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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第8話『メイド・メイド・マーメイド』

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第6章 父と子の違い

「俺の母さんって人魚だったの!?」


 父の思い出話を聞き終えた天崎は、大口を開けて素っ頓狂な声を上げた。


「元人魚な。今は完全に人間だよ。けどまあ、なんだ。お前が大人になってから話そうと思っていたんだが……今まで隠していたことについては申し訳ないと思ってる」


 そう言って、誠三は息子に頭を下げた。

 まさか謝られるとは思っていなかった天崎は、やや狼狽えながら返す。


「親父と母さんにも事情があったんだろうから、とやかく言うつもりはないけど……え、つまり俺って人間と人魚のハーフってこと?」

「いや、シオンの母親……お前のおばあちゃんは人間だからクォーターだな。ただ、お前が生まれた時には母さんはすでに人間だったからなぁ。むしろ人魚の遺伝子は俺の方からだ」

「ややこしい!」


 さすが『完全なる雑種』の家系だと、天崎は感心したのだった。


「にしても……そっかぁ。さくらさんとジョージさん、親子二代でお手伝いに来る理由に、そんな背景があったとはな。母さんがいいとこのお嬢様なら納得だ」


 さくらが陸に上がれるようになった十四歳の時、天崎はまだ三歳。それから数年は父と一緒に来ていたらしく、おぼろげながら天崎の記憶にもジョージの面影がある。


 ただ、さくらが独り立ちしてからは天崎家には来ていないはずだ。中学の頃、人魚の里へ行った時に顔を合わせるまで、完全に存在を忘れていたのだから。


「それで、その後どうなったんだ? 最終的に今の感じに落ち着いたんだから、人魚の兵が攻めてきたわけじゃないんだろ?」

「まあな。ただ、ここからは多くを語れるほど何かあったわけではないんだが……」


 そう断りを入れ、誠三は続きを話し出した。


「俺とシオンは半分駆け落ちみたいな感じでおののき荘に逃げたんだ。そこで確か……二ヶ月だったかな。短い間だったけど、同棲してたんだよ。大家さんの占いを当てにしてた面もあったしな。それである日、実家から電話が掛かってきて、もう大丈夫だから戻っておいでと言われたのをきっかけに、シオンだけ帰したんだ」

「ずいぶんと話が飛んだな」

「実家での出来事は俺も伝聞でしか聞いてないからなぁ。なんでもシオンのお姉さんたちが、がんばって説得してくれたらしい。結局兵は送らず、シオンの父親と姉妹たち、それと何人かの従者だけが、この家に来たみたいだ。で、そこで話し合い。結論だけ言うと、シオンは天崎家が責任を持って世話しろってことになった」

「妥協の範囲を越えてないか? 相手は娘を無理やり人間にしたと思ってるんだろ?」

「そこはヨミが関係していたことが大きかった。シオンを人間にした後、ヨミは姿をくらませてさ。未だに見つかっていないらしい。何か疚しいことがあるから逃げたんだっていう結論になって、矛先が全部あっちに向いたんだ。過去の疑惑もあったしな」

「まあ話を聞いてた限りじゃ、悪いのは全部ヨミだもんな」


 結果論だが、そもそも両親も逃げる必要はなかったんじゃないか? と、天崎は思った。


「って言うか母さんだけ実家に帰したって、結婚の約束はどうなったんだ?」

「俺も受験生だったからな。一人で静かに勉強したかったんだよ。ただ一年後にはちゃんと一緒になったぞ。大学に受かって、下宿先を変えて、そこでまた同棲だ。その後もいろいろあったけど……今回の話には関係ないな」

「ふーん」


 大学生になったからといって、『完全なる雑種』の呪縛が解かれるわけではない。自分自身の経験からしても、どんな出来事があったかは大いに想像できる。今さら聞くまでもない。


 そんなことよりも、今は実母が人魚だったという衝撃で頭がいっぱいだった。


「あれ? ってことは、俺のじいちゃんって人魚なんだよな? 人魚の里で会った時、何も言ってなかったぞ?」

「俺の口から伝えることで合意していたからな。あの時は黙っててもらってたんだよ。そう簡単に地上へ来れる立場でもないし」

「あの生暖かくて優しさに満ち溢れた目は孫に対するものだったのか!」


 初対面のはずなのに、なんか異常に甘やかしてくるなとは思っていたが……そんな理由だったのかと、天崎は納得した。


「じゃあ、たまに遊びに来る母さんの友達って……」

「お前の伯母さんだな。もちろん隠していたわけだが」

「ひえ~」


 さくらほどの頻度ではないにしろ、女性の人魚が度々天崎家を訪れることがあった。昔から人魚と交流があったことは耳にしていたので、ただ単に母の友達が来たんだと疑いもしなかったわけだが……まさか親戚だったとは。


 困惑する息子の様子を眺めながら、父はニヤニヤと細く微笑む。


「どうだ、びっくりしただろ?」

「びっくりしたというか、マジでビビったよ……」

「ビビりついでに、最後にもう一つだけ情報を。事態が収束してから数年後の話だけど、シオンの母さんとは普通に再会できたぞ。お前も会ったことがあるはずだ」

「なんか覚えてるような気がする!」


 ジョージと同じで顔を鮮明に思い出すことはできないが、母の母と名乗る女性の記憶はあった。天崎にとってのおばあちゃんは一人だけだったので、祖母という認識はしていなかったと思うが。


 あまりの情報過多に脱力した天崎は、半笑いを浮かべた。


「でもそんな大事があって、よくもまあここまで交流できるようになったよな。今じゃ普通に仲の良い親戚同士じゃん」

「それだけシオンが家族に愛されてたってことだよ。後から分かったんだけど、姉妹から疎まれているとシオンが信じ込んでいたのは、ヨミからあることないこと吹き込まれていたのが原因だったらしい。家族に対して疑心暗鬼になるよう誘導されてたみたいだ」

「ヨミが? なんで?」

「こればっかりは、もう明らかにならんだろうな」


 そう仕向けたヨミは、もういない。捕まることを恐れ、姿を消したから。

 しかしヨミにも何かしらの目的があったはずだ。


 シオンに薬を渡した時点で糾弾されることは目に見えている。ならシオンを人間にすることがヨミの最終目標だった? であれば、家族の悪評を吹き込もうとするのも納得できるが……やはり目的の部分が見えてこない。


 そんな感じで頭を悩ませていたが、父の言葉で意識が逸れた。


「もし機会があったら、またお義父さんたちに会いに行ってやれ」

「……案内があればな」


 遭難した奴が言うセリフじゃないよなと、天崎は父を睨みつけた。


「怒るなよぉ、あの時は悪かったって! けど苦労して行った甲斐はあっただろ?」

「そりゃまあ深海は今まで見たことのない物ばかりで、わくわくしたけどさ」

「いや、そうじゃなくて……」


 そう言って、対面に座る誠三が顔を寄せてきた。

 なにやら襖の方を気にしながら、小声で続ける。


「ほら、人魚はみんな美人な上にトップレスだろ? しかもそれが当たり前だから、じろじろ見ても失礼にならない! 男にとっては楽園のような世界じゃないか!」

「あんた中学生の息子を連れて、そんなこと考えてたのかよ!」


 父に対する尊敬の念がワンランク下がった瞬間だった。

 呆れ果てた天崎が、ぞんざいに返す。


「楽園だったとしても、ご褒美にもならないだろ。俺たち『完全なる雑種』なんだからさ」

「『完全なる雑種』だったら、なんだってんだ? 半裸の美女が目の保養になることには変わらんだろ?」

「人間だったらそうかもしれないけど……相手は人魚だぞ?」

「人魚だからこそじゃないか」

「は?」

「ん?」


 どうやら話が噛み合っていないようで、父と子はお互いに首を傾げた。

 ふと天崎は違和感を抱く。いや、違和感を抱いたことを思い出した。


 それは父の昔話の中に出てきた、人魚と対面した時のくだり。誠三は全裸の女性が目の前にいることに恥じらいを見せ、いちいち視線を逸らしていた。


 その場面を話す時だけやや興奮しており、なんか気持ち悪かったから適当に相槌を打ってスルーしていたのだが……よくよく考えれば、おかしな話だ。


 なぜなら『完全なる雑種』は、人間以外に劣情を催すことはないのだから。


 それは犬や猫などのペットに抱く感情と同じもの。家族として愛情を注ぐことはあっても、決して性的な対象にはなり得ない。


「親父、スケベな話で申し訳ないんだけどさ。例えば人外の美女……それこそ人魚でもサキュバスでも吸血鬼でもいいんだけど、偶然にも裸を目撃したとする。その時、親父だったらどう思う?」

「ああ、なるほどな」


 すると誠三は一人で納得したように、うんうんと頷き始めた。


「お前もおののき荘で人外の美女に囲まれているのか。それで人魚に対する感動も薄れてしまった、と。その気持ち、分かるぞぉ。俺もそうだった」


 何か勘違いしているらしいが、天崎は構わず続ける。


「俺もそうだったってのは?」

「人外の美女がたくさん寄ってくるから目移りして苦労したってことだよ。あっ、シオンと出会ってからは一筋だけどな!」

「…………」


 判断に困る返答だ。

 頭を抱えた天崎は、恥を忍んで訊ねた。


「悪い。もうストレートに聞くんだけど……親父は人外の女性とセックスしたいと思うか?」

「本当にド直球な質問だな。いや、まあ、そりゃそうだろ。俺はまだ枯れちゃいない。もちろん浮気をするつもりはないが……」


 息子の唐突な質問に戸惑いながらも、誠三は律儀に答える。

 そして再び襖の方を警戒しながら、さらに声を潜めた。


「仮にシオンと出会っていなかったら、他の人外と入籍していた可能性が高いと思うぞ」


 昨日、帰省した直後のことを思い出す。

 父は旧おののき荘を思い出の場所と言い、母は誰と勘違いしているのかと疑っていた。


 おそらく同棲している間も、様々な人外と縁があったに違いない。それを見ていた母が嫉妬するのも理解できる。


 だから誠三が詩音以外の女性と結婚していた可能性も大いにあるのだが……いや、それはどうでもいい。問題なのは、同じ『完全なる雑種』である父が、何故か人外に性欲を抱けるという点だ。


「それは、なんで……」

「なんでも何も、当たり前のことだろ? だって……」


 そして父は決定的な事実を口にした。


「人外を嫁に迎えなきゃ、『完全なる雑種』なんて家系は生まれないんだから」


 頭がくらっとした。確かにその通りだ。


 天崎家は平安時代にはすでに『完全なる雑種』だったが、それ以降も人外の配偶者を迎えていたはず。当然、子供を作らなければ家督を継がせることはできない。


 そう。『完全なる雑種』は当たり前のように人外と婚姻し、歴史を紡いできたのだ。


 ならば、今の自分はいったい何なんだ?

 おののき荘に下宿を始めてからのことを思い返してみる。


 隣に住む空美の裸は何度も見たし、肌に触れたことすら何度もあった。しかしどのような状況下であっても、一度も反応したことはないはずだ。


 それは『完全なる雑種』になる前のリベリアや、デュラハンのターニャでも同じだった。こう言っては失礼かもしれないが、天崎にとって彼女たちは愛玩動物と同列なのである。


 逆に、月島や小噺をはじめとする人間の女性に対しては、普通に思春期の男児らしい反応を見せる。さっき一緒に風呂に入った時に確認したので、間違いない。きっと他の男子も同じ感覚だろう。


 人間と人外の女性は大きく違う。天崎はずっとそれが普通だと思っていた。身近の『完全なる雑種』なんて父以外にいなかったし、今までそういう下世話な話をしたこともなかったのだから。


 では自分と父では何が違う?

 ペットのようにしか思えない自分と、人間の女性のように扱える父とでは、どこが違う?


 ……脳が沸騰しそうなほど熟考したところで、答えなど出るはずもなかった。

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