↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第9話『マーダー・オン・マーダー』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

144/229

第4章 情報共有

 二日間に及ぶ実力テストを終えた天崎は、安藤の指示通り教室に居残っていた。


 時刻は正午よりも少し前。テストが終わるのと同時に終礼を迎えたため、適当な会話をしながら教室が無人になるのを待つ。そしてクラスメイト全員が出て行ったところで、ようやく安藤は本題に入った。


「わざわざ残ってもらって悪いね。しかも新年早々、暗い話だ」

「近所で起こった殺人事件についてだろ?」

「あぁ、すでにリベリアさんから聞いているのか」


 なら話は早いと言いたげに、安藤は眼鏡の位置を直した。


「ちなみに、どこまで聞いてる?」

「年末年始に人外三人と人間一人が何者かに殺されたってことだけだな。あと一週間前の新聞にも目を通したよ」

「じゃあ、おおよその全体像は把握してるわけだ」


 安藤の言い方に、天崎は少しだけ違和感を覚える。暗い話と言った割には、あまりにも飄々とした口ぶりだったからだ。


「俺に話すってことは、普通の殺人事件じゃないんだろ?」

「うーん。猟奇的って意味なら普通じゃないんだろうけど、僕が手を出す案件かどうか、実は計りかねてるんだよね」

「というと?」

「問題を起こしたのが人外なら粛清対象だし、人間だったら首を突っ込むつもりはない。いつも通りだよ。ただ今回は被害者が主に人外だ。人間が人外に、もしくは人外同士の抗争があった場合はどうするべきか、僕の中で明確なルールは決めてないんだよね。人間社会に影響が出るようなら、一応は何かしらの対策はしようかと考えてるけど。それに同一犯だと判明したわけじゃないし」

「犯人が二人以上いる可能性もあるのか?」

「同一犯説が一番有力視されてるけど、まだ……ね」


 最初の殺人事件が起こってから、まだ十日前後しか経っていない。現在は捜査中といったところだろう。それに安藤も警察や『調査員』の関係者ではないので、情報を得るまでにラグがあるのかもしれない。


「……ん? 今の話を聞いた限り、お前が俺に事件の内容を話す意味はあるのか? 注意喚起くらいなら帰りがてらでもよかっただろ。ちなみに捜査には協力せんぞ」

「誰も協力してもらおうなんて思ってないよ。場合によってはリベリアさんは別だけど。君に話すのは、ほら……人外に関する事件だからさ。一応『完全なる雑種』の君とも情報共有しとこうかと思って」

「巻き込むなよ」


 うんざりだ。と、天崎はわざとらしく肩を落とした。

 拒否感丸出しの態度も気にせず、安藤は淡々と取り繕う。


「事件の詳細を知ることも、一種の自己防衛にはなるだろ?」

「まあ、そう言われたらそうだけども……」

「理解を得られたところで、事のあらましを順序立てて説明しよう」


 煮え切らない天崎の返答を肯定と捉えた安藤が、勝手に話し始めた。


「まずはじめに、被害者の共通点は今のところ見つかっていない。住んでる場所も種族も性別もバラバラだ。だから今は無差別殺人事件として捜査が進められている」

「無差別、か」

「一人目の犠牲者が出たのは、十二月三十日。君が実家に帰った日の夜だね。被害者は郊外の山の麓に住む狼男だ。彼は一人暮らしで、獣人の隠れ里の門番みたいな存在だったらしい。人間社会と獣人の里の橋渡し役も兼ねていたそうだ」

「郊外の山の麓……って、ちょっと遠くないか? 近所とは言い難いだろ」

「最初はそうだったんだよ。ただ二人目、三人目、四人目の犠牲者がこの街で出たから、今はそういうことになってる」

「なるほどな」

「それで、遺体発見時の状況なんだけど……」


 言いかけ、安藤は言葉を濁した。


 口にするのを躊躇っているというよりは、表現を選んでいる様子だ。ただ単に『死体が見つかった』では済まない現場の状況が、安藤の素振りからありありと伝わってきた。


「猟奇的なんだろ? 俺は別に月島ほど気が弱いわけじゃないから、話を聞いただけで気分が悪くなったりしねえよ」

「……簡単に言えば、遺体がバラバラに解体されていたそうだ。首や両腕両脚はもちろん、あらゆる臓器が外へ引っ張り出されいた。しかも内臓だけじゃなくて、腕や脚の中身を確認でもするかのように、丁寧に引き裂かれていたりしてね。解体と言ったけど、どちらかといえば解剖の方が近いかもしれない」

「…………」


 気分を悪くしたわけではないが、あまり想像したくない惨状だった。

 天崎が何も言わずにいるためか、安藤はさらに説明を続けていく。


「争った形跡はあったものの、金品を盗られた様子はなし。それに連続した事件の無差別性からいって、被害者が恨みを買っていた可能性も低い。ということは……」

「犯人の目的は、狼男を解体すること……だった?」


 恐る恐る口にすると、安藤は神妙な面持ちで頷いた。


「そこで重要になってくるのが、殺害されたのが狼男だったという事実だ。君も力を借りることがあるから分かると思うけど、獣人も争いに慣れている種族でね。生身の人間じゃ、まず太刀打ちできない。それこそマシンガンでも持ってこないと。もちろん、そんな痕跡はなかったらしいけど」

「じゃあ犯人は人間じゃないのか?」

「今のところは何とも言えない。四人殺された今でも、ね」


 だからリベリアに協力を仰いだのかと、天崎は納得した。


 犯人が人外であれ武器を持った人間であれ、狼男と正面から争って生還しているのだ。ただの警察や『調査員』相手では、間違いなく勝ち目はないだろう。余計な被害者を出すだけだ。


「というか、それでリベリアを疑わないのが逆に不思議なんだが」

「僕の中で一瞬だけ容疑者候補に挙がったよ。でも即座に否定した。今の彼女は事故を起こすことはあっても、自ら進んで人を殺すことはしないし、できない。遺体を解体するなんてなおさらだ」

「お前がそう言ってくれるなら、俺も安心だよ」


 リベリアがおののき荘に住み始めてすぐの頃と比べて、彼女に寄せる安藤の信頼度も少しずつ上がってるんだなと、天崎は場違いにも安堵してしまった。


「余談だけど、今回のことで里の獣人たちと『調査員』が揉めてるらしい。犯人は絶対に許さない。捕まえたのなら引き渡せ、ってね」

「けっこう重要な情報じゃねえか。場合によっちゃ、そのうち自分たちで捜査するとか言い出しかねんだろ」

「そうなんだよね。そうなったら人間社会が混乱してしまう。僕としては気が重くなるばかりだよ」


 部下と上司の板挟みにあった中間管理職ばりに、安藤は重々しいため息を吐いた。


「二人目は十二月三十一日、次の日の深夜だ。被害者は川沿いの住宅地に住む河童。知り合いの神社で酒盛りをした帰り道、一人になったところを襲われたそうだ。被害状況は……先の狼男と似たようなものさ。ああ、そうそう。その河童も狼男も、『調査員』の市民権を得ている善良な人外だよ」

「目撃者はいないんだよな?」

「いない。怪しい人物を見たとか、奇妙な音を聞いた人も」


 深夜とはいえ、大晦日なら普段よりも出歩いている人は多いだろう。にもかかわらず目撃証言が皆無なのは、犯人の手際の良さが窺える。


「そして三人目は、また次の日。元旦だ。被害者は……」


 そう言って、安藤は言葉を切った。


 一人目二人目と、原稿でも読み上げるように淡々と告げていたのに、何故ここで躊躇う必要があるのか。天崎は怪訝に思うも、次に発した安藤の言葉には驚きを隠せなかった。


「死神だ」

「死神? まさか石神が?」

「いいや違うよ。十歳くらいの少女さ」


 因縁のある相手とはいえ、顔見知りが被害に遭ったとなっては寝覚めが悪い。見知らぬ死神の少女には申し訳ないと思いつつも、天崎はついつい安堵したのだった。


「遺体が見つかったのは河川敷、橋の下だ。状態は先の二件と同じ。ただ『調査員』のほとんどが死神なんて見たことないから、危うく人間の犠牲者として処理されそうになったらしい」

「死神って、確か元人間なんだよな。逆にどうやって死神だって発覚したんだ?」

「冥界からの使者が遺体を引き取りに来たんだよ。彼らが現世に降りて生者と接触するなんて滅多にないから、ちょっとした騒ぎになったんだ」

「そりゃそうだ」


 死後の世界が実在し、ましてや使者が来るなど、現在の定説を覆すくらいの大事件だ。もし公にでもなれば、世界中で混乱が起きる可能性だって有り得る。『調査員』が人外にまつわる事件を闇に葬りたがる理由も、なんとなく理解できた。


 そこで天崎は、ふと根本的な疑問に至った。


「ってか、そもそも死神って死ぬのか?」


 石神の話では、死神とは自殺した子供の成れ果てだという。一度死んだ子供たちが冥界の番人と契約を交わし、死神としての魂と仮の肉体を得る。そうして現世で彷徨う魂を冥界へ導く役割として、自然の摂理に組み込まれるのだ。


 つまり死神とは、元々が死人なのである。

 天崎の問いに対し、安藤は険しい顔つきで答えた。


「僕もそれが気になってね。三人目の犠牲者が出た直後、石神と接触を図ったんだ」

「で、どうだった?」

「いや、未だ連絡すら取れていない。もっとも連絡先を知らないから、あっちからコンタクトしてくれないと会いようがないんだけど」

「まあ死神と連絡を取るというのもおかしな話か」

「ただ前に簡単な話を聞いたことがあるよ。現世で活動するための肉体に入った状態では、普通に死ぬこともあるらしい。けど今回はそれだけじゃない。肉体も含めて、死神の魂も完全消滅していたみたいなんだ。だから冥界の使者が降りてくる事態になったんだけど……そんなことはあり得ない」

「あり得ないって……実際に死神が死んでるんだろ?」

「それを石神から詳しく聞きたいんだ。死神の魂を葬るなんてのは、同じ死神か冥界の住人くらいしかできないからね」


 以前、天崎が死神化した際に、石神の顔面をぶん殴ったことがあった。鼻が曲がって血が出たことからして、同じ死神なら普通に殺害できるのだろう。


「なら犯人は死神か冥界の住人ってことか?」

「その結論は早計すぎる。感情や欲求を失った死神が無差別に人を殺すとは思えないし、冥界人が現世の生者に干渉するなんて、それこそリスクが大きすぎる。魂を消滅させられるくらいならまだいい方で、人間には想像も及ばないほど惨い拷問が待ってるらしいんだよ」

「うーん……」


 死神を殺せるのは同じ死神か冥界の住人だけ。しかし、どちらも犯人である可能性は低い。ならば前の二件と死神の件は同一犯ではないのか、もしくは死神を殺せる能力を持った何者かの犯行なのか……。


 深く考え始めた天崎だったが、ふと気づいた。


 一般人である天崎が、犯人は誰なのか、どんな方法で殺害したのかなど、頭を悩ませる必要はない。そんなものは警察や『調査員』に任せておけばよいのだ。自分にとって必要なのは、その身に降りかかってくるかもしれない災厄を回避するための情報である。


 それを思い出した天崎は、安藤に話の続きを促した。


「四人目は人間なんだよな?」

「そう。ただ前の三件とはずいぶんと状況が異なるから、もしかしたら犯人は別人なのかもしれない」


 そう断りを入れて、安藤は最後の事件を語り始めた。


「仮に連続殺人事件だとすると四件目だけど、公になってるのはこれが一件目だ。事件が起こったのは一月二日。被害者は二十代前半の男性。控えめに言っても、あまり善良な市民とは言い難いチンピラみたいな男だったらしい。死因はナイフのような刃物で頸動脈を裂かれたことによる失血死だ」


 被害者の素性を一気に吐き出した安藤は、呼吸を整えるように眼鏡を直した。


「二日の深夜、繁華街の路地裏で被害者が中年男性を恐喝。その最中、後ろから近づいてきた犯人に首を斬られた。一瞬の出来事だったみたいだ」

「ちょっと待て。被害者は一人なんだろ? その中年男性はどうなったんだ?」

「特に襲われたりはしなかったそうだ。理由は分からないが、犯人は男性を助けようとしたんじゃないかと推測されている」

「助けようとしたって……」


 無意識のうちに、拳に力が入っていた。

 少ない情報から事件の状況を想像した天崎は、喉の奥から言葉を絞り出す。


「他人を助けるために奪っていい命なんてねえよ」


 思い出されるのは、つい先日のこと。天崎は人質に取られた小噺を助けるため、その手でヨミを殺した。


 もちろん殺意があったわけじゃないし、取った行動の選択肢が間違いだったとは本人も思っていない。しかし結果だけは決して許されることじゃない。人を殺したことを正当化してはいけない。


 だからこそ加害者を殺すという短絡的な解決方法に嫌悪感を抱いたのだ。自分の心を蝕んでいる苦しみが、下らないものだと言われているような気がしたから。


 ただ天崎の抱える事情を知らない安藤としては、怪訝な視線を向けるばかりだった。


「天崎、どうした?」

「……いや、なんでもない」


 自分が犯した罪と、今回の事件は無関係だ。

 そう自分に言い聞かせ、天崎は無理やり肩の力を抜いた。


「なら恐喝に遭ってたその中年男性は、唯一の目撃者なんだろ?」

「そういうことになるけど、周りが真っ暗だったし、本当に一瞬の出来事だったから、犯人の顔もほとんど見てないみたいなんだ。特徴と言えば髪が長かったことと、このクソ寒い中で半袖だったことくらい。男か女かも分からなかったそうだ」

「つまり犯人を特定できる情報は一切なしってわけか……」


 四人も殺されていながら、犯人の種族すらも分からずじまい。このままだと迷宮入りするんじゃないか? と、天崎は他人事ながら心配してしまった。


「それで、四件目の後から事件は起こってないんだよな?」

「うん。十二月三十日から一月二日にかけて連日事件があった後は、犯行がピタリと止まってるんだ。少なくとも、それらしき遺体は見つかっていない。たぶん『調査員』だけじゃなくて警察も動き出したから、自粛してるんじゃないかな?」


 聞いた限り、最後の事件以外は目撃者が出そうにない時間帯と相手を選んでいるのだ。多くの人が目を光らせている間は、あまり派手な行動はできないのだろう。もしかしたら、ほとぼりが冷めた頃に再び殺戮を始めるかもしれない。


 こりゃしばらく夜は一人で出歩けそうにないなぁ。などと考えていた天崎だったが――、

 一本の電話が、彼の意識を変えた。


「ん?」


 ポケットの中が小刻みに振動していることに気づいた。


 ついさっきまでテストだったため、スマホをマナーモードにしていたのだ。いつから鳴り始めていたのかも分からず、天崎は慌てて取り出した。


 ディスプレイには、『おののき荘』の文字。


「珍しいな」


 おののき荘の固定電話は大家の部屋にしかない。なので相手は大家なのだろうが、大抵の用件は口頭で済ませていたため、こうやって電話を掛けてくることは滅多になかった。


 それだけに嫌な胸騒ぎがする。

 どうか何事もないでくれと祈りながら、天崎は恐る恐る通話ボタンを押した。


「もしもし、天崎です」

『と、東ちゃんかい?』


 電話口に出た大家の声は、ひどく動揺しているようだった。


「ばっちゃん、どうかした?」

『いいかい? 落ち着いて聞くんだよ?』


 そう前置きした大家が、事情を話し始めた。

 内容は短いもの。しかし天崎の表情を一瞬にして緊迫させるには十分だった。


「さくらさんが!?」

『とにかく、すぐに帰っておいで』

「あぁ、分かった。今すぐ戻る」


 通話を終えるのと同時に、天崎は自分のカバンを引ったくるように持ち上げた。そのまま脇目も振らず廊下へ向かう。


「ちょっと待て。天崎、どうしたんだ?」

「さくらさんが例の殺人犯らしき男に襲われたらしいんだ!」

「さくらさんって?」

「今、俺の実家からお手伝いに来てる人魚だ。事情は後で話す」

「……分かった。僕も行こう」


 慌てて教室を飛び出した二人は、全速力でおののき荘へと目指した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。