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ヴォルゴード王国。
数世代前。この国はより西方の国々と戦争をしていた。一時期はヴォルゴードの半分が呑まれる程の激しい戦いだったという。その中で頭角を現したのが、“平民将軍”イェルハルド。エドガー・ヴァンリゲルの祖父である。
ヴァンリゲル邸の中庭で、エドガーは祖父と対峙していた。数合、打ち合う。それだけで、エドガーの剣は弾き飛ばされた。
「参りました」
「……」
未だ越えられたことのない祖父を思う。九十になっても衰えぬ剣を。そして、自分が祖父のようであれば。
「ならぬ」
「はい」
「お前が儂のようであったとて、婚約破棄は免れぬ」
「はい」
平民上がりの下級貴族と末とはいえ一国の王女。王女の方が、国の方が求めなくなれば消えてしまう婚約だった。
それでも。
「お主は、姫を愛していたか」
「はい。私なりに」
平民時代からの妻一人を愛し続けた祖父。大恋愛の末、上級貴族の娘と結婚した父。そんな激しい炎ではなかったけれど、春の陽だまりのような温もりを。
「行くのか」
「はい」
「ランキラか」
「……わかりません」
エドガーは、国を離れようとしていた。
「お前の忠義はどこにある」
「……」
「そうか。……どこへなりとも、行くがよかろう」
イェルハルドは孫に背を向けた。
エドガーも一礼し、去る。
二人の間には晩秋の風が吹いていた。
ランキラの王都から最南端の街までは馬で十日程。その道程を、アンディはゆったりのんびり歩いていた。そもそも急ぎの旅ではない。追放されるのはアンティアーナであってアンディではないのだから。
天気は穏やかな快晴。遠くの畑では秋蒔き小麦を蒔く。そんなのどかな風景。
アンティアーナ時代はほぼ王都に缶詰だった。故に目に映る景色は新鮮で、あるいは前世の数々を思い出して懐かしさを覚える。
数日すれば風景は鬱蒼と繁る森へと変わった。ランキラ王国南部からヴォルゴード北部の森林地帯に入った証拠だ。この森林地帯の中程にランキラ最南端の街・ミュクラがあり。更にその南側がヴォルゴードとの緩衝地帯になる。そこまで行けば一応の目的は達成だ。
(素直に行ってやるのはなんとなく癪だが他に行くアテもねぇし、その辺うろうろしてんの見つかってもなんだしな。……ん?)
遠くでアンディの《探索》にひっかかったものがあった。《千里眼》を起動する。まず、遥か前方に泥濘に嵌まったらしい幌馬車が見えた。その更に前方を見て、アンディは走り出す。
《高速移動》。《瞬歩》。移動補助スキルは全て使う。《念話》、《拡声》で声を届ける。
『馬車の後ろに回れ!今すぐだ!』
声は届いたようだが、馬車周りの人間はおろおろするばかり。舌打ち一つ。時間がない。馬車はもう見えている。
「今の声ってあんた、うわっ!?」
「伏せろ!」
剣を振るう。暴風を起こす。
無数の矢と石が、風で弾き飛ばされた。
「な、なん、」
「馬車の後ろに隠れてろ!上級ゴブリンだ!」
声と同時、木々の間からぞろぞろとゴブリンが現れる。
アンディは馬車周りにさっと結界を張ると、ゴブリンの群れに身を躍らせた。
醜悪にして不潔。馬鹿だが悪知恵は働く。けれど基本は弱くて初心者向け。それがゴブリン、人型の魔物としては最も有名なもの。
これが上級になると、僅かとはいえ魔法を使ったり、集団戦をしかけてくるようになる。よって本来はパーティーで殲滅するものだ。
だが、この場ではたった一人によって屠られていく。
小賢しい一部のゴブリンは幌馬車を狙うも、結界に弾かれてしまい、その隙に首を落とされる。
敵わない。
本当に賢い──といってもゴブリンの中でだが──ゴブリン上位種、ゴブリンジェネラルは逃げ出した。
十数分で、ゴブリンの大半は死体となった。
(一匹逃げたか。後がめんどくせぇが、こいつら置いてく訳にもいかねぇだろうしな)
剣を振って血を落とす。既製品のショートソードだが、存外使い易かった。よっぽどのピンチでない限り、このまま使い続けたい。
《インベントリ》の応用でゴブリンの魔石と右耳だけ集め、残りは土魔法で埋める。
そうしていると、馬車の持ち主らしき男が話しかけてきた。
「あの、この度はありがたく」
「話は後だ。血の匂いで他の魔物が来る前に離れた方がいい。馬車が動かないなら手伝うが?」
「お、お願いします!」
幌馬車を泥濘からどかすついでに、こっそり〈直れ〉と呪文をかけておく。ボロ馬車だが、次の街まで持つ筈だ。
男と同乗者がどうしてもというので、アンディも馬車に乗せて貰う。
話によれば、男はクレト・ベルリオスという商人。同乗者はその妻のセナイダと幼い娘のサリタ。このサリタという子供、馬車が止まっても、近くで戦闘しても、アンディが同乗しても起きない。なんとなく大物になるかもしれないとアンディは思った。
その後、何度かあった魔物の襲撃も全て蹴散らし、街が見える丘まで無事に着く。ここまで来れば、襲われることはほぼないと言っていい。
「本当になんとお礼をしたらいいか。後は娘を嫁に出すくらいしか……」
「いやいやいや、ちゃんと将来性のある男に嫁がせてやれって」
そもそも今世は女だから嫁取りは無理です。等と思っていたら、「さりたはおーじさまみたいなひとがいいー」という寝言が聞こえた。
「はは、フラれてしまったな」
「娘がすみません。まぁ正直、この国の王子はどうかと思うんですが……あ、ここだけの話ですよ」
「他言はしないさ。っと、ここで下ろしてくれ」
「いいんですかい?」
「ちょいと訳有りってことで」
「そうですか。ならば私共も詮索致しません」
「頼む」
「では、お先に」
幌馬車が去る。
サリタは最後まで起きなかった。




