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いくつか店を回ってみたが、逃したパンツと比べると見劣りする物ばかりだった。
さっきまでは五千円を八本、一万円を四本買えるじゃないかと浮かれていたが、それらはどこにでもあるなんの変哲もないパンツにすぎない。値段なりの、ただの消耗品でしかない。それじゃダメだ。私がほしいのは価値のあるパンツだ。いや、違う、四万円のパンツを履くに相応しい、自分の価値を認めたいのだ。
思わず笑いがもれた。四万円のパンツを履く自分、十五万円のコートを着る自分。結局は俗物根性が自分の気分を押し上げているにすぎない。
それこそがもっとも効果的なんだからしょうーがない。
最低でも四万円使う。自分を上げるための必要経費である。使わなければ女がすたる。そう、呪いをかけた。
なにもパンツやコートに限定することはない。華やいだ気分になれるドレス、ううん、洗練されたバッグはどうだろうか。
そこまで思考して警戒ブザーが鳴る。レザーのバッグなんて軽く十万は超える。流されないように気をつけなくては。思考に引きずられ、足がとまった。
大丈夫、流されない。その場でぐるりと一回転して目についた鞄屋に向かった。
「いらっしゃいませ」
店内は明るくて広々としている。塔子は知らなかったが有名なブランドのようだった。
「どんなものをお探しですか」
さりげなく査定されているのを感じる。背中に背負っている小さめのリュックはたしかネットで五千円くらいで買ったものだ。急に恥ずかしくなる。
「……とりあえず、新作を見せていただけますか」
マザーズバッグかと見紛うほど大きなものを店員は持ってきた。
「革ですけどそんなに重くはないんですよ」
「大きいですね。なんでも入っちゃいそう」
ネギや大根もすっぽりと隠してくれそうだが、エコバッグとして使う勇気はない。ちらっと見えたタグには六桁の数字が並んでいた。
「ではこちらのバッグはどうでしょう。うちの人気のラインになります。丈夫な帆布を用い、持ち手やパイピングなどに革を部分使いにしてあるのでビジネスにも使えますし、きれいめカジュアルとしてもおすすめです」
いま一番売れているというバッグが現れた。冷やかしの客だと思ったのか、だいぶランクダウンしてきた。五万円ほどの手頃なバッグだ。
ううん、惑わされないで。全体の九割が帆布でできているのだ。さっきのと比べたら安いけれど、単体で見たらすごく高い。
「途上国の子供たちのために、売上の一部が活動支援に寄付されるんですよ。連携のNGOリストはこちらの……」
「はあ……」
売り上げの一部は寄付に回るらしい。買い物をするだけで世のため人のためになるなんて素晴らしい。興味ありませんと言ったら人間性を疑われかねない。
「あの、ポシェット可愛いですね」
ふと目についた豚の形をしたポシェットを指さした。革を縫い合わせて立体的な形に作ってある。店員は豚の他に猫と犬と鶏を持ってきた。
「このポシェットの売上の一部は動物愛護団体に寄付されます。殺処分ゼロを目指してるんですよ」
「なんの革を使ってるんですか?」
「あー、おもに牛ですね」
牛革で作った豚のポシェットを買うと動物愛護に寄与できるのか。
「ちょっと考えます」
「はい。よかったらどうぞ」
店員がくれたのは葉書サイズの小冊子だ。寄付先紹介もしっかりと載った商品カタログ。一冊作るのにいくらかかるのだろう。見込みの薄い客にまで配ることはないのにと思ったが、何気なく頁を捲るうちに、寄付欲を喚起されてしまう心優しい客もいくらかはいるのだろう。心を入れ替えてくれるに違いないと期待されたのだとしたら、見込まれて嬉しいのが半分、期待に応えられなくて申し訳ないのが半分。
ふと足下に目を転じた。値踏みされたとき一番見られたくないのは靴だ。
休日仕様のスニーカーはお気に入りではあるものの、形が崩れかかっていてソールがすり減っている。型崩れのせいなのか、なにもないところでこけそうになることもしばしばあった。
履いたらうきうきして思わずステップしてしまいたくなるスニーカーを買おう。
モールで一番大きな靴店。初めて入る店だったが圧倒的な品揃えだった。店頭にはスニーカーが山積みになっている。半額とか処分価格とか書かれたポップに目を奪われる。
店内はごった返していたが放置型の接客らしく、じっくりと品定めできそうだ。
無意識にセールのポップを目で追っていたが、違う、安ければいいわけじゃない。高くてもかまわない、ぴたりと視線が合う逸品を探しに来たのだ。全体を流し見るようにして直感を研ぎ澄ます。
「おや、あれは」と思った物はメンズだった。デザインは尖っているが、見るからに重くて履き心地は悪そうだ。その隣には有名なアニメとのコラボ商品が並んでいる。ファン以外に価値のないデザインだった。
ふと気を抜くと「大人気!」のポップにふらふらと寄っている。
数が多すぎてかえってほしいものがわからなくなっている。
すでに三時間以上彷徨っていた。脳が機能不全になっている。焦る。
視線を外した先にパンプスコーナーがあった。新作パンプスを検分して、脳をリセットすることにしよう。
塔子の仕事は営業事務である。たまに外回りもある。疲れにくい低ヒールのパンプスは必需品だ。
新作のフェイクスエードに心惹かれた。ブラックウォッチ柄のツイードもラクダ色のヌバックも素敵だ。だが仕事用パンプスを見てもうきうきしない。
パンプスコーナーの端に奥まったアーチ型の窪みがある。祭壇のように設えられたそこにはハイヒールがずらりと並んでいた。
「あ……!」
視線が合った。ハイヒールのひとつと、たしかに視線が合ったのだ。平静を装って近づいた。
シンプルなデザインだ。レザーはシャンパンゴールド、ヒールは十センチほど、爪先が少しだけツンと上を向いている。
なんと可憐な姿なのだろう。
可憐なのに物怖じせずにスポットライトを浴びて燦然と輝いている。
「あ、あの……」
店員を探した。勝手に手に取るのは畏れおおい。店員に断らないとハイヒールに対して失礼な気がした。
「ああ、そちら。一点しか入ってこなかったので、サイズが合えばよいのですが。EUサイズ38……レディースの24センチになります」
やってきた店員を見て塔子は目を瞠った。ダンディに髭を整えた紳士。だが、足下は中程度のヒールのパンプスを履いている。
「あ、これですか。まずは自分で試してみないとオススメできませんので、普段からレディースを履いているんです。男にしては24.5と小さいサイズなので。お客様、足のサイズは」
「あ、24センチです、私」
「ではどうぞ、お試しになってください。まるで運命の出会いですね」
店員にうながされてスツールに腰掛けた。
スニーカーソックスを引き抜くように脱ぐ。裸足を見られるのは少し恥ずかしい。ハイヒールにつま先を入れるときは耳の奥がどくどくと鳴った。
店員が鏡を持って全方向を見せてくれた。
「海外の木型ですと日本人には細すぎることがありますが……お客様はぴったりですね」
店員のお世辞は聞き飽きていたが、今回はお世辞ではなさそうだった。
「甲も余ってませんし、かかとの高さもちょうどいいですね。土踏まずはどうです。痛みはありませんか。ちょっと歩いてみてください」
おっかなびっくり、歩いてみた。ハイヒールを履き慣れていないことはすぐに見抜かれたろう。だがそんなことより足に張りついたような感触が不思議だった。
レザー自体が上質なのだろうか。柔らかくて第二の皮膚のようだ。履いているという感覚がない。
「まるでお客様の木型で作られたみたいですね。シンデレラフィットですよ」
シンデレラ。なんという甘美な響き。
「でも、ふくらはぎがつりそう」
「最初だけですよ。慣れるとハイヒールしか履けないとおっしゃるお客様もいらっしゃいます。一足は持っていたほうがいいと思います」
ハイヒールを一足も持っていないことはお見通しのようだ。だが肝心なことを忘れていた。値段を確かめていない。いったいいくらなのだろう。
「あの……」
「あ、舟状骨が」
店員がひざまずいた。塔子の足下に片膝をついている。まるでシンデレラを迎えに来た王子がガラスの靴を差し出したような体勢だ。
「あの……」
「ここ、痛みますか?」
店員が指で押しているのは足の内側の少し出っ張った部分だった。
「いえ、とくには」
「お客様のお足の舟状骨、少々張ってますね。長い時間履くと、擦れて痛みが出るかもしれません」
そう言われれば幅の狭い靴を履いたとき、絆創膏を貼って切り抜けたことがあった。自分の足のことなのに特徴をよくわかっていない。
「中敷きで調整したり、革を伸ばしたりもできますが……」
店員は「おすすめできない」と続けるに違いない。そして「残念ですがあなたはシンデレラではありませんでしたね」と塔子の前からハイヒールを引っ込める気だ。言わせるものか。
「ください。このままでけっこうですので」
「よろしいんですか」
「長い時間履いて歩くことはないと思います」




