まっしぐら
三毛を追い始めた時に通った、最初の狭い路地。それを半分ほど進んだところで異変に気付いた。
(みゃー)
(なぁー)
路地の向こうから、猫の声が複数聞こえる。
『猫が寄ってきている?』
そこで、自分の持つ籠から《マタタビ木片》の香りが漏れている可能性に気付いた。自分にはわからなくても、猫には十分匂うのだろう。風は後ろから流れてきている。籠から漏れる匂いに誘われて、路地の向こうに猫が集まってきたのだろう。
『ということは、俺が通ってきた道は、大丈夫なのか…』
恐る恐る後ろを見ると
(にゃー)
(なぁー)
(みゃー)
すでに、多数の猫が集まってきていた。
慌てて【索敵】への意識を獣へ移行する。前方も後方も、かなりの数が集まってきていた。
路地の真ん中、前後を囲む猫。道幅は狭く、脇を抜けることは不可能だった。そして両脇は高い壁。
『もしかして、ヤバいんじゃないか、この状況』
この状態で《マタタビ木片》を使ったら、前後から殺到するだろう。と言って、このまま進んでも、ここに止まっても囲まれる。すでに、結構な数の猫が路地に入ってきているし、気の早い猫はすでに走っていて、そのまま跳びかかってきそうだ。
「【俊足】【浮遊】」
とっさに、2つの魔法を唱えた。【浮遊】で浮力を得ると、両脇の壁を【俊足】で強化した脚力を使い、三角跳びで跳ね上がる。道幅が狭いのが幸いし、三角跳びを数回繰り返して、簡単に壁の上に着地する。下を見下ろすと結構高い。
『これなら、大丈夫かな…』
と少し、安心したのだが、
(スタッ、タッ、タッ)
猫の方も、同じ要領で壁を蹴って登ってきた。
『猫だもんな…やっぱ上がってこれるか』
その他にも、小さなくぼみを利用して、じりじりと壁を登ってくる猫もいる。さすがに壁上までこれたのは、一部の猫だけではあったが、それでも細い壁の上を前後10匹ほどに囲まれる。
跳び付かれる前に、【格納庫】から木片を取り出すと、軽く目の前で振ってから下の路地に投げる。
(にゃー、にゃー、にゃー)
下の路地では、混乱を極めている。壁の上にいた猫も、全部下へ突撃した。
『これで何とかなっただろう』
【索敵】上では、風の影響か前方の方に猫が多い。一度戻って、匂い対策をしてから移動した方が良いかなと、壁の上を戻っていく。人通りもないし、このままここにしばらく猫を集めておけば大丈夫だろう。
そんな思いで、路地を後にしようとした時だった。
(フガァーー)
突如大きな鳴き声が、路地に響く。今のは何の鳴き声だ?
恐る恐る下を見ると、他の猫より2回りほど大きな太った猫が居た。他の猫は皆動きを止め、木片の周りを空けている。太猫は悠々と木片を咥えると、満足げに噛み始めた。
『魔物すら狂わせるアイテムだぞ。それを一鳴きで全て抑え込むなんて、なんて支配力だよ』
あまりの事に呆れる一方で、猫たちの視線は太猫からこちらへと向き始める。
『本格的にヤバいかも』
増える猫に対して、残りの木片は2つ。上手く使わないと大変な事になる。
俺は、細い壁の上を走り始めた。
追いかけてくる猫の群れ。【俊足】でスピードアップしていても、籠を持っているため思うように走れず、速度がそこまで上がらない。猫との距離は、開かず狭まらずの状態が続いた。
人通りが少ない道を選んではいるが、多少の人は通る。俺自身は、単にすごい勢いで走っていると思われるだけで済むが、その後に続く猫の群れはそうはいかない。俺の後方で、悲鳴が時々上がっていた。
幸いなことに、風向きの影響か、前方から猫が迫ってくることは無かった。ただし、後方の猫は、時間とともに増えてくる。
どのくらい走っただろうか、ぐるぐる回るうちに、三毛追跡時に通った無人の空き倉庫が見えてくる。
『猫の通るあの隙間から、木片を投げ込めば、半数ぐらいは引きはがせるか』
そう思い、倉庫へ向かい突っ走る。あと30メートルも行けばと思ったところで、【索敵】内に変化が表れる。倉庫内にいた、獣マークが一斉に動き出し、隙間へと殺到してくるのが確認できた。
『さっきは確認できて無かったけど、やっぱり猫だったか』
匂いが届いてなければいけると思ったのだが、追手の猫の声でも聞こえたのか、無情にも前方にも猫が出現してしまった。それでもまだ少数だったので、走る勢いそのままに通り過ぎた。
結果、空き倉庫利用作戦は失敗し、猫の数はさらに増えることになった。
結局、三毛を追っていた道をそのまま戻るような形で、捕まえた場所である無人の敷地に戻った。
そこでは、最初に使った木片とともに2匹の猫が眠っていた。転がっている木片に群がる猫達。その隙に、入り口から逃げたいとこだが、猫の数が多すぎて、争いに加われない猫が多数陣取っている。例え残り2枚使って抜け出しても、籠の匂いを追ってくる猫は多そうだ。
一度【浮遊】を使って木の上に行く。多少の猫が登って来ても、枝の上ならいっぺんには来れない。そこで、籠の中の木片を取り出すことにする。
籠の中では、外の騒ぎを物ともせず、三毛は満足げに眠っている。そっと、木片を取り出すと、目の前に迫ってきている猫の前に差し出してから、木の下に落とす。中古の木片とはいえ、威力は抜群。あっという間に樹の下で取り合いが始まった。
2か所で取り合いが行われている。やるなら今しかないだろう。もう1枚の木片を取り出すと、木から少し離れた場所へと投げた。
新たに放り込まれたのは、未使用の新鮮な1枚。効果は抜群だった。今まで静観していた猫達も参入して、騒ぎが大きくなる。
その隙に、木を下りて敷地の入口へ向かう。籠の木片は取り除いたし、新しくて強い香りの木片も使った。こちらに寄ってくる猫はもういない…はずだった。はずだったのに、入り口にさらなる猫たちが現れた。
『今度の子たちは、随分と興奮しているな』
木片を持っていないのに、こちらにじりじりと寄ってくる猫。
『もしかして、新しい木片に誘われて寄ってきたうえに、この場の雰囲気で興奮状態って事?』
のんびりと、考えている暇もなさそうだ。
「【浮遊】」
再度浮上すると、大きな小屋の屋根の上へ移動する。【格納庫】へ手を入れると、登ってくる猫達に対し、最後の《マタタビ木片》を投げつける。これで全部使いきった。
屋根の上でも騒ぎが始まった。巻き込まれないうちに、周囲へと素早く目を向ける。
視界に入ったのは、100メートルほど先にある、教会と思しき建物の屋根。
空間魔法用魔力、魔石に【保管】を使って貯めた魔力を使い、初めての魔法を唱える。
「【移動】」
ごっそりと無くなる魔力。一気に50MPを使って教会の屋根まで移動した。
『瞬間移動ってすごいな』
気づけば、目的の場所。何が起こったか、自分でも正直よくわからないくらいだ。当然、猫達はついてきてないし、この距離なら見つけることも不可能だろう。
屋根を下りて、のんびりギルドに向かう。もう匂いもしてないから、大丈夫なはずだが、警戒だけはしっかりとすることにした。
『そういえば、高い所に登って、さっさと【移動】を使えば良かったのでは…』
障害物があれば【移動】は使えないので忘れていたが、さっきのように高い所へ出ればすぐに終わった事に気付いた。
こんな単純なことに気付かない自分に呆れながら、無駄に疲れたとため息を吐くのだった。
疲れた表情でギルドに着くと、ディアナさんはまだ残っていた。
「ちょっといいですか?」
他の冒険者から目立たないよう、個室をお願いする。
「なんか疲れてない?」
「とても、疲れました。これなら、まだ盗賊と戦った時の方が楽でした」
「それは…お疲れ様」
《黒蜜》を外すと、籠をテーブルの上に置いて蓋を開ける。三毛はまだ大人しく寝ていた。
「これって、もしかして…」
「脇腹を見てください」
後の事はお任せして、テーブルの上に突っ伏す。そのまま眠気に誘われ、目を閉じた。
少しすると、肩を揺すられ、目が覚めた。
「どのくらい寝てましたか?」
「10分ほどね」
「手続きは?」
「この書類にサインしてもらうだけね」
そう言って用紙を出してくる。軽く目を通して、サインをする。
「1日で、2匹も捕まえるとはね」
「まぐれですよ。運と根気がすごく必要だってことはわかりました」
「今後も捜索を引き受ける?」
「今回のように、街の外に出られない時ならまだしも、そっちを専門にする気はないですね」
書類を渡すと、テーブルの上に顎をのせる。疲れるから、やるなら時々かなと思う。
そんな俺を見て、ディアナさんが顔を下げ、こちらの目を覗き込むように聞いてきた。
「ところで、ものすごい数の猫が、街中を走っていたって噂を小耳に挟んだんだけど、何か知ってる?」
「…さぁ」
「…本当に?」
「…」
知ってるとは言わず、無言で答える。
「まぁ、いいわ」
察してくれたのか、深くは聞いて来なかった。
「これで、ギルドの面目は立ちましたか?」
「十分立ったわよ」
「そうですか、それなら遠慮なく…」
覗き込んでいるディアナさんの頭に手を伸ばし、耳を撫でる。
ピクっと反応するディアナさんへ、声をかける。
「他の人の前で触るより、ここの方が良くありませんか?」
俺の言葉に、ため息を吐いている。
「思った以上に、触り心地良いですね」
疲れた心を癒すため、しばらく無心で撫で続けていた。
2月5日から書き始めて、
3月3日に、ユニークが1001人になりました!
約1ヶ月、早い遅いはわかりませんが、
これからも書き続けますので、
よろしくお願いしますm(_ _)m




