素材屋
〈素材屋〉
名前のないシンプルな看板があった。
「あの、この店って名前がないんですか?」
「そうね。ただの〈素材屋〉ね」
普通、〈ドーン武具店〉みたいに、○○素材屋とかするんじゃないのかな。
「これって、お店の名前聞かれた時に困らないんですかね?」
「確かにね。でも、知ってる人は知っている有名なお店。店名無いし、立地条件だって良くないけど、しっかりとした優良店だから、そんな心配ないのよね」
そう答えて、お店に入っていく。
「こんにちは」
「おや、ドナちゃんか。いらっしゃい」
カウンターにおばあさんがいる。しかもよく見ると、以前南通りの露店にいたおばあさんだった。
「そっちの人、先日会ってるね?」
「はい。露店で買い物させていただきました。もしかして、会った人皆覚えているんですか?」
「いや、変わった物を買っていったから、覚えているだけじゃよ」
確かに、買った物は普通じゃなかったからな。
「いつの間に知り合いに?」
ドナさんが聞いてくる。
「依頼したお守りの《玉》や《子角》を露店で買った」
「なるほど、あれはここの素材だったんだ」
「その感じだと、ドナちゃんが加工したのかい」
「はい」
「そう。今それ持ってるかい?」
「実物はありませんが…」
そう言って、【格納庫】から【写真】を取り出して渡す。
「うまく、まとめたもんだね。こうすると、あの変な彫も目立たない。デザインや素材の組み合わせ次第で、どうにかなるもんだね」
「確かに、綺麗な出来上がりでしたね。ドナさんに頼んで正解でした」
「いや、素材の組み合わせって言ったんだよ。《子角》持ってきたのケンヤでしょ」
「素材があっても、技術が無ければ作れないから」
俺らの会話を、おばあさんは笑って見ている。
「つまり、両方ってことじゃの。それで、これはあの時の子に渡したのかい」
「はい。もうこの街に居ませんが、お守りとして渡しました」
「そうかいそうかい」
【写真】を返してくるので受け取る。
「ところで、今日の用件は」
「いつものお願いします」
「おや、前回からそんなに経ってないけど」
「先日臨時がいくつか入ったのと、今月後半にも臨時予定が入っているので」
「景気が良いねぇ」
臨時の予定って、トレヴァーさん達の事だろうか。先日はいうまでもなく俺の事か。
「あと銀に使う素材で良いの何がありますか」
「火と風以外ならあるね」
「水と雷見せてもらえますか」
「まとめて取ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「はい」
そう言って、おばあさんは奥に行く。お店に並んでいる物の他に、奥に別にあるようだ。そういったのは、ドナさんのような得意先専用なのだろう。
「ここの店主って、あのおばあさんですか?」
「違うわよ。元店主で今はお手伝い。店主は息子さん」
「そうなんですね」
「ところで、《銀苦無》に使う素材だけど、切れ味が良いのと、破壊力があるのどっちが良い?」
「切れ味ですね。さっき言っていた水とか雷の事ですか?」
「そう。水は切れ味、雷は固い物を壊すのに適している」
「色々効果があるんですね」
「そうね。一応水系中心で見るけど、雷系で質の良い物があったら、もう一度確認するから」
「わかりました」
そんな話をしていると、おばあさんが奥から出てくる。
「こんなところかね」
カウンターに並べられたのは、宝石や鉱石、鱗や角など様々で、色は青系と黄系だった。一通り確認して、青色の鱗を選んでいる。
「《人魚鱗・藍》これで決まりかな」
「質とかわからないから、おまかせします」
「いくらですか」
「今は、下がっているから1,100Gだね」
「どうする?」
「臨時収入入ったので大丈夫です」
「臨時収入って、また何を稼いでいるのやら」
「特技を活かして少々」
さっき貰ってきたばかりの11万Gがあるからな。
「うちとしては、良い素材で武器が作れるから良いけどね」
「うちも、素材が売れるのは歓迎だねぇ。ドーンなら無駄な使い方しないしね」
俺は、金だけ払うと、素材はドナさんに預けた。
ドナさんも用件が済み、雑談を3人でしていると、外から2人の男が入ってくる。
「ただいま」
「どうだったね」
おばあさんと、男の1人が話し始める。
『あの人が、ここの店主』
小声でドナさんが教えてくれる。
「場所は真向いで悪くは無いけど、建物が倉庫に向かない。それから、あの開かない蔵。かなり特殊な魔法がかかっているようで、開けることも壊すこともできない。あれじゃ内で買い取っても、使い道が無いね」
「そうかい」
「やっぱり駄目ですか」
もう1人の男が残念そうにしている。
「蔵が使えれば、考え無くもなかったんだけど。壊せもしないとなれば、土地が狭くなるだけだからね」
「みんな同じ理由で、買い取り手が無くてねぇ」
どうやら、家の売買の話のようだ。ここら辺はスラムと隣接しているから、そこまで高くないんだろうか。その開かない蔵ってのもちょっと気になる。
そんな風に思っていると、表情に出たのだろうか。男の人がこちらを向いてきた。
「気になるって、少し思ってませんか?」
藁にもすがるような表情をしているので、俺は思わず苦笑してしまった。
「開かない蔵ってのが、面白そうだなと」
「面白そうってだけで、家に興味を持たないでよ」
ドナさんが少し呆れている。
「興味持たせるような話題で悪いんだが、確かあの蔵には、変わった彫がある道具が嵌ってるって言ってなかったかい?」
「変わった彫って、あの《玉》の事ですか?」
思わず、おばあさんに聞いてしまう。
「私はさっき聞いただけ何だけどね、どうだい?」
息子さんに聞いている。
「確かに、あの《玉》に近いかも」
そうすると、転生者絡みって事だろうか。
「見るだけなら、ただじゃろぅ。一緒に見に行くかい?」
おばあさんが笑っている。
「そうですね。ここまで聞いておいて、見ないで帰ったら、後悔すると思いますので」
いわくつき物件を見学することになった。
見学には、おばあさんと俺、それにドナさんが来ている。
「これですか」
開かない蔵は、確かに転生者絡みだった。扉の境目に『閉』の文字が彫られた《玉》が、埋まっている。
「何か分かるのかい?」
「開けることはできませんが、この彫りの意味ならわかります。『閉』ですね」
「閉めるって事かい?」
「はい。単に閉めているだけって事で良いんですかね?それとも、開けたら何か出てくるとか」
「どうじゃろうな。開かないことには、何があるかわからん」
「これが読めるんですか」
案内の男の人、レジーさんが感心したように言ってくる。
「多少知識がありますから。でも、読めても何もできないことに、変わりはありません」
「そうですか」
残念そうな顔をしている。
ついでに、家の中もみんなで見学することになる。もしかしたら、ヒントがあるかもしれないし。
家は至って平凡な作りだったが、放置されていたためかなり汚れている。それでも、建て直しが必要な傷みは無かった。そして、なんと風呂もあり、温泉が引けるようになっていた。やはり転生者だから、そこは譲れなかったのだろう。
「お風呂付って珍しくないですか」
「そうですね。この区域ではあまりないでしょう」
「息子が、倉庫に向かないといったのは、湿気の事じゃな」
「はい。そうおっしゃっていました」
家の中には、特に蔵のヒントになるような物は無かった。というか、何も置いてない。最近持ち出した、といった感じだろうか。
「物が何もないですね。手がかりになる物でもあればと思ったのですが」
「先日、片付けてしまいましたからね」
そう言われて、器を扱う露店で見た、包み紙を思い出す。
「読めない文字で書込みされた書物やら、紙束なんかありませんでした?」
「よく御存じで」
「露店で包み紙として使われていました」
唯一の手がかりは失われたようだ。
「蔵を自力で開けるのは、諦めた方が良いでしょうね」
俺の言葉に、レジーさんが、がっくりとしている。
さて、蔵が開けられないと断言し、家屋の価値を落としたところで、この家について、もう一度整理する。
立地条件は、スラムと一般の境目。土地柄安めになるだろう。治安は、〈素材屋〉があるくらいだし、そこまで悪いとは思えない。
蔵は開かなく邪魔なだけ。中身については、そこまで心配する必要はなさそうだ。日本人の感覚なら、危険な物は封印するの『封』を使うだろう。『閉』なら、鍵の開け閉めの感覚で平気なはずだ。ただし、値下げ交渉時は、危険と言う事にして、利用させてもらおう。あとは、心配なら無闇に近づかなければいいだけだし。
庭はついているが、それほど大きくない。それでも洗濯を干したり、ちょっとした作業をするスペースくらいならある。家庭菜園をするわけじゃないし問題ない。
家は掃除すればそのまま使える。けっして大きくないとはいえ、それでも2階建てなので、10人で暮らすことに問題はない。ステラ達が住める広さがある。その規模の家となると、いわくつきでもないと買えないだろう。
そして風呂付。これも俺自身にはかなり大きい。
こうやってまとめてみると、完全に俺好みの家だな。
「参考までに、この家はいくらになるんですか」
「8万Gですね」
「ケンヤにはこの大きさ必要ないでしょ」
ドナさんが、俺1人だと思っているので、そう言ってくる。
「俺自身でなく、心当たりの人達がいるのでね」
「本当ですか?」
「期待しないでくださいよ。あくまで可能性の話ですから」
「いえ、紹介していただけるのですか?」
レジーさんが食いついてくる。
「今のままでは、苦しいでしょうね。問題点があり過ぎますから」
「それは、色々と対応させてもらいますので」
向こうも必死のようだ。
「その前に、この規模で、同様の金額の物件ってありますか?」
「スラム内の治安が悪い所で、ボロ屋であれば、無くもないですが」
「ここの治安はどうですか?」
いったんおばあさんに話を聞く。
「ここの通りは比較的安全じゃ。これより奥に行かなければ、普通は平気じゃろう。後は、夜遅く出歩かないことじゃな」
「それを守れば、子供や女性でも平気?」
「絶対とは言わないがな」
治安面はそれなりか。あとは金額をいかに下げさせるかだが。
レジーさんに向く。
「とりあえず、蔵の扱いとか、家の状態とか色々あると思いますが、この家を買う条件ってどうなってますか?」
「そうですね、蔵の中身は、そちらになりますので、空いた場合はご自由にしていただいて大丈夫です。家の状態回復はこちらで行ってから引き渡します」
「蔵の中身と言っても、現状開かないことが前提ですよね。それに、危険な物がいきなり出て来る可能性も捨てきれません。こちらとしては、厄介ごとを押し付けられてるとしか思えませんね。こちらに売るにしても、そちらの物にするとしても、2万Gは下げてもらわないと」
「それは、いくらなんでも。せいぜい1万Gが限界です」
「面積的には、4分の1を占めていますし、妥当かと思いますが?」
「そうは言いましても…」
自分でも無茶を言っているのはわかるが、なるべく引き下げておきたい。
「家の状態回復についての確認ですが、修理が必要なところはあります?それとも掃除だけで済みますか?」
「掃除になります。一度家の状態は見てもらっていますが、古いですけど修繕の必要は無いそうです」
掃除だけなら、ステラ達で十分だろう。
「それでしたら、掃除もこちらで行います。蔵はこちらでもそちらでも構いません。どうですか?」
「蔵だけこちらに残ってもしょうがないし…掃除無しの蔵はそちらで65,000G。これ以上は無理です」
「わかりました。それで、先方と相談しておきます」
「本当ですか?」
「買うかはわかりませんよ?あくまで話をするだけです」
「少しでも可能性があるならぜひ」
「それでは、お返事は早い方が良いでしょうから…」
そんな感じで、軽く打ち合わせをして、明日の約束を取り付けた。
●《人魚鱗・藍》
宝石のアクアマリンは和名で藍玉と書くので、藍をアクアと読ませてます。
●家の値段について
設定では、家(庭付)は50万Gと書いてますが
この家の土地は狭く、本来なら庭無で建物を作るくらいの敷地面積です
その為、家(普通)10万Gを基準に設定しています。
その他に、蔵の危険性、蔵があって増築ができない、古い家、立地も良くない、等の結果から、かなり安くなっています。




