第9章 異変の始まり
「安藤も風邪かよ……」
火曜日の朝。安藤から送られてきたメッセージを見て、天崎は絶句した。
どうやら奴も体調が悪く、念のため午前中に医者へ行くらしい。昨日は普通に元気そうだったが……いや、思い返してみれば、たまに咳をしていたような気がする。というか宣言通りに風邪を引く可能性があるならマスクくらいしとけよと、天崎は心の中でツッコんでおいた。
「これで天っちが一番バカだって証明されたな!」
自分の席で授業の準備をしていると、犬飼が登校してきた。
しかも驚いたことに、その顔の下半分がマスクで覆われていた。
「まさか……お前まで?」
「そう。ちょっと風邪気味なんだわ」
「マジか……」
風邪を引いていないからって一番バカだという証拠にはならないぞ。というツッコミすら忘れてしまうほど、天崎は動揺していた。
にしても、もう五分もすればホームルームが始まるというのに、登校している生徒が普段よりも少ない。天崎自身に実感はないが、やはり世間ではインフルエンザが流行っているみたいだ。
「今日、もしかしたら学級閉鎖になるかもしんねえな」
「なんでウキウキしてんだよ。体調が悪いなら休んどけ」
風邪を引いてもどこかへ遊びに行きそうな犬飼を、天崎は静かに窘めたのだった。
ふと、教室内を眺めていた天崎は違和感を抱いた。
「ってか、なんであいつら帽子を被ってんだ?」
見れば、クラスメイトのほとんどが帽子を被っていた。野球帽やニット帽など種類は様々だが、今まで帽子着用で登校してきた生徒などまったくいなかったはずだ。
それが今日になって急なお洒落。しかも自分の帽子を自慢でもするかのように、彼らは教室に入っても誰一人として帽子を脱ごうとはしなかった。
天崎が訝しんでいると、同じく教室を見渡していた犬飼がさも当然のように答えた。
「なんでも何も、みんな風邪気味なんだろ」
「は? マスクはともかく、なんで風邪気味だと帽子を被るんだ?」
「天っちこそ何を言ってんだ? 風邪の予防のために帽子を被るのは常識だろ?」
「…………マジで?」
知らなかった。と、天崎は再び絶句した。
いや……だとしても、なんで帽子を被ると風邪の予防になるんだ? 髪の毛にウイルスが付かないようにするためか? 確かにウイルスのキャリアーにはなりそうだが……。
などと自問していると、犬飼がぼやいた。
「朝のニュースで見たけど、今年はI型が流行ってるみたいだな。まあI型は一番感染力が強いって聞くし、俺っちたちも気をつけないと」
今の呟きは、さすがにスルーできなかった。
「待て待て。I型ってなんだ?」
「なんだ、天っち。知らないのか? インフルにはI型、N型、T型、K型の四種類があるんだぜ?」
「……んん?」
そんな複雑なアルファベットだったっけ? A・B・Cの三種類じゃなかったっけ? と、天崎は首を捻る。しかし自分の覚え間違いかもしれないし、犬飼が嘘を付いているようにも見えなかった。
帽子といいインフルの型といい、本当に自分が一番バカになった気分だった。ただ、それで落胆する天崎ではない。汚名返上……というか自分の無知を払拭しようと、スマホで知識を補おうとする。
だが無情にも、天崎の小さな努力は始業の鐘に阻まれてしまった。
「おーい、席に着け。ゴホッ、ゴホッ……。出席取るぞ」
チャイムと同時に担任が入って来る。その担任もまた咳を漏らし、生徒に風邪を移さないようベレー帽とマスクをしっかりと着用していたのだった。
「マジかよ……」
青空の下、校門まで歩いてきた天崎は、呆然としたまま校舎を振り返った。
クラスメイトの出席率が芳しくなく、また一時限目が始まる前に体調不良を訴える生徒が複数人出たので、昼休みを待たずして終礼を迎えたのだ。つまりは学級閉鎖である。
まさか、ここまで大事になるなんて……。
こうなると、『完全なる雑種』の自分も油断はできない。数多の種族の血が流れていようとも、天崎のベースは普通の人間なのだ。ウイルスの感染力が強くなればなるほど、天崎も病気に罹る可能性は高くなっていく。
「念には念を入れておくか。いろいろ買い込んでおこう」
いつ自分が動けなくなってもいいように、食料やその他の雑貨を買い溜めするため、天崎は最寄りのスーパーへと向かった。
昨日の夕方よりも客の少ないスーパー内を、同じ順路で歩いていく。
ただ夕飯用の総菜を買い物かごに入れた後は、普段は足を運ばない、店内の中央にある棚に立ち寄った。調理しなくても食べられる、日持ちする菓子パンか何かでも買っておこうと思ったからだ。
円もパンを食べないわけではない。けど、せっかくなら好みの物を買ってやりたいなと思いつつ、パンコーナーに入ったのだが……そこにいた人物を目の当たりにして、天崎は驚きのあまり立ち止まってしまった。
反射的に棚の陰へと身を隠す。そして再びパンコーナーを覗き見たところで、天崎は自分の見間違いでないことを確信した。
「獣人……だよな?」
菓子パンを吟味している主婦らしき女性個人に見覚えはない。しかし、その頭には間違いなく生えているのだ。まるで犬のような獣の耳が。
コスプレ……ではないだろう。一般常識的に考えて、自分の母親と同じくらいの年齢の女性が、こんな公共の場でコスプレなんてするはずがない。
ならば殺人犯を捜しに里から出てきた獣人か、もしくは人間社会に紛れて暮らしている獣人なのか?
そう考えるも、どうも腑に落ちない。群青は、大人になれば耳や尻尾を完全に隠せると言っていた。逆に言えば、意図的にそれらを出すことも可能なのだろうが……自らを獣人だとアピールする意図が分からない。殺人犯を追おうが、人間社会で暮らそうが、獣の耳を露わにするメリットなどないはずだ。
天崎が困惑している間にも、獣耳の生えた女性は次の棚へと行ってしまう。
ここは尾行をするべきか、それとも無視するべきか。
少しだけ迷った後、結局は追わないことに決めた。おそらく、ただ単に買い物をしていただけだろう。余計なことには首を突っ込まない。それこそが、天崎が長年の経験から得た教訓だった。
だが自分の認識が甘かったことを、天崎はすぐに知ることとなる。
一通り必要な物を見繕ってレジに向かう。そして買い物かごを台の上に置き、視線を上げたところで天崎はビクッと肩を震わせた。
パートのおばちゃんらしき店員の頭にもまた、獣の耳が生えていたのだ。
「……えっ?」
予想外すぎる展開に、天崎は硬直してしまった。
あまりに不自然なほど長く彼女の頭を凝視していたためか、さすがに気づかれたようだ。商品をレジへ通す手が緩まり、怪訝そうに訊ねてくる。
「えっと……何か?」
「いえ、その……その頭はどうされたんですか?」
あなたは獣人なんですか? とは訊けなかった。
店員は手を止め、自らの頭に触れる。正確には頭から生えている獣の耳に。すると彼女は何かに納得した後、少し気まずそうに頭を下げた。
「申し訳ございません。どうやら少し風邪気味のようでして……」
「風邪?」
いや、風邪がどうとかではなくて、獣の耳が何なのか知りたいのだが。
これは突っ込んで訊ねてもよいことなのだろうか? そう逡巡している間にも、店員は残りの精算を済ませていく。心なしか、先ほどよりも速い手つきで。
結局、迷っている間にも精算が終わってしまい、耳に関する追求は叶わずじまいだった。
買い物を終えた天崎は、一直線におののき荘へ向かっていた。何もかもが納得できないとでも言わんばかりに、その顔を険しくさせながら。
何かがおかしい。いや、すべてがおかしすぎて、何から考えていいのか分からない。
混乱しながらも、おかしな要素を一つずつ列挙していく。
一つ目。例年以上に蔓延しているインフルエンザ。犬飼が言うには、I型という耳にしたことのない型のウイルスが流行っているらしい。
二つ目。帽子を被ると何故か風邪の予防になること。
三つ目。獣の耳が生えた人々。スーパーにいた主婦や店員だけでなく、帰路の途中で見かけた人のほとんどが、獣の耳を生やしているか帽子を被っていた。直感だが、おそらく彼女たちは獣人ではない。何らかの事情で獣の耳が生えてしまった人間だと、天崎は推測していた。
最後に四つ目。そんな彼女たちは、耳が生えたことを不思議に思っていないこと。
レジで店員に指摘した時、自らの耳を確かめた彼女は言った。「風邪気味のようだ」と。それはつまり風邪を引けば咳が出るのと同様、獣の耳が生えるのは常識だとでも言っているかのようだった。
まだ何一つ理解も把握もできていないが、これだけははっきりと言える。
これは異変だ。とにかく異変だ。
そしてその犯人は間違いなく獣人だろう。獣人たちが、何かした。
一通り頭の中を整理した天崎は、おののき荘へ向かう足をさらに速めた。
もちろん安藤に連絡するべき案件なのは理解している。しかし一つ確かめたいことがあるのと、また腰を落ち着かせた方が話もまとまると判断し、連絡は後回しにしたのだった。
無事おののき荘に到着した天崎は、すぐに荷物を片付けて外へ出ようとする。その時、ふと気づいた。部屋の中に誰かいる気配がする。
「……円か?」
居間にいないのなら押し入れだ。
だが今日は朝から月島の部屋に行っているはず。もう戻ってきたのか?
「円。開けるぞ」
一応断りを入れてから、天崎は襖を開けた。
そこには見慣れた着物の柄があった。しかしちょっと状況が分からない。布団と布団の間に顔を挟んだ円は、完全に頭隠して尻隠さずの状態だったからだ。
「……何やってんだ、お前」
問うと、円が身じろぎする。かくれんぼのつもりではないらしい。
それからしばらく待っていると、観念した円がゆっくりと這い出てきた。だが、その頭を見た天崎は驚きのあまり目を見開いた。
「お前……」
「…………」
絶句したまま円の頭を凝視していると、彼女はしゅんと項垂れて目を逸らした。
円の頭の上にもまた、獣の耳が生えていたのだ。
「お前、それどうしたんだ?」
なるべく平常心を保ちながら訊ねる。
すると円は、悪戯をした子供が罪を告白するように小さく口を開いた。
「かぜ、引いちゃった」
「風邪って、お前……」
自室にいる座敷童が風邪を引くか?
いや、そんなことよりも今は円の体調が心配だ。
「ちょっと見せてみろ」
「うん」
言うと、円は素直に頭を寄せてきた。
獣の耳は、完全に円の頭と一体化していた。しかも耳を軽く折ったり撫でたりすると、円がくすぐったそうに身をよじる。どうやら神経も繋がっているらしい。
あらかた観察し終えた天崎は、円の肩を掴んで真剣な眼差しで訊ねた。
「円、正直に答えてくれ。どうして頭から動物の耳が生えてるんだ?」
「おねえちゃんのかぜが移っちゃったから……」
「じゃあ月島の頭にも耳が生えてるんだな?」
こくこくと、静かに頷く円。
やはり獣の耳はインフルエンザが関係しているようだ。
「どうして押し入れに隠れてたんだ?」
「……おこられると思ったから」
「怒られる?」
よく意味が理解できなかったが、交差した円の視線から意思が読み取れた。
円は自分から月島を看病したいと言い出した。自分は座敷童だから風邪を引かないと高を括っていたものの、結局はミイラ取りがミイラに。だから天崎に怒られると思ったのだ。
まったく、自分の何倍も生きているはずなのに発想が完全にお子様だなと、天崎は苦笑いを浮かべた。
そして反省する円の頭を撫でた天崎は、本物の兄のように優しく微笑みかけた。
「そんなことで怒りゃしねえよ。けど、最後に一つだけ教えてくれ」
声音を変え、一番大事な質問を投げかける。
「円にとって、風邪を引いたら動物の耳が生えることは当たり前なんだな?」
「あたりまえ?」
あまり意味を理解していないようなオウム返しだったが、その反応で察することができた。やはり常識なのだ。風邪を引いたら獣の耳が生えることは、夜の次に朝が来るのと同じくらいに。
「分かった、ありがとう。俺はちょっと出かけてくるから、体調が悪いんなら安静にしとけ」
「うん」
素直に頷いた円は、再び押し入れの中へと戻っていった。
そのまま出て行こうと思った天崎だが、円に耳が生えていたことの動揺が大きいようだ。一旦自分を落ち着かせるため、ゆっくりと私服に着替える。そしてスマホや財布などの所持品を意識的にチェックした後、外に出た天崎は確信するかのように呟いた。
「あの時と同じだ」
天崎は約三ヶ月前のことを思い出していた。
それは安藤が堕天使ミルミルに連れ去られた一件だ。自分と周りの認識に齟齬が出ている今の状況は、自分以外の人々が安藤の存在を忘れてしまった、あの時の様子と酷似していた。
だからこそ天崎は早々におののき荘へ帰宅したのだ。
仮にこの異変が天使の『認識改変』によるものなら、同じ『完全なる雑種』の血を分けたリベリアと純正の天使であるクルクルには、影響が出ていないと考えたから。
「リベリアの奴、起きてるかな?」
呟きながら階段を下りるも、心配は杞憂に終わった。
ちょうどタイミングよく一階の部屋からリベリアが飛び出してきたのだ。
「あっ、天崎さん! 見てくださいよ、これ! マリアージュ!? ねぇ、マリアージュしてますか!?」
「何を言ってるのか、さっぱり分からんが……」
ひどく興奮した様子のリベリアの頭に目を向ける。やはりそこには獣の耳があった。
「ってか、吸血鬼も風邪を引くんだな」
「風邪? 風邪なんて引いてませんよ」
「でもお前、動物の耳が生えてるじゃねえか」
「風邪を引いたからって、頭から獣の耳が生えてくるわけないじゃないですか。バカですか、貴方は」
「…………」
期待通り、リベリアの認識は改変されていないようだった。けど、なんだか腑に落ちない。なんでこいつは、こんなに煽ってくるのだろうか。いやまあ、いつも通りの振る舞いが天崎を冷静にさせているので、ありがたいと言えばありがたいのだが。
興奮の収まらないリベリアが、今度はお尻に手を当てた。
「なんかお尻がムズムズしてきました。もしかしたら尻尾も生えるかもしれません!」
「生えてたまるか」
「まあまあ、そう言わずにちょっと確認してくださいよ」
「バッカ! こんな屋外でズボンを脱ごうとするな!」
「えー、天崎さんは見たくないんですか? 私のぷりっぷりなお尻を」
「……お前、言うほど肉付き良くないだろ」
「貧乳って言うな!」
何の話をしてるんだと、天崎は頭を抱えた。
とりあえず仕切り直しのために咳払いを入れる。
「リベリアのその耳、何で生えたか分かるか?」
「それがまったく心当たりがないんですよね。さっき不意に目が覚めて、鏡を見たら発見しましたので」
「ふむ……」
風邪気味でもないリベリアの頭からも耳が生えた。ということはインフルエンザとは関係ないのか? それとも感染はしてるけど風邪の症状が出ていないだけなのか?
「というか、天崎さんの頭からも生えてるじゃないですか」
「なに!?」
上の方に移動するリベリアの視線を追うように、天崎は自分の頭に触れた。
すると、本当にあった。さっき円の頭を調べた時と同じような感触の、獣の耳が。
「なんで……ってか、いつの間に?」
さすがに驚きを隠せなかった。
耳が生えるような予兆などはなかったはず。しかし手で触れば、ちゃんと触れられた感覚がある。この耳は間違いなく自分の一部だった。
「ちょっと写真を撮らせていただきますね。マリアージュ! へい、マリアージュ!」
「やめろやめろ」
嬉々としてスマホを向けるリベリアから逃げるように、天崎は背を向けた。
「つーかこの耳、別に音を拾えるわけじゃないんだな」
「みたいですね。何も聞こえないです。ただ動かすことはできますけどね」
そう言って、リベリアは手を触れずに頭上の耳を左右に動かし始めた。
楽しそうにしているところ悪いのだが、遊んでいる場合ではない。
「実は俺たちだけじゃなくて、街中の人の頭から動物の耳が生えてるみたいなんだ」
「大事件じゃないですか!」
「けど他の人は耳が生えたことを不思議に思っていないらしい。風邪を引いたら耳が生えてくることは当たり前、って認識になっている」
「あぁ、だから私が風邪かどうか訊いたんですね? もう、それを先に言ってくれれば天崎さんをバカにしないで済んだのに」
やれやれと言わんばかりに首を振るリベリア。
あえて無視した天崎は、続きを説明する。
「俺は自分が『完全なる雑種』だから、他の人と認識が違うと思った。んで、同じ血を持ってるお前で確認したかったんだ」
「なるほど。でもそうなると、先日話されてたミルミルさんの事件と似てますよね?」
「そう。けど今回は天使だけの仕業じゃないと思う」
「犯人は殺人犯を追ってる獣人たち……ってところでしょうねぇ」
タイミング的には、それしか考えられない。少なくとも獣の耳に関しては。
おそらく天使でも、亜空間の中なら人間の頭に耳を生やすことは可能だろう。けど今回は、いくら何でも規模が大きすぎる。街一つを覆い尽くすほどの亜空間など、天使一人で造り出せるとは思えなかった。
「いや……」
天崎の頭に、ルネサンス期の彫刻のような顔が思い浮かんだ。
カラエルは普通の堕天使じゃない、大堕天使だ。今の天崎に、奴の能力の規模を計り知ることはできない。
加えて『認識改変』。獣人が何か異変を起こして、天使が認識を改変させたのか。それとも獣の耳も認識も、どちらも天使による計略なのか。いろいろな可能性を念頭に置いて熟慮する必要があった。
「ちなみに安藤さんには連絡したんですか?」
「いや、これからだ」
そう言って、天崎はスマホを取り出した。
しかし嫌な予感がする。インフルエンザに罹った安藤から未だに連絡がないということは、奴の認識も変えられてしまった可能性が高いから。
不安を抱きつつも電話を掛ける。留守電になるかなと思うほどコールが続いた後、ようやく繋がった。
『何の用だい、天崎』
前置きも軽口もなく、安藤は電話に出るやいなや用件を訊ねてきた。声からしても、だいぶ弱っている様子である。
あまり無理をさせるのも悪いなと思った天崎は、単刀直入に問いただした。
「訊きたいことがある。風邪を引いたら、普通は動物の耳が生えるよな?」
天崎は、あえて世間の認識の方が正しい前提で確認した。
だが安藤の返事は真っ向から反発したものだった。
『はぁ? 何を言ってるんだ、君は』
なんだ? まさか安藤の認識は歪んでいないのか?
そう期待したものの、どうやら見当違いだったようだ。
『耳が生えるかどうかは個人差だろ。人によっては尻尾が生えるし、体毛が濃くなる人だっている。もちろん、複数の症状が現れる人もね』
「そうか……分かった。ありがとう」
ある意味予想通りの回答だったため、天崎もそれほど失望しなかった。
スーパーからおののき荘へ帰る途中で見た人々も、もしかしたら衣服に隠れていただけで、尻尾が生えていたり体毛が濃くなっていた人がいたのかもしれない。
『なんだ君は。そんなことを訊くためだけに電話してきたのか?』
「あー……いや。悪いけど、今からお前の家に行っていいか?」
『今から? こっちはインフルエンザで寝込んでるんだけど』
「頼む。少し話がしたい」
意味深に声を低くすると、安藤が異常事態を感じ取ったようだ。
『……急ぎの用件なのか?』
「あぁ。ちょっと異変に巻き込まれてな」
安藤にとって獣の耳が生えることは常識なのだろうが、もしかしたら天崎たち『完全なる雑種』と認識が異なっていること自体を異変として捉えてくれるかもしれない。その可能性に賭け、天崎は安藤と直接話がしたかったのだ。
すると電話口から、安藤の深いため息が聞こえてきた。
『分かったよ。少しだけなら話を聞いてやる。ただ、あんまり長居されると僕の母親も心配するだろうから、手短に済ませてくれよ』
「あぁ、悪い。すぐに行く」
電話を切るやいなや、天崎は踵を返した。
「ってなわけで、今から安藤の家に行ってくる」
「私もご一緒した方がいいですか?」
「いや、インフルエンザで寝込んでるから、二人で押しかけるのは迷惑だ。リベリアは残ってくれ。というか天使の認識はどうなってるのか、クルクルと話してくれないか?」
「了解です」
リベリアに依頼を託した天崎は、一目散におののき荘を飛び出した。




