第7章 旧友、再び
年が明けてから早数時間。初日の出を拝むことなく朝を迎えた天崎は、未だ眠たそうな目をこすりながら、朝食の席へと向かっていた。
台所では母が鍋の前に立っており、円と小噺はテーブルでお雑煮を食べているようだった。
「おはよう」
「おは」
「おはよ」
「あけましておめでとう~」
朝っぱらから妙にテンションの高い母を除けば、お通夜のような有様だった。
それも仕方のないこと。天崎と小噺は夜遅くまで深夜の特番を観ていたし、円ですら除夜の鐘を聞くために日付が変わるまで起きていたのだから。
「親父とさくらさんは?」
「さくらさんは日課のランニングよ。お父さんはまだ寝てる」
「怠けきってんなぁ」
まあ年末年始くらいゆっくりしてても構わないかと、天崎は考えを改めた。
テーブルに着き、母に作ってもらったお雑煮に舌鼓を打つ。半分ほど減らしたところで、天崎はすでに食べ終わって一服している小噺に訊ねた。
「そういや俺と円は十時くらいになったら初詣に行くつもりだけど、小噺はどうする?」
「うちは行かないわ。元日の午前中なんて、妖精たちが一番盛り上がってる頃だからね」
「え。ってことは、また山に入るつもりなのかよ。危なくないか?」
「そんなに奥深くまで行くつもりはないし、昨日の蛇に襲われたとしても走って逃げられる距離で活動するから、大丈夫よ」
「お前がそう言うんなら、俺は何も言わないけど……」
昨日、素人は口出しするなみたいなことを言われたような気がする。
だから天崎が心配する必要はないのだろうが……自分の身の安全より仕事を優先するその姿勢には、称賛していいのか呆れた方がいいのかは判断に困るところだった。
「わー! おまつりだー!」
境内へと続く階段を上り終えると、大はしゃぎした円が唐突に駆け出した。
田舎の小規模な神社といえど、元旦の午前中とあってか参拝客はそれなりに多い。迷子になられても面倒だと思い、天崎はすぐに円の首根っこを掴んだ。
「待て待て。屋台巡りはお参りが終わった後だ」
「はーい」
不満を露わにしながらも、ちゃんと言うことは聞いてくれているようだった。
短い参道を通って本殿の前へ。お賽銭を投げ込み、鈴を鳴らす。円と並んで手を合わせている途中、ふと天崎は顔を上げた。
思い出すのは、父から聞いた昔話。
二十四年前の大晦日。若い頃の両親は、この神社の裏でウミヘビに襲われた。
話によると、模様や大きさ、凶暴性までも、昨日遭遇した蛇と酷似していたという。ならば父が退治した個体も、誰かに操られていた可能性が非常に高い。親子そろって山の中でウミヘビに襲われるなんて偶然、そうそうありはしないだろうから。
では、いったい何のために?
あれ以降ウミヘビに襲われたことはないと父も言っていたし、昨日も天崎が気を失った後は何もせず帰っていった。つまり危害を加えるのが目的だったわけではない。
山へ入るのを阻みたかった? 山の中に何かあるのか? だとしても過去に何度も散策したことはあるし、他にも被害者が出ているはずだ。そんな話は耳にしたことがない。
そもそも同一人物の仕業なのか?
二つの事例の間には、二十四年という大きな隔たりがある。同じ人物が天崎家を監視し、都合の良いタイミングで行動に移したにしては、ちょっと不自然なようにも思えた。
なあ神さま、真実を教えてくれよ。あんた、ずっとこの土地を見守ってたんだろ?
……そう問いかけるも、答えが返ってくるはずもなかった。
参拝を終えた後、いろいろな屋台に目移りする円と一緒に境内を歩いていく。その途中、久々に見る顔に出会った。
「お、酒井じゃねえか」
「天崎!」
冬真っ只中だというのに、半袖短パンの少年が全速力で駆けてくる。そのまま天崎の元までやって来ると、二人はハイタッチを交わしたのだった。
「久しぶりだな、酒井。つっても、つい最近会ったばかりか」
「そうだっけ?」
完全に記憶から消失しているかのように、酒井太郎は首を傾げた。
太郎は中学時代の同級生である。現在は高校浪人中で勉強漬けの毎日を送っているのだが、先日ちょっとした成り行きで異世界を共に旅したことがあった。
たった一ヶ月半前のことなのに、すっかり忘れてしまうなんて……友人の相変わらず残念な記憶力に、天崎は感心したのだった。
「えっ、うそ、天崎君? なんでこんな所に!?」
太郎の後ろで狼狽しているのは、円と同じような着物を着た背の低い女性だった。
今年で二十歳のはずだが、その顔立ちは天崎の年下と言っても通じそうなほど童顔である。未だ小学生にしか見えない太郎といい、元より童顔の家系なのかもしれない。
彼女の名前は酒井花子。太郎の姉だ。
「年末年始なんで実家に帰省してるんですよ」
「そ、そうだったんやぁ」
天崎が答えると、花子は何故かそっぽを向いてしまった。「あ~。天崎君がいるなら、もっと気合い入れて化粧してくるんだったわぁ」という呟きが聞こえてきたので、天崎は彼女の気持ちを尊重してあまり目を向けないことにした。
「おっ、その女の子は誰だ?」
太郎が円を指でさして訊ねてくる。
それ自体はごく普通の疑問であるものの、天崎はがっくりと肩を落とした。
「お前は一度会ったことがあるだろ……」
いや、太郎が忘れているなら好都合だ。確か花子と円に面識はないはずだから、座敷童という余計な説明が省けるというもの。
「この子は親戚の子だよ」
だから天崎は平然と嘘を吐いたのだった。
「へぇ、そうなんや。めんこいなぁ」
「よろしく!」
「よろ」
握手を交わす円と酒井姉弟。
そんな彼らを見て、天崎はアレを試す好機だと思った。
「ちょうど良かった。悪いけど、二人に確認してほしいことがあって……」
「なんだ!?」
訳も分からずテンションを上げる太郎の前に、天崎はスマホの画面を向けた。
「この女性、二人にはいくつに見える?」
「百歳!」
「え」
太郎が元気よく答えると、円が唖然とした声を漏らした。
すると花子の拳骨が太郎の脳天に落ちる。
「バカ! 百歳なわけないでしょ! 見知らぬ女性に対して失礼なこと言わないの! あたいから見たら……お母さんよりは年上っぽいから、五十代ってとこかしらねぇ」
「え」
円が再び絶句した。
信じられないものを見るかのように、目を剥いて酒井姉弟を交互に見比べる。
彼らの反応や解答で満足した天崎は、早々にスマホをしまった。
「分かった。二人とも、ありがとう。それで花子さん、迷惑ついでで申し訳ないんですが、少しだけ円を預かってくれませんか?」
「この子を? それは別にかまへんけど……どうしたん?」
「ちょっと家に忘れ物をしまして」
もちろん嘘だったが、理由はなんでもよかった。
特に慌てることでもないが、善は急げ。円を花子に預けた天崎は、自宅に向けて一目散に駆け出していった。




