喫茶店にて
週末の喫茶店は人で賑わっていた。
そんな混雑の中でも、目当ての人物はすぐに見つけることができた。
「悪いな、遅れて。待たせたか?」
「いいえ、別に。たいして待たされてはいないわ。遅れたといっても、たかだか二分三十四秒の遅刻でしょう?そのくらい、待たされた内には入らないわ。とはいえ、私は常に五分前行動を心がけているから、実際にここでいつ来るかも分からない貴方を待った時間は、それよりもはるかに長いけれど。ええ、特に待たされてはいないわ」
「待たせたんだな……悪かったって」
「だから、待ってはいないわ。それとも、もしかして私の言うことが信じられないの?それでも男なの?」
「言葉の裏に隠された本当の意味を汲み取ったってやつだ。いい男だろ?」
「いい男は遅刻なんてしないわ」
「やっぱり、気にしてるんじゃねぇか」
相も変わらずの冗長な言い回しだが、俺を皮肉っていることだけはよく伝わってくる。
「それで?どうして遅れたのか、言い訳は一応聞いてあげるわ」
「言い訳前提かよ……正当な理由があるかもしれないだろうが」
「たとえどれだけ正しい行いをしたとしても、招いた結果が最悪なら、それはなんの正当性も持たないわ」
「本当に、遅れたことを根に持ってるんだな。悪かったって」
「いいのよ、過ぎたことだから」
「じゃあ、この話は終わりにしてさっさと外に出ようぜ」
「それで?私を待たせた言い訳は?」
「……単に迷ったんだよ。ここら辺は道が複雑だからな」
「そうなの?それなら最初からそう言ってくれればよかったのに」
「こんな理由で許してくれるとも思わなかったし、バカにされると思ったんだよ」
現に、ここまでの会話で何度刺されたか分からないしな。
「そんな、下卑た真似はしないわ。あなたが、私に劣ってることは純然たる事実だもの」
「さいですか」
「それにしても、道に迷ったというのは少し変ね」
「やっぱり、バカにする気じゃねぇか」
「いいえ、違うわ。現実的にあり得ないといっているの」
そう言うと、何を思ったか突然スマートフォンを取り出しては、地図アプリを開いてここ周辺の道を表示した。
「見なさい。たしか、あなたの最寄りの駅から考えて、ここに来るときに使った駅はこの駅でしょう?そして、この喫茶店の位置はここ。おかしいと思わない?駅の改札口からここまでの道のりはたった一回、右に曲がるだけ。それも最初の角よ。迷うわけがないのよ」
「決めつけるのは良くないんじゃないのか?世の中には度を越した方向音痴もいるからな」
「それに、これを見て」
俺の言葉を無視して、今度は俺の乗ってきた路線の時刻表を開いた。
「もし、あなたに最低限の常識があったとするのなら、あなたが乗ってきた電車の時刻は、待ち合わせの十二分前のこの時刻になるはず。でも、あなたが遅刻した時間をあわせると、十四分三十四秒もこんな単純な道を迷っていたことになる。いくら、あなたの脳みそが駝鳥ほどの小ささだとしても、ありえないわ」
「なにが言いたいんだよ」
「あなた、電車を一本逃したでしょう。ちょうど、待ち合わせ時間の一分前に電車が来ているもの。そして、駅からここまでに徒歩でかかる時間は約三分三十秒。あなたがここに着いた時刻とちょうど一致するわ」
「……お見事」
まさか、こんなにも的確に言い当てられるとは。
開いた口が塞がらないとは、まさにこの事か。
「悪かったよ。構内で婆さんに道を聞かれたから教えてたら、電車が行ってしまったんだ」
「そんなことだと思ったわ」
「それにしても、ほんと良く分かったな。どこで気がついた?」
「あなたの体にGPSを埋め込んでいるから。それで分かったの」
「ウッソだろ!?怖ぁ!?」
「冗談よ。これでも、私怒っているんだから」
「だから、遅れて悪かったって」
「そうじゃないわ——あなた、私を試したでしょう」
空気が少しだけ張りつめる。
「電車の時刻は待ち合わせの一分前。このくらいの距離なら、走ればもっと早くここに来られたはず。それなのにあなたはまるで私にヒントを与えるかのように、推定所要時間通りにここまで歩いてきた。それに、言い訳も不自然だった。駅からここまで歩いてきたのなら、道が単純なことくらい分かってたはず。私があなたの発言の矛盾に気がつくかどうか、ずっと試していた。違う?」
俺は答えなかった。答える必要がなかった。
「あなたの悪癖よ。すぐに人を試そうとするところは。そして、思い通りに人を動かせると思っているところも。まったく、せっかくの休日だっていうのに、こんなことはもうよしてちょうだい」
「気分を悪くさせたか?」
「——まさか。あなたが変人なら私も同じくらい変人よ。そうでなければ、せっかくの休日にわざわざ会ったりなんかしないわ」
そう言って柔らかく微笑むと、コップに残っていたアイスコーヒーを飲み干して、立ち上がった。
「さあ、行きましょうか。彼氏なのだから彼女をエスコートするくらいの甲斐性は見せなさい」
「へいへい、仰せのままに」
ガラスに残った氷がカラッと音を立てた。
休日はまだまだ、始まったばかりだ。




