不審者
「あれか」
ただ立っているだけだと怪しいので、皿を拭きながら、様子をうかがう。カウンター裏から見た感じ、その男の身形は悪くないし、顔もそこそこ良い。正直、夜中に店の周辺をうろつくようなタイプには見えない。
ジョージさんに、位置を教えて確認してもらう。
「確か、1ヶ月くらい前から、来ていたと思います。注文回数が多く4、5回してきますので覚えていますが、どこの誰かまでは知りません」
首を傾けながら、答えてくれる。
「イメージと違いますね」
「同意見です。とりあえず、そのまま様子を見ましょう」
俺と一緒で、不審者のイメージとしてピンとこないようだ。そのまま、しばらく見守ることにした。
ショーナさんが呼ばれて対応。〈ブラウン〉では、基本注文を受けた人が、配膳も担当する。コーヒーを持っていったショーナさんと、軽く会話をしているのが見えた。その後も、ゆっくりとコーヒーを飲んでいる。
しばらくして、2回目の注文をした。今回もショーナさん。偶然?それとも、狙ってる?疑問に思いつつも、2回くらいなら、同じ人になってもおかしくないと思い直す。というか俺も、昨日は2回続けてショーナさんだったよな。
しかし、そう思おうとしたのだが、それでも何故か違和感があった。夜中の事が合って、先入感でもあるのだろうか。説明のつかない、もやもやとした気持ちを抱えながら、そのまま経過を見守り続けた。
3回目の注文までは、少し時間がかかる。覗き続けるにもいかず、ジョージさんにカウンター裏をまかせ、俺は【索敵】で動きを観察した。
その間、別にチェックしていた人が1人来店した。こちらは、レベッカさんにご執心の様子。ジョージさんに確認すると、すぐに無害判定が出た。どうやら知り合いらしく、本気で行動するなら、夜中なんてまどろっこしい事はしないそうだ。
「注文が入ったようだな」
ジョージさんが言ってくる。【索敵】の中で見ていたおかげで、今度は、違和感の原因に気付けた。
「マスター、ちょっといいですか」
店員のふりをしながら、声をかける。
「もし彼が不審者なら、彼の狙いはショーナさんですね」
「3回連続だっただけでは、何とも言い難いと思うのだが。3人しかウェイトレスはいないから、そのぐらいなら可能性があるのでは?」
「確かにそうなんですが、今のタイミングは、明らかに狙っていましたからね」
「それは、どういう意味ですか?」
俺は、【索敵】で見ていた人の動きを説明する。2杯目から3杯目の間、彼の周りはほぼレベッカさんが担当していた。パーシスさんが、2回だけ近くを通っていたが、その時は頼まなかった。なのに、ショーナさんが通った、ただ1回のチャンスに彼は注文した。
そして、2回目の注文の時の俺の違和感。それは、あの時もレベッカさんがずっと周囲に居たのに、たまたまショーナさんが近づいたときに注文をしていた。
「もし良かったら、少し状況に手を加えてみたいのですが…」
俺は、ジョージさんに耳打ちをして、これから行う事についての説明を始めた。
「お待たせしました」
彼の前にカップを置く。ショーナさんには、裏で仕事をしてもらっている。突然の見知らぬウェイターの出現に、驚いた表情を見せる。そのまま立ち去ろうとすると、
「君は」
声をかけてきた。
「カウンター裏を中心に、手伝いをしているのですが、彼女が手を離せないようなので、代わりにお持ちしました」
そう言って、その場を離れる。
その後はしばらく、カウンター裏でショーナさんと会話をしながら仕事を続ける。
「仕事覚えるの早いですね」
「昨日の夜、することなくてメニューと睨めっこしてましたから」
「そういえば、夜中はご迷惑をおかけしました。パーシスさんに注意されました」
少し、しゅんとした表情で謝ってくる。
「いえ、俺は気にしていませんよ。逆に、少し相手をしてもらって、楽しかったですから」
「そうですか?」
「でも、あの恰好で男の人の前に出るのは止めましょうね」
「はい」
「それと、今は警戒中なので、夜中の行動は注意して下さいね」
声をひそめてコソコソと言う。
「わかりました」
こちらに合わせて、ヒソヒソ声で返してくる。
そんな感じで話していると、
「ケンヤ」
とジョージさんから呼ばれる。
「ここお願いしますね」
「はい」
笑顔で送り出してくれる。
「どんな感じですか?」
ジョージさんに声をかける。
「ショーナ狙いについては、まず間違いないでしょう」
「やっぱりそうですか」
「陰から見てましたが、ずっと睨んでいました。特に、小声で内緒話をしていた時は、目つきがすごかった」
「どうやら、成功のようですね」
「話の内容が聞こえるわけでもないのに、その楽しそうな雰囲気が、向こうに伝わったんでしょう」
「確かに、実際に楽しいですよ、彼女と話していると」
俺の返答に、呆れた顔をしてくる。
「向こうは、どう見ても殺気を放っていましたが」
「それなら成功ですね。彼が件の不審者なら、行動をする確率が上がります」
「追い込んで、無理矢理やらせている。そんな感じがしないでもないんですが」
「そう思うなら、彼を捕まえた時に、過去に起きた不審者事件について、確認すればいいと思います。もし彼がやっていたのなら、遠慮なく捕まえればいい。していないなら、話し合えばいいだけです。少なくとも、昨日1度は来ているわけですし。誤解を与えるような行動をしているのだから、それくらい我慢してもらいましょう」
「確かに、今はそれが良いかもしれませんね」
「もちろん、彼が行動を起こさない可能性もまだありますから」
「そうなると、振り出しにもどるわけで…」
「どっちになっても、面倒ですね」
2人してため息を吐くのだった。
その後も、ショーナさんは裏手での仕事をメインにさせて、彼がしびれを切らして帰る素振りを見せた時、再度店内側での仕事に切り替える。案の定、彼はショーナさんに注文をした。ジョージさんと顔を見合わせ、頷きあう。ショーナさん狙いは、これで確定した。
コーヒーを運ぶ時点で、少し問題が出てきた。このままショーナさんに持っていかせると、彼が満足してしまう可能性がある。だからと言って、俺が行けば刺激を与えすぎ、この場で何か事が起こる可能性もありそうだ。
加減が難しい所だなと迷っていると、たまたまお客さんの連れている子供が愚図りだした。近場に居たショーナさんが、子供の相手を始める。これなら、彼も諦めざるを得まい。何食わぬ顔で、俺がコーヒーを持っていく。目つき鋭く睨んでくるが、気づかないふりをしてカップを置いた。さも不満げにコーヒーを飲み干すと、そのまま会計をして帰っていった。
「それじゃ行ってきます」
ジョージさんに声をかけ、裏口から出る。服の上から、ローブをまとい、フードで顔をかくして、尾行を開始する。
尾行は【索敵】を使用しているので、距離を保ってできるため、素人の俺でも問題ない。しばらく後を追っていると、見慣れた道に入っていく。
『確かこの先は…』
1件の店に入っていく。彼の入ったのは〈ドーン武具店〉だった。
『どういう事だ。ドーンさんと知り合いなのか』
それだと、あまり騒ぎを大きくしたくない。しばらく、表で見張っていると彼は出てきた。
「【索敵】」
範囲を200mまで拡大してから、店に入る。
「いらっしゃいませ…ってケンヤね、もう出来ているわよ」
ドナさんが声をかけてくる。店内には、他に誰もいないようだ
「今、急いでいるから、その件は後にしますね。ちょっと確認ですが、今出てきた男の人って常連さん?」
俺の真剣な様子に、戸惑うドナさん。
「いえ、初めてよ」
「何を買っていきました?」
【索敵】で彼の行先を確認しながら聞く。どうやら、〈ブラウン〉には戻らないようだ。
「《鋼鉄短刀》よ。それがどうかした?」
随分と物騒な物を買っていったようだ。
「急いでいるので、後で説明に来ます。」
そういって、店を飛び出した。
距離が大分離れているので、走って差を詰める。進む先は街の南東方面、貴族ではなさそうだ。喫茶に通い、《鋼鉄短刀》を気軽に買う財力。かなり裕福な平民だろう。
追いつくころには、彼は建物の中に入っていた。近所で話し込んでいる人達に確認すると、どうやら商人の家らしい。年恰好について話すと、どうやら若旦那のようだ。最初は口を割らなかったが、顔がそこそこ良い若旦那。女の話を適当にちらつかせると、主婦達は話しに食いついてきた。若旦那は入り婿で、頭が上がらないらしいとか、夜遅くに飲みに出かけるとかの噂ぐらいは聞けた。
情報収集は適当に切り上げ、〈ブラウン〉に向かうなら夜だろうと判断する。一旦〈ドーン武具店〉へと向かった。




