優しさ
話し合いの末、彼らは仕事を引き受けた。とりあえず、簡単な注意点を説明する。もちろん、見つからない可能性もあるから、そういった事も話しておく。大体の話が済むと、彼らのリーダーであるサイラスにお金を渡す。
「必要だった銀貨1枚は貸してやるから、いつでもいいので返すこと。それと、腹が減ったら探せないだろうから、大銅貨5枚でみんなの分の食べ物でも買え。そっちは返す必要ない。雇い賃みたいなものだ」
下手な施しを与えるのは良くないので、雇い賃としておく。大銅貨5枚あれば、パンが10個は買える。これで、少しはやる気を出してもらえるだろう。
びっくりしている彼らに、もう一声かける。
「きちんと仕事をするなら、今回の件は忘れる。ステラも傷つけるような事はしないから、安心しろ。待ち伏せしている3人が、待ちくたびれているだろうから、そろそろ行ってやれ」
3人を置いてきたことを忘れていたのだろう。彼らはあわてて行動を始めた。
「それじゃ行くぞ」
ステラに声をかけて、俺も歩き出した。
まずは、ステラのために服を買う。さすがに新品を買う必要はないが、〈ブラウン〉に連れて行くのに、そのままってわけにはいかなかった。
「買ってもらって良いんですか?」
「その恰好のまま、連れて行く訳にいかないからな。ここにある物から、好きな物を2着選んで」
「2着ですか?」
「着替えが無いと困るからな」
「わかりました」
楽しそうに選ぶのを眺めながら、ふと思う。
『人質の割には、全然物怖じとかしてないよな』
まぁ、それの方が気楽で、こちらとしても助かる。
「選びました」
笑顔で持ってくるのを見ながら、他にも必要な物を購入していった。
その後、公衆浴場へと向かい、しっかり体を洗わせてから、着替えさせる。
服装などの身形を整え、清潔にさせると、なかなかの美少女になった。
チョコレートブラウンの髪を、無造作に二つ結びにしているステラを見て、
『この子、このままスラムに戻すのはまずいかもな』
と思う。
今回の件が済んだ後の事を、色々考えなければいけないだろう。結構面倒なことになりそうだと、南西エリアにいった事を少し後悔した。
「ジョージさん、今大丈夫ですか?」
裏口から入ると、カウンター裏に声をかける。
「はい、どうかしましたか?」
「実は…」
裏口を開けて、外に立っているステラを見せてから話し始める。最初は驚いたようだが、俺の話を聞くうちに、いつもの表情に戻っていった。
「契約期間にこんなことをするのは、間違っているとわかっています。あと3回の警備はきちんとしますが、依頼料はいりません。その代わり、この子を部屋に泊める事を、許可してもらえないでしょうか」
頭を下げてお願いする。ジョージさんが黙っているので、顔を上げて確認すると、苦笑してこちらを見ていた。
「そうやって、スラムの子全員に手を差し伸べるのですか」
「いえ、そんな気はありませんし、無理でしょう。今回は、不用意に関わり合いを持ってしまったので、責任は取るつもりですが」
俺の返答に、どう答えようか考え込むジョージさん。
「マスター」
その時、ショーナさんが裏に顔を出してきた。
「何かありましたか?」
「…」
ジョージさんが尋ねると、ショーナさんはジッと無言で見つめている。
しばらくすると、ジョージさんがため息を吐く。
「わかりました。了解しましょう」
「はい」
ショーナさんがニッコリ笑って、お店に戻っていった。
さて、何が起こったのだろうか。
「ショーナ、それとレベッカは、似たような境遇で自分が引き取りましてね。私も人の事は言えないんですよ」
苦笑しながら話し出す。
「ショーナも、昔の自分を思い出したのでしょう」
「そうなんですね」
無言の会話には、そんな理由があったのか。
「彼女自体は、何も悪い事はしてないんですね」
「はい。それは大丈夫です。それに、もともと今回の件には反対していたようですから」
「そうですか。とりあえず、契約と泊める条件についてですが…」
結局、契約条件は変わらず、彼女の食事も出してもらえることになった。食費分は払おうと思ったのだが、ほとんどが店の余り物だし、子供の食べる量は少ないから構わないと、押し切られてしまった。ただ、条件として、部屋では常識ある行動をとるように言われた。常識って、もしかして手を出すとか思われたのだろうか。まぁ、ジョージさんから見れば、俺もステラもそこまで変わらないんだろう。中身はともかく、俺も外見上は15だからなぁ。
そういうわけで、話がまとまってステラの方を向いたのだが、なぜか今にも泣きそうな顔をしている。突然の事に、慌ててしまう。
「ど、どうした?」
「ごめんなさい」
俺が声をかけると、頭を下げて謝ってきた。事情が飲み込めないので、借りてる部屋へ連れて行き、話を聞くことにした。
ステラを椅子に、俺はベッドに腰掛け話をする。
「俺が思うに、ステラが謝るような事は、何も無かったと思うんだが…」
「それは…」
どう切り出せばいいのかわからず困っている俺に、彼女は少しずつ説明する。要約すると、俺が頭を下げたて謝った事、無給で働こうとした事など、さっきのジョージさんとの会話から、ステラ達のせいでかなり迷惑をかけたと思ったようだ。
「俺自身については、自分で判断したことだから別に構わないんだけど、ジョージさんに迷惑をかけてしまったのは…いや、それも俺が判断してやった事だから、ステラが気にすることは無いな」
「でも」
「もし、気になるんだったら、ここでは良い子にしていてくれって事くらいかな。ステラなら、言わなくても大丈夫だとは思うけど」
顔を見る限り、納得はしていない。その気持ちが分からなくもないだけに、どう言えばいいかと悩んでいると、
(コンッ、コン)
ドアが鳴った。
「どうぞ」
入ってきたのは、ショーナさんだった。
「ご飯前だから、少しだけど…」
数枚のクッキーとジュースを持ってきてくれた。多分、さっきの様子を見て、ジョージさんが、様子見に来させたのだろう。
部屋に入って、俺達の微妙な空気に気づき、こちらを見てくる。かいつまんで彼女に説明すると、ショーナさんはステラの前まで行って話しかける。
「ケンヤさんが悪いから気にする必要ない」
『そこまで断言するか』
心の中で突っ込む。確かに、ジョージさんとの会話を、ステラの前でするべきではなかったと、今さらながら気付いてはいるが。でも、そんな言い方では、ステラも納得しないだろう。そう思っていると、
「冗談、2人とも悪くない」
そう言い直して、ショーナさんはステラを抱きしめた。
「2人とも悪くないから、2人とも気にする必要が無い」
「でも…」
反論しようとするステラの頭をなでながら、話し続けるショーナさん。
「ステラは今回、何も悪いことしてないって聞いた。友達がしただけ。ケンヤさんは、それを助けようとした。ケンヤさんは、これが良いやり方と思ったんでしょ?」
「そうだね」
「ならステラもケンヤさんも、気にすることなくここに居ていい」
「…はい」
返事に少し間はあったけど、俺には納得してくれたように聞こえた。
「美味しいです!」
俺とショーナさんに挟まれて、楽しそうに夕食の料理を食べているステラ。今は、すっかり元気になっている。
最初、テーブルについて料理を見た時、一瞬嬉しそうな顔をした。なのに、その後すぐに悲しげな顔になって、俺を見てきた時はどうしようかと思った。
「ここにある物は、好きに食べていいんだよ」
「うん」
そう言っても、顔は悲しげなまま。この時ばかりはショーナさんもおろおろしていた。少しして、何となく思い当たることがあったので、小声で話しかける。
「ここの料理程美味しい物は無理だけど、明日の朝みんなに会ったら、食事ができるようにしてあげる。だから今は気にしないで大丈夫」
「ほんと?」
「約束する。だから、そんな顔しない」
「うん」
元気な表情になったステラの頭をなでる。俺の事、優しいなんて言っていたけど、この子の方がずっと優しいなと思った。
食事が終わると、ステラはショーナと一緒に片づけを始める。もう、すっかり懐いている。
「これから、どうするつもりですか」
ジョージさんが2人を眺めながら聞いてくる。
「まだ、はっきりとは決めてはいません。彼女たちがスラムでどういう状況になっているのか、まだ聞けてませんから」
「全員で9人でしたか?それだけ人数いると、かなり大変になりそうですが」
「そうですね。正直、今はどうすればいいか見当がつきません」
「彼女らにとっては、仲間が詰所に引き渡されるより悪い結果というのは、そうは無いですから。慌てずやっていけばいいと思いますよ」
「はい」
「ただ、お金の方は大丈夫ですか?」
身分的には、レベルの低い駆け出しクラスの冒険者だから、心配されているようだ。
「多少の蓄えはあります。少なくとも1、2ヶ月なら問題ないでしょう」
本当は、もっと余裕がある。ただ、あり過ぎるのも変だし、余裕が無さすぎると心配かける。このくらいがいいだろう。
案の定、ジョージさんは少し驚いているようだ。
「ケンヤさん、ステラの事なんだけど」
ショーナさんがこちらに来て、声をかけてきた。
「今日の夜、私の部屋に泊めても良い?」
俺はジョージさんを見るが、頷いてくれる。
「すっかり仲良くなったみたいですね。2人がそうしたいなら、構いませんよ」
了承すると、ステラも嬉しそうな顔をしていた。




