スラム
2016.3.22
シエナの名前訂正
今日も朝一でスラムに向かう。昨日と違うのは、ステラも同行させているところだろうか。後は、結局今日もサンドウィッチを持っている。昨日のうちに、お金を払って頼んでおいた。気まずい雰囲気になっても、美味しい食べ物があれば何とかなる。今日は大丈夫だと思うが。
待ち合わせ場所に着くと、明らかに元気のないサイラス達が居た。何が起きたのか確認すると、1匹も捕獲できなかったとの事だった。それが本来当たり前なので、俺は気にしないが、サイラス達にとってはそうもいかなかったようだ。
とりあえず、ステラにサンドウィッチを配らせる。年下組は、それですぐ元気になった。その後は、ステラの服に関心が移って、羨ましそうにしている。年上組の方は、俺が直接なだめ、捕獲作業の終了を伝える。すでに4匹捕獲している時点で、奇跡なのだ。後は、それこそ街全体を捜索して、見つかるかどうかだろう。そこまで、大々的にやる気はない。
年上組の4人サイラス、シム、シエナ、ステラには、そのまま今日の予定を伝えて、それぞれ準備をさせることにする。俺は、ステラとサイラスをつれて、購入予定の家へと向かった。
待ち合わせ時間にはまだ余裕があったが、レジーさんはすでに来ていた。それと、なぜか〈素材屋〉のおばあさんもいる。隣人の顔でも確認したかったのだろうか。
俺らを見て、レジーさんは困惑している。紹介する相手が、ステラやサイラスのような子供だとは思っていなかったのだろう。それにステラはまだしも、サイラスの恰好はスラムの子供そのものだから。一方のおばあさんは、子供だと言うのは知っていたから、気にする素振りも見せない。もっとも、知らなくても飄々としていそうだが。
「心配しなくても大丈夫ですよ。彼らに中を見せても構わないですか?」
俺の言葉に、レジーさんが慌てて対応をしてくれる。俺は2人をつれて中に入って、軽く説明を始めた。もっとも、2人ともそれどころでは無いようだったが。家を見つめて、これから何が起こるのか、理解できていない様だった。
今はこれでも構わないと思い、俺はさっさとレジーさんと契約に入る。場所は〈素材屋〉の1室を借りて行われた。契約金の65,000Gを、俺がポンと出すと、ステラとサイラスの2人は軽いパニック状態だ。レジーさんは、簡単に大金を出す俺を不思議そうに見ている。一応俺は、若い駆け出し冒険者。本来なら、簡単に出せる金額ではない。もちろん残りの2人も論外。戸惑うのも無理ないだろう。そんな場の様子に、おばあさんだけが楽しそうに笑って傍観していた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、良い買い物ができて良かったです」
レジーさんと握手を交わす。
「ケンヤさんは不思議な方ですね」
「そうですか?」
「見た感じは、普通の若い冒険者なのに、対応が大人びているというか」
「それはよく言われます」
苦笑しながら答える。実際、中身はもう少し上で間違っていないし。
「また、何かありましたら声をかけてください」
「はい。さすがに、こういった買い物は早々できないとは思いますけど、機会があれば」
「確かにそうですね。修繕や改築などあれば、大工の紹介もできますので」
「それならありそうですね。その時が来たらよろしくお願いします」
お互い笑って、手続き終了となった。
「これからどうするんだね?」
おばあさんが聞いてくる。
「彼らの暮らしているところへ一度行って、退去の手続きをしてこようと思ってます」
「なるほどね。用件を、早々に済ませてしまうって事だね。それなら、私も付き合うかいね」
そう言うと、おばあさんが立ち上がる。
「えっと、スラムにですか?」
「こういうのは、それなりの年齢の者がいた方が、スムーズに話が進むもんだよ。それに、これでも多少顔が利くからね」
そういえば、商売柄交流があるって、ドナさんが教えてくれたっけ。ここはお言葉に甘えるとしよう。
「ありがとうございます。助かります」
「これからご近所になるんだ。楽しくやっていきたいからね」
こうして、一緒にスラムの奥まで行くことになった。
案内はサイラスに任せる。
崩れかけた建物。道路の凹凸に、水たまり。建物の陰でじめじめしたところもあれば、建物が無く日があたり乾燥した場所もある。すれ違う人の目には、あまり覇気がない。地域全体にひろがる虚無感とかすかな異臭。スラムはそんな所だった。
しばらく、そういった道を歩いていると、低い石壁に囲まれた場所が見えてきた。
「ここです」
すすけた壁に囲まれ、中に長屋とでもいうのだろうか、低層の汚れた家が立ち並んでいる。その中の1件に、案内された
〈素材屋〉のおばあさんの助けを借りて、手続きも順調に進む。相手は中年のおばさんだった。見た感じでは、お金を子供から搾取するタイプには見えず、どちらかと言うと保護しているといったところだろうか。ステラ達の反応を見ても、嫌っているようには見えなかった。
手続きが終わると、俺だけ残るように言われる。ステラ達を一旦おばあさんに任せて退出させた。
「あの子らに、住む場所を提供してくれると?」
「そんなところですね」
「私から見れば、あの子達とたいして変わらない、あんたみたいな冒険者がね。ところで、どうやって知り合ったんだい?」
「この区域に近づきすぎて、お金を狙われました」
「狙われたって…それで、助けるなんてお人よしだね」
「狙ってきたのは一部だけですし。良い子までその犠牲になるのは不憫だなと」
「普通は、ほっとくだろうに」
「自分で言うのも変ですが、面倒なことになったとは思いましたけどね」
「ははっ。変わってるよ、あんたは…でも、信用はできそうだね」
そう言うと、俺の前に袋を置く。
「これは?」
「あの子らが稼いだ金の一部だ。役に立ててくれ」
「どういう事ですか?」
状況が今一飲み込めない。
「あんたには話しても大丈夫だろう…」
スラム内は、色んな意味で厳しく、力が無いと生きていけない。ここでは、弱い子供達を守り、育てる役目があるという。まぁ、育てると言っても、何かを教えるわけではないらしい。自分達でどうするか考えないと生きていけない世界だから、自主性にまかせている。
そうやって見守りながら、社会とのバランスをとったり、時に陰で補佐したりと、一部の人間が色々してるらしい。それでも、どうしても犠牲が出る。生きていくだけの力が、身に着かない子達がいる。
サイラス達は、そういった中では、ギリギリのところで、暮らしていけるだけの力が育って無かったと。
「まぁ、可哀そうだけど、あの子達のグループは、大人しい子、優しい子が多かったからね。このままスラムで生き抜くのは、厳しかっただろうね。そういった意味では、連れ出してくれたことに、感謝している」
そう言って、頭を下げてくる。
部屋のお金が払えなくなるのも、ある程度上になったら、外で暮らしてもらわないと、下の子達が入れない。自然とそういう仕組みになっているようだ。
さっきの袋のお金は、どうしても家賃が払えなくなった時に、少しの間猶予を作るために使う物らしい。ただし、そのまま渡すことはできないので、色々と方法があるとの事。
「例えば、適当な素材を見つけさせて、〈素材屋〉に持って行かせる。そうすると、値打ち物として高く売れる。あの、ばあさんも協力者の1人なのさ」
「そうなんですね」
だから、ここに一緒に来てくれたのか。
「今回は、仕込みが間に合わなかったから、その分をあんたに預けて、役立ててもらえばいいかとな」
「そういう事でしたら、お預かりします」
「頼んだよ」
袋のお金を受け取った。
「次は、こちらから」
俺は、別にお金を出して、おばさんに差し出す。
「どういうことだい?」
「これは、彼女達にさせた仕事の一部です。この事実を知れば、ここでの暮らしに感謝するでしょうから。そのお礼と思ってください」
「しかし」
「さっき言ってませんでしたか、あの子達は優しいって。事実を知ったら、こうすると思いますよ。成長してから、お渡しするのもいいですけど、そんな先まで待っていられない子もいるでしょう。そういった子達の為に、役立ててください」
「そうまで言うなら、受け取らせてもらうよ」
「はい」
ここに来るまでは、何かトラブルに巻き込まれるんじゃないかと心配していた。けれど、何も起こらず、様々な事情を知る事が出来た。さらに、厳しい中でも、こういった人もいると分かって、ここに来て良かったと思った。
皆をつれて家に戻ると、サイラスとステラ以外の子達は、初めて見る家に興奮している。少しの間、そのまま放っておき、ステラ達と、掃除担当と買物担当の班分けをしたり、これからの予定を立てていく。大方決まったところで、二手に分かれて行動を開始した。
俺は買物班をつれて、必要なものを次々購入し、適宜それを持って家に向かわせる。その後、サイラスにまとめ役をまかせると、ステラと一緒に〈ブラウン〉へと戻った。
ステラは店の裏で手伝いをしている。俺は、自室に戻ると布団に入る。今日の夜が最後の警備なので、きっちりと睡眠をとって万全に備えることにした。
睡眠が深かったのか、予定よりも早く目覚めたのに、とてもすっきりしている。身支度を整えると、一旦下に向かう事にする。
カウンター裏に顔を出すと、なんか忙しそうに働いている。ステラでさえ、洗い物が大変そうだ。
「なんか混んでますね」
「仕事が一段落した人が多いみたいですね。いつもより注文も多くて」
ジョージさんも料理に忙しそうだ。
「ウェイター手伝わない?もう1人欲しいところだったの」
俺を見て、パーシスさんが声をかけてくる。うまい具合に、今日の服装は、ウェイターに向いている。
ジョージさんを見ると、頷いてくる。
「わかりました。手伝いましょう」
そう言って、俺も仕事を手伝い始めた。
注文を受けジョージさんに伝え、そしてできた料理を運ぶ。俺が店内を担当する間に、レベッカさんが食材の調達に出たようだ。なので、俺の仕事は1人分きっかり割り当てられていた。すでに一度は経験しているし、メニューは全て頭に入っている。ついでに5日間、色々と夕食で食べているので、お勧めを聞かれても対応できる。そんな俺を見て、ステラが驚いていた。冒険者が喫茶店でウェイターをそつなくこなす、確かに珍しい光景だろう。
そしてもう1人、俺の目の前で目を丸くする人がいる。
「ご注文を伺いに参りました」
「え、えっと…」
「落ち着いてくださいディアナさん」
「面白い事しているのね」
隣のお姉さん方はいつも通り。楽しそうにしている。
「忙しそうなので、ちょっとお手伝いをしています」
「なかなか板についてるわね」
「ありがとうございます。良ければ、ディアナさんの分のメニューも一緒に決めちゃってください」
「そうね。混んでるみたいだから、あまり引き止めちゃ悪いしね」
「ストップ。今言うから、勝手に決めないで」
そんな感じで楽しみながら、閉店まで仕事を手伝っていた。




