告白
放課後の校舎は、生徒たちの喧騒で溢れていた。
遠くのグラウンドからは運動部の掛け声が上がり、道すがらの教室からはまだ残っている生徒たちの談笑が漏れ出ている。
よおく耳をすませば、微かにトランペットの音色も聞こえ、それに合わせるように合唱部の整えられた歌声が響いていた。
そんな賑やかな放課の中でも、俺が立つこの場所だけは世界から切り離されたかのように静まり返っていた。
七月の太陽はコンクリート造りの校舎によって遮られて、辺りには影と静寂が帳のように下りている。
時折聞こえる笑い声や歓声は、鳴り止まない拍動によって、既にかき消されていた。
日陰にいるはずなのに、先程から汗が止まらない。
手足は俺の主導権を奪って、今もなお震えつづけている。
端から見れば完全な不審者だな。と、内心で苦笑しながらも、手にもつ便箋を眺める。
手汗で一部がよれよれになってしまったが、白を基調とした中での中央の赤色のステッカーは、これが何であるのかを暗に示していた。
——俺は今、俺に告白してきた彼女を校舎裏で待っている。
生まれてこの方、まともに恋愛経験をしたことのない俺にとっては、まさに青天の霹靂のような出来事だ。
意味もないのに、髪型を整えなおしてはその度にスマホで時刻を確認する。
待ち合わせの時間まであと、五分。
その時間が近づいていることを自覚すればするほどに、手足の痺れが深くなっていく。
とりあえず、深呼吸をしよう。
そう思って、深く息を吸った時だった。
「——あ、あの!」
突然掛けられた声に、吸った息を吐き出しかけた。
「は、はい!何でひゅか!?」
変に敬語を使っただけでなく、一部の声が裏返ってしまう。最悪だ。もしかしたら、幻滅されてしまったかもしれない。
そう思って恐る恐る声の主の方を見るも、彼女はそんなことはまったく気にしていないようだった。
というより、気にする余裕さえないという方が正しそうだ。
彼女の立ち姿は俺に負けず劣らずに不安定で、肩は小刻みに震えている。
手は後ろで組まれたまま、先程、俺に声を掛けたはずの唇をわなわなと震わせては、視線を地面と俺の顔との間で往復させ続けていた。
「——あ、あの!」
「は、はい!」
「ま、まずは、来てくれてありがとうございます。こんな古典的な方法で呼びだしてしまったのに……」
「い、いや、たしかに、今時ラブレターは珍しいなぁとは思ったけど、全然。むしろ、こういう現物の方が思いがこもってていいな、とか思ったり?」
「そう、ですか……?よかった……」
「そ、それで?話ってなにかな?」
俺の改めての問いに、いっそう彼女の頬が紅潮したのが見てとれた。
なんとか、言葉を捻りだそうとしては、その度に呑み込みんで、吐き出そうとする直前で、唇はまた閉ざされる。
その姿がやけに愛らしい。
何度か、そうしている間に彼女は覚悟を決めたのか、俯きがちだった顔を勢いよくあげて、俺の目を真っ直ぐとみつめた。
太陽のような目が爛々と輝いている。
今度は俺が、背を反って距離を保とうとするも、彼女はいっそう距離を縮めてきた。
既に、俺と彼女の間は密着といっていいほどに接近していた。
「あのね!」
「はい!」
「あのね!」
「はい!」
真っ直ぐ顔を見ることができない。
それでも、せめてもの意地で瞼をこじ開けて彼女の瞳を見つめる。
——夜空の闇を塗りたくったように、妖しく微笑む彼女の顔が見えた。
胸の表面が熱く燃え上がるようだった。
「——あのね!私!君を殺すね!」
「はっ!……い……?」
次の瞬間、視界が明滅する。
胸元に冷たい感触があった。
「なん……で……」
「本当によかったぁ」
彼女が星のような笑顔を見せる。
「ちゃんと、告白できてよかった!」
その言葉を最後に、俺の意識はプツンとこと切れた。
告白:心の中に思っていたことや秘密、自分の罪をありのままに打ち明けること。




