53 明美さんの記憶?[2]
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「御本殿の周りは参拝者で混み合いますから、あちらのベンチでお話の続きをお伺いしましょう」
私は宮司さんに導かれるままに、海を見渡せる、崖の上にある休憩所にやってきたの。
柵の向こう側を見下ろすと、岩がゴツゴツ突き出てるし、荒々しい波がサバーーンって打ち付けてるし……あまりの迫力に足がすくんじゃいそう。
ベンチに座ると、宮司さんは視線を真っ直ぐ私に向けながら、静かに話を聴いてくれたの。
「私、小さな頃に母を亡くし、高校卒業を間近にして父まで亡くして、家に独りぼっちになっちゃったの。 他に頼れる親戚もいなくて、身寄りがない……そんな辛さや寂しさを紛らせようと、あてもなく独りで町に出掛ける事が増えて……」
あまりに強い目力で私を見るもんだから、宮司さんに視線を合わせられなくて……うつむき気味で話を続けたの。
「そんなある日、棗海岸で、ベンチに座ってもの思いに耽りながら海を眺めてる男の人に出会ったの」
ちょっと顔を上げて宮司さんをチラ見すると、軽く微笑みながら、私の話に耳を傾けてくれてて。
「ついつい私、気になって声を掛けちゃった……それが5年前。 それから何度も会って、そのベンチで語り合って……お付き合いが始まって、結ばれて……」
過去の想い出の沼に深入りし過ぎたら抜け出せなくなっちゃうから、アクセル全開で駆け抜けちゃったけど……今から思えば楽しい事、一杯あったなぁ……あの人とは。
「ふう……。 両親が残してくれたお気に入りの家で、二人一緒の時間を過ごす事になったの。 婿入りの形になっちゃったんだけど、私が強くお願いして、オッケーしてくれたの」
私が一方的に話しちゃってる……でも、宮司さんは全く口を挟まず、沈黙を守って聴いてくれてる。
「二人には、共通の強い願い事があったの。 それは、子供を授かる事。 彼も私も両親を亡くしたもの同士だったから、その思いが人一倍強くて。 でも、願えば願うほどプレッシャーになっちゃったのか、なかなか上手くいかなくて……ある時から私、神にもすがるようになったの。 この神社に通い始めたのはその頃から。 きっかけは宮司さんがさっき言われた通り、子宝にご利益があるって聞いたからで、私の願いの強さを神様に認めてもらいたくて、どんな辛い日も通おう、って決意したの。 でも……」
凄いわ私、こんなに話してる……誰にも打ち明けられず、心の奥底に押し込めてきた思い……解き放たれて頭の中をぐるぐる巡り始めた、その全てのものを……優しく包み込むように聴いてもらえてるのが心地良くて。
「3年ほど経った頃、彼に別れ話を切り出されちゃったの。 子供、授かれなかったね、って。 願い事、叶えられなかったね、って」
これ以上、涙を堰き止められないわ……それでも、今まで溜め込んできた溢れる思いを、もっともっと吐き出したくて……。
「私の努力が足りなかったんじゃないの? って私、自分を責めてしまって……彼と別れた後も、そのトラウマに追われ続けて、今もお参りを続けてるの……」
色んな感情が渦巻いてしまって……もうこれ以上、言葉を繋げるのは無理だわ。
沈黙を貫いて、私の話をひたすら聴いてくれてた宮司さんは、私に寄り添いながら優しく諭してくれたの。
「それは……長い間、辛い思いを抱えておられたのですね。 貴女には非などありません。 もちろん、相手の男性にも非などありません。 子宝をどれだけ強く願っても、天からの授かり物をいただけない事も往々にしてあるのです。 当神社の参拝者の中にも、そのような方々は大勢おられます。 過去の悲しみに囚われてしまっていては、光射す未来に進む事など出来ません。 負の感情に心が覆われている限り、貴女のこれからの人生に影を落とし続ける事でしょう」
光射す未来……かぁ。
私の固い心の殻を、優しく一枚一枚剥がしていくような、じわじわと心に響く宮司さんの言葉……。
「私の話も一つ、聴いていただけないでしょうか。 来ていただきたい場所があるのです。 足元に気を付けて、ゆっくり付いてきてください」
言われるがままに、私は宮司さんの後を付いて歩いていく……朱塗りの橋が見えてくると、 「ここからの海の眺めは爽快でしょう。 海岸線の果てまで見渡せます。 晴れ渡れば、あんな遠くまで視界が開けるものなのです」 って、私が海を見渡せるよう、足を止めてくれたの。
ホント、海ってどこまでも広がってるんだなぁ……。
海から届く潮風も、髪を優しく撫でてくれてる……まるで、私の気持ちを軽くしようとしてくれてるみたいに。
朝くぐった朱色の門、その脇にある建物の前まで来ると、宮司さんが立ち止まって、 「ここは社務所です。 さあ、どうぞ、中へ」 って、私を招き入れてくれたの。
今まで数え切れないほど通った道なのに、この建物、全然目に入ってなかった。
今更気付いたわ……真っ直ぐ御本殿に向かうのに集中し過ぎて、周りが見えてなかったって事に。
中に入って真っ先に私の目に飛び込んできたのは、独りで大人しく遊んでる小さな女の子。
「この子についてですが……どうぞ最後まで私の話を聴いていただきたいのです。 途中から突拍子の無い話になっていくかもしれませんが……」
宮司さんが真顔で不思議な話の入り方をしたもんだから、私、少し意表を突かれちゃったけど……。
「はい、どんな話の展開でも私、しっかり聴きますっ!」
今度は私が耳を傾ける番ね。
「この子は[ひむか]という名前で、2才になったばかりなのですが、生まれて間もない頃、母親が失踪してしまったために、ここに残されたままなのです」
小さな我が子を置いて……一体、お母さんに何があったって言うんだろう。
「奇妙な事なのですが、私はどうしても、その母親の事を思い出せないのです。 顔も、名前も、何一つ……。 それどころか、失踪したと先ほど申しましたが、それすらも事実なのか確信が持てません。 そこの記憶が霧のように曖昧になっていて、ごっそり抜け落ちてしまったかのようなのです」
お母さんの事を何も思い出せない? 記憶が抜け落ちる??
今までの整然とした語りっぷりからして、そんな重大な事を物忘れしそうな人には到底思えない……穏やかじゃないわ、この話。
「この子の戸籍も調べてみたのですが、父親の名前も、母親の名前も、それどころか住所までもが空欄になっていたのです。 そんな事があり得るでしょうか?」
冗談で言ってる雰囲気は全く感じられない……どういう風に聴けばいいの、私……。
「その事実を知った私は、戸籍はそのままにして、この状況をとりあえず受け入れ、この子を育てる事にしたのです。 ただ、子育て経験の無い私では、なかなかままならずで……悩んでいたところに、貴女がひたむきにお参りする姿をお見掛けするようになったのです」
この話の展開、まさか、私に子育てのお手伝いをお願いしようとしてるの?
子宝を願ってお参りしてたのよ? 子育ての経験なんて無いのよ? 私。
「貴女のその強い思い……どうか、この子を育てる手助けをしてはいただけないでしょうか?」
降って湧いたような、子育ての機会……雲をつかむような、不透明な話だけど……軽い気持ちで『はい』って、引き受けられるレベルのお願いじゃ無いけど……。
ちょっと頭がオーバーヒートして言葉に詰まってると、 「ああ、やはり……あまりにやぶからぼうなお願いをしてしまい、無礼が過ぎました。 今の話は忘れてくだ」 って、宮司さんが話を無かった事にし始めたの。
このまま、流してしまった方が自然な成り行きだ、って事は重々分かってるんだけど、どうしたんだろう私、このまま流したくない! って強く思っちゃって…… 「あのっ!! 少しだけ時間をくださいっ!! 頭の中を整理させてくださいっ!!」 って、宮司さんの話に被せて、止めてしまったの。
宮司さんを飛び跳ねさせるほどびっくりさせちゃったけど、私の次の言葉を待つ事にしてくれたみたい。
……確かに私、子供を授かる事が夢だったわ。
でも、彼との子供以外だなんて、考えもしなかった……当然よね。
彼と別れた後もお参りを続けてくうちに私、彼との子供を授かりたいっていうより、純粋に愛しいと思える子供を授かりたいって、願いがすり替わっていったのかな……。
それならこれは、神様が与えてくれたチャンスじゃないかしら。
さっき、宮司さんに諭されて、胸のつっかえを取り払ってもらったばっかりで……私、前を向いて歩きたい! 光射す未来に進みたい!!
「宮司さん!! 私、この子を育てたい!! 私の手で、私の愛情で、立派に育てたいの!! この子を私に預からせてください!! 亡くなったお父さん、お母さんが大切に思ってきた家で、温かい家庭を作るところを、天から二人に見てもらいたい!!」
長い沈黙を破って心を決めた私の顔をじーーーっと見詰めたまま、宮司さんはゆっくりと口を開いたの。
「明美さん、今朝、初めてお声掛けさせてもらった時とは、目の輝きが全く違って見えます。 今日、こういう話ができたのは、神の思し召しかもしれませんね。 貴女の望みを叶えさせてください。 養子手続や、資金面の援助など、惜しみない協力をさせていただきます」
宮司さんは女の子に向き直って、その頭を優しくひとなですると、 「この子には常々、いい子にしていればママは帰ってくるから、と言い聞かせてきました。 まだ小さいので、深い意味は理解していないでしょう。 今なら時間が私との記憶を洗い流してくれると思います」 って、私に言ったの。
ひむかって呼び掛けてもいいのよね?
「ひむか~~、いい子にしてたね~~。 ママ、帰ってきたよ~~」
嘘をつくのは良くないって分かってるんだけど、この子を慈しむ、愛情のこもった言葉が自然と口から出てきたのには、自分自身で驚いたわ。
「長い間、独りにしてしまってごめんね。 ママ、ひむかの事、大好きだよ~~」
小さな体を優しく抱きかかえ、おでこ同士を擦り合わせてみる……初めての触れ合いに、喜びに似た感情の涙が、目尻から溢れ出てきちゃって……。
「まーまー まーまー! ひみゅか ひみゅかー!」
それに応えるように、満面の笑みを浮かべて、この子は一生懸命に答えてくれたの。
「命に代えても、ひむかを大切に大切に育てていきます! 今日はありがとうございました! この御恩、一生忘れません!!」
ひむかをおんぶして、石段を十数段上ったところで振り返ると、いつまでも手を振って見送ってくれてる宮司さんと目が合ったの。
もう私、後ろは振り返らないわ。
この子と一緒に、光射す未来に進んでいくんだから。
・・・・・・
本編の第2~3話をベースに書き上げました。
☆今回気を付けた点☆
本編『ひむかと隠された島』の冒頭に用いたこのエピソードは、当然、前世界線の火雷には知り得ない事なので、どこで引用できるかをずっと考えてたのです。




