色々な目標
2016.2.13
レイアウト修正
〈ブランドン大陸〉では、一般の平民に昼食という概念はない。ただし、街の外で活動する場合はその範疇ではない。体力低下が、命の危機に直結するためだ。
とはいえ、朝食や夕食などと比べると、軽食といった感じではある。固いクッキー数枚に、お茶といったところだ。3食当たり前の生活に慣れた俺には、物足りない量であるが、郷に入っては郷に従え。慣れていくしかないだろう。王侯貴族ともなれば、昼食やティータイムなどあるらしいが。貴族になる気はないが、お金に余裕のある生活ができたら考えよう。それまでに、2食生活に慣れてしまうかもしれないけど。
この時間帯の休憩は1時間と、通常の30分より長くなっている。今は皆、特にやることが無いようで、思い思いに会話をしている。俺は、タイタスさん、ティルダさんと雑談中だ。
「合流する少し前に、森の中で青い鳥居を見つけたのですが、あれは何かの宗教施設ですか?」
「鳥居ってなんだ?」
2人とも鳥居という言葉を、知らないらしい。
「こんな感じのですね」
地面に、4本の線を描く。
「〈開いた門〉の事だな。言われてみれば、神官たちが〈鳥居〉と言っていたような記憶もあるな」
横からトレヴァーさんが加わる。
「〈開いた門〉ですか?」
聞いたことのない言葉だ。
「それは、各宗教のシンボルマークの事ね。ブレド教の〈双剣〉、ナチュラ教の〈大樹〉、ウィルド教の〈三本爪〉、そしてエアルス教の〈開いた門〉」
「そんなのに興味あるのか?」
ティルダさんの説明に、タイタスさんの怪訝な声。
「興味というほどではないですが、随分立派な物だったので。ついでだから色々知ってもいいかなと」
「確かに、あの青い門は綺麗よね」
「何の物質だかわからんし」
「神秘ともいえるな、宗教だけに」
三者三様の返答が返ってくる。
「私達も、そんなに詳しくないから簡単になるけど」
ティルダさんが、一度言葉を区切る。
「ブレド教は主に、人族の信仰が篤く、ウェブスター王国の国教でもあるわ。シンボルマークの〈双剣〉は、その名の通り2振りの剣。己の力で進む道を切り開く、という意味があるわ」
「ナチュラ教は、自然に接し生活する森の民族やエルフ、自然の厳しい北国ノーブル帝国に信者が多いな。マークは〈大樹〉、自然に寄り添うといったところだな」
トレヴァーさんも教えてくれる。
ナチュラ教で気づいたが、自然、ナチュラルが語源だろう。ブレドはブレード、刀身あたりだろうか、剣だけに。それにしても語源が地球基準なのは、どうなのだろう。言語の意訳変換の仕組みだろうか。
「ウィルド教の信奉者は、獣人族が大半ね。〈三本爪〉は力の象徴。力強きものに従う。シンプルな教えね」
ウィルド、ウィル、will…いやwildワイルド、野生か。いかにも獣人っぽいな。
「そして、最後がエアルス教だな。一風変わっていて、信者という概念があまり無いな。他の宗教を信じていても一向に構わない。誰でもどうぞ、ご自由にといった感じだな。マークの〈開いた門〉は、万人に開かれているだろうか?詳しく聞いたことはないな」
エアルス、エアー、空気?自由な感じと言っていたが、気ままな風か?なんか違うような気がするが。
宗教に疎かったのだろう。今まで黙っていた、タイタスさんが口をはさむ。
「エアルス教って、あれだろ。数年ごとに生まれる、青髪の神官が神秘を使うとか言われてる」
「神秘ですか?」
「未知なる知識を用い恩恵を与える。要するに便利な物を考え作るってところだな」
「どんな物がありますか?」
気になるので聞いてみる。
「高級品だった紙を、安価に生産できるようになったのと、ちり紙が開発されたな」
「石鹸もそうね」
「発酵食品もあったな」
「ハーブティーも」
アリシアさんも加わる。
花粉症の俺にとってちり紙はうれしい、ってこっちに花粉症があるのだろうか。それにしても、生み出された物が気になる。
転送された時に服を見て、中世の西洋風なんて感じていたが、その時代は現代の地球人にはあまり快適ではない。そして、生み出された商品は、便利、清潔、食の楽しみなど、いかにも地球人が追加したい要素だ。
地球人…その言葉が呼び水となり、バラバラで無意味だった断片が、まるでパズルのピースを組み上げるように合わさり、1つの絵へと変化する。
エアルス、earthアース、地球だ。青髪の神官は、《神のダイス》で来た転生者。地球の知識を使用しているのだろう。自分が、エアルス教の敷地内に転送されたのも関係ありそうだ。エアルス教の神殿?社?とにかくそこへ行って神官に会えば、何かが分かる。
「エアルス教は、エクレストン街にはありますか?」
「いや、あそこには無いな。この辺だと、王都まで行かないと無い」
当面の目的地は、王都になりそうだ。とはいっても、焦っていく必要はないだろう。ウィッシュ様に『帰る事よりブランドン大陸で生きる事を大切にして』と言われているし。
休憩も終わり、今は御者台にいる。荷台の後ろから、こちらに場所が変更したのには理由がある。
先ほど【索敵】で魔物を発見したが、通常、進行方向から魔物が出現する可能性が高い。早期に対処するには、前方にいる護衛に連絡するのはもちろん、馬車の対応も御者台に居れば早い。
そんな感じで、御者台に座りながら、「魔物です」「獣います」と、時々注意を呼び掛けていた。基本的には、街道沿いに魔物が出るのはまれで、最初に出会ったウルフの群れ等は例外中の例外。今も索敵範囲に現れてはいるが、距離が離れていて戦闘になることもなく、順調に進んでいた。
あと少しで本日の夜営地というところで、獣の反応が現れた。今すぐ接触することはなさそうだが、あとで夜営地に近づいて来られても面倒。簡易結界はあるといえ、危険はできるだけ排除しようとなり、トレヴァーさんとティルダさんと3人で様子を見に行くことに。タイタスさんとアルヴァさんは夜営の準備と警戒に残る。
足音に気を付け、【索敵】を頼りに進んでいくと、小さな崖の下に鹿を発見。
「脅威にはならんな」
とトレヴァーさん。
「なら、このまま帰りま…」
「【氷矢】」
「!」
俺が確認をしている最中に、ティルダさんの魔法に首を貫かれ、鹿は絶命していた。
「「…」」
あまりの即決に固まる2人の横で、ティルダさんがうれしそうな顔で崖を下りていく。
「ま、まぁ、妥当な判断ではあるが…」
「そ、そうですね…」
2人で、ティルダさんの後を追うのだった。
夜営地では、鹿の解体が進んでいく。この世界で生きていくには必要な事である、とはわかっているのだが…少し手伝っただけで、血生臭い匂いに当てられ作業から外れる事になった。
血のべったり付いた手を、とりあえず夜営地の横にある川で洗おうと向かう。
「ケンヤさん」
アリシアさんに呼び止められる。
「大丈夫ですか?」
多分、血の気の引いた白い顔でもしているのだろう。心配そうに見てくる。
「いや、情けないけど、こういった作業はしたことなくて」
「そうですか。ちょっとそのままでいてくださいね。【清潔】」
俺の体全体が、光魔法に包まれる。光は、手に付いた血だけでなく、体全体、衣服に至るまですべてを浄化した。光が収まると、風呂上がりのようなさっぱりとした気分になる。
「ありがとう」
「いえ。初めてで、あの大きさの獲物だと、きついかもしれませんね」
「そういってもらえると助かります。馬車ではないけど、これもそのうち慣れるしかないのでしょうね」
「小さい物の方が、楽だと思います」
と、アドバイスをもらう。
「少し、風にあたってきます」
「1人で大丈夫ですか?」
「はい。【索敵】もありますから、襲われることもないでしょうし」
さすがに、付き添ってもらうわけにはいかない。
「気を付けてくださいね」
「えぇ、ありがとうございます」
そのまま、川原まで向かった。
魔法の効き目もあったのだろうか。川原についてそれほど経たないうちに、気分の方は良くなっていた。しかし、今戻ればまだ作業中。もう少し時間を空けたほうが良いだろうと思い、《黒蜜》の操作練習をすることにした。
イメージを思い浮かべ変形させる。
『薄い膜、手で曲がらない程度の固さの場合、どのくらいまで可能?』
『大体1メートル四方です』
出来上がったのは、薄さ1ミリで、1辺1メートルの正方形の鉄板。密度が高いのだろう、1ミリとは思えないほど固い。
『結構固いね。その固さを維持したまま形を変更するから』
念話をしながら、おおよそ1.5×0.7の長方形へと変形させていく。
『さて、ここからが本番。長辺と平行に、短い切れ込みを入れて…』
少し細かい作業だが、やっていることは単純。イメージを送り込んでいく。
『最後に、長辺の両端を引く』
出来上がったのは、七夕飾りの天の川。ただし、広げた形は川でなく正方形だが。1.5メートル四方の大きな網が出来上がった。
『想定された武器や防具の形状とは、著しく違いますが。ケンヤ様は面白い発想をされるのですね』
黒蜜から思念が届く。
『そうだね。攻撃というよりは、捕縛や妨害に使えると思う』
『はい』
『素早く作れるよう、何回か繰り返すから』
しばらく、反復練習を繰り返す。最終的には、板から加工するのでなく、直接網目状に形状変更させることができるようになった。
『とりあえず《網》とでもしておこう』
『はい』
実際使ってみると、複雑な形状のためか鞭の時みたいに、滑らかに扱うことができず、直線的に折り曲げたりするのが限界だった。慣れればできるのか、それとも無理なのかはわからないが、練習がてら川原で魚を採って【格納庫】にしまうのだった。
肉の焼ける、香ばしいにおいが辺りに漂う。鹿肉はとてもおいしかった、塩を振っただけだというのに。こちらの世界に来て、初めて新鮮な食材を口にしたというのも、要因の一つだろう。とりあえず、魚の出番はないなと、そのまま【格納庫】に入れておくことにした。何せ、時間が止まっているので、腐る心配がないのだ。
「もう、すっかり大丈夫なようだな」
「すいません。みっともない所をお見せしました」
「得手不得手は、誰にでもあるもんだ」
アルヴァさんが笑っている。
「そうそう、ケンヤがいなければ鹿は見つけられなかったわけだし」
とは、タイタスさん。
「まぁ、捕まえられたのは、ティルダさんの躊躇ない一撃があってですけど」
「あの早さには参ったなぁ」
と、トレヴァーさんと一緒に笑った。
「?」
会話は聞こえなかったようだが、雰囲気で気づいたのだろうか。ティルダさんが、不思議そうな顔でこちらを見ていた…鹿肉を食べながら。




