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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第11話『デビルズナイトメア』

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プロローグ

 高層ビルが立ち並ぶ大都会。眠らない街のその一角。一際背の高い摩天楼の屋上で、一人の青年が夜景を楽しんでいた。


 ただし、その佇まいはあまり優雅ものではなかった。


 屋上の縁に腰を下ろし、両脚を空中へ投げ出しているのだ。指一本でも彼を奈落へ転落させることは可能であり、そうでなくとも自殺志願者と間違えられるのは必至だろう。とはいえ屋上には人っ子一人おらず、また地上から肉眼で視認できるほどの高さでもないのだが。


 そんな危険行為を行っている青年の元に、来客が訪れる。

 階下へ繋がる扉が開き、トレンチコートを羽織った二十代半ばの男が出てきた。


「うわっ、寒ぅ」


 コートの襟元を固く閉ざした来訪者は、あまりの寒さに背中を丸めた。


 地上二百メートルの屋上は、大の大人をよろめかせるほどの突風が吹き荒れており、二月という季節もあってか、その身に受けた者の体温を容赦なく奪っていく。


 こりゃ長居は無用だなと判断したトレンチコートの男は、早々に青年の元へ向かった。その途中、来訪者の気配を背中で感じ取った青年が立ち上がる。


「見よ、戸塚よ。この時代はなんと人の多いことか。なんと娯楽の溢れていることか! 人間の技術は加速度的に進歩している。このような文明、たった五百年前までは何一つ考えられなかったことだ!」


 まるでこの世のすべては自分の物であるという傲慢さを備えた声で、青年は楽しそうに両手を広げた。

 だがトレンチコートの男――戸塚秀明の反応は冷めたものだった。


「いやいやいや、知ってますよ。僕もそれなりに、この時代を生きていますし。それにあなたも物体に触れることができなかっただけで、時代の移り変わりなんかは、ちゃんとその目で見てきたんでしょ?」

「……ふん。戯れを解さんとは、つまらん男だ」


 心の底から侮蔑するように、青年は不機嫌な表情を露わにした。


 とはいえ、彼――神上立人の身体を奪ったヴラド三世もまた、手に入れた新しい肉体で現代社会を満喫し、ただただテンションが上がっていただけなのだ。本気で同意を求めているわけではなかった。


「それで、現状はどうなっている?」


 戸塚の無礼を不問としたヴラド三世は、さっさと本題に移った。


 現象の吸血鬼という己を捨て、新しい肉体を得たことにもデメリットはある。それは出没自在が不可能になったという点だ。故に情報収集は他人を頼らざるを得なくなったのである。


 ヴラド三世が問いただすと、戸塚は手帳を取り出した。


「つい先日、天崎君がまた新たな力を手に入れましたね。九尾の力……いわゆる山の神の能力を受け継いだようです」

「くく。また俺への貢ぎ物が増えたというわけか」


 すでに天崎の身体は我が物だとでも言いたげに、ヴラド三世は小さく笑い声を上げた。


「ただ少し厄介なことになりました。獣人たちがおののき荘の近くのアパートに移り住んだため、それだけ『調査員』の数も増えてるみたいです。そうでなくとも学園祭やデュラハンの件など、いろいろありましたからね。これからは大っぴらに活動できなくなるかもしれません」

「構わん。計画は最終段階に入った。『調査員』の存在など考慮に値しない」

「ご自分が殺人犯として指名手配されてることを忘れないでくださいね」


 あまりにも無自覚だったため、呆れ気味に釘を刺しておいた。


 それにしても本当に計画は進んでいるのかと、戸塚は疑問に思う。血統の覚醒にしろ、天崎の心を折るにしろ、すべてが中途半端ではないか? 最終段階だと宣言したが、いったいどこからどう計画が移ったのか。


 とはいえ積極的に聞き出そうとしない自分にも非はあるので、戸塚も強くは言えなかった。その理由はカラエルと同じ。ヴラド三世がどういう道筋で野望を成そうとしているのか、できるだけ知らない方が楽しめると思ったからである。戸塚はただ、言葉を発する以外に何もできなかったヴラド三世の指示に従ってきただけだった。


 いや、それでも彼には自分なりの考えがあるのだろう。なんせ目の前にいるのは歴史に名を残す英雄、ワラキア公国の君主なのだから。


「では、どうしますか? さっさと天崎君の身体を奪います?」

「……いいや。俺はもう少し、この世界を堪能したい」

「彼の身体を手に入れてからでもいいのでは?」

「何を言う。鍵を手にしてしまっては、すぐにでも扉を開けたくなるだろう?」


 それは痛いほど共感できた。長年待ち望んだ宝箱が目の前にあり、その鍵が自分の手に収まっている状態になるのだ。早く中身を見たいと思うのが人というものだろう。もちろん『身体を乗っ取った後でも不都合はないのでは?』と、戸塚は思ったが。


「案ずるな。すでに次の手は打ってある。『調査員』どもに露見しないよう、奴の心を折る手がな」

「へぇ、そうなんですか。あの少年が、そう簡単に屈服するとは思いませんが」

「何も絶望だけが挫折ではないのだよ。大きすぎる希望も、時には生きるための弊害になる場合がある」

「希望?」


 問い返すも、ヴラド三世は口の端を吊り上げて笑みを見せるだけだった。


「貴様には、あの件を任せる」

「ああ、アレですね。確かにアレも早急に何とかしないといけませんから」


 戸塚が了解すると、ヴラド三世は再び夜景の方へと向き直った。


「では、俺は欲望にまみれた世界を楽しみながら座して待つとしよう」

「それは構いませんが、あなたが娯楽を満喫するための資金、僕の貯金から出ていることは、ちゃんと自覚してくださいね?」


 物理的にだけではなく、己の懐がさらに寒くなることが確定した戸塚は、がっくりと肩を落としたのだった。

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