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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第9話『マーダー・オン・マーダー』

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間 章 とある殺人鬼と元『調査員』の会話 その2

 夜も深まる人気のない神社にて、神上立人は賽銭箱の上で退屈そうに胡坐をかいていた。


 周りに目立った照明はなく、頼りない月明かりは境内を輪郭でしか映してくれない。また近所に民家がないためか、雑木林を揺らす夜風以外の音は、何一つ耳に入ってこなかった。


 時間が停止していると錯覚させられるほどの静けさが満ちる中、神上は身動き一つしないまま、自分をこの神社へ呼び出した相手を、ただひたすら待ち続けていた。


 そして月の位置が目に見えて角度を変える頃、ようやく待ち人が現れた。


 鳥居の向こうから歩いてきたのは、トレンチコートを着た若い男だった。石畳を叩く足音は非常に静かで、それでいて乱暴な足取りで神上の元までやって来る。


「まったく、やらかしてくれたね。目撃者は出さないようにって言ったはずなのに、君の顔が警察と『調査員』の間で広まっているよ」

「挨拶もなしに、いきなりそれっすか」


 対面早々に棘のある口調で責めてくる男――戸塚英明に対して、神上もまた負けじと不満を吐き出した。


「文句を言いたいのはこっちの方っすよ。ターゲットの中に予知能力者がいるなんて聞いてないっす」

「予知能力者?」


 まるで初めて耳にする単語のように、戸塚は言葉の意味を捉えかねていた。


「アパートの大家さんがそうらしいっすよ。僕が待ち伏せする先々で危険を回避できたのは、大家さんの予知能力があったおかげみたいっす」

「大家っていうと……占いではなくて?」

「占いのような曖昧なものじゃなさそうっすね。対面した吸血鬼は、自分のことだとはっきり未来が視えるとかなんとか言ってたっす」

「命の危機を回避するほどの予知能力、だって? そんなバカな。不確定な未来を知る種族なんて、この世に存在するはずは……いや、待てよ? もしかしたら……」


 唸り声を上げた戸塚は「あとで確認してみるか……」と言い残した後、唐突に顔を上げた。

 予知能力の正体を期待した神上だったものの、戸塚から返ってきたのは当たり障りのない謝罪だった。


「悪かったよ。こちらも予知能力者がいるなんて知らなかったんだ。それに、まさか君がおののき荘に直接乗り込むとは思わなかった。閉所恐怖症は治ったのかな?」

「幼少期に植え付けられたトラウマが、そう簡単に治るわけないっすよ。玄関で首を裂いて、すぐに逃げようとしただけっす」


 三歳まで父の虐待を受け、六歳の時に母の愛が偽りであると知った神上は、それまでずっと狭いアパートの中で過ごしてきた。故に四方を壁で囲まれた閉鎖的な空間では、子供の頃の嫌な記憶が蘇り、彼の身体を縛り上げてしまうのである。


「閉所って言っても、あの大堕天使の亜空間でもダメなのかい? 壁に囲まれてる認識ができなくなるくらいの調節はできると思うけど」

「協力を要請する時に試してみたっすよ。けど見た目とか大きさじゃなくて、空間の中に入ってるって自覚があるだけでダメみたいっすね。思った以上に身体が動かなくなる」

「だから『認識阻害』で妥協したってわけか」

「それについては、あの大堕天使様に苦情を言いたいっすね。良いところで邪魔が入ってきたもので」

「それは仕方がないんだよ」


 と言って、戸塚は肩を竦めた。


「『認識阻害』は決して万能じゃない。透明人間みたいに振舞えるわけではないんだ。例えば何気なく空を見上げても天使を発見することはできないが、天使を探すという目的があれば簡単に視認できてしまう。それと同じで、普通の通行人には歩道橋自体が認識できないけれど、そこを渡らなければ目的地に辿り着けない人には効果がない。もちろん歩道橋の階段を上りきるまで、君たちの存在に気づいてはいなかっただろうけどね」

「つまり僕の運が悪かったってわけっすか? なんか言い訳臭いっすね」


 当てつけのように言われても、これ以上は説明しようがない。とでも言いたげに、戸塚は改めてため息を漏らしたのだった。


 ふと何か重要なことでも思い出したかのように、神上が戸塚へ問いかける。


「そういえば今さらっすけど、なんであのアパートの住人を狙うんっすか?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないっす」


 神上はただ『おののき荘の住人を殺せ』という指示を受けたに過ぎない。普段は理由など訊ねたりしないのだが、今回の命令はあまりに見通しが立たなかったため、ついつい疑問が口に出てしまったようだ。


 特に隠していたわけでもないのか、戸塚の方も息を吐き出すついでのような感覚で答えた。


「おののき荘の住人を狙うのは、天崎東四郎の心を折るためだよ」

「天崎東四郎?」


 その名前と顔は知っている。返り討ちに遭う危険性がある吸血鬼と同じく、アパートの中でもう一人、手を出してはいけないと戸塚から念を押されていた人物だ。しかも天崎東四郎の方は、理由を伏せられていた。


「心を折るって、どういう意味っすか?」

「そのまんまの意味だよ。自分のせいで仲の良いアパートの住人が殺されたら、誰だって落ち込むか、犯人に恨みを抱くだろ? あのお方は、とにかく天崎東四郎の心を乱したいんだ」

「目的はなんとなく理解したっすけど、理由がいまいちピンとこないっすね。なんでヴラドの爺さんは、その天崎東四郎って奴の心を折りたいんっすか?」

「それだけあのお方は天崎東四郎に執着してるってことさ」


 その瞬間、神上の眉がピクッと動いた。


 わずかな月明かりしかない暗闇の中では、そんな些細な仕草が視えるはずもない。しかし戸塚は、彼がどんな感情を抱いているのかはっきり把握しているように、その口元を歪めた。


 そこへ、さらなる説明を加える。


「天崎東四郎は『完全なる雑種(フリードッグ)』なんだよ」

「『完全なる雑種』?」

「あらゆる種族の血統が混じった、完璧な人間なんだ。生前、あのお方が人工的に作り上げた身体を、天崎東四郎は天然のまま所持しているのさ。天崎家の長い歴史を経てね。だからあのお方は、その身体を欲しがっているんだよ」

「身体を……欲しがる……?」

「そう。やがてあのお方の物になる肉体だから、無暗に傷つけてはダメってわけだ」

「…………」


 黙り込んだ神上は、賽銭箱の上で考える地蔵と化した。


 しばらく静かな時間が流れる。ただ寒さを感じにくい『殺人鬼』とは違い、戸塚はただの人間だ。真冬の深夜は、たとえ防寒着を着込んでいたとしても、身を震わせるほど寒い。


 忠告も済んだことだし、そろそろ帰ろうかな。

 などと考える戸塚よりも先に、神上が口を開いた。


「ふーん。つまり天崎って奴は、ヴラドの爺さんに必要とされてるってわけかぁ」


 吹き抜けた夜風に乗って、神上の呟きが耳へ届いた。

 しかし戸塚は、あえて聞こえていないフリをする。


「何か言ったかい?」

「いえ、なんでもないっす」


 どこか子供っぽさが垣間見える拗ねた返答。

 本当に大丈夫かな? と、戸塚は改めて忠告を促した。


「ま、いいや。とにかく捕まってしまっては元も子もないから、君はしばらく身を隠すこと。いいね?」

「はーい、わかったっすよ」


 いや、実際に精神面は子供なのだろう。殺人鬼としての練度を高めるため、六歳から海外に渡っていた神上は、まともな教育など受けていないのだから。


 だからこそ、彼の純粋な性格を利用する。


 黙って踵を返した戸塚の顔には、言い知れない歪んだ笑みが張りつけられていた。

 そう、神上が天崎に興味を抱いたことは計画通りだと言わんばかりに。

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