最後の夜
遅めの夕食を終える。
警備の準備をしていると、ジョージさんが声をかけてくる
「今晩で、最後ですね」
「はい。3日目からは、特に何もなく平穏でしたね。何もないとは思いますが、今日も、気を引き締めて行います」
「お願いします。ところで、聞いたところによると、家を買われたとか」
俺が寝ている間に、ステラから聞いたのだろうか。
「はい。ステラもそうですが、まとめて全員で住むことにしました。このままだと、彼女達は路上生活になりそうだったので」
「思い切った事しましたね。確かに住むところの確保は大事ですが、それをすぐに実行できるとは驚きです」
「運に恵まれたんでしょうね。ところで、1つお話があるのですが」
「実は、私の方からもお話があります」
俺の方は、今後のステラについて、お願いしたいことがあるのだが、ジョージさんの用件は何だろうか。そちらを先に聞いた方が良いだろう。
「先にどうぞ」
「それではお先に。実はステラさんの件なのですが、内で少し働かせてみませんか?」
「こちらとしても、それは助かりますが、大丈夫ですか?」
働くことを覚えさせるために、下働きでも良いので、お願いしようと思っていた。ただ、〈ブラウン〉の負担になると困る。依頼と言う形で、最初のうちはこちらがお金を払って、様子を見ようかと思っていたのだ。
「最近お客様が増えて、休憩が取れなくなることが多くなりましてね。それに、交代で休日を取れるように、体制も組み直したいと思いますし」
「そうですか。働き口探しに悩んでいましたので、ここなら安心して、お願いできるので助かります」
「真面目な性格ですし、ここにも合っているようなので、ちょうど良いと思いまして。それで、そちらの件は?」
「自分もステラの事なので同じです。このまま話を詰めませんか?」
ジョージさんと条件について確認をする。まずは、住み込みはせず、通いで働くことにする。家があるし、当面は他の子達と一緒に生活させた方が、色々と都合が良いだろうと考えた。そして、時間もフル勤務でなく、日中を中心にして、夜は遅くならないような感じだ。体力面や慣れなどの考慮もあるが、これもやはり他の子達との生活を大事にさせるためだ。最後に、購入した家の片づけがあるので、3日間は家での作業にまわして、4日後に〈ブラウン〉で働くことにする。
大体の内容を詰めると、ステラを呼んで、ジョージさんと説明する。ここで働けることを、素直に喜んでいた。向こうから、ショーナさんが見ているのに気付き、ふとジョージさんに聞く。
「もしかして、ショーナさんに言わされていませんよね?」
「これは、店長としての判断ですので、ご心配には及びません」
また、無言の圧力とかあったわけじゃないのかと一安心する。
話も済んだところで、俺は警備の為戸締りなどを確認する。
「今日も、浮浪者1人だけか」
いつもと同じ状況から、最終日の警備も始まった。
何事もなく順調に過ぎていく時間。2時になると、動く点が1つ。しかしそれも、初日と同じ内部での移動、ショーナさんだった。
「お疲れ様です」
「また、お腹が減ったんですか?」
カウンター越しに、小声で話しかけてくるので返事をした。
「今日は違います」
ちょっとだけ、ムッとしたような声になる。今日は、眠気もなさそうだ。
こちらに近寄ってくるのを見ると、初日と同じ恰好だった。
「その恰好は駄目だって、言いませんでしたっけ」
「着替えるの面倒です。それに、ケンヤさんは会ったばかりの男の人に当てはまりません」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ」
「それじゃ、これでどうですか?」
俺の後ろに回り込んで、話しかけてくる。
「顔が見えないと、話しにくくないですか?」
「それじゃ、前にしますか?」
「…もう、そのままでいいです。からかいに来たんですか?」
埒が明かないので諦める。
「ふふっ、本気だったらどうしますか?」
「仕事中じゃなければ遠慮なく…って言いたいんですけどね。俺には相手がいるから駄目です」
「そっか、残念です」
「あまり、残念そうには聞こえませんが?」
今までのように冗談口調で、本気で言ってないのが分かる。何か別の用件があるのだろう。だから、ちょっと油断をしていた。
「居るだろうと、なんとなくわかっていましたから…」
そう言いながら、首に腕をからませ、後ろから抱きついてきた。
「居ても関係ないですしね」
後ろから押しつけてくる柔らかな感触と、鼻孔をくすぐるほのかな香り。思わぬ不意打ちに、心が抑えきれなくなりそうだ。
じっと我慢して、耐えていると、いたずらっぽく言ってくる。
「振りほどかないんですか?」
「…俺からは、何もしていません」
苦しい言い訳をする。心地よい温もりに、心が振りほどく事を拒否している。
「ずるいですね」
「男性なんて、皆そんな者です。気を付けた方が良いですよ」
そんな俺の言葉に対し、気にした様子も見せず、頬へとキスをしてきた。
その瞬間、俺は衝動を抑えきれなくなり、横を向くと唇を奪いにいった。
2人で静かに舌を絡め合う。身を捩り、首を曲げ苦しい体制の俺は、体ごとショーナさんに向き直る。背中の柔らかさを失った代わりに、彼女の体をギュッと抱きしめ、前からその双丘を感じる。
少しきつくし過ぎただろうか、ショーナさんが苦しそうにしている。俺は腕を緩めると、淫靡に濡れている唇を貪ることに没頭するのだった。
「自分からはしないって、言ってませんでした?」
「ショーナさんにあそこまでされて、抑え切れる人がいるなら会ってみたいですね」
今は体を離し、隣の椅子に座って話している。仕事中じゃなければ、その先までしていたかもしれない。もし、そんなことしていたら、ジョージさんに顔向けができなくて、ステラを預けるどころではなくなってしまう。
「そういえば、ステラは寝ているんですよね」
「ここに来るときは、ぐっすり寝ていたけれど」
「何か話が有るから下りて来たのでは?」
「さっきのだけじゃ、下りてくる理由にはならないですか?」
「仕事中じゃなければうれしいけど…って違う」
思わず本音が出る。
「冗談です。家を買って10人で住むと聞いたんですが、大丈夫なんですか?」
急に真剣な顔になり、聞いてくる。
「とりあえず、路上生活を避けるって事だけしかできませんが。後はこれから考えます」
「路上生活を避ける…」
「計画性が無くて軽率だと思いますか?」
家を買ったのだって、運が良かっただけで、行き当たりばったりなのは、認めざるを得ないからな。
「いいえ。それだけでも良かったと思います。ありがとうございます」
「ショーナさんがお礼を言う事でもないと思いますけど…何となくわかる気もしますが」
自分の境遇に重ねているのだろう。
「それで、もし私にできることがあったら、何でも言ってください」
「わかりました」
その気持ちは、素直に受け取ることにする。
「今はまだ分からないけれど、とりあえずは、ステラの事をお願いします」
「はい」
それ1つだけでも、大分違うからな。ショーナさんに任せておけば、大抵の事は大丈夫。その分だけ、他の子に時間をさける。
「というわけで、部屋に戻ってステラのそばにいてあげて下さい。明日からは、もうここに泊まらないんですからね」
とりあえず、今はこれを盾にして、部屋に戻ってもらう事にしよう。
「むぅ」
かわいらしい声で、抗議をしてくる。
「俺がここで仕事をさぼると、ジョージさんに怒られて、ステラも不利になりますよ」
「…わかりました」
不満げに立ち上がると、階段の方へ戻り始めた。
『ケンヤさんだって、今日が最後なのに…』
小声でつぶやくのが聞こえる。夜中は物音が無いので、こんな近くに居たら小声でも耳に入ってしまう。
「聞こえてますよ」
そう言って、軽く後ろから抱きしめる。
開放する時に、正面を向かせ、もう一度唇を軽く重ねた。
夜はまだ長い。周辺に変化が無いので、さっきまでの事を思い出す。と言っても、唇の感触とかの事ではない。
『居ても関係ないですしね』
ショーナさんの、あの言葉。他の人の事が好きでも構わないと言ってるようだった。
そういえば、ティルダさんとアリシアさん。あの2人も、最終的には、2人一緒でもって感じだったよな。最初の頃のアリシアさんは、違ったようだけど。
この世界の女性って、こういった関係に、寛容な人が多いのだろうか。
もちろん、ディアナさんみたいに、他の人と歩くのも駄目っていう人もいるようだが…ってあれも、後ろから抱きつかれていたから、ただ歩いていたようには見えなかったか。普通に、複数への拒否感ってところか。
俺は…お互いが良ければいいのかなって思ってしまう。そういえば、お互いが良ければって、ドナさんが言っていたっけ。とりあえず、俺は前者よりの意見だろう。
転生者たちはどうしているんだろう。日本人的な…いや違うか。ぶっちゃけ、男性の理想、ハーレムみたいな、こういうちょっと都合が良さそうな世界を望みそうだ。
望んでる世界に呼ばれる転生者か。何のために転生者が来るのか。それとも、転生者が望むように世界ができているのか。女神の名前の意味は、願いっていうくらいだし…
さっきの刺激が強すぎたのか。変な思考にはまり込んでいる。頭を切り替え、警備に意識を戻すことにした。




