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ランキラ中央王国王都貴族街。
王城に次いで大きな屋敷、王都タハヴァナイネン邸。その重厚な扉から少女が投げ捨てられた。呻く少女に構わず、旅行鞄と金貨の入った袋も投げつけられる。
「二度と顔を見せるな!この恥晒しが!」
男の声と共に扉は閉められた。
麗らかな午後に見合わぬ暴虐を止める者はいない。そのはず、声の主は館の主人、タハヴァナイネン公爵だからだ。
しかし、少女はアンティアーナであった。タハヴァナイネン公爵の、実の娘である。
アンティアーナは立ち上がり、軽く汚れを払った。袋を鞄に押し込み、館に背を向ける。
数歩歩いて振り返り、誰にともなく言う。
「お世話になりました。……テメーらこそ顔見せんなよ!」
一度中指を立ててからさっさと立ち去る。
それはやり慣れているかのように堂に入っていた。
アンティアーナ・マルヴァレフト・タハヴァナイネン。その名は高貴なものであった。このランキラ中央王国いちの貴族、タハヴァナイネン家の長女であり。一つ年下の王太子クリスティアンの婚約者であり──それはつまり、未来の王妃であった。美しく、また聡明と名高い令嬢。それがアンティアーナであった。
そう、過去形だ。
今やその栄光は見る影もなく墜落し、土足で踏み荒らされている。
始まりは、学院に隣国の末姫オクタヴィアが来たこと。クリスティアンと同い年の彼女は彼と同じクラスになり、親睦を深め、──あろうことか二人揃って恋に落ちた。よって邪魔なアンティアーナを策を巡らして次期王妃の座から引き摺り下ろすことにした。
始め、アンティアーナは二人の仲をさして気にしていなかった。むしろ結婚して自由に動けなくなる前に、一度でも恋ができるのは幸せだろうとこっそり祝福していた程だった。そもそも歴史上、王が妾妃や愛人を持つ例は多い。アンティアーナからすればクリスティアンが王太子としての役目を果たすなら、心が自分に無くても構わなかった。同士や友人として、国を盛り立てていければと思っていた。
だがクリスティアンもオクタヴィアも、本来の役目を放棄した。共に婚約者がいたにも関わらず、その婚約者を廃し、結婚しようとしたのだ。クリスティアンの場合、ただ移り気で婚約者を変えたとなればタハヴァナイネン家の叛意は免れない。そこでアンティアーナが次期王妃不適格だとでっち上げた。暴言、浪費、いじめ。広がる噂と稚拙に捏造された証拠はアンティアーナであれば撤回させることもできただろう。しかしこのときにはクリスティアンを見限っていた。ついでにこの国、ランキラ中央王国も。そしてアンティアーナはちょっとした情報操作をして、見事国外追放を勝ち取った。
(まさか放り出されるとは思ってなかったがな。ちゃんと国外に送らないとマズいんじゃねーの?ま、俺には関係ねーけど)
心の中とはいえ、淑女にあるまじき暴言を吐くアンティアーナ。未だに王都からは出られていない。そもそも大雑把に回るだけでも1日はかかる大規模都市だ。安全を期すならば、今日のところは宿に泊まり、明朝出発する方が良いだろう。それまでに旅の準備をしなければならない。貴族の実家が庶民の旅用のあれこれを準備できている筈がないので。
そのため、まずアンティアーナは一件の古着屋に飛び込んだ。
「らっしゃ、……い、いらっしゃいませ」
店主が慌てて立ち上がる。無理もない。この辺りでは古着は平民の、特に貧しい者が着ると決まっている。貴族然とした自分がいるのは異様だろう。
「な、なにか?」
「古着を買いに来た。それと、今着ているのを含めて幾つか服を買い取って欲しい」
「その、手前でお嬢様に合う服を用意できるか……」
「ここにある服の範囲でいい。旅する男が着るような服を頼む」
「お、男物でいいんですかい?」
「ああ」
「わ、わかりやした」
店主は無難な服を選んできてくれた。つまりは生成り色のシャツと濃い色の長ズボン。試着室代わりの一角で着替えさせて貰えばほぼぴったりサイズだった。近いサイズのもの幾つかを出して貰って着替えにするものを選ぶ。靴下、下着(これは新品)、靴も選んだところでアンティアーナはトランクを開けた。中にはドレスが入っている。貴族からすれば部屋着用の質素なものだが、平民にとっては晴れ着になるし、旅をするには邪魔だ。着てきたものと合わせて買い取って貰うことにする。片手持ちのトランクも、両手が空く肩掛け鞄と交換した。
これで見た目だけは平民になった。
そこに店主が申し訳なさそうに話してきた。
「その、お嬢さ、いやお坊っちゃま? 流石の俺でもこのドレスなんか高いもんだって、金貨が何枚も飛ぶっていうぐらいなんだってことはわかりやす。だけど今店にある金だけじゃ、これ全部は買えるかどうか……」
「じゃあ、買い取りではなく交換した、ということにするか? 俺が買いたいって言ったやつとだ」
「い、いいんですかい?」
「構わない。ただ少し細かいのも欲しいからな。ちょっと俺が今からする話を聞く代わり、これと銀十、銅十を交換してくれないか?」
アンティアーナは袋から金貨を二枚取り出す。ちなみに銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚だ。
「危ない話とかは困るんですが……」
「いや、本当に話を聞くだけでいい。実のところこれから少ししたら国が荒れるかもしれなくてな、その時にせっかく会ったあんたが逃げられないじゃあこっちの気分が悪いんだ」
「国が荒れるって、戦争でもあんのかい!?」
「そこを話すには、交換だな」
それならば、と店主は同意した。
アンティアーナはこっそり笑んだ。
それから、ランキラいちと持て囃された髪も売り。代わりに保存食などを買い、宿をとった。手元に残してあった鏡には少年の顔しか見えない。ならば男っぽくアンディとでも名乗ることにする。
アンディは、どこへ旅するかを考えていた。
ランキラ中央王国は、南以外の三方を山脈に囲まれている。歴史的に南以外との通商は少ない。山脈の合間を抜けて、東西と北に行くルートもあるにはあるが、来たる冬には閉ざされ難所も多く危険な上に治安も悪い。だが南側と隣接しているのは、オクタヴィア王女の生国ことヴォルゴード王国。正直長居する気になれない……ので、さっさと素通りしてしまうことにする。ヴォルゴード王国はランキラの西南西から南にある国だ。ヴォルゴードに出た後、東へ向かえば、比較的直ぐに抜けられる筈だ。
(なら、南行きの商隊に拾って貰うか。この身体じゃ力仕事は難しいだろうから……女の手仕事……金……)
アンディは次第に眠気に身を任せていった。




