転送と初戦
2016.2.13
レイアウト修正
ふわっとした浮遊感が体を包んでいたが、徐々におさまり足が床に触れる。それと同時に周囲の光が薄れて、視界がクリアになった。
そこは、周囲を約5メートル四方に区切られた静かな空間だった。床は木目の綺麗な板張り、正面には祭壇があり、丸い鏡のような物が置かれ、わずかに輝いている。輝きは、転送と関係があるのだろうか。灯りがないのに部屋の中がそれなりに見えるのは、左右の壁にある障子から入る光のおかげだろう…障子?
異世界に来て早々、日本家屋の中とは。本当に異世界なのだろうかと思ってしまうが、ぶかぶかの洋服が、先ほどまでのやり取りが夢でないことを教えてくれる。
後ろを見ると出入り口用の扉が見え、足元には見なれない服や道具が置いてあった。これが、4,000G分の道具だろう。
とりあえず周囲の状況を知りたい。生き物の気配が特に感じられないのが気になるが、逆に何も居ないならここで身支度を整えるのが良いだろう。手っ取り早く確認するために、魔法を唱えることにした。本音を言えば、ちょっと使ってみたいだけだが。
魔法については、予備知識は多少本から得ている。また、魔法の使用はとくに考える必要もなく、感覚的に行えそうだった。歩くのを意識しないで出来るのと同じ感覚、とでも言えばいいだろうか。
そんな風に思ってはいても、やはり初めての魔法、ドキドキする緊張は抑えられない。
「上手くいくか…【索敵】」
空間魔法【索敵】は、初級でも使える魔法。本人の視界に、周囲の地図が立体的に浮かび、人は白、獣は青、魔物は赤の点で示される。効果時間は30分で、必要のないときは平面にして右上に小さく表示できるし、索敵範囲もMP消費量で調整できる。今回はMP10使い、半径50メートルに設定した。
視界に半径50メートル分の立体地図が浮かび上がり、周囲の生物の状況を映しだす。
「よし、成功だ」
思わず言葉が漏れる。
状況は青い点が2つのみであった。青は獣の類だが、少し地表より高いので鳥か猿あたりが樹上にでもいるのだろうと判断する。異世界だけに安易な判断は危険だが、今回は遠くだし、こちらは家の中にいる。この場で身の回りの整理をした方が安全だろう。
まずは、4,000G分のアイテムの確認をしながら、着替えることにした。
用意されていた服は、白いシャツに青系のチョッキ、紺系のひざ下ズボン。色づかいはともかく、中世の西洋風、もしくはファンタジー風といったデザインだった。靴は足首までしっかり覆う登山靴のような感じで、固めの革で丈夫な作りだった。
装備品は、青系で統一された革製で、脛当て、籠手、胸当ての3つ。これらも装備しておく。慣れないため少し時間がかかったが何とか付け、さらにマントを羽織り、《木杖》を腰のベルトに通す。
装備を終え、少しは魔法使いっぽく見えるだろうかと思ったが、自分の姿を見る術がなく確認はできなかった。
装備後に残った物は、携帯食糧数日分と水用の魔石、カップ、体力・魔力回復薬、下着等、それと400G分の貨幣、《ダイスの欠片》(用途不明)であった。
脱いだ服をリュックにしまおうと思ったが、その前にリュックに入っていた荷物も確認しておく。
まず身につけていたものは、薄手のハイネックと厚手のYシャツ、Gパン、ダッフルコート、靴、ハンカチ(2枚)、腕時計。
リュックに入ってた物は、財布、筆記具、ノート、書籍(3冊)、デジカメ、スマホ、ソーラー充電器、ティッシュ、ライター、カッターナイフ、折り畳み傘。当然ながらスマホは圏外になっていた。
さらに買い物で購入していた、ジャガイモ、人参、玉ねぎ、イチゴ、ペットボトル(3本)。
あとは、喫茶〈フォレスト〉でもらった、大銀貨5枚、カード。《運命のダイス》の件もあるから、大銀貨とカードもこちらのアイテムだろうと思い手に取ると、カードに(ケンヤ・モリ)の文字が入っていた。日本語ではなかったが、読めるということはこちらの世界の言語だろう。外国語は苦手分野だったので、正直読めてほっとする。都合が良いような気もするが、気にしないでおこう。
食材なんかもあったりして、荷物が結構ある。身軽に動きたいので、魔法を使って荷物をしまう事にした。今回使うのは、空間魔法【格納庫】。初級で使えるアイテム保管用の魔法で、ゲームでいうところのアイテムBOXやインベントリにあたる。
【格納庫】は重量によってMPの使用量が変わる。今回は50キログラムまでを設定する。まず起動に25MP、それから魔法の継続に50キログラム=50MP/1日なので、1時間当たり約2MP必要になる。保管中は時間が停止しているので、保温、保冷が可能だが、生物は不可能である。生物可能で時間が停止しない【超空間】という中級魔法もあるが、【格納庫】と比べ起動MPが2倍、継続MPが10倍なので当面使えそうにはない。
「【格納庫】」
魔法を唱えると、目の前に小さな黒い靄のような物が出る。靄に近づけると、大きさに関わらず吸い込まれていくので、装備品以外を全てその空間に入れる。その後、【格納庫】にイメージで仕切りを作って、パソコンのフォルダのような設定をして整理する。ブランドン大陸のアイテム用と貨幣用に各1つ、地球側の道具については4つ設定する。使い道のありそうなものは、便利(腕時計、筆記具、ノート、ハンカチ、ティッシュ、ライター、カッターナイフ、折り畳み傘)に入れ、あとは服、食材、その他に分けた。
荷物の整理を終えたところで、もう一度周囲を見渡す。祭壇にある丸鏡が気になるが、さすがに持っていったらまずいよなぁと見るだけにする。すでに輝きは失われていて、やっぱり転送に関係あったんだろうなと思う。
この部屋では、特にすることはもうないだろう。そろそろここを出るかと思ったが、気づくと【索敵】が消えていた。準備に30分以上かかったようだ。今度は半径100メートルまで範囲を拡大し唱える。獣の反応はそれなりに出るが、人間と魔物の反応は無かった。魔物がいなければ、それなりに安全だろうと思い、背後にある扉に手をかけて開けた。
扉を開けると、そこは森の中だった。空気がとても澄んでおり、木漏れ日がキラキラと注いでいる。扉から数メートルは石畳があり、その先には大きな鳥居があった。ただし鳥居の色は朱色ではなく、サファイアのような鮮やかな青色だったが。
鳥居の下まで進んでみる。表面は滑らかに磨かれ傷一つなく、硬質で透き通っておりとても綺麗だ。淡く光っているようにも見えるが、日の光が反射しているのか、元々そういう物質なのか。継ぎ目のようなものも特になさそうだし、鉱石か人口の物質かはわからないが、こんな大きな物をどのようにして作ったのだろう。
とても惹かれる場所ではあったが、あまり長居しても探索が進まない。名残惜しいが、人に出会えなかったら、また戻ってきて宿代わりにでもすればいいか、と思いながら離れることにした。
少し歩いて振り返ると、鳥居と社がいい塩梅に収まっていた。綺麗な風景なので、少しMPの無駄遣いになるかと思ったが、魔法を使って写真を撮ることにした。効率も重要だけど、せっかくだから楽しまないともったいない。
風景を見ながら、魔力でフレームをイメージする。
「【写真】」
刻印魔法【写真】、初級でMP15消費するほぼ趣味の魔法。紙のいらないポラロイドカメラみたいな感じだ。刻印魔法は、元々アイテムに魔法陣を刻み、魔法を付与する物であったが、布に刺繍したり、紙や革にインクで描いたりする方法が生まれた。そして、その描く方法を用いて遊び半分に作られたらしい。
「きれいに撮れたな」
なかなか良い感じに撮れた。撮り直しはMPが馬鹿にならないので良かった。【格納庫】に写真フォルダを追加して入れておく。
しばらく道なりに歩くと、【索敵】に青い点、獣が近づいてくるのが分かった。腰の《木杖》を手に木陰に隠れる。あまり気配がないから小さい生き物だろうか。
魔物ならともかく、普通の獣とはあまり戦いたくないが、人に会えてない現状では、食糧確保も念頭に置かなければならない。相手を見てから判断することにした。
初めての戦闘だけに緊張し、手に汗が出てくる。数メートル前の茂みが小さく揺れる。あまり大きくなさそうだ。
見つめていると、ぴょんっと出てきたのは兎だった。これならいける、可愛くてちょっと気が引けるけど。などと考えながら飛び出し、《木杖》を片手持ちで、右から左に振りぬき殴り掛かる。
しかし、的が小さいうえにすばしっこい。簡単にさけられて、攻撃は空を切る。茂みに片足を踏込みながらも視線を巡らせると、脱兎のごとくという表現さながら逃げ出していた。逃げた方向は茂みが少なく、見失うことはなさそうだと思ったが足が速い。
「【俊足】」
とっさに魔法を唱えて、素早さを上げつつ追撃を開始。一直線に追いかけ、距離を詰める。武器が少し短めなので腰をわずかに落とし、走りながら横殴りに振るが、やはり素早く当たらない。走りながら、右に左に交わされる。
「【鈍足】」
今度は、兎に素早さ低下の魔法をかける。途端に動きが鈍くなる。チャンスだと少し気が緩んだ瞬間、急旋回され《木杖》はまたもや空を切る。
動きを鈍らせながらも、木立を使いながら小刻みに逃げる兎。こちらは素早さは上がっているものの、木立が邪魔でうまくスピードをだせない。結局、茂みに逃げ込まれてしまった。
「逃げられたか」
魔法を2つも使って逃げられたことが悔しかった。
今回使った【俊足】【鈍足】は、補助魔法初級。名前の通り、素早さを上げたり下げたりする魔法だ。物理的な面の速さを上下させるだけで、魔法の発動速度については【迅速】や【遅滞】を使うが、そちらは中級でまだ使えない。
近くに獣がいないことを確認してから、【格納庫】からペットボトルをとりだし一息つく。
そして、さっきの戦闘…とは言えない、追いかけっこを振り返る。
「まずは、最初に【鈍足】をかけるべきだったかな?」
多分、初手の選択を間違っていたのだろうと思う。小さくてすばしっこい相手に、何も準備なく仕掛けたのが敗因だと思う。ましてや、狩りなんかしたこともない素人なわけだし。
「あとは【俊足】の使い方かな」
森のように障害物が多い場所では、十分に練習してからでないと使えないと思った。とりあえずは、動きを制限されない草原のような場所で、慣らそうと心に留めておく。
道からそれてしまったが、木立の先が明るく、水音も聞こえてくる。とりあえず、そちらに向かうことにした。




