出会い
ゴブリン狩りを終わらせ街に戻る。
約束もあったし、鍛錬もしたかったので、けっこう頑張った。魔石60個、このくらいあれば、悪くないだろう。いつもなら【索敵】は、敵を見つけるために使う。しかし今日は、敵に囲まれるのを防ぐために使っていた。それほど、異常に増えていて、原因究明どころじゃなかった。
「今、お帰りですか、ケンヤ殿」
「はい。ゴブリン退治から帰ってきました」
南門を入ると、ガルトさんに会う。盗賊捕縛以来、気さくに声をかけてくれる、門の警備兵だ。
「ガルトさんは、仕事じゃなさそうですね」
いつもと、感じの違う軽装だった。
「今日は、早番だったので、もうあがりです」
「それは、お疲れ様です」
ギルドに向かう俺と、方角が同じようなので、2人で話しながら歩く。最近の街の事件や、ゴブリンの話題が話の中心になる。
「ルナ、何座り込んでるんだ」
「帰りが遅くなるだろ、さっさと歩けよ」
『瑠奈?』
あまり感じが良くない会話の中に、知り合いの名前が混じって聞こえた。正確には、この世界の知り合いではないのだが。
(ゲシッ)
何かを蹴るような音が聞こえた。
あわてて、周囲を見渡す。声が少し遠く、場所がどこだかわからない。
「どうしたんですか」
きょろきょろと、急に辺りを確認する俺に、ガルトさんが戸惑っている。
「何か、嫌な会話が聞こえて…」
返事をしている最中、しゃがんだ人を蹴っている、2人組の男を見つける。路地を少し入ったところで、あまり目立たない場所だ。
「【移動】」
ガルトさんとの話を中断し、思わず魔法を唱える。
(ガツッ)
移動した直後、男の蹴り足を、自分の足で止める。
「なっ、なんだ!?」
「き、貴様どこから出てきた!」
急に現れた俺に、男達が驚いて後ろに下がる。小汚い恰好で身形も良くない。よくわからないが、あまり強くもなさそうだ。
男達は放っておいて、蹴られてしゃがみこんでいる人の確認をする。
黒くて長い尻尾が生えている。顔はフードで見えない。動く気配がなく、気絶しているのだろうか。迷ったが、思い切ってフードを外し、顔を確認した。
フードの下から出てきたのは、予感通りで瑠奈さんに似ていた。ただし少し幼いうえ、猫のような耳がついていたが。
熱がある様で、顔が赤く呼吸も荒い。苦しそうで、意識もはっきりしていない。
「無視してんじゃねぇよ」
「勝手に何してやがる」
口調の割には、手を出してこない。2人を見ると、腰が引けている。思った以上に弱そうだった。【移動】で急に現れたのが、良い演出になったか。
ガルトさんがこちらに気がついて、背後から近づいてくるのが分かる。まだこちらに余裕があるので、後ろ手で待つように合図する。
「あんたらこそ、この子に何していた。路地裏に連れ込んで、蹴っ飛ばしていたように見えたが」
名前を知っていたようだから、3人は知り合いの様であるが、良好なお仲間って感じはしない。
「う、うるせーな。そいつは俺らの下っ端なんだよ。どうしようがお前にゃ関係ねぇだろ」
「そうだ。そいつは座長に金貨3枚もの借金があるんだ。金の無い奴にゃ関係ねえ。引っ込んでろ」
金貨3枚、3万Gか。そのくらいなら問題ない。もう少し話を引き出してみるか。
「借金返せばどうなるんだ?」
「金と借用書を交換して、そのまま自由の身だ。返せればな」
借用書があるのか。当たり前だけど、面倒くさいな。座長とかいうのに会わなければだめか。
「とりあえず、その座長っていう人のところまで案内してもらえるか」
「なんで、そんな事する必要がある」
「借金払ってやるからさ。ついでに、意識を失っているこの子も連れてってやる。どうせ、あんたら運ぶ気ないだろ」
「あたりまえだ」
「早く帰りたいってさっき言ってたな。この状態じゃ当分帰れないぞ」
男2人が相談を始める。こちらも、壁際に潜んでいたガルトに小声で話しかける。
「借金の契約書って、魔法的な拘束とかあるんですか」
「そういった話は聞きませんね」
「普通にお金を返せば終わりですか」
「はい。けど、お金はあるんですか?」
「金貨3枚なら持ち合わせています」
「そうですか。暴行となれば、詰所に連れて行く事もできますが?」
「そこの2人を捕まえたとして、この子はどうなります?」
「借金があれば、借り主の所に戻りますね」
「そこの2人を見る限り、あまり好ましいとは言えませんね」
「同意はしますが」
このような扱いを受けているから、あまり休ませてもらえそうにないし、薬の類なんかはまず与えられないとみていい。
俺の言いたいことを、なんとなく理解したのだろう。ガルトさんが少し考えた後に、話しかけてくる。
「ケンヤ殿なら大丈夫だと思いますが、一応私もついていきましょう」
「良いんですか?」
「乗りかかった船ですし。それに警備兵ですから、何かあった時はこの身分が役に立ちます」
「ありがとうございます」
ガルトさんに手伝ってもらい、ルナさんを背負う。
「何、勝手にしてるんだ」
「さっさと連れてかないと、先に医者に行くけどいいのか」
正直、本当にそうしたいところだ。
「ちっ。わかったよ、ついてきな」
こちらが2人に増えた為、どうあがいても、形勢を変えられないと観念したようだ。
「それで、そちらさんがルナの借金を払ってくれると」
俺の目の前にいる男、座長と呼ばれている初老の男。先ほどの2人とは貫禄が違い、鋭い目でこちらを見ている。
「はい。金貨3枚の準備はできてます」
俺が手元に出して見せる。
「悪いけど、それじゃ足りないな」
「なぜです?借金は金貨3枚と聞いてますが」
にらみ合いの度合いが、少し強まる。
「借金の他に、これまで飼っていた分の金が必要だ」
「なるほど。それで、その費用は」
食費などの事だろうか。一理あるので聞いてみる。
「金貨3枚だ」
「それは、ぼったくりすぎですね。承服しかねます」
借金と同額とは高すぎだ。
「金額を決めるのはこちらだ」
「借用書に、その条件が書かれていると?」
「書いちゃいないが、それは他人には関係ない事だ」
「それじゃ、借用書自体が意味を成していませんね」
「納得できなきゃ帰れ」
さて、どうしたものか。この場合、ガルトさんに力を借りたとして、どうにかなるのだろうか。けど、その前にもう少し、俺自身で粘るべきだろう。
「そうですか。その場合こちらも費用を頂かないといけませんね」
「費用だと?」
「えぇ。もともと、金貨3枚と言う話でした。こちらから見れば、騙して連れてこられたことになります」
「それに費用がかかると?」
「はい。騙したことで話がまとまらなかったわけですから、ここで無駄にした分の時間は頂かないと。それから彼女の運び賃。あわせて金貨2枚ですね」
「話にならない」
「金額を決めるのはこちらですから」
「ふざけるな」
自分と同じ言い方をされて気に障ったようだ。
「ふざけてませんよ。何なら一緒にギルドに行きますか?俺の時間当たりの単価を聞きに」
ギルドまで行こうとは思わないだろう。もし行くことになっても、数時間で金貨11枚稼いだ実績がある。それで計算すれば問題ない。俺の妙な自信に、相手が少しだけ戸惑う。
「ギルドなら、嘘はつきませんよ。どうします?」
「…関係ないな。それを払う必要はない」
「そうですか。なら、そちらの2人を詰所に引き渡します」
俺の言葉に、2人がこちらを睨む。
「なんで、俺らが詰所に行かなきゃいけねぇ」
「路地裏に女の子を連れ込み、暴行を加えてた。十分じゃありませんか。あなた達の下っ端とか、そんなのは目撃者にはわかりません。詰所についてから弁明してください。どこまで通じるでしょうね。ついでに、連れて行くことを妨害したら、貴方も同罪になるかもしれませんね」
「勝手に連れて行って構わないぞ。金貨2枚の価値もない」
「「座長!」」
まぁ、予測していた答えであるが、男2人は雲行きの怪しさに青くなっている。
「本当に連れて行っても大丈夫ですか?」
「全く構わんぞ」
「借金の金額を口にしたり、俺をここまで案内したり、随分と軽薄な感じがしますが。自分らの罪を軽くするのに、あなたを売るかもしれませんよ?」
「俺を脅す気か?」
「いや、思った事を言ったまでです。あの顔見たらどうです。見放されて、裏切られたと思っている。詰所に着いたら、何を話すことやら」
座長が、ものすごい形相で睨んでくる。視線を受け流して、席を立つ。
「【移動】」
小声で唱え、2人の男のそばまで移動。首筋を掴んで、まとめて地面に押さえつける。いきなりの事に驚いているのか、それともレベル差の影響か。全く動けない2人を、そのままガルトさんに縛ってもらう。
あまりの早業に、座長も唖然としている。席に戻ると、話を再開する。
「今のでわかって頂けたと思いますが、俺を力ずくで押さえるのも無理です。最初からこうする事も出来たのですが、なるべく穏便に済ませたかったから、こうして出向いて来たたんです。協力してもらえると、うれしいのですが」
表情を取り戻し、鋭い視線を向けてくる。向こうも意地があるだろうし、落としどころをどうすべきか。
「最後に選択肢をもう1回言います。1つ目は、金貨2枚を払う。2つ目は、そこの2人を引き渡す」
そこで、一度区切る。
「3つ目、金貨4枚を受け取り、彼女を解放する」
「…金貨4枚?」
「はい。借金3枚にそちらの費用3枚。そこから、こちらの費用を2枚引く。だから4枚です」
視線がぶつかり合う。どのくらい、そうしていただろうか。相手の口元がニヤリと笑う。
「話がまとまれば、『ここで無駄にした分の時間』っていうのが、無くなるんじゃないのかい」
そこをついてくるか。ただしあの笑い方、本気で言ってるわけでもなさそうだ。決着と思って良さそうだ。
「同行者の費用を加算し忘れていましてね」
そういって、ガルトさんを呼ぶ。
「見ていて、なかなか面白かった」
そう言うと、警備兵の証を見せながら、会話の席に加わった。
話がまとまると、ガルトさんにルナさんをまかせて、俺は座長について行く。彼女の荷物を引き取るためだ。手で十分持てる量だったが、面倒なので【格納庫】にしまう。
「さっきの瞬間移動といい、空間魔法が使えるのか」
「はい」
今は大分穏やかで、先ほどまでの威圧感は無い。
「お前の力を使ったり、最初から警備兵に介入させれば、もっと早かったんじゃないのか」
「お互いがある程度納得しないと、禍根が残りますから。力押しだけでは特に」
「禍根か…」
「確認ですが、金貨1枚では不満ですか」
「いや、不満は無い。だが、そっちはどうなんだ?」
「多少の費用がかかったというのは、事実でしょうし。彼女がここで、どのくらいの働きをしていたかはわかりませんが、それをあの場で論じても、ややこしくなるだけです」
「多少の費用で金貨1枚か」
「ちょっと多かったかもしれませんね」
それでも、変に金額を下げて、こじれて長引かせるよりは良かったと思う。
「こちらは、もうルナに関わる気はない。そちらで自由にするといい」
「そうさせてもらいます」
金額的な交渉でも問題ないし、ガルトさんが警備兵として介入している。今後、この件で問題が起こることは無いだろう。
有紗さん似のアリシアさんに続き、瑠奈さんに似たルナさん。こちらは、猫人族と人種が違うが、名前が一緒で顔もそっくり。おまけに、アリシアさんの時と同じで、少し若いと共通点もある。この世界の事が書かれた本が置いてあった事も考えると、〈フォレスト〉には絶対何かがある。
手がかりにつながる可能性が高いので、今後もルナさんを近くから見守れるようにしておいた方が良いだろう。そういった意味では、アリシアさんとも、早めに合流できるよう、何か手を打った方が良いかもしれない。
ステラ達の仕事が、ある程度手に入ったばかりというのに、次から次へと課題が出て来る。せっかくの異世界ライフ。もう少しのんびり楽しみたいなと思う。
『忙しくさせている原因が、全て自分にあるような気もするけどな…』
そういえば、似ているというだけで、とっさに助けて、借金まで肩代わりしてしまった。その上、いまだに話すらできていない。
彼女の目が覚めた時、いったい何から話し始めればいいのだろう。それに、家に連れて行って、他のみんなには何て説明を?
先の事を考えるより、とりあえず目先の事を考えなければいけないようだった。




