第20章 西村狂一郎
一直線に最寄りの駅まで走ってきた天崎は、とある喫茶店を見上げた。
今は慣れ親しんだコスプレ喫茶『ファンタジースクエア』。アニメキャラの張り紙や奇抜なポップなど、入り口には過剰な演出が施されている。こういう店に慣れていない初見ならば、二の足を踏んでしまうこと間違いなしだろう。
事実、天崎もリベリアが働いていなければ一生縁のない店だったはずだ。しかし今はこうして躊躇いもせずに入店することができる。運命とは不思議なものだと感慨に耽りながら、天崎は店の扉を開いた。
レジ横のエントランスでは、今では見知った巫女装束のスタッフが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! って、天崎君じゃん。ようこそ!」
「ども」
巫女装束の大学生――通称ミコミコは、業務用の笑顔から素の笑みに変えて天崎を招き入れた。その際、少しだけ声量を抑えて店の状況を耳打ちしてくる。
「今インフルエンザが流行ってて、お客さんもスタッフも少ないから閉店時間が前倒しになってるんだ。でもまだ時間はあるから、ゆっくりしていってね!」
確かに、前に来た時よりも店内に活気がなかった。
大変な時期だろうに、親切に対応してくれるミコミコに申し訳ないと思いつつも、天崎は早々に自分の目的を告げる。
「すみません。今日は客として来たわけじゃないんです」
「そうなの? リベちゃんはお休みだよ」
「あぁ、いえ……」
まあ、客でなければリベリアに用があると思われても仕方がない。
苦笑いを浮かべた天崎は、バーカウンターの方へ視線を移した。
「店長さん、いますか?」
「店長? 事務所にいると思うけど……」
「少し話がしたいんです」
「はあ」
天崎の顔を見上げたミコミコが、きょとんとしたまま口を開けた。
ありがたいことに、特に理由を訊ねてくることはなかった。「ちょっと待っててね」とだけ言い残して、小走りで店の奥へ向かう。そして一分も待つことなく、彼女はバックヤードから姿を現わした。
「大丈夫だって。裏口から事務所に入ってきて。場所は分かるよね?」
「はい、大丈夫です」
ミコミコにお礼を言った天崎は、店の裏口へと回った。
人がすれ違うことも困難なほど狭い事務所は、相変わらず雑然としていた。季節ごとのイベントで使う物が収納されているのか、特に段ボールが多い。そんな一見して倉庫にも見える事務所のデスクに座り、店長は天崎を歓迎していた。
若作りをした六十代にも見えれば、老けた二十代にも見える不思議な顔。ただ、その落ち着き払った雰囲気は、決して若輩者には出せない貫禄を備えている。いや、そもそもこの男は本当に人間なのだろうか?
猜疑心のこもった目を細め、天崎は改めて店長を直視した。
「やあ、天崎君。久しぶりだね。どうぞ、そこに掛けてくれ」
特に訝しむ様子もなく、店長は普通の客人をもてなすように椅子を勧めた。
だが天崎は座らない。ここへ座る前に、まず問わなければならないことがある。
「店長さん。あなたが……西村狂一郎だったんですか?」
「ん? 僕は最初から西村狂一郎という名前だよ。誰かに名前を騙ったことはないはずだけど……どういう意味だい?」
「その……今年の正月に、とある魔女が言っていました。俺の母方の先祖に『完全なる雑種』に成り損ねた西村狂一郎という人物がいる、と」
「あぁ……」
合点がいったかのように嘆息した店長は、視線を外す程度に俯いた。
そして天崎にも聞こえる声で、ぽつりと漏らす。
「そうか。ついに知ってしまったんだね?」
「知ってしまったって……俺と血が繋がってるって最初から知ってたんですか? なら、どうして黙ってたんですか?」
「それは誤解だよ、天崎君。例えば先に告白したとしても、僕が君の遠い先祖だなんて信じてくれなかっただろう。最初に名乗り出ても意味はなかった。それこそ、君が何らかの形で知った後でなければね」
「…………」
確かにその通りだった。
もし順序が逆だったなら、天崎は店長のことを妄想癖か何かあると思ったに違いない。まったくの赤の他人であるヨミがその名を口にし、事情を知らないリベリアと該当する人物を擦り合わせたことで、ようやく信じるに値する情報へと形を変えたのだ。
目の前の男は、間違いなく母方の先祖である西村狂一郎だ。そう確信した天崎は、未だ猜疑心を抱きながらも椅子に座った。
「さて、このタイミングで僕の所へ駆け込んできたということは、僕の名前はリベリアさんにでも聞いたのかな? そして発端はとある魔女と言ったね? できれば、その魔女とやらのことを教えてほしいな」
「俺が知りたいことを教えてくれるなら、話します」
「もちろんだとも。僕の知っていることなら、何でも話そう」
店長とはそう何度も顔を合わせた仲ではないが、決して根っからの悪人には見えなかった。それはただ、リベリアや従業員の女の子が彼を慕っているから、というだけの理由なのだが……どのみち、信じなければ話は進まない。
少しだけ逡巡した天崎は、当たり障りのない範囲で正直に話した。
「年末年始に実家へ帰った時、ヨミと名乗る人魚の魔女と話をしました。ヨミは母さんの先祖に『完全なる雑種』に成り損ねた男がいることを調べ上げて、元々『完全なる雑種』の家系だった親父と引き合わせたみたいなんです」
「引き合わせた? その理由は?」
「俺を作るためだったみたいです。『完全なる雑種』の家系である天崎家と、『完全なる雑種』に成り損ねた男の遺伝子を持つ母さんの血筋を合わせて、完璧な『完全なる雑種』を作る。そして、その身体をヴラド三世に捧げると言っていました」
「完璧な『完全なる雑種』? 君がそうなのかい?」
「自覚はありません。けど完璧な『完全なる雑種』になったという証明は、自分と同じ種族……俺の場合、人間以外の種族に性的欲求を抱かないことらしいんです。で、実際に俺は人外の女性を見ても、何とも思わないので……」
「…………」
急に黙り込んだ店長は、デスクの上を凝視したまま固まってしまった。
何か心当たりでもあるのか? そう問い返そうとするも、彼は口元を手で押さえながら何やらぶつぶつと呟き始める。どうやら完全に自分の世界へ入ってしまったようだ。
「……完璧な『完全なる雑種』? まさか……つまり、狙いは『種の根源』なのか?」
「『種の根源』?」
聞こえてきた単語を拾い上げると、店長はハッと顔を上げた。
口に出ていたのは無意識だったのか、彼は気まずそうに苦笑いを浮かべる。
「すまない、なんでもない……と言いたいところだけど、僕が知っていることはすべて教えると約束したばかりだったね。『種の根源』について、気になるかい?」
「ええ、まあ、『完全なる雑種』に関することなら」
「……分かった」
そう言って目を伏せる。頭の中で情報をまとめるような間があった後、店長は改めて天崎の目を見つめた。
「これは僕が『完全なる雑種』になる過程で知ったことだ。だから根拠は何も示せないし、ひどく眉唾な話……それこそオカルトの類だと思って聞いてほしい」
「はい」
「この世界のどこかに、すべての遺伝子が保存されている場所があるらしい。というより、すべての生物の元型と言った方が正しいのかな。僕にも、君にも、そしてどんな小さな生物にも繋がっている原点。それが『種の根源』だ」
「それは……地球上のどこかにある、って意味ですか?」
「いや、分からない。魔界や天界みたいな別次元の話かもしれないし、地球上にまったく未知の空間が存在するのかもしれない。もしくは概念的な何かなのか……」
なんだかムー大陸みたいな話になってきたぞ。と思うのと同時に、店長がオカルトの類と念を押した意味が分かった。何かしらの裏付けがなければ、ちょっと信じられそうにない。
「『完全なる雑種』が他の種族の遺伝子を覚醒させる時に、『種の根源』から力を引っ張ってきてるって話も聞いたことがあるんだけど……天崎君に、その自覚はあるかい?」
「いえ、まったくないです。自分の体内に眠っている遺伝子を起こすとか、遺伝子が格納されている扉を開くような感覚ですね」
「ふむ」
特に残念がる様子もなく、店長は真顔のまま深く頷いた。
この感覚ばかりは、口で説明しても他人には絶対に伝わらないだろうなと、天崎は思っていた。しかし『完全なる雑種』に成り損ねた店長なら、想像くらいはできるのかもしれない。
「では『種の根源』が実在する前提で話を進めよう。『種の根源』には、ヨミという魔女が言っていたような、完璧な遺伝子を持った『完全なる雑種』だけが入れるらしいんだ」
「……あ」
その説明を耳にした瞬間、天崎の中ですべてが繋がった。
ヨミは意図的に完璧な『完全なる雑種』を作った。忠義を誓うヴラド三世へ捧げるために。そして、その肉体は『種の根源』の中に入れるという。
つまりヴラド三世の目的は、『種の根源』へ至ることではないのか?
「ヴラド三世は、なんで『種の根源』に……」
「こればかりは推測するしかないけど、目的はやはり支配だろう。『種の根源』では、ありとあらゆる生命の遺伝子情報を自分の意のままに操ることができるらしいからね」
「は?」
理解が及ばず、天崎は眉を寄せた。
「それって、どういう……」
「例えるならプログラムのコードを書き換えるようなものだ。現存する種族をまったく別の生物に変えたり、今まで紡いできた歴史や遺伝子そのものを消去することだってできる。まさに神をも超越した、生命の支配者になれると言っても過言ではない」
「…………」
あまりにスケールが大きすぎて、開いた口が塞がらなくなってしまった。
はっきり言って実感が湧かない。ただ天使が『完全なる雑種』に成った者を排除する理由には納得がいった。もし悪意ある者が『種の根源』に到達したら、世界の秩序は簡単に崩壊してしまうだろう。
「天崎君は、自分が完璧な『完全なる雑種』だという実感はないんだよね?」
「……ないです」
「『種の根源』に至れそうな兆候は?」
「ありません」
「なら、あまり他言しないことだ。もし天使に知られたら、場合によっては排除されてしまうかもしれないからね」
「……はい」
店長の忠告をしっかりと胸に刻み、天崎は重々しく頷いた。
すると今までの雰囲気とは打って変わって、店長はドッキリが成功したように破顔する。
「と、脅すように言ったけど、所詮は眉唾だ。『種の根源』を証明できる物は何もない。僕が見た資料も、今はどこにあるかも分からないし」
「そうですね。そんなものが実在するなら、今ごろは……あ」
ふと、気づいた。気づいてしまった。
それと同時に天崎は戦慄し、二月だというのに背中に大量の汗が滲み始める。
「店長さん。その『種の根源』に入った者って……人々の認識も変えられますか?」
「認識を変える? というと?」
「例えば……インフルエンザに罹ると獣の耳が生えるのは当然である、とか」
「例えがいやに具体的だね。何か訳ありとみた。話してごらん」
そう言われたので、天崎は一連の出来事を話した。
獣人の件は解決したものの、認識が変わってしまったことについては未解明のままだ。何か大きな意思が動いているような気もするが、その片鱗すら見えない。
自分ではどうにもできない旨を強調して、天崎は店長に意見を求めた。
「っていうか、そもそも店長さんは認識が変わってるんですか?」
「実を言うと違和感はあったんだ。あれ? インフルエンザって動物の耳が生えるんだっけ? 何か違ったような……という感じでね。ただスタッフの女の子たちが当たり前のように言うものだから、自分が勘違いしてるんだと思ってた。けど、そうか……僕たちの方の認識が変えられていたわけか」
店長は『完全なる雑種』の成り損ねではあるが、数多の遺伝子を有していることに違いはない。それ故、本物の『完全なる雑種』みたいに改変の影響を受けないわけではないものの、普通の人よりは耐性があったのだろう。
「確かに全世界の『認識改変』なんて、一個体の天使が実現できる規模じゃない。それこそ天界総出で実施しなければ、まず不可能だと思うけど……獣人が遺灰を撒き始めたのと、人々の認識が変わったのは、ほぼ同時だったんだろ? 天界がそんな迅速に動くかな? そもそも何のために? って疑問も残る」
「じゃあ、やっぱり『種の根源』には誰かいて、そいつが干渉してきたんじゃ……」
「いやいや。そう結論付けるのは早計だよ、天崎君。だって今までは『種の根源』が存在する前提で話していただけだし、仮に到達した者が本当にいたとしたら……」
真っ青になった店長は途中で言葉を切ったが、言わんとしていることは分かった。
もし『種の根源』に到達した者がいたとしたら……この世界は、その者の手によって何度も書き換えられている可能性があるのだから。
自分の信じていたものが根底から覆され、足元から崩れ落ちていく気分だった。今まで人類が紡いできた歴史や、生命の進化そのものが、誰かが意図的に作り出したものと言っても過言ではないのだ。
さらには、その者の意思一つで世界は簡単に壊れてしまう。自分の立っている場所があまりにも不安定であることを自覚し、天崎は心の底から嫌悪感を抱いた。
「ともあれ」
そう言った店長は、気持ちを切り替えるように咳払いをした。
「『種の根源』に誰かいるかどうかは、僕たちには知る術がない。それこそ天崎君が到達して中を確認でもしない限りね」
「俺にそんなつもりはありません」
「だろ? なら頭を悩ませても仕方のないことだ。人々の認識が変わった原因についても、深く考えるのはやめよう。また何か違和感が出てきたら調べてみる、くらいに構えておいた方がいい。解のない謎に挑むのは、疲れるだけだからね」
問題を放置する姿勢に不満はあれど、何もできないのも事実。店長の意見にも一理あると認めた天崎は、不承不承ながらも頷いた。
「今回の件で分かったのは、『完全なる雑種』なら認識を変えられないことだ。もし今後も大きな改変に気づいたら、リベリアさんと話を擦り合わせて、僕の所へ来てくれ。情報を共有しよう。おそらく今回と同じように、僕はどっちつかずの曖昧な状態になってると思うからね」
「分かりました」
天崎が了承したところで、この話はここで終わりのようだ。椅子の背もたれに深く身を預けた店長に倣って、天崎もまた肩の力を抜く。
「さて、ずいぶん長く話してしまったが、僕の疑問はだいたい解消できた。次は君の番だな。なんでも訊いてくれ」
「えっと……」
質問を求められたものの、天崎はすぐに口を開くことはできなかった。
何か問わなければならないと焦る中、ふと気づく。そもそも自分は、何をしにここへ来たのだろう。『ファンタジースクエア』の店長が西村狂一郎であることを確かめるためなのは間違いない。では仮に店長が自分の先祖だったとして、何を問いたかったのか。
結局のところ気持ちが先行してしまい、考えるよりも先に足が動いただけなのである。
特に引き出したい情報があるわけではない。しかし、それでは話し合いの場を設けてくれた店長に失礼だと思い、天崎は場を繋ぐように質問を投げた。
「店長さんは……どうして『完全なる雑種』になろうとしたんですか?」
「あー……やっぱりそれは気になるよね。覚悟はしてたけど……改めて正面から問われると辛いものがあるな」
そう言って、店長は気まずそうに頭を掻いた。
事情を知らない天崎は、そんなに答えにくい質問だったのかと意外に思いながらも、店長を見据えた。
「話したくないのなら、無理に聞くつもりはありませんが……」
「そうしてくれると助かる。けど、せっかく自分の子孫が僕の元を訪れてくれたんだ。簡単に話させてもらうよ。僕は別に『完全なる雑種』になろうとしたわけじゃない。そうなってしまったのは、単なる結果論だ」
降参したかのように息を吐いた店長は、昔を懐かしむように語り始めた。
「もう何百年も前の話さ。僕がまだ普通の人間だった頃、とある女性にベタ惚れしてしまってね。何度も何度も求婚したんだけど、彼女はまったく振り向いてくれなかった。あまりにも蔑ろにされるものだから、一度だけ問いただしてみたんだ。『何故、僕ではダメなんだ?』と。すると彼女は言った。『私は人間ではないため、人間の貴方と番になることはできません』とね。だが彼女は、自分がどんな種族かは明かさなかった。だから僕は彼女と結ばれるよう人外になりたくて、ひたすら他種族の血を取り入れたんだ。だけど、その途中で……彼女は死んでしまった」
「えっ、なんで……」
「寿命さ。実は彼女は普通の人間だった。人間じゃないと偽ったのは、僕を振るための口実にすぎなかったのさ。そんな下らない嘘を付くくらい僕のことが嫌いだったんだと知った時は、もう本当に悔しくてね……まあ、その話はいいや。ただ自分の愚かさに気づいた時には、もう『完全なる雑種』の成り損ねなんていう不名誉な身体になっていた。とはいっても、ほぼ不老不死ってだけの、何の取柄もない普通の人間なんだけどね」
「不老不死、なんですか?」
「ほぼ、ね。少しずつ老化はしてるみたいだし、致命的な怪我を負えば死ぬと思う。でも僕はただの人間さ。いろんな種族の血が入り混じった、ちょっと特殊な……だけどね」
吸血鬼のリベリアや悪魔の空美を見ても分かるように、人間と比べてずっと長生きできる種族もいる。おそらく無理やり他種族の遺伝子を取り入れたため、それらの特性が変に作用し、寿命の長い身体になってしまったのだろう。
そして長く生きる中で他の女性と子を作り、天崎の母親まで繋がったというわけだ。
また店長が口にするのを渋る理由にも納得がいった。『完全なる雑種』に成り損ねた話は、いわば彼の人生最大の失敗談だったのだから。誰にも話さず墓まで持って行きたい気持ちは、普通の感覚である。
だから天崎は、それ以上は深く追求しようとは思わなかった。彼の話は同情こそすれ、蒸し返すほどのことでもない。若気の至りで様々な種族の遺伝子を取り入れ、ほぼ不老不死になってしまったという事実だけを心に留めておいた。
「とまあ、僕個人の話はこんなところかな。何か納得いっていない顔をしているようだけど、腑に落ちない点でもあったかい?」
「いえ。女性関連で失敗したのに、今では女性従業員主体のコスプレ喫茶を経営してるのは、なんだか不思議だと思いまして……」
「おいおいおい、そいつは言わない約束だろう。君もリベリアさんと同じくらい容赦がないなぁ。ま、いつの世も女性は美しいものだから、それを間近で見ていたくてね」
そう言うと、店長は冗談めかしく笑い飛ばした。
なるほど。従業員の女の子たちに慕われるのも納得だと、天崎は思った。
落ち着き払った笑い方は気品があるし、何より下心が一切感じられない。安田辺りが同じセリフを吐いたら、おそらく天崎は迷うことなく通報していただろう。
ふと、リベリアの名前を耳にしたことで思い出した。
この店に来る前、彼女とどのような話をしていたのかを。
「店長さん。折り入って相談があります」
「なんだい? 急にかしこまったりして」
「店長さんさえよければ、『完全なる雑種』の力の使い方を教えてほしいんです」
「……うん?」
言葉が足りなかったのか、店長はいまいち理解していないように首を傾げた。
少しの沈黙の後、自分なりに解釈した店長が歯切れ悪く答えた。
「厳密に言うと僕は『完全なる雑種』じゃないから、天崎君に指導できるかは、ちょっと自信がないな。それより君のお父さんの方が適任じゃないのかい?」
「いえ、親父には小さい頃からいろいろ教わっていました。けど、違うんです。最初から力を持ってる人じゃなくて、外部から未知の力を取り入れた人の話を聞きたいんです」
今回の件で九尾の力を十全に発揮できなかった、天崎なりの反省だった。
おそらく試行錯誤を繰り返せば、獣人の血統を応用して九尾の狐になることは可能だ。けど力の引き出し方が、いまいち分からない。使うたびに暴走させるわけにもいかないし、ならば明確な使い方を心得ておくに越したことはないだろう。
「なるほど。つまり天崎君は、元々百メートルを十秒で走れる人の走り方を知りたいんじゃなくて、十秒で走れるようになった人の練習法を知りたいってわけだね?」
「え? ええ、まあ、はい。そんな感じです」
挙げられた例え話はよく分からなかったので、天崎は曖昧に頷いておいた。
店長はしばらく考え込んだ後、消極的にも色よい返事を返した。
「分かった。期待に添えるかは微妙なところだけど、やれるだけやってみよう」
「本当ですか!」
「ただレッスンは後日かな。時間も時間だし、店もまだ営業中だからね」
「ありがとうございます」
頭を下げた天崎は、心の底から感謝の意を示した。
期待に添えるか分からないとは言うものの、最初から八方塞がりだった天崎にとっては、店長の存在は棚から牡丹餅なのだ。詳しい話を聞けるだけでも御の字だった。
そして後日の約束を取り付けた天崎は、少しだけ雑談をしてから事務所を後にした。
裏口から正面へ移動し、『ファンタジースクエア』の外観を見上げる。
店長……西村狂一郎との邂逅は、天崎にとっても実りのあるものだった。おそらく今後も要所要所で力になってくれるだろう。頼もしい限りだ。
しかし一方で、言い知れない胸騒ぎが天崎を不安にさせているのも事実だった。
予期せず耳にした『種の根源』という単語。そして、そこに到達したかもしれない存在。自分の認知できない水面下で、何か大きな波が押し寄せて来ているような予兆を感じ取り、天崎は厳しい表情を隠すことができなかった。




