第1章 人の性癖を暴露するのはやめましょう
明日からテストがあるため、部活動に向かう生徒は少ないのだろう。大掃除の後に居残るクラスメイトも多く、冬休みの出来事を報告する声が飛び交っている。
そんな賑やかしい教室を、天崎は一人静かに抜け出した。
あまり誰かと話す気にはなれなかった。かといって気が立っているとか、絡まれることに嫌気が差しているわけではない。心は穏やかだし、友達相手ならいつものように対応することもできる。今はただ、一人になりたかっただけだ。
誰にも呼び止められることなく、昇降口に到着する。
家に帰ったら何をしよう。まず昼食を作って、テスト勉強して、夕方には買い物に行って、それからまた寝るまで勉強して……ま、そんなものか。勉強に集中していれば、この憂鬱な気分も少しは紛れるに違いない。
靴を履き替えた天崎は、帰宅する生徒の流れに沿って歩き始める。
しかし門を越えた辺りで不意に足を止めた。
「よっ!」
最初、まさか自分に向けられた声だとは思わなかった。
正門の横で待ち伏せしていたらしい彼女は、天崎の姿を見つけるやいなや軽く手を挙げる。進行方向に立たれては、さすがに無視もできない。それが見知った顔ならなおさらだ。
「小噺……」
「だーかーらー! うちの名前は小噺だって、何度も何度も言ってるで……ん?」
ピタッと地団駄を止める小噺。名前を間違えられていないことに気づいたようだ。
言葉を詰まらせた彼女は、照れ臭そうに顔を背けて、わざとらしく咳払いをしたのだった。
「それで、あんた今から帰るところ? 一人で? もしかしてボッチなの?」
「再会早々辛辣だな」
「年末には彼女連れてたじゃない。あの娘はどうしたの?」
「だから月島は彼女じゃないってば」
「クリスマスに二人きりでショッピングって、付き合ってなかったら何なのよ。あんたが誘ったんじゃなければ、間違いなく向こうに気があるわね」
「まあ、そう……だな」
言い淀むと、小噺の頭頂部にアンテナが立った。
「え、なになに? すでに告白済みってわけ? お姉さん、そういう恋バナ大好物なんだけど!」
「うぜぇ……」
照れ隠しを通り越して本気で鬱陶しくなった天崎は、こめかみを引き攣らせながら大きく息を吐いた。
「今日は一人で帰りたい気分だったんだよ。明日明後日とテストだから、誰かとどこかへ遊びに行くこともできないしな」
「うわっ。テストって聞いただけで鳥肌が立ったわ」
腕を抱えて震え上がる小噺は、本気で嫌悪しているようだった。
そういえば確かコイツは十九歳。去年高校を卒業したばかりだと言っていた。
「ま、一人なのは都合がいいわ。ちょっと話したいから一緒に帰りましょ」
「話?」
問い返すも、小噺は天崎の了承を得る前に隣へ並んでしまう。一人になりたい俺の気持ちは無視かよと思いつつも、天崎としても小噺に確認したいことがあったため、そのまま帰路を共にすることとなった。
この状況を作り出したのは小噺だが、さすがにこっちから話を切り出すべきだろう。
歩きながらも、天崎は頭を下げた。
「小噺。なんて言うか、その……本当にごめん」
「んんんんん?? いきなりすぎてビックリしちゃったわ。何の謝罪?」
「俺ん家のいざこざに巻き込んだことに対してだよ。人魚の魔女がさくらさんに変装してて、ウミヘビを使ってお前を襲ったって話は聞いただろ? 俺たちも騙されてたとはいえ、何の関係もない小噺が被害に遭ったんだから、謝るのが筋ってもんだろ」
「んんー……」
小噺は天崎の謝罪をじっくり噛み締めている様子。
少しくらい恨み言でも言われるかと思いきや、彼女は納得がいっていないように唸り声を上げるだけだった。
「……なんか違うなぁ」
「違うって、何が?」
「だってうちは妖精コレクターよ? 単身で山や森に入るわけだから、それなりの危険はあって当然なの。蛇に噛まれたことなら、注意を怠ったうちの自己責任だわ」
「その蛇だって、魔女が操ってたんだが?」
「それでも、よ。妖精の探索中に何があっても全部自分の責任。最悪、死ぬ覚悟もできてる。もちろん、あんたん家で襲われたとかだったら話は別よ? それで死んだら文句の一つでも言うために化けて出てやるわ」
「ははっ、おっかねえな」
小噺の冗談に対し、天崎は小さく笑ってみせる。
しかし彼女の目つきは真剣そのものだった。
「だからあんたが自分に非があると思い込んで謝るのは、妖精コレクターを侮辱してるのと同義よ」
「……悪かった」
まだまだ若いとはいえ、小噺も一人前の妖精コレクターとしての矜持があるのだ。自己責任で片付けた問題を他人がほじくり返すのは、癇に障ったのだろう。小噺の表情からも、その気持ちが本気であることは、しっかりと伝わってきた。
「分かればよろしい。というよりむしろ、この件に関してはうちの方が感謝したいくらいなんだから」
「どういう意味だ?」
問うと、小噺は意地汚い笑みを浮かべた。
「あんたのご両親が、お詫びとして申し出てくれたんだわさ。あの山で調査をする時は、事前に連絡してくれれば、いつでも家に泊まっていいって。いやぁ、あんな近場にご飯付きの宿を確保できるなんて、至れり尽くせりだわ。はっはっは」
「お前、ポジティブすぎんだろ」
転んでもただじゃ起きないのは、小噺らしいと言えばらしいのだが。
実家を使うことに関しては、両親と話が付いてるのなら、天崎が横から口を出すつもりはない。なんかコイツとは長い付き合いになりそうだなぁ、くらいの感想しか浮かばなかった。
そんな報告を聞いてる間にも、天崎はようやく確認する決心がついた。
「あのさ、小噺。小噺は気絶してた時のこと……覚えてないよな?」
恐る恐る問いかける。
しかし小噺は特に深い意味があるとは捉えなかったようだ。
「覚えてるわけないでしょ。山ん中を歩いてたら、突然足首に痛みが走って意識不明。目が覚めた時は病院のベッドの上だったわ」
「そっか。ならいい……」
「よくはない。付き添ってくれたあんたのお母さんから、大まかな話は聞いたわよ。うちのために、その人魚の魔女を追い払ってくれたんだって? まだこっちからお礼を言ってない」
そう言いながら、良い笑顔を見せた小噺が天崎の背中を力強く叩いた。
「サンキュ。今うちが生きていられるのは、あんたのおかげよ」
「…………」
今、自分はどのような顔をしているのだろうか?
小噺が訝しがらないということは、おそらくちゃんと笑えているのだろう。でも、本当は……少しだけ、泣きそうだった。
「覚えてないんなら、それでいいよ」
「……?」
不自然に顔を背けると、小噺は不思議そうに首を捻った。
見ていないのなら、それでいい。人が握り潰されて死ぬ瞬間など、わざわざ目にしてトラウマを作る必要もないのだから。
「なーんか調子が狂うわね。どこか上の空だし」
「悪いな。ちょっと疲れてるんだよ」
「疲れてるだけならいいんだけどね」
小噺とは決して長い付き合いではないが、こうやって心配してくれるのは、とても幸せなことなのかもしれない。
そうこう話しているうちにも、おののき荘の最寄りのコンビニに到着した。
「これからどうする? ウチに寄ってくか?」
「うーん……いえ、やめとくわ。『調査員』と繋がりのあるうちが、人外ばかりのおののき荘にお邪魔するのは……ちょっと、ね」
別に誰も気にしないと思うのだが、小噺には小噺なりの線引きがあるのだろう。
ただ、どこか後ろ髪を引かれているようでもあった。
「まあ、円ちゃんに会いたい気持ちはあるけど」
「そういえば小噺って、円と初対面だったのに割かし仲が良さそうだったよな。どんな魔法を使ったんだ?」
「そりゃあ座敷童って、ある意味妖精みたいなもんじゃん?」
「えっ、マジで?」
初耳だった。
座敷童とは、人間と妖怪に近い部類の神様だと誰かから聞いた覚えがあった。けどまさか、妖精にも近かったなんて。
驚愕の事実に感心していると、小噺は他人を小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「冗談よ」
「否定されなきゃ、一生信じてたところだぞ?」
妖精のプロが研究対象に関する嘘を言うのは、さすがにタチが悪かった。
弄ばれた天崎は責めるような目つきで小噺を睨みつけるも、彼女は反省する様子もなく、軽く舌を出しておどけてみせた。
「だってー。あれくらいの子供なんて、みんな妖精みたいなもんでしょ! しかも円ちゃん、かなり可愛いし!」
「お前、子供好きだったのか。意外だな」
「見た目で判断するな」
銃を向けるように人差し指を突き付けられ、天崎は両手を挙げて降参の意を表した。
にしても、円の方も小噺に対してあまり警戒心を抱いてなかったはずだ。月島と初めて顔を合わせた時は、あれだけ嫌悪感を露わにしていたのに。小噺と月島、二人の間で大きな違いがあるとすれば……胸か? 胸の大きさなのか?
「じゃあ、うちは帰るから。あんたと話せてよかったわ。この前はしっかり別れの挨拶もできなかったし」
「え? あっ、おう。俺も小噺と話せてよかったよ」
胸を盗み見ていたことを悟られないよう、露骨に視線を逸らす天崎だった。
まあ、また近いうちに会うだろう。そんな気がする。だから天崎は、クラスメイトと別れるのと同じような感覚で立ち去ろうとしたのだが……とある女の挑発的な呼び声が、二人の足を再び止めた。
「あっ、東四郎がまた違う女連れてるぅ」
おののき荘方面から歩いてきたのは、天崎の隣人である有沢空美だった。
下着オンリーはさすがに寒いのか、いつもより肌の面積が少ない。とはいえ寝巻き同然のもこもこなルームウェアも、決して真昼間の往来を出歩いていい恰好ではないのだが。
「変な言いがかりはやめてくださいよ。コイツとはただの友人です」
「って言うけど、そっから恋愛に発展しちゃうんだろ? お姉さん、知ってんぜ。なんせ洋子という前例があるんだからな」
イッヒッヒと意地汚く笑う空美を前に、天崎は頭を抱えた。
確か月島をおののき荘へ連れてきた時も同じようなことがあった。あの時の月島の心情は知らないが、天崎に対して恋愛感情など抱いていなかっただろう。それが今やベタ惚れだ。前例というには、あまりにも的を射ていた。
小噺の顔を一瞥してみる。彼女は特に反応を示すわけでもなく、ただただ関わりたくないと言いたげな苦い表情をしていた。
「んで次に天崎ハーレムに加入する女は、どんな奴かなぁ?」
「だから違いますって」
チンピラまがいの態度で、空美は小噺の顔を覗き込む。
さすがにこれは失礼じゃないか? と思った天崎は、本気で注意するため手を伸ばしたのだが――ふと、空美の顔つきが一変した。
「お、お前……」
小噺の顔を正面から凝視する空美。その表情は驚愕しているようでもあり、恐怖を感じているようにも見えた。
「な、なによ……」
身を引いた小噺は、壁を作るが如く身体の前で両手を交差させる。
だが空美はお構いなし。頭のてっぺんからつま先まで舐め回すように観察した後、小噺の周りをゆっくり回り始めた。
そして再び元の位置へ戻ってくると、衝撃の一言を放ったのだった。
「お前……処女か?」
「はあ!?」
「ぶっ!?」
小噺は声を上げて狼狽し、天崎は思わず吹き出してしまった。
しかし空美の目は真剣そのものだ。
「あんた初対面の相手に何を訊いてんねん!?」
「いやさ、それが不思議なんだよ。種族柄、あたしは女の顔を見ただけで処女か非処女かだいたい見分けられるんだけど、こいつはマジで分からねえ。……いや違うな。分からないだけならともかく、こいつは処女と非処女のどちらにも見える。こんな女は初めて見た」
つまり空美の奇行は物珍しさによるものだったわけだ。
回答するまで逃がさないと言わんばかりに睨みつける空美と、戦々恐々としながら目を泳がせる小噺。まるで捕食者と被食者のような二人。ただ隣で見守っている天崎は、すでに答えを得ていた。
空美の観察眼がどれだけ信頼できるかは知らないが、小噺が処女のわけがない。クリスマスにはナンパ待ちをするくらいだし、実家の風呂でばったり遭遇した時も、男性の裸を見慣れているかのような反応だった。
今回ばかりは空美の勘違いだな。などと思いつつ、天崎は小噺の顔を窺う。
彼女は顔面を真っ赤に染めて、不遜な態度で鼻を鳴らした。
「ふんっ。サキュバスのあなたほどじゃないけど、男根なんて今まで何十本も咥えてるわ!」
意地を張ってるつもりなのだろうが、それはそれでドン引きだった。
小噺の突拍子もない発言にも、空美は眉一つ動かさない。ただ別の単語に引っ掛かりを覚えたようで、怪訝な表情を露わにする。
「ん? お前、なんであたしがサキュバスだって知ってるんだ?」
有沢空美はサキュバスである。しかし外見や体の構造は、普通の人間とまったく同じ。故に有沢空美という個人を事前に知っていなければ、彼女がサキュバスであると判断することはほぼ不可能だろう。
なので天崎は、空美にその旨を伝えた。
「こいつは妖精コレクターで、『調査員』とも繋がりがあるんですよ。おののき荘の住人のことも把握してるみたいです」
「妖精コレクター? ああ、あれか。妖精の鱗粉を使って、人に幻覚を魅せてくる奴もいるっていう……」
知ってるのか。いや、サキュバスの空美は見た目に反してだいぶ長く生きている。天崎以上の知識を持っていても何ら不思議ではない。
妖精コレクターという色眼鏡を掛けた空美が、再び小噺に視線を移す。
その瞬間、何か閃いたように彼女の頭の上で電球が光った。
そして――、
「だーっはっはっはっは!! いひひひひ、ひははははは……ゲホッゲホッ……」
急に笑い出したのだ。しかも呼吸が困難になるほど、腹を抱えて転げ回らん勢いで。
あまりに意味不明な爆笑に、置いてきぼりにされる天崎と小噺。
やがて少しだけ落ち着いた空美が、目尻に涙を溜めながら抱腹絶倒の理由を明かした。
「こ、こいつ、自分に幻覚を掛けて、ディルドかなんかでオナニーしてんだろうな! たぶんイケメンに抱かれてる妄想なんかしてよ!」
「なっ――」
小噺が言葉を詰まらせた。徐々に顔が赤くなっていくのは図星なのか、それとも侮辱されたことに対する怒りのせいなのか。どちらにせよ反論する様子はない。
そこへ空美からの、さらなる追い討ちがかかる。
「非処女ならすぐ分かるはずだから、お前、現実の男には抱かれたことないんだろう?」
その一言で限界を超えてしまったようだ。
羞恥心の爆発した小噺が、赤ん坊にも負けない大声で喚きだした。
「ばかあああああああああ!!!」
そして涙を撒き散らしながら、脇目も振らず全速力で走り去っていった。
唐突な展開に、天崎はただただ唖然とするばかり。
「い、行っちまった。マジだったのか……?」
「うっひゃっひゃっひゃ。いやー、面白いもの見せてもらったわ」
「あんた鬼ですか」
自慰行為のやり方を人前で暴露されるとか、人間不信に陥りそうだ。
「そんなことよりも東四郎」
「そんなことって……興味なくすの早すぎません?」
「あぁん? どうでもいいよ」
ほんの数秒前まで大爆笑していた人物の言葉とは思えなかった。
ちょっと小噺が不憫すぎたなと思った天崎は、心の中で謝っておく。まあ長々と酒の肴にされたところで報われるわけでもないのだが。
「なんか、お前の部屋に来客があったみたいだぞ。円と話してるのが聞こえた」
「来客?」
そんな予定はなかったはずだが。
「リベリアじゃないんですか?」
「さすがにアイツの声を聞き間違えることはねえよ」
「円の友達とか?」
「座敷童が家主の許可なく他人を家に上げるかぁ?」
「確かに」
来客があっただけならまだしも、空美の言ではすでに部屋の中にいるのだ。少なくとも円と面識があり、かつ部屋に上げても問題ないと判断した相手なのだろう。
誰だ? おののき荘の住人以外で、円が勝手に部屋へ上げる人物など、まったく心当たりがない。
「ありがとうございます。とりあえず帰ってみます」
「おう」
コンビニに買い物に来た空美とは別れ、天崎はおののき荘へと急いだ。
なんだか嫌な予感がする。歩いて数分もかからない距離だが、多少なりとも円の身を案じた天崎は全速力で駆け出し、一分もしないうちにおののき荘に到着した。
敷地に足を踏み入れ、二階の自室へと目を向ける。そこで奇妙な陰を見つけた。寝巻き姿のリベリアが、天崎の部屋の扉に密着して聞き耳を立てていたのだ。
「リベリア? お前、こんな真昼間から何してんだ?」
軒先から声を掛ける。
すると天崎の帰宅に気づいたリベリアは、元気な声を上げた。
「あっ、天崎さん! おかえりなさい! そしてあけましておめでとうございます!」
「年始の挨拶は昨日しただろ……」
「気分が正月のうちは、何回あけましても気持ちの良いものですよ!」
「さいですか」
吸血鬼の感性がよく分からなかった。
息を整えながら階段を上り、リベリアの元へ向かう。
「で、俺の部屋の前で何してんだ? お前、普段は寝てる時間だろ」
「それがですね、実は天崎さんのお部屋から知らない女性の声が聞こえてきたので、気になって来てみたんですよ。天崎さんは学校へ行っているはずだし、円さんが少し心配になりましたので」
ってことは来客は女性なのか。
などと考えながらも、ふと気づく。
「いやいや、円が心配で来てくれたのはありがたいんだけど、お前の部屋、一階じゃねえか。隣の空美さんならともかく、よく気づいたな」
「私、けっこう耳が良い方なんですよぉ」
と、リベリアは誇らしげに自分の耳を摘まんでみせた。
以前、安藤も言っていた気がする。吸血鬼は異様に耳が良いのだと。
本人から言質が取れたのはいいが、これは危惧すべき事態だ。普段の会話とか、聞かれている前提で言葉を発した方がいいのかもしれない。気をつけないと。
それはさておき、天崎もまたリベリアと同じように扉に耳を当てた。
しかし部屋の中からは会話どころか、衣擦れ一つ聞こえてこない。空美やリベリアのタイミングからして、客人らしき人物が中にいることは間違いないはずなのだが……。
まるで身を潜ませているような静寂。天崎の頭の中で警鐘が鳴った。
「円!」
すぐにドアノブへ手を掛けた天崎は、勢いよく扉を開け放った。
だが予想だにしていなかった光景が彼を待ち受ける。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「おかえりなさいませ」
玄関先で出迎えたのは、エプロン姿の妙齢の女性だった。しかも円共々、畳の上で姿勢よく正座し、仰々しく頭を下げている。まるで料亭の女将みたいだ。
「さ、さくらさん!?」
そう。来客の女性とは、つい数日前に別れたばかりの人魚、桜枝さくらだった。
まさかの登場人物に、天崎は驚きのあまり二の句が継げなくなってしまう。そんな彼に代わって、背中から覗き込むリベリアが疑わしげに問いかけてきた。
「え。天崎さん、いつの間にメイドさんを雇ったんですか?」
「いや、メイドさんというか……」
どのみち説明せねばなるまい。
頭を抱えた天崎は、さくらの方へ手を向けてリベリアに紹介した。
「この人は桜枝さくらさんっていって、年末年始やお盆になると、俺の実家にお手伝いをしに来てくれる人だ。俺も子供の頃からお世話になってるから、怪しい人物じゃないよ。ちなみに種族は人魚だ」
「東四郎さん。他人の秘密を軽々しく暴露しないでください」
「こいつは人間じゃないって気づいてますよ」
主に人間を捕食していた吸血鬼のリベリアは、人間とそれ以外の区別がつくらしい。後で説明を求められるのも面倒だったし、二度手間になるのを避けるために先制しただけだった。
「っていうか、どうしてさくらさんがここにいるんですか?」
「東四郎さんが何かのっぴきならない事件に巻き込まれているかもしれないと、ご両親が心配なさってましたので、家事の手伝いも含めて、護衛に私を送り出したのです。しばらくの間、この部屋で居候をさせていただきますので、ご了承ください。あ、ちなみに大家さんの許可は取ってあるので大丈夫です」
「「えええええええ!!!」」
二人の素っ頓狂な叫び声が、おののき荘中に轟いた。
良い反応だと言わんばかりに細く微笑んださくらは、さらに畳みかける。
「東四郎さんを退屈させないよう、様々なコスプレも用意しております。もちろん東四郎さんが望めば、裸エプロンのような趣味全開な物まで……いえいえ、当然ご両親には黙っておきますので、ご安心を」
「はあ!? あんた何言って……」
誤解されてはたまったもんじゃない。さくらの妄言を制止しようと声を上げた天崎だったが――すでに手遅れだった。
「この……浮気者ぉ!」
「痛ってーー!!」
リベリアの理不尽な膝蹴りが、天崎の尻へクリティカルヒットしたのだった。




