プロローグ
正月に不養生をしていた奴ほど、その時間を地獄と感じていただろう。
千人近くの生徒が集う真冬の体育館は、連休明けの気怠さに満ちていた。聞きたくもない校長の長話を耳に入れながら、欠伸を嚙み殺している生徒も多いに違いない。
やがて眠たいだけの始業式が終わり、生徒たちは重たい足取りで体育館から出て行く。その流れに身を任せた天崎もまた、他のクラスの友人と挨拶を交わしながら教室を目指した。
自分の席に腰を下ろし、机に肘をついてうとうとし始める。特にやることもないし、担任が来るまで眠ってしまおうか。
なんて考えていると……、
「あ、天崎さん。あけまして、おめでとう……」
隣に座った月島が、消え入りそうな声で挨拶してきた。
天崎も反射的に「おう、あけましておめでとう」と返したものの、ふと違和感に気づく。安藤や犬飼をはじめとするクラスメイトには、始業式の前に挨拶を交わしたはずだ。けど月島とはしていなかったっけ? 隣の席なのに?
そんな疑問を抱いて視線を合わせようとすると、月島は何故か露骨に顔を背けた。しかも、なんだかよそよそしい。初対面の時のようにおどおどしているというよりは、羞恥心が限界突破して穴があったら入りたがっているような感じだった。
居心地が悪そうな月島の態度に訝しむも、すぐに思い出す。
クリスマス。天崎に告白して逃げ帰ってから、これが初顔合わせだった。
うっかり忘れていた自分にも非はあるが、そんなあからさまな反応をするのは卑怯だ。とでも言いたげに、天崎は唇を尖らせる。そして頬を赤く染めると、何故かもう一度「あけまして……おめでとう」と呟いて、月島と同じように顔を背けたのだった。
結局、担任の業務連絡が始まるまで、お互いの顔を見ることさえままならなかった。
「――以上が三学期に関する連絡事項だ。今日は大掃除をして終わり。明日と明後日は実力テストだな。それが終わってから、このクラス最後の席替えをしよう」
「げ」
実力テストという単語を耳にして、天崎は渋い顔をした。年末年始にいろいろありすぎて、その存在をすっかり忘れていたのだ。
ふと横を見る。月島もまた「えー……」と小さく不満を漏らしているようだった。
「どうした? 前の学校じゃ、実力テストはなかったのか?」
「えっ? ううん、あったよ。冬休みに勉強したから、テストは大丈夫だと思うけど……。でも、そういうことじゃなくて……」
「?」
目を泳がせて、言葉尻を濁す月島。彼女が反応したのは席替えの方だったのは、ついぞ天崎に伝わることはなかった。
大掃除が終わった後は、そのまま帰宅である。
荷物をまとめていると、安藤がやってきた。
「天崎。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、今いいかい?」
「おう、なんだ?」
「年末年始、君は実家に帰省してたんだよね? 何日から何日までだった?」
安藤の不思議な質問に首を傾げるも、天崎は素直に答えた。
「去年の三十日から一月五日までの一週間だな。……どうした? なんかあったのか?」
「いや、なんでもない……ってわけじゃないけど、君がその期間この地域にいなかったってことは、おそらく無関係なんだろうな」
「なんだそれ。めちゃくちゃ気になるじゃん……」
前フリの天才か。と、天崎は思った。
「……いや、この話は実力テストが終わってからにしよう。無暗に伝えて成績を落とされても困るからね。明後日、テストが終わったら教室に残っててくれ」
「成績に影響するほどの案件なのか……」
すでに手遅れ感は否めないが。
ともあれ安藤が無関係だと判断したことについては信頼してもいいだろう。あまり考え事を増やしたくない天崎は、特に追求することなく安藤の善意を受け入れたのだった。
すると突然、首の後ろに殴られたような衝撃が走った。
見れば、天崎と安藤の間に割って入った犬飼が強引に肩を組んできたようだ。しかもニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら。
「ようよう! 元気してるかい、安藤に天っち!? 唐突ではございますが、春休みにアイルランドへ旅行に行きませんか? 国際交流も兼ねてさ!」
「藪から棒どころの話じゃないな。隕石が頭に直撃するくらいの衝撃だ。っていうかアイルランドって、ただ単に君がターニャさんに会いたいだけだろ?」
「当たり前だろぉ! それ以外の目的で海外旅行なんて行かねえよ!」
あまりの潔さに、安藤も頭を抱えてしまった。
「高校生だけで海外旅行なんて許されるわけがないだろ。あと一年は我慢しろ。それに来年度から僕たちも受験生なんだから、今から準備しておかないと」
「イヤじゃぁ。今じゃないと意味がないんじゃぁ。受験という地獄の前に、一度癒されたいんじゃぁ。こんなことを頼めるのは、ターニャちゃんの正体を知ってるお前たちしかいないんじゃぁ」
「だったら一人で行ってこい」
必死に訴えてくる犬飼に向けて、安藤は冷ややかな視線を送る。
冬休みに入る前と何も変わっていない友人たち。そんな彼らのやり取りを見ていた天崎は、「ははっ……」と小さく作り笑いを浮かべたのだった。




