街の東・エヴァレット山の麓(訓練〔ティルダ〕)
魔法について
会話「 」で、ルビが付いている時は唱えてます。ルビなしは唱えていません。
通常の文章の時は、初めて書かれた魔法にはルビを付けています。
「久しぶりです、ディアナさん」
「こんにちは、ディアナさん」
2人で挨拶をする
「こんにちは。ティルダは久しぶりね」
カウンターの向こうから、ディアナさんが挨拶を返してくる。
「今日も周辺の情報でいいのかしら?それと昨日の魔石の交換も?」
「両方です」
ティルダさんが答え、俺が魔石を出す。
「さすがに、ゴブリンの時ほど、数は無いわね…って、これ、ホワイトマンティスじゃないの!」
びっくりしたように聞いてくるが、さすが受付担当。驚いても、大声は出さない。他の冒険者に聞こえるような、ミスはしないようだ。
「苦戦しましたが、何とか倒しました」
「Cランクを倒すとは…。他は、マンティスとアントね」
「あっディアナさん、ちょっと待ってください」
ティルダさんが、換金にストップをかけて、俺の方に向く。
「Cランクの魔石は、持っていた方がいいんじゃない?」
「何かありましたっけ?」
「【保管】や【吸収】に使えるでしょ」
「…忘れてました。ありがとうございます」
魔石を確保することを、すっかり失念していた。
空間魔法【保管】は、魔石にMPを保管する。必要時に取り出すことができるが、そのMPは空間魔法にしか使えない。【転送】などのMPを大量に消費する魔法に使用する。
そして【吸収】は刻印魔法で、魔石に刻印を施しMPを吸収させる。こちらも、必要時に取り出すことができるが、そのMPは刻印魔法にしか使えない。魔法道具を作る時に使う【魔法環】は、大量にMPを必要とするので、日ごろからコツコツと貯めておく必要がある。
Cランク魔石は、MPを1万まで貯められるので、両方の魔法用に2つ確保しておきたい。将来的に魔法道具を作るなら、もっと集める必要があるだろうが。
そんなことを考えてると、ディアナさんが聞いてくる。
「刻印魔法も使えるのね。昨日は、2種類までしか聞いてなかったけど、3種類だけ?」
「はい。その3つだけです。1つくらい、攻撃魔法があれば良かったんですけど」
「3つも使えて、贅沢言わない」
窘められてしまった。そんな俺を見て、
「実は…」
笑いながら、さっきの武器屋での一件を話しはじめるティルダさんだった。
今日の戦闘訓練は、エクレストンの東にある、エヴァレット山の麓で行っている。岩がゴツゴツして、足場があまり良くない。魔物はEランクのゴート。ヤギの団体を相手にしている。強くはないが、足場の悪さと数の多さが面倒だ。補助魔法で、ステータスを底上げしながら倒していく。
「ハァッ」
岩の上を跳ねて移動するゴートに、《棒》をひっかけて捻る。後ろ脚を取られ、バランスを崩し宙に浮くゴート。
(ビタンッ!)
派手な音をたて、地面に背中から落ちる。衝撃で気絶になった隙に、その柔らかいお腹へ突きを入れ倒す。
休む間もなく、後ろに魔物の迫る気配を感じる。近くの岩陰へ、飛び込むように移動。息をひそめ気配を伺うと、ゴートの殺気が近づいてくるのを肌で感じる。
『今だ!』
タイミングを見計らって飛び出し、岩陰で変形させていた《剣》を首筋へ振り、 狙い通りに頭を切り落とす。
今までの戦闘訓練で、視覚に頼ることなく気配で、ある程度の距離感をつかめるようになってきた。
「【氷壁】」
どこかで、壁のできる音がする。ゴートの侵攻を阻害しているようだ。
「ちょっと数が多いわね。【ダブル・氷矢】」
岩の上から、ゴートを狙い撃ちにするティルダさん。
「一旦【索敵】使って、状況を確認しますか?」
「さすがに、使った方が良さそうね。このままだと無限に湧いてきそう」
「わかりました【索敵】」
半径100メートルで確認するが、東方面、山側にかなりいるようだ。
「山側に、数十匹いますね。これ以上進めば、さっきみたいな状況になりそうです。この近辺なら、あと5匹に減っています。戻りますか?」
「5匹ね。とりあえず魔石を回収して、遭遇したら倒しましょう。寄ってこなければ、そのまま山に向かわず、一旦戻りましょう」
「わかりました」
足元に転がる魔石を回収しながら、2人で移動を開始する。幸いにも、付近のゴートが近寄ってくることはなかった。
「【水矢】」
樹の上にいたクロウを、ティルダさんが魔法で仕留める。これで、周囲の魔物が居なくなった。それはいいのだが、
「魔石、落ちてきませんね」
「引っ掛かっちゃったみたいね。Eランクの魔石だし、いっか」
「この樹なら、簡単に登れそうですよ」
木の瘤に足をかけ、枝に手を伸ばす。体を引き上げると、さらに上段の枝へと手を伸ばす。4、5メートル登ったあたりで、枝の付け根に魔石が挟まっているのを見つけた。回収し、ふと視線を上げて周りを見る。
樹の下に居る時は気付かなかったが、ところどころに小さな花が咲いている。白い釣鐘型の鈴蘭のような花、葉の陰に1輪ずつ隠れるように咲いている。かすかに、甘い香りもする。
「見つからないの?」
下から、ティルダさんの声が聞こえてくる。
「ちゃんと、見つかりましたよ。綺麗な花が咲いているので、ちょっと見てました」
「そうなの?私も見たいな」
「そちらに持っていきますか?それとも登ってきますか?」
少しの間、迷う素振りを見せる。
「そっちに行く」
悩んだ挙句、登り始めるティルダさん。2つ目の枝までは、すんなり辿り着いたが、最後がうまく登れない。手をのばして、引っ張り上げてあげる。
体がすっと持ち上がり、俺と一緒の枝にふわりと音もなく座った。そのまま周囲を見渡し、葉の裏に咲く花を見つめる。
「可愛い花ね、ほのかに甘い香りもするわ」
目を閉じ、花の香りを楽しんでいる。横顔が綺麗だなと、そのまま少し眺めていた。
このまま、もう少しここに居たいと思っていると、閉じた目を開き、こちらへゆっくり振り向いてきた。
「周囲に魔物も居ないし、ここで、少し休憩にしましょ」
「そうですね」
思いは通じたようだった。
返事をし、幹に背を当て楽な姿勢になる。目を閉じると、心地よい柔らかな風を感じる。
すっと、枝の上を動く気配がしたかと思うと、胸に軽く寄りかかってきた。そのまま腕を回し、軽く抱きしめる。そのまま話すこともなく、2人で静かに過ごすのだった。
(カーン)
木々の間を歩んでいると、遠くから硬質な音が響いてくる。
「何の音ですか?」
「私も、こんな音聞いたことないけれど」
ティルダさんも知らないようだった。
「どうします?」
「もう少し進みましょう」
音の方に向かう事にする。何が出てくるのやら。
(カーーン)
先ほどより、大きく長い音が響く。近づいたからというより、明らかに先ほどより大きな音がしている。
「魔物のようですね」
【索敵】の反応は魔物を示している。
「何かにぶつかる音?」
「言われてみれば、そんな感じもしますね。もう少し行ったところの、崖下にいるようですが、覗いてみますか?」
「ここまで来たらね」
そまま進み続け、静かに崖下を覗く。目の前に現れた魔物を見て、思わずつぶやいてしまう。
「…以前みたいに、問答無用で【氷矢】を打たないんですか」
「あれ、魔物よ。食べれないでしょ」
目に入ってきたのは、大きな鹿だった。何をしているのか、近くの岩に角を打ちつけている。
「冗談はさておき、どうしようかしら」
「あれは何ですか?」
鹿の魔物はディアーだったが、崖下にいるやつは一回り大きく、角の色も違う。黄色でガラスのように透けている。
「Cランクのシトリンディアーね。かなり好戦的な魔物」
「この崖、気づかれないように降りるのは無理ですね」
「訓練にはならないけど、やっぱり、魔法を使うしかなさそうね」
そう言うと、魔物の首筋に狙いを定め始めた。
「【氷矢】」
風を切る一条の矢。いつものように正確な狙いは、首筋に打ち込まれると確信していたのだが、
(ガキッ)
頭を振り、硬質の角を盾にして防がれた。角は多少凍ったようだが、ダメージを与えた様子はない。
こちらを見つける、シトリンディアー。一瞬のにらみ合いのうち、
「跳んだ!?」
崖を跳ね、こちらに上がってくる。
「【俊足】、【防御】」
【攻撃】を唱える暇はなかった。崖上に上がってきた直後を狙い、崖下に落とそうと《棒》を振る。
(ガンッ)
頭の角で防がれる。駆けあがってきた勢いと、体重差によって押し切られ、崖の上に立つシトリンディアー。こちらは無理に押し合わず、身を引き交わして、体勢を立て直す。
その隙に、ティルダさんは後方へ。近くの樹の幹を盾に、詠唱の隙を伺う。
首を下げ、突進の構えをするシトリンディアー。
『《棒》で押さえても、押し切られる。《剣》で、すり抜けざまに、胴か足を狙うか』
《棒》に手を添え、《剣》に変えようとした瞬間、
(ダンッ)
地を蹴り、俺の頭上を飛び越した。魔法を使った、ティルダさん狙いか!
「ちっ《鞭》」
急いで、長さ1.5メートルの《鞭》に変える。それと同時に後方へ跳び、シトリンディアーとの距離を詰める。
「【ダブル・水弾】」
空中に向けて、威力を上げた二連魔法が飛ぶ。さっきは角で氷を弾かれたので、水に変えたようだ。角で受け止めているが、氷のようには弾けない。水圧でわずかに押し返される。
(シュッ)
《鞭》が唸りを上げ、空中で突進を封じられている、シトリンディアーの後ろ脚へ絡み付く。水に押し返され、勢いの弱まっていたその体を、渾身の力で近くの樹へと叩きつけた。
脇腹から樹へ叩きつけられ、一瞬硬直する。かなりのダメージを与えたと思うが、まだ倒れる気配はない。樹に寄り添いながらも、脚を折ることはなかった。
後脚から外れた《鞭》を《剣》に変える。
「【攻撃】」
「【水爆】」
同時に唱えられる魔法。俺は鹿の後方へ、飛び込む。鹿は、俺の動きから前方へと飛び出すが、その動きを読んで前方で【水爆】が爆発。弱っていた体を、地面へ叩きつける。
こちらに背を向け倒れている、シトリンディアーの首筋へ、《剣》を切り付ける。切り落とすまではいかなかったが、深々と剣が切り裂き絶命。黒い霧となり消えていき、そこには魔石が転がった。
木の陰から出てくるティルダさん。
「お疲れ」
「お疲れさま」
「まさか、崖を跳ねあがってくるとは思わなかった」
「確かに、好戦的でしたね」
魔石を拾いながら、話をする。
「あの角って残らないんですね。高く売れそうに見えたから、密かに期待していたのに」
「アイテムが残るのは、同種の個体より強い魔物だけだからね」
「アイテムが出るのに、法則ってあるんですか?」
初めて聞く話なので、確認する。
「魔物が倒れると、体を黒い霧に変えて、魔石に変化するのは見てるでしょ。あれは、倒れた時に、体を構成していたエネルギーを、魔石に凝縮している現象なの。そのエネルギーが余分にあると、さらにアイテムに凝縮するわけ」
「つまり、エネルギーを多く持つ個体だから、必然的に力も強いと」
「そういうこと」
「あれより強い個体か。しばらくは遠慮したいですね」
「そうね。どうせ鹿狩りするなら、食べれる鹿の方が良いし」
(ぐぅー)
肉の話になり、俺のお腹がなった。
「そろそろ、帰りましょうか」
ティルダさんが、笑いながら言ってきた。




