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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第9話『マーダー・オン・マーダー』

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第7章 住人会議

 明かりの乏しいおののき荘の庭先で、数名の住人たちが顔を合わせていた。


 そこへコウモリのような翼をはためかせながら舞い降りてくる物体が一つ。殺人犯を追っていたリベリアが戻ってきたのだ。


「リベリア!」


 彼女が無事帰還したことに安堵した天崎は、その名を叫んだ。

 ただリベリア本人はというと、無事だったことを恥じるかのように肩を落とした。


「申し訳ございません。逃してしまいました。不甲斐ない限りです」


 その落ち込みようは、今すぐにでも首をくくってしまいそうな勢いだった。

 だが駆け寄った天崎は一言も咎めることはせず、彼女の小さな身体をギュッと抱きしめる。


「無事で良かった……」

「は、はにゃにゃ~ん!!?」


 されるがままのリベリアは、混乱のあまり奇妙な声を漏らした。


 幸せな気分にどっぷり浸かりそうになった彼女だが、ふと今の状況に気づき、天崎の身体を突き放す。その顔は真っ赤に染まっていた。


「じゃなくて、急にどうしちゃったんですか! しかもみんなが見ている前で!」

「どうしたもこうしたも、心配してたに決まってるだろ。いきなり飛び出して行きやがって……」

「大丈夫ですよ。あんな輩に後れは取りません」

「前のことがあったから、どうしてもな」

「あー……」


 言葉を詰まらせたリベリアは、明後日の方向へ目を泳がせた。


 ほんの一ヶ月前の話だ。彼女はただの人間に首を切断されたことがあった。もし助けが来なかったら命を落としていただけに、天崎は気が気でなかったのだ。


 人間に殺されそうになったこと自体、リベリアにとっては黒歴史なのだろう。あまり触れてほしくなさそうに、彼女は話を逸らした。


「ところでみなさん、庭に集まってどうしたんですか?」


 庭先にいるのは天崎、安藤、空美、安田、大家、そして帰ってきたばかりのリベリアを含めて六人だ。全員ではないとはいえ、午後九時を回る夜中に複数の住人たちが顔を合わせるのは珍しかった。


「これからの身の振り方をみんなで相談してたんだ」


 リベリアの質問に空美が答える。しかし未だ理解できていないように首を傾げたので、彼女はさらに説明を付け加えた。


「東四郎んところの人魚メイドが襲われて、さらに殺人犯はおののき荘にまで訪ねてきやがった。もしかしたら今後もターゲットにされるかもしれないから、身を隠すかどうかを話し合ってたんだよ」


 そう言いながら、空美は安藤に矛先を向けた。


「まず、おののき荘の住人じゃない大悪魔様はどうするつもりだ?」

「犯人の顔写真を撮りましたので、これを警察と『調査員』に流します。そこからは基本的に成り行きを見守るスタンスを取るつもりです。捜査に進展があれば、その都度考えますが。それとリベリアさん、殺人犯は君から逃げられるほどの手練れなのかい?」


 安藤が問うと、リベリアは再び肩を落としながら答えた。


「実は周りに被害が出ないように付かず離れずで追ってたんですが、最終的に犯人が電車に飛び乗ってしまって……。駅で無差別に暴れられても困るので、それ以上は追えませんでした」


 尻すぼみな弁明の後、彼女は最後に「すみません」と謝った。

 だが、そんな謝罪は誰も聞きたくなかったようだ。空美と天崎が、彼女を気遣う言葉を同時に投げる。


「お前のせいじゃないよ」

「あぁ、お前の判断は間違っていない」

「うぅ……」


 その優しさに感銘を受けたのか、リベリアは涙声を喉の奥で鳴らした。

 ふと鬼ごっこの途中で気づいたことを思い出す。


「そういえば犯人の血を舐める機会があったのですが、もしかしたら相手は人間ではないのかもしれません。というよりも、人間と何か別の種族の血が混じっているような気がしました」

「え、そうなの?」


 意外そうな声を上げたのは安藤だ。


「僕が見た限りじゃ人間だと思ったけど……暗かったし、血を舐めたリベリアさんの方が精度は高い、か。それに血が混じっているとなると、人間と何かの混血なのか?」


 一人でぶつぶつと呟き始める安藤を、一同は黙って見守る。

 だが結論が出るまでに、そう長くは掛からなかった。顔を上げた安藤が、おののき荘の住人たちに向けて自分の考えを示す。


「とにかく、今のところ僕は積極的に動くつもりはありません。犯人を捕まえられるよう、裏から情報を流すくらいに留めます」

「はあ? なんでだよ」


 安藤の決定に抗議したのは天崎だけだった。


「犯人はもしかしたら人間じゃないかもしれないんだろ? 今までみたいに解決してくれよ。俺もできることならなんでも手伝うからさ」


 必死で訴えかけてくる友人に、安藤は冷たい眼差しを返した。


「君は僕の目的を知っているだろ? もちろん殺人は悪だが、人間社会が著しく混乱するような事件じゃない。犯人の身体能力が異常に高いというだけで、やってることは普通の人間と同じだからね。あと、この件はすでに警察も『調査員』も動いてる。一般市民を演じる僕としては、あんまり目立つ行動をしたくないんだよ。君も目を付けられないよう、今回ばかりは外部の機関に任せて、自分の安全を確保した方がいいんじゃないか?」

「そんなことできるか! さくらさんが襲われて、予知がなけりゃばっちゃんも殺されてたんだぞ! 黙って見てられるわけねえだろ! それに……」


 激昂した天崎が安藤へと詰め寄った。

 しかしとある事実に思い至り、天崎は息を呑む。


「目立ちたくないって、お前まさか……結界を張らなかったのも、そのためか?」


 そう指摘すると、安藤は目を逸らしながら弁解した。


「リベリアさんが犯人を捕まえるに越したことはなかったんだけどね」


 結界を張ると殺人犯に気づかれるというのは、便宜上の言い訳に過ぎなかった。


 もし犯人を取り押さえた場合、『調査員』に引き渡す時に事情と経緯を話さなければならないだろう。結界を使用した場合も、その説明を省くわけにはいかない。そうなると誰が結界を作ったのか問われるのは目に見えている。だから安藤は適当な理由をつけて結界を張らなかったのだ。『調査員』と接触したくなかったがために。


 つまり犯人の顔写真を撮影し、情報だけを流そうとしている現状は、安藤にとっては予定通りと言っても過言ではないのだ。


 その事実が判明した途端、天崎は頭に血が上っていくのを実感した。

 自分の都合で、捕えられたはずの犯人をみすみす逃すなんて……。


「お前!」


 怒りが頂点に達した天崎は、さらに距離を詰める。今にも安藤の胸ぐらに掴みかかりそうな勢いで迫ったのだが――、


 ゴリッと骨が軋む音とともに、天崎は吹っ飛ばされた。

 横から割って入った空美が、天崎の頬を殴ったのだ。


「静かにしろ。近所迷惑だろ」

「――――ッ」


 地面に尻もちをついた天崎は、敵愾心を剥き出しにした目つきで空美を睨み上げる。しかし空美の方はというと、天崎に対して冷ややかな視線を送った後、まるで存在を無視するかのように、何事もなくみんなの方へと向き直った。


「とりあえず、あたしはしばらく友達の所に泊まらせてもらうよ。リベリア、後でマロンに連絡入れとけ。事が終わるまで異世界から帰って来るなって」

「わ、分かりました」

「それと、お前もしばらくバイトに行くな。店長にはあたしから話しとく」


 つづいて空美は、大家の方へ向いた。


「ばっちゃんはどうする? ミルミル連れて実家にでも帰るか?」

「あたしゃは……どうしようかなぁ」


 大家の反応は、一歩間違えば殺されていた人間とは思えないほど呑気なものだった。

 ただ彼女の性格を理解している空美は、アドバイスを送るのに留める。


「中途半端に隠れるよりは、遠くの実家に行くか、リベリアに守ってもらえるようおののき荘に残った方がいい。あとはばっちゃんの判断に任せるよ」

「あいよ」


 次に空美は安田へと話を振る。


「安田。お前は?」

「俺はここに残るよ。何が起きても、普段通りに過ごすつもりさ」

「……そうか」


 特に何かを言うこともなく、空美は頷いただけだった。

 そして最後に、未だ地面に座り込んでいる天崎へ忠告する。


「東四郎。お前がどういう行動をしようが、あたしはそれを尊重する。けど絶対に円だけは巻き込むなよ」

「…………」


 それだけ言い残すと、彼女は踵を返し、さっさと自分の部屋に行ってしまった。

 その背中を、天崎は無言で睨みつけるのみ。


「あたしゃらも戻ろうかね」

「ああ」


 自室の扉を乱暴に閉めた空美を見送ってから、大家と安田も解散した。


「じゃあ僕は帰って情報を流してくるよ」


 去っていく友人に声を掛けることもなく、天崎はただただ視線を逸らす。なのでリベリアが「えぇ、お願いします」と代わりに答えた。


 静まり返ったおののき荘の庭先に残された二人。

 居たたまれなくなったリベリアは、まったく動こうとしない天崎に手を差し伸べた。


「天崎さん、大丈夫ですか?」

「……あぁ、大丈夫だ」


 しかし天崎は彼女の手を取らなかった。自分の力だけでゆっくり立ち上がると、おぼつかない足取りで二階の自室へと上って行く。


 呼び止めようにも掛ける言葉が浮かばず、リベリアは心配そうに彼の背中を見つめることしかできなかった。

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