3
入れた。
入れてしまった。
「どんだけ馬鹿阿呆なんだ王太子……いや王もか……」
ねーわ。まじでない。
そんな呟きは街・ミュクラの喧騒に消える。
具合が悪そうに見えたのか、優しい門兵が詰所で休むように言ってくれた。有難いが断って、素直に立ち去る。
このランキラ中央王国において、大きな街の門には判定珠というものが置かれている。犯罪歴があるかを色で判定するものだ。しかしこの判定珠、あくまで公に認定された犯罪者を炙り出すだけのもの──前科者発見器という方が正しい。国外追放を受けたアンティアーナは犯罪歴有りとされるべきだが、実際は門を通れてしまった。それは公に認定していないということで。つまり各領地(勿論王城にも)にある登録用判定珠に、アンティアーナが罪人だと登録していないことになる。
今回然り。護送車の件然り。やることやってない王族以下略に、アンディが呆れるのも致し方なかった。
気を取り直してミュクラのギルドへ向かう。
この世界では正式名称『組合連合』。冒険者・傭兵・商人・職人などの組合の集合体であり、総合人材派遣組織であり、また国境を越えた組織でもある。
アンディが向かっているのは冒険者ギルドの建物だ。
(ここだな)
剣と弓が交差したマークの看板が、この世界での冒険者ギルドの印になる。
カランと軽快な音が鳴った。
視線。視線。視線。
アンディはまっすぐカウンターに向かう。カウンターには所謂美少女受付嬢一人だけ。アンディ的には歴戦の猛者が良かったが致し方あるまい。
「ランキラ中央王国冒険者ギルドミュクラ支部です。何かご用でしょうか」
「あー、俺は冒険者ではないんだが、道中で倒した魔物の素材を買い取って貰うことはできるか」
「ええっと、はい、可能です。でも買取金額に依頼料と討伐褒賞は加算されません。また、後に冒険者になった後、この時のポイントを遡って加算することもできません。それでも構わないなら、ということですが」
「構わない」
「今冒険者登録すれば依頼料なども含めてお渡しできますが、登録されますか?」
「今はいい。あー後、こっちが本題で……注意喚起というか相談というか」
「何でしょう」
「一つ前の街からミュクラまでに上位ゴブリンとやり合ったが、その時に将軍らしき個体を取り逃がした。俺は用事で国を出なきゃならないが、ゴブリン共は近いうちに盛り返して来るかもしれない。この場合、俺から討伐依頼でも出した方がいいか?」
「えーっと……んーとですね……」
パラパラとマニュアルらしきものを捲るが、まぁそうそう書いてはいないだろう。
「取り敢えず、どの程度の群れだったか教えて下さい」
「数えてはいない。ただ討伐証明部位は全て持ってきている」
「あ、では買取のカウンターに出して下さい」
十個ごとに糸で纏めたゴブリンの右耳を提出する。今数えれば七十と五、あった。群れとしては大きな方だ。
「……これ、一旦お預かりしても?」
「いいぞ」
固い顔つきになった受付嬢が去ると、冒険者の一人が寄ってきた。
「よう坊主、残念だったな」
「……何だ」
「おいおい、しらばっくれちゃあいけねーよ。てめーみてぇなガキが上級ゴブリンやれるわけねぇだろ?どーせ誰かの後ついてってチマチマ拾った耳だったんだろーが。それともどっかの冒険者ギルドが捨てたもんを拾ったか?どっちにしろやっちゃーいけないことだ。だろ?」
「何が言いたい」
「お前がどうするべきか、わかるだろ、って話さ。なあ?」
そうだそうだ、と合いの手が入る。たむろしていた冒険者のものだ。
アンディは一つため息をついた。
「だから、何なのかはっきり言ってくれ」
「にっぶいな。なら言ってやるよ。このままならてめーはお尋ね者だ。だが有り金全部寄越せば、このヴオリ様が口ききしてやるって言ってんのさ」
「……それは、この場の冒険者の総意か?」
「おうよ」
「だが断る」
やっぱりこの言葉は良い。胸がスカッとする。
「おいてめぇ、何ナマ言ってんだ?てめーに選択権があるわけねぇだろ」
「ハァ。あんたの言うことは、そもそも俺が不正をしているというのが前提だ。俺が不正をしていない以上、あんたの話に乗る謂れはない」
「んだと!?てめーひとりであの量をやったわけねえだろ!」
「決めつけるな。相手の力量も分からない奴だと思われるぞ」
「あの、」
「だったら力量とやらを見せてみろよ!」
アンディは吹っ飛んだ。
「はは、言っといてこのザマかよ」
「な、なんてこと……」
「おい、」
「アアン?」
「てめーじゃねぇよ。受付さんに言ってんだ」
「はひ、何でしょう!?」
「今のこと、このヴオリとかいう冒険者が俺を殴ったの、見てたよな?」
「は、はい!見ました」
「俺は厳罰を望む。意味は分かるな?」
「ええと、ギルドマスターが戻るまでは仮処分となります。それだけは変えられません」
「別にいい。今か後かってだけだ」
「おい何呑気に話してやがる!こいつは俺の拳を避けられないマヌケだぞ!」
今この瞬間、アンディと受付嬢は全く同じ顔をしていた。
「受付さん、俺から話していいか?」
「……ええ、どうぞ」
「ヴオリ、だっけか。あんたは冒険者なんだろ」
「だからなんだってんだ」
「一つ、“覗き(ルッカー)”の禁止。一つ、ギルド建物内での暴力行為禁止。一つ、緊急時除く一般人への暴力行為禁止。一つ、冒険者ギルドに所属する者は全ての禁止事項を侵してはならない。以上、冒険者ギルド要項聖歴3245年度版より抜粋」
「……それは」
「あんたは冒険者なんだよな?にも関わらず“覗き(ルッカー)”──他人が依頼を受ける様を覗いて、依頼を受けたとも言える俺に絡んでいって不利益を出し、更にギルド建物内で一般人に暴力行為を働いた」
「てめー、まさかこのつもりで……ッ」
アンディは肩をすくめた。
「だが、それとコイツの不正は別だろうが!」
「不正の内容は?」
「そんなん、てめーが倒してもいねー上級ゴブリンを倒したとか言ってることだ!」
「だ、そうだが。受付さん、これは不正に当たるか?」
「い、いえ、これだけではなりません」
「なんだと!?」
「冒険者の皆さんが誇張された自慢話をするのはいつものことですから」
九割方の冒険者の目が泳ぐ。
「……だ、だがこいつは倒してもいない上級ゴブリンの耳を出してるだろ!」
「それなんですが。ええと、素材でない討伐証明部位は、ギルドに渡った時点で呪印を施すのが規則です。褒賞の受け渡しなどが無事に済めば、呪印の効果で討伐証明部位は消滅します。ですので、ヴオリさんの言うような、ギルドが捨てた討伐証明部位というのは存在しません」
「じゃあ“付き纏い(シリンギング)”だ!他の連中の食い残しを漁ったんだよ!」
「その、ここ数ヶ月、何者かによる“付き纏い”の報告はありませんよ?」
「だったらどうした!」
「それでも“付き纏い”と言うならば、あなた方は一般人の彼に気付くだけの力すら持たないということになります」
ギルドは静まり返った。
その後、受付嬢はダメ押しとばかりに嘘発見器の魔道具を持ち出し、アンディの無罪が確定した。存外優秀な職員だった。
「やっぱり登録はダメですかぁ……」
「元々外国でするって決めてるんで」
ギルドハウスから出ると夕方になっていた。そのまま宿ではなく、人気のない裏路地へと向かう。
(あーあ、たまに仏心出したらこれだぜ)
アンディは欠伸を噛み殺す。
「俺、殺そうとしてくる奴には容赦しねぇけど?いいわけ、ヴオリさんとやら」
「ハッ、てめーが言うこと聞かねえのが悪いんごっ!?」
ヴオリはぶっ飛び、壁に激突する。気絶したヴオリのポケットに治療費として金貨を捩じ込むと、アンディはミュクラを去った。




