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もう一度、君に追いつくまで  作者: ヤソタケル


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10/13

第10話 一個でいい

「……速っ」


放課後の空き教室。


大型モニターに映った久我を見て、俺の口から最初に出たのがそれだった。


実技場での練習を切り上げたあと、環先生が「工夫するなら、まず相手をちゃんと見よう」と言い出して、俺たちは最近の久我の試合映像を見ることになった。


画面の中にいるのは、俺が昔戦った頃の久我じゃない。中学最後の頃に出場した大会だ。


金髪の久我が相手と向かい合う。


その両拳と両足には、試合が始まる前から炎がまとわりついていた。


「……最初から出してんのか」


開始の合図。


次の瞬間、足元の炎が一気に膨らんだ。


身体が前へ弾ける。


いや。


走ってるっていうより、飛んでる。


一気に間合いを潰し、その勢いのまま炎をまとった拳を叩き込む。


相手が腕を上げて防いだが、衝撃だけでは済まなかった。拳から炎が弾け、身体ごと大きく押し下げられる。


久我は止まらない。


今度は身体の横へ足を振り、その反対側から炎を噴かせて軌道を変える。そのまま再加速し、相手が体勢を立て直すより早く、また懐へ潜り込んだ。


「うわ、派手!」


ひよりが机へ両手をつき、画面へ身を乗り出す。


「炎で飛んでるみたい!」


「飛んではないね」


環先生は椅子の上で頬杖をついたまま、のんびり画面を眺めている。


「足にまとわせてる炎を噴かして、身体を加速させてる。行きたい方向に合わせて、火勢と出す位置も変えてるね」


航平が腕を組み、眉を寄せた。


「これ、まともに食らったら終わるだろ」


「だから大会で結果出してるんでしょ」


直哉がさらっと返す。


それはそうなんだけど、一週間後に戦う友達の隣で言うなら、もうちょっと気を遣ってほしい。


俺は椅子へ深く座り直し、画面から目を離さなかった。


昔の久我とは、かなり違う。


あの頃から炎は得意だった。でも、それだけじゃなかった。身体強化も防御も使っていたし、その場に合わせて別の魔法も混ぜてくる。


普通にバランスのいい選手だった。


なのに今は――。


「……ほんとに炎しか使ってねえな」


「うん」


隣に座る依織が、長い黒髪を耳へかけながら頷いた。


画面の中では、久我がまた炎を噴かせて相手へ突っ込んでいる。


拳にも足にも、炎はずっと消えない。


踏み込みでは足の火勢を上げ、殴る瞬間には拳の炎まで一気に膨らませる。


見ているうちに、俺もいつの間にか前のめりになっていた。


「なのに、昔よりやれること増えてるじゃん」


足の炎で加速し、噴き出す位置をずらして軌道を変える。


拳と蹴りの威力を上げ、近距離ならそのまま高い出力をぶつけて相手を押し返す。


使っている魔法の種類は減ったのに、その一つでやれることは明らかに増えていた。


一週間前、久我が俺に言った言葉が頭へ浮かぶ。


『全部で勝つのを諦めただけだ。一個でいい。何か一個、お前より上に行けばいい』


「……こういうことか」


思わず漏らすと、依織がこっちを向いた。


「何が?」


「あいつ、言ってただろ。二年以上、炎だけやってきたって」


顎で画面を示す。


「ただ火力上げただけじゃなかったんだな。炎だけで戦えるようにしたんだ」


遠くから炎を撃つ場面はほとんどない。できないわけじゃないだろうけど、元々あいつは遠距離を得意にしていた選手じゃない。


そのうえ拳と足の炎を維持しながら、あの加速と火力まで出している。そこから遠距離戦までやる余裕はないんだろう。


だから近づく。


炎で近づいて、炎をまとった手足で叩く。


ずいぶん極端になったもんだ。


二年以上。


俺を追いかけて、その時間をほとんど一つに突っ込んだ。


正直、面倒くさい奴だと思う。


でも、強い。


そこは認めるしかない。


航平も感心したように口笛を吹いた。


「久我って本当に強かったんだな」


「本人に言ってやれ。たぶん喜ぶぞ」


「お前が言えよ」


「俺が言ったら絶対調子乗るから嫌だ」


ひよりが頬杖をついたまま苦笑する。


「そこはライバルとして褒めてあげなよ」


「無理。あいつ絶対、次の日まで覚えてるぞ」


今だって得意げな顔が簡単に想像できる。


『相馬に強いって言われた』とか、聞いてもないのに何回も言いそうだ。


ひよりは再び画面へ目を戻し、首を傾げた。


「でも、ずっと手と足に炎出してるんだよね? 魔力すぐなくならないの?」


「なくなると思う」


直哉が答えると、環先生も小さく頷いた。


「かなり燃費悪いねぇ。四肢の炎を維持したまま、加速や攻撃のたびに出力も上げてるから」


「やっぱり」


俺は先生を横目で見る。


「燃費悪い仲間ですね」


「久我くんは普通に周囲の魔力も使えるけどね」


「仲間じゃなかった」


こっちは自分の中にある分だけで全部回している。


同じ燃費の悪さでも、条件が違いすぎる。


世知辛い。


映像はまだ続いていた。


久我が相手から少し距離を取る。


両拳と両足の炎は消えない。


一瞬止まり――足元の火勢が跳ね上がった。


そのまま一気に加速する。


「ちょっと戻して」


俺が言うと、直哉がすぐ映像を巻き戻した。


「今の接近?」


「うん。もう一回」


久我が加速へ入る場面を何度か見返す。


腰の落とし方。


足の向き。


肩の動き。


そして、炎。


最初からまとっているせいで分かりづらい。


でも。


「もう一回、直前で止めて」


直哉が映像を止める。


そこから少しずつ送る。


久我の足にまとわりつく炎が、ほんの一瞬だけ大きくなった。


「……ここだ」


航平が椅子ごと寄ってきて、横から画面を覗き込む。


「何か見つけた?」


「加速する前、足の炎が強くなってる」


「最初から燃えてるじゃん」


「だから分かりづらいんだよ。でも同じじゃない」


もう一度見る。


腰が沈み、進む方向へ重心が動く。その直後、逆側の足元から炎が強く噴き出した。


「出す位置も変わってる」


環先生が頬杖をついたまま、目だけを画面へ向ける。


「うん。前へ行く時と横へ切る時で違うねぇ」


「やっぱり」


一回目には見えなかったものが、繰り返すうちに少しずつ拾えてくる。


昔から、こういう時間は好きだった。


相手が何をするのかを見る。何が得意なのかを見る。その得意なものを、どうやったら一番嫌がるか考える。


試合そのものより、こっちをやっている方が楽しかった時期すらある。


「……相変わらずですね」


隣で依織がくすっと笑った。


「何が?」


「試合の映像を見始めると、周りの声が聞こえなくなるところ」


「聞こえてるよ」


「じゃあ、さっき私が何て言ったか分かる?」


「……頑張れ?」


依織はにっこり笑った。


「言ってないよ」


向かいでひよりが吹き出す。


聞こえてなかったらしい。


まあいい。


代わりに、少し見えてきた。


久我は速い。


たぶん今の俺が普通に走ったところで、まず追いつけない。


今使える風で高速移動勝負をする?


無理だ。


一週間で二年以上をひっくり返せるほど、世の中は俺に優しくない。


でも――。


「……ずっと同じ炎じゃない」


口に出すと、環先生がこっちを見る。


「うん」


「加速する直前だけ、足の火勢が上がる。出す場所も変わる」


常に炎をまとっている。


だから、炎があるかないかじゃ読めない。


でも、強さと位置は変わる。


そこには理由がある。


「動く前に、あいつ自身が行く方向を決めてる」


当たり前だ。


行き先を決めずに炎を噴かせたら、自分がどこへ飛ぶか分からない。


でも、その当たり前が大事だった。


俺はもう一度だけ映像を見てから、直哉へ手を上げた。


「もういい。ありがと」


映像が普通の速度へ戻る。


画面の中の久我はまた足の炎を噴かせ、猛烈な勢いで相手へ踏み込んだ。


今度は炎をまとった右拳。


相手が防御を固める。


拳の火勢が一気に膨らみ、そのまま防御ごと押し切った。


やがて試合終了。


航平が椅子の背にもたれ、両手を頭の後ろで組む。


「で、一週間後にこれとやるんだろ?」


「そうらしいな」


「他人事みたいに言うなよ」


「俺だって勝手に決められたんだよ」


俺はそのまま環先生を見る。


「改めて映像で見ると、先生かなりひどいことしましたね」


「勝手に試合受けたこと?」


「そこからです」


「でも、やるんでしょ?」


「……まあ」


そこはもう決めた。


というか、こんなのを見せられたせいで少し楽しくなってきた。


昔の久我じゃない。


二年以上、自分で選んだ一つを磨いてきた久我だ。


だったら俺だって、昔と同じじゃなくていい。


今あるものでどうにかする。


その方が面白い。


環先生が机の上に置いていたノートをぱたんと閉じた。


「で、どうする?」


「いきなり俺に振るんです?」


「相馬くんが戦うんだから」


「勝手に試合受けた人が言います?」


「それはそれ」


便利だな、その言葉。


俺はもう一度、止まった画面の久我を見る。


炎で加速して近づき、まとった手足で叩く。


あいつの強いところは分かりやすい。


速い。近づかれれば、痛い。


なら。


「……久我より速くなるのは無理ですね」


航平が目を丸くした。


「諦めんの早くね?」


「諦めるんじゃなくて、そこで勝負しない」


あいつが二年以上磨いた速さを、一週間で正面から超える。


そんなのは作戦じゃない。


ただの願望だ。


俺は椅子の背にもたれ、ここ一週間使い続けてきた風を頭に浮かべる。


数回しか使えないし、今は横にしか動けない。


でも、一瞬だけなら身体をかなり速く押し出せる。


環先生が眼鏡の奥で目を細めた。


「じゃあ何に使う?」


「久我と競走する必要はない」


俺は画面の中の久我を指差す。


「こいつが突っ込んできた時だけ、そこにいなきゃいい」


航平が少し考えてから「ああ」と手を打った。


「ずっと速くなくてもいいってことか」


「そう。あいつより速く走れなくても、攻撃が来る瞬間だけ外れればいい」


久我が行き先を決めれば、足の炎が強くなる。そこを見てから俺が動く。


攻撃が届く、その瞬間だけそこから外れればいい。


環先生が小さく頷いた。


「その方が現実的だねぇ」


「でも、問題は燃費ですよ」


「そこは工夫しよう」


昨日考えていたことが頭へ戻ってくる。


今すぐ自分の魔力を何倍にも増やすのは無理だ。


でも、使い方なら変えられる。


「先生。今の風、無駄に出してるところあります?」


先生の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「あると思うよ」


「じゃあ、そこ削りましょう」


環先生がすぐにノートを開き直す。


「距離も?」


「必要以上に飛ぶ意味ないですよね」


「方向は?」


「横だけじゃ足りない」


「何回使いたい?」


「できるだけ」


「欲張りだねぇ」


「五回で終わるよりマシでしょうが」


横で依織が楽しそうに笑った。


「遼くん、顔戻ってきたね」


「顔?」


「昔、対戦相手のこと考えてる時と同じ顔」


そんな自覚はない。


でも、たぶん今の俺は笑っていた。


できないなら削る。


足りないなら変える。


必要なところだけ残す。


――と。


そこまで考えたところで、一つ盛大に抜けていることに気づいた。


「……あ」


ひよりがぱちぱちと瞬きをする。


「どうしたの?」


「いや。これで久我の攻撃を避けられるようになったとして」


俺は画面と先生を交互に見た。


「俺、どうやって勝つんです?」


一瞬、教室が静かになった。


航平が首を傾げる。


「避け続ければ?」


「俺の魔力が先に切れるわ!」


今まで何を見てたんだ。


五回でへばる男だぞ、俺は。


直哉が画面の久我を見ながら、さらに追い打ちをかける。


「しかも久我の方は普通に周囲の魔力も使える」


「そう! 自前だけの俺とは条件が違うだろ!」


相手が疲れるまで避け続けるなんて、こっちが先にガス欠して床に転がる未来しか見えない。


俺は腕を組み、椅子へ座り直した。


避ける方法は見えてきた。


でも、避けるだけじゃ勝てない。


当たり前なのに、久我の速さをどうにかすることばかり考えていて後回しになっていた。


「攻撃する手も要るな……」


環先生がノートの端を指先でとんと叩いた。


「そっちも同じでいいんじゃない?」


「同じ?」


「使える魔力が少ないなら、必要なところだけ残す」


俺は眉を寄せる。


必要なところだけ。


避ける方は、久我の攻撃が来た瞬間だけ速ければいい。


なら攻撃は?


ずっと強い必要なんてない。


必要なのは――。


そこまで考えたところで、一度頭を止めた。


まだ形にもなってない。


思いついた気になるのは早い。


「……攻撃の方も、無駄を削って考えます」


「うん。あと一週間で」


環先生が何でもないことみたいに付け足す。


「分かってますよ。さらっと圧かけないでください」


ひよりが楽しそうに笑い、航平は「忙しくなってきたな」と完全に他人事の顔をしていた。


忙しくした張本人の一人は、目の前の赤ジャージ教師だけどな。


俺はもう一度、久我の映った画面を見る。


昔みたいに何でもできるわけじゃない。


だったら、一週間で何でも取り戻そうとする必要もない。


避けるために必要なもの。


倒すために必要なもの。


それだけあればいい。


久我だって、二年以上前にそこから始めたんだ。


環先生が椅子からぴょこんと降り、赤ジャージの裾を軽く払った。


「じゃ、決まりだね」


「何がです?」


「残り一週間、久我くんに使うものを絞る」


一個でいい。


また、あいつの言葉が頭へ浮かんだ。


全部で勝つ必要はない。


俺も今は、全部なんて持ってない。


だったら――。


「了解です」


俺も椅子から立ち上がる。


「じゃあ発動キー探しも続きですね。今度は変なポーズ少なめでお願いしますよ」


「それは保証できない」


「まだやらせる気かよ」


教室を出ようとしたところで、環先生が「あ、そうそう」と声を上げた。


振り返ると、小さな手を俺へ差し出している。


手のひらを上にして、そのまま無言で待っていた。


「……なんですか?」


「特訓の授業料。先払い」


「金取んのかよ!」


思わず声が裏返った。


学校の先生が、学校の生徒に、学校で追加料金を請求している。


いいのかこれ。


いや、絶対よくないだろ。


「先生、これ普通に教師として駄目じゃないですか?」


「特別指導だから」


「勝手に追加課金すんな!」


「払わない?」


環先生が無表情のまま首を傾げた。


そう言われると弱い。


実際、何をやっても駄目だった俺を、ここまで魔法が使えるところまで引っ張ってきてもらった。


そこを突かれると文句を言いづらい。


「……分かりましたよ」


財布を取り出し、先生に言われた金額を渋々渡す。


「はい」


「ありがとう」


環先生は受け取った金を大事そうに折りたたみ、赤ジャージのポケットへしまった。


そして満足そうに一言。


「今月末にピックアップガチャあるから厳しかったんだよねぇ」


「ガチャ廃人め」


即座に返した。


ひよりがものすごく悲しそうな顔になる。


「たまちゃん……」


直哉まで半眼になり、先生の赤ジャージを見る。


「先生、だからこの前草集めてたんですか?」


環先生は答えない。


ただ、金をしまったポケットを大事そうに押さえている。


…………。


待て。


なんか今、ものすごく嫌なものが一本につながったぞ。


俺はゆっくり環先生へ顔を向けた。


「……先生」


「なに?」


「久我との試合、先生が勝手に受けましたよね?」


「うん」


「時間ないのに何とかするって言ったのも先生ですよね?」


「そうだね」


「そのあと特訓始めたのも?」


「私だね」


…………まさか。


俺が黙ると、環先生の口元がゆっくり吊り上がった。


にちゃあ。


見たことある。


その邪悪な笑い方、前にも見たぞ。


「こんの不良教師ィィィ!」

お読みいただきありがとうございます。

全13話執筆済みです。毎日1話ずつ更新予定です。

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