エピローグ
一月五日の昼下がり。約一週間の帰省を終えた天崎は、下宿先へ向けて走る電車の中でぼんやりしていた。
窓ガラスから差し込む陽気な日差しと、やや強めの暖房に当てられたためか、隣に座る円は乗車早々うとうとし始める。その様子を見ていた天崎も居眠りしたい衝動に駆られたが、頭の中を往来する考え事がそれを許してくれなかった。
規則的に揺れる座席に身を預けながら、この三日間くらいを振り返る。
山の中で石鉢の魔術道具を発見した後、天崎はいろいろ試してみることにした。もしかしたら土蔵に眠っている用途不明の道具も、魔術工房があったとされる場所なら、何かしらの効力が発揮できるんじゃないかと期待したからだ。
しかし知識のない天崎ではどれが魔術道具なのか判別できず、また何をすれば何が起こるのかも見当がつかなかったため、結局は怪しそうな物を二つ三つ運んだだけで諦めたのだった。もちろん成果は皆無である。
最後に家系図を再読し、記憶に深く留めたところで時間切れとなった。
ちなみに病院へ運ばれた小噺は、予定通りすぐに退院できたそうだ。ただ病院からそのまま自宅へ帰ったらしく、天崎は彼女と会っていない。
また人魚の里から親戚が入れ替わり立ち替わりやって来て、天崎を励ましていった。今まで母の友達だと思っていた女性たちが伯母だと知り、妙に緊張してしまったが。
「そういえば……」
ふと思い出し、天崎は隣の黒い旋毛を見下ろした。
「ごめんな、円。祭の途中でほったらかしちゃって」
眠たげに細められた黒曜石のような瞳が、じっと天崎を見据えてくる。
怒ってはなさそうだなと一安心していると、桜色の唇が微かに動いた。
「だいじょうぶ?」
それは『自分は気にしてない』という意味のイントネーションではなかった。天崎の心情を推し量り、心配してくれている様子。
「俺は……大丈夫だよ」
言葉が喉の奥に引っ掛かったが、なんとか絞り出すことができた。
そう、あれは単なる事故だったのだ。悪魔の遺伝子を選び、血統を覚醒させたのは天崎の意思だが、暴走するように仕向けたのはヨミ自身なのだから。
例えるなら勝手に改造された銃を撃ったようなもの。
銃の持ち主は天崎。威嚇射撃を行おうとしたところ暴発し、改造を行った張本人に命中してしまった。ただそれだけの話だ。第三者がどう捉えるかは分からないが、天崎は改造されていたことをまったく知らなかった。
けど、引き金を引いたのは自分だ。
ヨミを殺したのは間違いなく自分だ。
その事実が、天崎の心をゆっくりと蝕んでいく。
それに――、
本当に殺意はなかったか? と、内なる自分が問いかけてくる。
ヨミを殺めた後、すぐ側にいた小噺を襲うことなく、悪魔の右腕は鎮静化した。まるで役目は終えたぞと言わんばかりに。
つまり殺意があったからこそヨミだけを狙ったのでは?
暴走したといっても、無意識下で制御できていたのでは?
今となっては確認しようのない疑問が、頭の中をぐるぐる回る。
「完璧な『完全なる雑種』、か」
ヨミの遺した最期の言葉が耳にこびり付いていた。
ヴラド公に捧げる大切な肉体。やはりヴラド三世の目的は、自分の身体を乗っ取ることだった。完璧な血統を持つ、この肉体を。
「…………」
死にかけた経験は一度や二度ではない。親父も笑っていた通り、今まで何とかなってきた。
しかし、この規模の厄介事は初めてだ。姿の見えない相手に継続的に狙われるどころか、自分が生まれたことすらも計画の内だったなんて。
「俺は……」
大丈夫だ。改めて宣言しようとして、今度は言葉に詰まった。
自分のこと。将来のこと。いろいろな不安が心の奥底に募っていく。
それらを紛らわせるかのように、天崎は円の頭を優しく撫でたのだった。




