敵】内に魔物が出現。急いで、近くを馬で走るトレヴァーさんに報告する。

「左前方100メートル、北西方面に魔物2体です」

「おう、どうやら茂みに隠れているようだな」

 急いで前方へ向かい、戦闘態勢に移行する護衛3人。逆に、馬車は停止する。前回のウルフのように囲まれる心配もないので、堅実に魔物を叩くようだ。

 陣形を整え、ティルダさんの魔法が飛ぶ。

「【水玉ウォーターボール】」

 弱めの魔法で牽制、潜んでいた魔物が飛び出す。ストレイドッグ、野犬だ。攻撃、素早さ、体力全ての面でウルフに劣る。2匹だけなら手伝う必要もないので、【索敵】で周辺警戒だけを行う。

【水玉】で方角を限定されたストレイドッグは、剣を構えるタイタスさんの方へ追い込まれる。一撃の強い斧ではなく、小回りの利く剣に変えたようだ。両脇から攻めようとする魔物に対し、素早く左へ移動し2匹を右側面にまとめる。1匹目を振り下ろしで切り捨て、そのままおろした剣先を切り上げるようにして、2匹目を弾き飛ばす。斧使いだけに腕力がある。軽々と剣を振るって、2匹とも一撃で倒してしまった。

「少し早めだが、ここで休憩にしよう」

 アルヴァさんが、馬車を止めたついでといった感じで言う。予定より早めに休憩する事になった。

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