第4話 金髪の男
昼休み。
午前最後の授業が終わった途端、教室の空気が一気に緩んだ。
購買へ走る奴。机を寄せる奴。欠伸をしながら弁当を広げる奴。
俺も昼飯を買いに行こうと財布を出しかけたところで、目の前に四角い包みが差し出された。
「はい、遼くん」
見上げる。
依織がいた。
片手に自分の弁当箱。もう片方には、今俺へ差し出している弁当箱。
「……なんで二個あるんだ?」
「一個は遼くんのだよ」
やっぱり。
俺は財布を机へ置き直した。
「いつ作ったんだ、これ」
「今朝。遼くんの家に行く前」
朝っぱらから俺の部屋へ押しかけてきた時点で十分早かったはずなのに、その前に弁当まで作っていたらしい。
元気だな、こいつ。
「久しぶりに一緒に学校へ行けるから、作ろうかなって」
「そりゃどうも」
ありがたく受け取る。
蓋を開けると、卵焼きに鶏肉、野菜。俺の好きなものもしっかり入っていた。
横からひよりが目を輝かせて覗き込む。
「依織ちゃん、お弁当まで作れるの!?」
「そんなに凝ったものじゃないよ」
「十分すごいよ!」
俺は卵焼きを一つ口へ放り込んだ。
「うん。うまい」
「ほんと?」
依織がぱっと笑う。
その向こうで、航平が妙に疲れた顔をしていた。
「なあ」
「なんだよ」
「お前ら、本当に付き合ってないんだよな?」
「朝もやったぞ、その話」
「だって朝は寝室まで迎えに来ただけだっただろ。今度は手作り弁当だぞ」
「だけって言うな。あと、それ以上広げるな」
航平が何か言いたそうに口を開く。
そのときだった。
教室の入口あたりが、妙にざわついた。
何人かが廊下を見る。
俺もつられて顔を向けた。
そこにいたのは、見覚えのない男子だった。
まず目に入るのは金髪。
次にサングラス。
グレーのブレザーは前を開け、青いネクタイもかなり緩めている。いかにも校則と仲良くする気がなさそうな格好だ。
なんだあれ。
学校を間違えた芸能人か。
ただ、だらしない着方とは裏腹に身体はしっかり鍛えられている。
肩も腕も細くない。
少なくとも魔法戦をやっている身体ではある。
金髪は教室の中を見渡すと、迷うことなくこっちへ歩いてきた。
「よう、篠原」
「あれ?」
依織が箸を止める。
「久我くん?」
どうやら知り合いらしい。
久我と呼ばれた金髪は、俺たちの机の横まで来るとサングラスを少し押し上げた。
「相変わらず目立つな、お前。昨日も優勝したんだって?」
「うん。ありがとう」
「ニュースで見たぜ。あれだけ勝って、今日も普通に学校来てんのかよ」
「学生だからね」
「真面目だなあ」
久我は軽く笑った。
喋り方も態度も軽い。
初対面でも三分で馴れ馴れしくなりそうなタイプだ。
「せっかく大会終わったんだろ? 午後から俺と遊びに行かね?」
「授業があります」
「じゃあ放課後」
「嫌です」
一秒も悩まなかった。
久我の口元が引きつる。
「ちょっとくらい考えろよ」
「嫌なものを考える必要ある?」
「相変わらず容赦ねえな……」
依織が普通に弁当へ戻る。
久我は頭を掻いてから、ようやく俺の方を向いた。
サングラス越しなので目はよく見えない。
ただ、視線だけは妙に長く感じた。
「で。お前が相馬遼?」
「そうだけど」
「へえ」
それだけ言って、じっと見る。
初対面の奴にしては、ずいぶん念入りだな。
「篠原の幼馴染って、お前なんだ?」
「そうだよ」
「ふーん」
なんだこいつ。
感じ悪いな。
俺も箸を止めずに見返した。
「何か?」
「いや、別に」
久我は肩をすくめると、また依織へ顔を向ける。
「なあ篠原。こんな奴ほっといて、やっぱ俺と遊ぼうぜ」
依織の箸が止まった。
「……こんな奴?」
気のせいだろうか。
声が少し低い。
久我は気づいていないらしい。
「だってそうだろ? 今じゃ魔法もまともに使えねえんだろ、こいつ」
航平と直哉の表情が変わった。
ひよりも笑顔を消す。
俺はというと、そこまで腹は立たなかった。
言われていること自体は事実だ。
初対面でいきなり言うことか、とは思うけど。
「まあ、今はな」
卵焼きを食べながら答えると、久我は鼻で笑った。
「だったら余計に――」
『 久 我 く ん ? 』
ぞくり、とするくらい綺麗な声だった。
依織は笑っていた。
いつもと変わらない、にこやかな笑顔だ。
なのに、どう考えても笑っている人間の空気じゃない。
「あ、いや、篠原? 今のは別に――」
『 遼 く ん の こ と、 な ん て 言 い ま し た ? 』
「あ、いや……こんな奴って」
『 あ あ、 や っ ぱ り 言 っ た ん で す ね 』
まずい。
この笑顔、知ってる。
「依織、ちょっと――」
言い終わる前に、依織の右手が久我の顔面を掴んだ。
「ぶっ!?」
そのまま片手で持ち上げる。
「いだだだだだ!? 待て篠原! 足! 俺の足、床についてねえ!」
本当に浮いている。
両足をばたつかせる久我を、依織は片手一本で吊るしていた。
しかも魔法すら使っていない。
相変わらず、素の身体能力がおかしい。
依織は満面の笑みを浮かべた。
『遼くんのこと何も知らないのに勝手なこと言わないでもらえますか遼くんは昔からすごくて優しくて負けず嫌いで努力家で今だってちゃんと頑張ってるんですからちょっと魔法が使えないくらいで久我くんにこんな奴なんて呼ばれる筋合いありませんしそもそも初対面の人にそんな失礼なこと言うのどうかと思います訂正してください今すぐ』
「聞いてる聞いてる! 分かったから指! 指が食い込んでる! 頭割れる!」
航平が口を半開きにしたまま、俺へそっと顔を寄せる。
「篠原って、あんな早口できたんだな……」
「俺も初めて見た」
直哉は机へ突っ伏して肩を震わせている。
一方のひよりは胸の前で両手を組み、頬をほんのり赤くして依織を見上げていた。
「依織ちゃん、怒ってても綺麗……」
「ひより。今は久我の生存を心配してやれ」
美しさを鑑賞している場合じゃない。
当の久我は依織の手首を両手で掴み、どうにか指を引き剥がそうとしていたが、びくともしない。
「わ、悪かった! 訂正する! 相馬はすごい! すごい奴です!」
「はい。よくできました」
ぱっと手が離れる。
「うおっ!?」
支えを失った久我が尻から床へ落ちた。
「ってえ! 急に離すなよ!」
涙目で睨み上げる久我に、依織は不思議そうに瞬きをする。
「では、もう一度持ち上げます?」
「いらねえよ!」
依織は満足したらしい。
何事もなかったように俺の隣へ座り直すと、さっきまで人間を片手で吊っていた右手で箸を持った。
「遼くん、冷めちゃうよ?」
「お前の切り替え、怖いんだよな」
俺も止まっていた昼飯を再開する。
床では久我が顔をさすりながらサングラスを掛け直した。
そして、不意に俺を見る。
それまでの軽薄そうな雰囲気が、一瞬だけ消えた。
「……マジで今、こんなんなのかよ」
小さな声だった。
でも、はっきり聞こえた。
俺は箸を止めて久我を見る。
「……は?」
久我も口を滑らせたことに気づいたらしい。
一瞬だけ表情を固め、すぐに顔を逸らす。
「いや。なんでもねえ」
なんでもないわけがない。
初対面の奴がする言い方じゃなかった。
「お前、もしかして――」
『 久 我 く ん ? 』
依織の声に、久我の肩が跳ねた。
『 今、 遼 く ん の こ と を な ん て 言 い ま し た ? 』
「……じゃあな!」
久我は踵を返し、教室から全力で逃げ出した。
『 ま だ、 お 話 終 わ っ て ま せ ん よ ? 』
依織もすぐにその後を追う。
「待つわけねえだろ!」
二人が廊下の向こうへ消えていく。
俺は弁当箱を片手に、逃げる金髪へ声を張り上げた。
「逃げろ金髪ー! 捕まったら今度こそ頭割られるぞー!」
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