早起き
2016.3.22
シエナの名前訂正
翌朝、目が覚めるとシエナの姿がなかった。朝食の準備の為に、もう起きているようだ。他の3人はまだ寝てる。ソニアの拘束が無くなっていたので、俺も起き上がると、一旦自分の部屋に戻る。
部屋といっても、別に何かがあるわけでもない。あの場で着替えて、他の子が起きると面倒だなと思い、とりあえず部屋に戻っただけだ。俺は見られても構わないけど、向こうは困るだろうし…困る?何かが、心に引っかかる。何か忘れているような…
よくわからないが、まだ少し寝ぼけているのだろう。そう思って着替えを済ませると、そのまま階下へ向かう。顔を洗う前に、まずは台所に顔を出し、1人先に起きて朝食の準備をしているシエナに、挨拶しよう思った。
「おはよう。シエナ」
(ゴトッ)
床を見ると、ジャガイモが落ちていた。
シエナは後ろを向いたまま、動かない。
「シエナ?」
不思議に思いながらも、近づいてジャガイモを拾う。手渡そうとして、顔をのぞくと真っ赤だった。
「もしかして、熱あるんじゃないか?」
あわてて、額に手をやる。少し熱い。
「こんな朝早くから無理して」
手を引いて、部屋に連れて行こうとすると、抵抗してこちらを引っ張る。
「シエナ?」
「こっ、これは、熱があるわけじゃないんです」
「でも、少し熱いし顔も赤いよ?」
「いや、本当に違いますから」
なんだろう。むきに否定しなくてもいいのに。熱を出すと困る様な事、何かあっただろうか。そこで、1つ思い出す。
「ギルドの件なら気にしなくてもいいよ。今日は断っておくから」
「だから、そうじゃないんです。その…本当に、何も覚えてないんですか?」
「覚える?何が?」
何かが引っ掛かる。そういえば、さっきも何か忘れていたような気がしていたっけ。
俺のそんな様子を見て、ため息を吐きながら、少しずつ落ち着きを取り戻すシエナ。
「その、私は大丈夫ですから、とりあえず顔を洗ってきたらどうですか?」
「そう?本当に無理はしてないんだね?」
「はい」
「わかった。それなら良いけど」
納得はできていないが、顔を洗いに向かう。
冷たい水で顔をすすぎ、さっぱりとする。さっきのやり取りで、目は大分覚めていたが、水の冷たさのおかげで、さらに頭がクリアになる。
意識がはっきりとしてきたところで、1つの映像が頭に浮かび、記憶がよみがえる。
人が動く気配を感じ、目が覚めた。感覚的に、起きるにはまだ少し早いような気がする。何をしているのだろう?
(ススッ…パサッ…)
聞きなれない音がする。寝惚けながらも、体を横にして、首を音のする方に向けた。
視線の先、床の上に布が落ちていた。そしてそのそばに、白く華奢な足首が見える。
『綺麗だな』
その、ほっそりとした足に惹かれるように、ゆっくりと視線を上げていく。
ふっくらとし、柔らかそうな太腿。
女性らしい、丸みを帯びた臀部。
たおやかな腰は、なめらかな弧を描きくびれている。
そして、透き通るように白く、柔らかに膨らんだ胸。
薄暗い部屋の中で、浮かび上がるように映るその幻想的な光景に、夢を見ているようだと思った。
『夢か。そうだよな、まだ起きるには早い』
そう思うと、また意識が薄れていく。
静かに目を閉じながら、最後に視線をもう少しあげると、驚いた顔のシエナと目が合った。
『そっか、シエナだったのか』
そんな風に思いながら、ゆっくりと眠りに落ちた。
あれは、30分ほど前だろうか。
シエナが赤くなるのも当然だ。思い出した俺自身も、頬が少し火照っている。
もう一度顔を洗い直して、心を落ち着かせる。他の人が起きてくる前に、謝っておこう。いや、思い出していないことにした方が、シエナも気を使わなくていいのか?
そんなことを考えながら、台所へと向かう。
「何か手伝えることある?」
俺の呼びかけに、シエナがこちらを向く。視線が合わさり、思わず逸らしてしまった。
「…」
「その…ごめん。思い出した」
その後、一言も発せないまま、お互い無言で朝食の準備を続けた。
朝食の準備が終わった段階になっても、まだ誰も起きてこなかった。やっぱり、かなり早かったようだ。なんでこんなに早くと疑問に思うが、その前にやる事がある。
「ごめんなさい。寝惚けていたとはいえ、あんなふうに見てしまって」
しっかりと頭を下げて謝る。
「いえ、私も早いから大丈夫と、油断していました」
時間が経ち少し落ち着いたのか、固さはあるものの許してもらえた。
その後、静かに話をしながら、寝るときはやはり別々の部屋にした方がいいだろうとなる。正直、あの雰囲気を知ってしまうと、ちょっとさみしい気もするけど。もともと、その予定だったし、仕方あるまい。さみしいなら、いっそ男子部屋に…あっちはうるさそうだな、なんて思ってしまった。
「ところで、なんでこんな早く起きたの?」
早く起きた理由を尋ねてみれば、ギルドへ行くのにきちっと髪を整えたかったとの事。彼女の髪は腰くらいまであるので、仕事の邪魔にならないよう結ぼうと思ったらしい。ギルドの朝は早めだし、ソールの準備もある。朝食前に、準備を終わらせておこうというわけだ。
そんなわけで、お詫びもかねて手伝う事にする。時間に余裕があったので、木箱に座らせると、まずは櫛で丁寧に髪をとかす。綺麗なストレートなので、癖がつかないように、ゆったりとした三つ編みで1つにまとめた。最後にリボンを結んで完成。このくらいなら、昔やった事があるので問題ない。
「ありがとうございます。器用なんですね」
「このくらい、お安い御用。なんなら、毎朝でもしてあげるよ」
「毎朝は悪いので、時々お願いします」
笑って言ってくる。もう、ぎこちなさは抜けて大丈夫なようだ。
髪を結んだことだし、昨日ソールから聞いた、リボンの話をしてみることにする。
「話変わるけど、服の補修に使った布、大事な物だったんじゃないのか?」
いきなりの話に、きょとんとするシエナ。
「大切なリボンだったんだろ」
服の袖を見せる。
「ソールが何か言いましたか?」
「ちょっと気になって、俺から聞いた。大事にしてたって事くらいしか聞いてないが。あんまり、俺には気を使わなくていい。それじゃなくても、他の子達に気を配って大変なんだから」
「ですが」
「年上で、今までそうしてきたのはわかる。男女同じ部屋だったし色々難しかったとも思う。でも、今はそこまで頑張らなくていいと思うぞ」
子供のころは、同年代だと男の方が子供っぽくみえるからな。頼りに出来なかったんだろう。まして、弟もいたし。
これからは男女別の部屋で、気遣いも減って少しは楽になるだろ。
「…わかりました」
「ついでに、今みたいに他の連中がいない時なら、年上だなんて体面気にする事ないから、少しくらいわがまま言っても大丈夫だぞ」
「良いんですか?」
「気を抜いて、もっと楽にしていい」
目を閉じて、何か考え込むシエナ。
「わがまま、1つ聞いてもらってもいいですか?」
こちらを見てきたシエナに、俺は頷く。
「ステラに作ってあげたように、私にも髪留め作ってください」
まだ、遠慮しているのだろうか。ささやかな、わがままだった。
「リボンの代わりなら、今度一緒に買いに行くつもりだったんだげど」
俺の言葉に、首を横に振る。
「わかった。わがままにもなってないけどな」
「はい」
それがお願いっていうなら、作ってあげればいいだけの事。本人が、嬉しそうな顔をしているのだし、かなえてあげよう。
皆を起こして、朝食を済ませる。今日はギルドと武器屋へ、2人ずつ紹介に行かなければならない。午前中は忙しいので、さっさと他の子達に指示を出しておく。
「サイラス、シム。2人は家の整理をお願い。ついでに、これも処理しといて」
昨日捕まえた、兎を【格納庫】から出す。
「ステラは午前中、〈ブラウン〉に行ってきて。場合によっては、少し手伝ってきても構わないから」
比較的安価で扱い易い調味料について、ジョージさんに教えてもらうよう伝える。ついでに、お金も渡しておく。
「セルマとソニアは、時間になったら〈素材屋〉のおばあさんのところにね。2人で行けるよね」
道路挟んで向かいだし、昨日のうちに話も終えている。問題ないだろう。
あわただしく指示を出し終えると、シエナとソールを連れてギルドに向かった。
迎えてくれたのは、ディアナさん。
簡単な自己紹介を終えると、すぐに朝一の仕事にかかる。先にそれを片付けてから、それ以外の説明に入るらしい。説明くらいは一緒に聞こうと思っていたが、終わるのを待ってからだと、次の予定に間に合わない。しょうがないので、ディアナさんに全部任せて、自分の用件を済ませることにした。
「ツインアントと戦ったのね」
いつものお姉さんが、魔石の代金を渡しながら言ってきた。
「特殊攻撃知らなくて、溶かされるところでした」
「装備溶かされ、泣く冒険者もいるわよ。お金にならないし、皆戦いたがらないわね」
「それは同感です」
装備品代って結構かかるからな。その気持ちはわかる。
「ゴブリン、今日から2割増しになったわよ」
「となると、10Gから12Gですね」
「やる気にならないでしょ」
「それ、ギルドの職員のセリフじゃないですよ」
「本当の事だし。そういうわけで、ゴブリン退治よろしく」
「俺がですか?」
「そう。その代わり、あの2人は任せてくれればいいから」
シエナとソールを指さす。
「もしかして、人質?」
「人聞きの悪い。誰のおかげで、仕事もらえたと思っているの」
「誰のおかげって…えっ?」
まさか、そんな権限持っているのだろうか。
「こう見えても、そこそこ偉いのよ」
「見えません」
思わず即答してしまう。
「言うわね」
「いや、どう見ても、まだ若く見えるし」
「もっと、失礼な。若いわよ。偉いのは実力よ、実力」
何だか、あまり信じられない。
「信じてないでしょ」
「若いだけは信じれますけど、それ以外はちょっと」
「…大事なところは抑えているので、良しとしましょう」
そこ認めてれば、後はいいのか。
「用事があるなら優先して構わないわ。できる限りでいいから」
「わかりました。その代わり2人の事よろしくお願いします」
「それは、まかせて。それから、大量発生の原因究明できたら大銀貨5枚、解決に導けば金貨1枚でるから」
それは、なかなか良い稼ぎになりそうだ。
「難しいと思うけどね」
「…やっぱり、ギルドの職員向いてないですよ」
やる気を無くさせるような事ばかり言う。
「だって、これも本当の事だし。簡単なら、こんな額にならないわよ」
「まぁ、そうですけどね。鍛錬もかねて行ってくることにします」
「焦らず、気長に取り組むようにね」
ギルドを出ながら、この中途半端な気持ちは、大量発生したゴブリン自身に責任とってもらおうと思った。
ギルドから自宅に戻ると、今度はスパイクとセスを連れて〈ドーン武具店〉へ。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
「いらっしゃい。待ってたわよ」
ドナさんが、カウンターの向こうから出て来る。
「ちょうど、来客があってね。少し待つようになるから。その間、私の方から説明させてもらうわね」
「「はい」」
「元気が良いわね」
満足そうな顔をしている。ドナさんの印象は、まずまずといったところか。
ドーンさんに挨拶して、少しくらい様子を見ようと思っていたのだが、
「親方、長引くかもしれないし。明日、どうせ受け取りに来るんでしょ。その時に今日の様子を教えてあげるわよ。だから、狩りに行っても大丈夫よ」
ドナさんにそう言われる。ギルドの時と同様に、こちらでも何もしないまま、全部人任せで出番が終わる。
『ドナさんなら、任せて問題ないし、お言葉に甘えるとしますか』
手を抜けるときくらい抜いてしまおうと開き直り、そのまま狩りに向かう事にした。




