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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第8話『メイド・メイド・マーメイド』

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間 章 とある人魚と『完全なる雑種』の出会い その4

 年が明けてから三日ほど空いた後、シオンは再び誠三の家を訪れていた。


「お、おはようございます!」

「おう、おはよ。って言っても、もう昼だけどな」


 とはいえ誠三の方も夜遅くまで年始の深夜番組を観ていたので、ついさっき起きたばかりだった。欠伸混じりの眠たげな声になるのも無理はない。


 しかしシオンを取り巻く違和感には、すぐに気づいた。


「あれ? 今日はジョージさんと一緒じゃないのか?」

「はい……」


 はきはきした挨拶はどこへやら。まるで悪戯をした子供が親に叱られるように、肯定の声は深く沈む。


「もしかして、まーた一人で地上に来たのか? この前みたいにサメに襲われても知らんぞ。ま、いいや。入れよ」

「あ、あの、実を言うと一人じゃないんです」

「?」


 首を傾げた誠三はシオンの背後を覗き込む。

 どこからどう見ても一人だった。


「あっ、違うんです。一緒に来た方は、海岸で待っててもらっていますので」

「海岸で待ってる? ジョージさんじゃないんだよな? 別に連れてきてもよかったのに」

「そうなんですけど、わざわざこちらまで歩いてきてもらうのも悪かったので……」

「?」


 シオンの言いたいことが汲み取れず、誠三は再び首を傾げた。

 すると彼女は、まるで愛の告白でもするかのような勢いで誠三の手を取った。


「天崎さん! その……もしよかったら、人魚の里に行きませんか!?」

「人魚の里?」


 まったく事情が呑み込めない誠三は、当たり障りのない正論を返した。


「人魚の里って、シオンが住んでる所だろ? 海底にあるんだよな? 人間の俺が行けるわけないだろ」

「それが行けるかもしれないんです!」


 自信満々に身を乗り出すシオンを避けるように、誠三は上半身を仰け反った。


 友人を自分の家に招待したいという気持ちは理解できる。しかし生身の人間が深海にある人魚の里へ行くなど、どう足掻いても不可能なのだ。


 もしかして以前の獣人のように、俺が人魚になれると勘違いしてるのか?

 そう問いただそうとしたのも束の間、シオンが誠三の手を強引に引いた。


「とにかく、海岸まで来てください!」

「お、おう……」


 まあ海岸までは付き合ってやるかと、誠三はシオンの赴くままに従った。


 海が見える位置まで行くと、大きく見渡すまでもなく、待ち人らしき姿を見つけた。


 防波堤の端に座っていたのは、妙齢の女性だった。背が高く、青みがかった髪が潮風に煽られ揺らめいている。ただ寒さが身に染みるこの時期に、肩を大きく露出したワンピースしか着ていないのは、違和感極まりなかった。


 近寄っていくと、誠三とシオンに気づいた女性が立ち上がった。


「まさか……」


 もしかしてシオンの母親なのか? と、危うく訊ねそうになった。


 見た目は三十代後半と歳相応であるものの、振り向いた顔つきがあまりにもシオンと似ていなかったからだ。ほんわかな雰囲気のシオンに対し、その女性はキリッとした顔立ち。二人に血の繋がりがないことは、誰の目にも明らかだった。


 シオンにとって、母親に関することはデリケートな話題のはず。こちらから率先して切り出さない方がいいだろう。


「こんにちは。私の名前はヨミ。今は脚があるけど正真正銘の人魚だよ。よろしくね、坊や」

「どうも、天崎誠三です」


 挨拶を交わしながらも、誠三はシオンに向けて『どちら様?』といった意味の視線を送る。すると彼女は有名人でも紹介するように、興奮気味に答えた。


「この方は、人魚の里の外れに住んでる魔女さんなんです! いろいろなすごい研究をしてる方なんですよ!」

「すごくはないよ、シオンちゃん。変な研究ばかりやってるせいか、他の人魚たちからも爪弾き者にされている身でね。まあ静かに研究できるからいいんだけど」


 そう言って、ヨミは自虐的な笑みを見せた。

 彼女の素性は判明したものの、事情は未だ分からないままだ。


「で、人魚の魔女さんが俺に何の用ですか?」

「それがね、シオンちゃんに訊ねられたんだよ。あんたを人魚の里へ招待したいから、人間を人魚にする方法はないかとね」

「はあ……」


 呆れた誠三は、困り果てた眼差しをシオンに向けた。

 しかし彼女は本気のようだ。期待を込めて輝く瞳が眩しい。

 仕方がないので、一応訊いてみる。


「……できるのか?」

「私も最初は渋い顔をしたよ。そんな方法あるわけないと突っぱねたさ。あんたの名前を聞くまではね」

「俺の名前?」


 問うと、ヨミがずいっと顔を近づけてきた。


「坊や、『完全なる雑種』なんだろ?」

「知ってるのか?」

「天崎と言えば『完全なる雑種』の家系として有名だからね。知ってる人は知ってるさ」


 まあ変な研究をしていると自分で言うくらいだから、天崎家が『完全なる雑種』だと知っていても何ら不思議ではない。特に隠しているわけではないし、こうやって昔から海の近くに家を構えているわけだし。


 ただヨミの思惑には、なんとなく察しがついた。


「まさか俺の珍しい血を研究したいから、シオンに協力したんじゃないだろうな?」

「何を言ってんだい。見返りがなきゃ、こんなお願い聞き入れるわけないよ」


 隠そうともしないヨミの本音に、誠三は頭を抱えたのだった。


「で、どうすんだ? 人魚の血統を覚醒させるにしても、一ヶ月は練習が必要だぞ。今すぐ海底に行くなんて絶対に無理だ」

「そんな時こそ荒治療だよ」


 ヨミはどこから取り出した小瓶を、これ見よがしに誠三の前へ突き付けた。

 中には濁った液体が入っているようだ。


「それは?」

「人魚の血統を無理やり覚醒させるための薬だよ。粉末状にした人魚の鱗を水に溶かしただけの代物だけどね」

「人魚の鱗……なんかイヤだな」


 人間で言ったら皮膚や爪みたいなものじゃないかと、誠三は顔を顰めた。


「そんな物で人魚になれるのか?」

「もちろん絶対じゃないさ。むしろ可能性は限りなく低い。薬とは言ったけど、人魚の遺伝子を刺激することを期待しただけのものだからね」

「……安全なんだよな?」

「副作用なんてあるわけないよ。ま、失敗したら腹くらいは壊すだろうさ」

「…………」


 押し黙った誠三は、いろいろと考えを巡らせていた。

 今まで様々な種族の遺伝子を覚醒させてきた。きっと人魚にもなれるだろう。


 しかし自分はもうすぐおののき荘に帰る。あの地域は海から遠いため、休日を利用して練習することもできそうにない。友人を人魚の里に招待したいというシオンの願いは、だいぶ先になってしまうだろう。


 ならば多少のリスクを犯しても、できる限りのことは試すべきなんじゃないだろうか?

 そう決断するやいなや、誠三はヨミから小瓶を受け取った。


「分かったよ。飲めばいいんだろ、飲めば」


 考えているだけでは迷いが生まれるばかりだ。

 小瓶の蓋を開けた誠三は、中身を一気に呷った。


「……苦い」

「つまり良薬ってことだね」


 決死の覚悟を笑い飛ばすヨミに、誠三は少しばかりイラッとしたのだった。


 それはさておき、意識を自分の内へと向けてみる。得体の知れない液体が食道を通っていく感覚を除けば、特に変化があるようには見えなかった。


「……何も変わらんぞ」

「そりゃそうさ。海水に触れなきゃ分からんよ」

「確かに」


 どこから海に入ろうか。まだ飛び込む勇気はないから、砂浜まで歩くかな。

 そう思って、方向転換しようとしたのだが……。

 ヨミがワンピースを脱ぎ始めていることに気づいた。


「どぅえ!!??」


 あまりに突拍子もない行動に目を剥いた誠三は、言葉を失って固まってしまった。


 そっかぁ。すぐ裸になるつもりだったから、こんなクソ寒い中でワンピースだったのかぁ。しかも下着も付けてないようだし、準備がいいなぁ。


 などと明後日の方角を向いて現実逃避する誠三の視界の端で、ヨミの大きな乳房がボロンと零れた。


「何やってんだい? あんたも早く脱ぐんだよ」

「シオン! 痴女の魔女が何か言って……って、お前もか!」

「へ?」


 見れば、シオンもまた衣服を脱いでいる途中だった。

 ちょうど発育途中の胸が露わになったところだったので、誠三は慌てて顔を隠す。


「天崎さん、何してるんですか?」

「人間の男性はね、女性の裸を見ると興奮してしまうんだよ」

「あ、だから人間は服を着る必要があるんですね!」


 ヨミの教えに納得しながらも、シオンはそのまま全裸になってしまう。


「あんたら人魚は恥じらいとかないのか!?」

「生まれてこの方ずっと裸の種族に何を言ってるんだい?」

「そうだとしても! もうちょっと気を遣ってくれよ!」

「心配しないでも、誰も来やしないって。ほら、早く服を脱いでこのトランクに入れな。物陰に隠すから」


 無理やり脱がしに来るシオンとヨミの魔の手を振り払った誠三は、渋々ながらも自分の衣服に手を掛けた。一応、見渡せる範囲に人はいない。しかし時間が経てば経つほど、誰かが訪れる危険は増すだろう。


「ええい、ままよ!」


 涙混じりの意気込みを上げながら、誠三はお天道様の下で全裸になった。


「うぅ、変な性癖に目覚めたらどうしよう……」

「男なら堂々としてな。ほら、行くよ。こっちへおいで」


 服をトランクに収めたヨミを先頭に、一同は砂浜に降りていく。

 そして穏やかな波打ち際に立った誠三は、大きく深呼吸をして一歩踏み出した。


「行くぞ」


 つま先が海水に触れる。それと同時に、ゆっくりと人魚化が始まった。


 癒着した両脚が硬化し、薄い氷の膜が張り付いていくように、鱗が浮かんでくる。その変化は腰の辺りまで及び、最終的に誠三の両脚は綺麗な魚の尾へと成った。


「大丈夫みたいだ!」


 その報告を受けたヨミは胸を撫で下ろし、シオンは喜びのあまり飛び跳ねたのだった。


「じゃあ、そのまま潜ってごらん」


 ヨミの指示に従い、誠三は海の奥へと進んでいく。


 頭が海水に浸かる際、最初は息を止めていたのだが、当然長くは続かない。諦めて息を吐き出したところ、不思議なことに、海の中でも地上と同じように呼吸ができた。


「すげぇ。これが人魚なのか……」


 しかも声などの音も普通に聞こえる。肺呼吸なのかそれ以外なのか、自分でも判っていないことも含め、誠三は今まで経験したことのない未知の世界を味わっていた。


「天崎さん、行きましょう!」


 人魚化したシオンが誠三の手を引き、猛スピードで泳ぎ出す。

 あまりにも速すぎたためか、誠三の顔が水圧に負けて歪んだ。


「待て待て待て待て」


 まるで戦闘機にでも乗ったような感覚。危うく失神するところだった。


「こらこら、シオンちゃん。こっちの坊やは、たった今人魚になったばかりだよ。少しずつ身体を慣らしていかないと」

「……はーい」


 不機嫌を露わにした返事だったものの、シオンは素直に手を離してくれた。自分が人の脚に変化した時のことを思い出したのかもしれない。


 ただ誠三が無事に人魚化できた喜びで、未だ興奮が冷めていないのだろう。自分のペースで泳ぎ出した彼の周りを、シオンは落ち着きなく回り始めた。


「ほお? 初めて人魚になった割には上手く泳ぐじゃないか」

「元々泳ぐのは得意だし、他の種族の血統を覚醒させるのも慣れたもんだからな」

「ふーん」


 視線を逸らしながら答える誠三を見て、ヨミはニヤニヤと含みのある笑みを浮かべた。


「こんな婆の裸でも、やっぱり気になるかい?」

「婆って歳でもないだろ」

「人間の男にとっちゃ、人魚の里は楽園だよ。大抵の女性は美人だし、みんなトップレスだしね」

「…………」


 無意識に期待してしまった自分を恥じ、誠三は顔を背けたのだった。


 だいぶ沖合に出たところで、誠三は改めて周りを見渡してみる。


 群れを成す小魚、色とりどりの海藻、地上では滅多に見ない形の岩々。今までテレビでしか観たことのない世界が、誠三の目の前に広がっていた。


「……やっぱサメどころか、人間よりデカい魚すら見かけないよなぁ」


 シオンと出会った日のことを思い出す。


 彼女はサメに追われて陸に打ち上げられたと言っていた。しかし、こうやって人魚の里へのルートを辿ってみても、それらしき姿は見つからない。


「もしかして遠くの海から迷い込んできたサメだったのかな。だとしたら、めちゃくちゃ運がなかったよな……」


 不謹慎ながらも、誠三は鼻で笑ってしまった。


 そんなことも考えながら一時間近く泳いでいると、ふと真下に大きな亀裂があることに気づいた。海底の渓谷とでも言うべきか。幅は数十メートルはあり、中は真っ暗で何も見えない。その巨大さから、まるで地球の口であるような錯覚に陥った。


「ここからは一気に光が届かなくなるから、ちゃんと離れずについて来るんだよ」


 どうやら亀裂の中に入るようだ。

 シオンとヨミに先導されながら、誠三もまた闇の奥深くへと潜っていく。


 視覚はまったく当てにならないが、障害物があるかどうかはなんとなく分かる。スピードさえ出さなければ衝突することはないだろう。


 二人から離れないよう、慎重に進んでいく。すると唐突に視界が開けた。周囲に明かりが灯ったのだ。


 照明の正体は、岩肌から生える奇妙な形をした植物だった。まるでチョウチンアンコウの誘引突起のように、ぼんやりと周囲を照らしていた。


「さすが深海。珍しい植物もあるもんだな……」


 説明がないということは、それだけ人魚にとって当たり前の存在なのだろう。人間が地上を案内する際、いちいち街灯を説明しないのと同じだ。


「それじゃあ、私はここまでだね」


 唐突に止まったヨミが、名残惜しそうに言った。


「どうしたんだ?」

「さっきも言ったけど、私は人魚の里でも爪弾き者だからね。あんまり大手を振るって泳げないんだよ。それに私が一緒にいるところを誰かに見られたら、シオンちゃんにも迷惑がかかるだろうからね」

「そっか」


 自分のことを魔女やら爪弾き者と言う割には、意外と常識があるようだった。変人認定されているのは、研究内容のせいなのかもしれない。


「ヨミさん! ありがとうございました!」

「いいんだよ。自分の為でもあったしね」


 深々とお辞儀をするシオンに、ヨミは優しげな笑みを送った。


「私は自分の家に戻るから、地上に帰る時は一声かけてくれると嬉しいね」

「え。もしかして俺、解剖とかされちゃう感じ?」

「なんでさ。もう目的は達成したから、何もしやしないよ」

「?」


 意味が分からず、誠三は首を傾げた。『完全なる雑種』に興味があったんじゃないのか? それとも間近で血統の覚醒を確認できたから、それで終わり?


 どちらにせよ、ヨミが嘘を付いているようには見えなかった。


 家の方角を教えてもらった後、ヨミとは別れてシオンと二人きりになる。すると彼女は、いきなり誠三の腕を引っ張り始めた。


「天崎さん! まず最初に、私のお父様に会ってください!」

「お父様!? なんで!?」

「いえ、その……初めてできたお友達を紹介したいと思いまして……」

「あぁ、友達としてね。うん、そりゃそうだよな」

「?」


 盛大に勘違いした誠三は、誤魔化すようにそっぽを向いた。


 にしても、シオンのお父上にご挨拶かぁ。と、誠三はバレないように肩を落とす。確かシオンは妾の子。お姉さんたちとも関係が良くないと言っていたし、他人の複雑な家庭事情を目の当たりにすると思うと、今からキリキリと胃を痛める誠三だった。


 シオンの案内の元、彼女の家へと直行する。

 人魚の『里』といっても、想像とはまるで異なっていた。


 人里のような見晴らしの良い景色が広がっているわけではなく、周りはごつごつした岩に囲まれている。いくつもの横穴が窺えることから、思ったよりも複雑な地形になっているに違いない。


 おそらく横穴の先は他の人魚の住まいになっているのだろう。しかし近くに何かがいる気配は感じれど、シオンの家に到着するまで誰かと遭遇することはなかった。


 薄暗く閉塞感のある海底を泳ぎ続けていると、やがて周りと比べてひと際大きな岩が視界に入る。どうやら中は空洞になっているようで、シオンは側面に開いた穴からすっと身を滑り込ませた。


「お父様! お友達をお連れしました!」


 元気な声を上げるシオンに続き、誠三もまた岩の中へと入っていった。


 高校の教室くらいの広さはあるだろうか。発光する植物が一面に生えているためか、視界の確保に困ることはない。ただ家具らしい家具は置いておらず、ベッドを模したような平らな岩が一つあるだけだった。


 そして今、シオンの父らしき人魚が、その岩に寝そべっていた。


 誠三よりも二回りは大きい巨躯。蓄えられた口髭のせいで年齢は分かりにくいが、おそらく五十代くらいだろう。シオンに姉がいることを考慮すれば、それほど的を外していないと思われる。


 彼は仮眠中だったのか、シオンの声で目を覚ました様子だった。


「シオンか。友達を連れてきた、だと?」

「はい! 以前お話しました、人間のお友達です!」


 シオンの言葉を聞くやいなや、彼は目を丸くした。


「人間? 何故こんな海底に人間がいるのだ?」

「え、えっと、それは……」


 急に尻込みしたシオンが、チラチラと誠三の方へ視線を送ってくる。


 その仕草の意味はすぐに理解できた。彼女は他人に説明できるほど、『完全なる雑種』の知識に明るくないのだ。


 まあ助け船くらい出してやるかと、誠三は自分の素性を簡単に話した。


「実は俺、人魚の血も入ってる『完全なる雑種』なんです。自分の遺伝子にある血統なら、その種族になることもできて……」

「『完全なる雑種』? その種族になる?」


 驚きのあまり完全に覚醒したシオンの父が上体を起こした。


 疑問形でオウム返しをするも、『完全なる雑種』という単語を知らない感じではない。どちらかといえば、珍しい物を初めて目の当たりにしたような反応だった。


 誠三の全身をまじまじと観察した後、シオンの父は深く思案を始める。

 そして眉間を指で抓みながら、低い声で訊ねてきた。


「天崎という名の『完全なる雑種』がシオンの友人になったことは、ジョージから報告を受けている。同時に、貴様は初めて人魚と遭遇した様子だったことも聞いた。シオンと貴様が出会ってから、まだ一週間。『完全なる雑種』とは、一朝一夕で他の種族になれるものなのか?」

「それは……」


 思わず言葉に詰まってしまう。

 それで答えは得たと言わんばかりに、シオンの父は大きく落胆した。


「なるほど、ヨミの仕業か」

「――ッ!?」


 聡いな。と、誠三は舌を巻いた。


 理屈に合わないことが起きたら即座にヨミと結び付け、名前を出して相手の反応を見る。要は単なる鎌かけだが、今の狼狽でヨミの関与を確信したに違いない。


「あれほどヨミとは関わるなと言ったはずだが……」

「お父様! 違うんです。天崎さんを里に招待するためには、どうしてもヨミさんの力が必要だったので……」

「その嘘は先ほどその小僧が否定したばかりだぞ」


 彼の言う通りだ。時間をかければ血統の覚醒はできるのだから、わざわざヨミの力を借りる必要はない。ヨミを頼ったのは、誠三が下宿先に帰る前に招待したいという、シオンの自己都合だった。


「で、でも、ヨミさんは決して悪い人ではありません!」

「そういう問題ではないのだよ、シオン。ヨミと繋がっている人間を野放しにしておくわけにはいかない」


 シオンの父が手を上げた、その時だ。

 壁の穴から人魚が二人、ものすごいスピードで侵入してきた。


 一人はジョージで、もう一人は似たような体格の男性人魚。呆気に取られている誠三の腕を拘束すると、あっという間に床へ押さえ込んでしまう。


「ジョージさん! リュージさん!」


 背後からシオンの悲鳴が飛んでくる。

 すると聞き覚えのある声が耳元で囁いた。


「大人しくしてください、天崎さん。主様の命令です」

「放せ!」


 ジョージの警告を無視し、誠三は抵抗を試みる。しかしビクともしない。自慢の腕力も、脚のない人魚の姿では十全に発揮できないようだ。


「やめてください! 天崎さんは私のお友達です!」


 シオンの悲痛な叫び声が遠い。どうやら彼女も誰かに捕まえられているらしい。

 身動きの取れない誠三は、無理やり首を捻り、シオンの父親を睨み上げた。


「おい! ヨミが何をしたかは知らんけどな、親だったら娘の友達くらい自由に選ばせてやれよ!」

「……そうか。この状況で自分の身を案じるわけではなく、シオンのために憤ってくれるのだな?」

「は?」

「貴様と議論を交わすつもりはない。この人間を牢へ連れて行け」

「はい」


 冷たく命令を下したシオンの父親に、ジョージは静かに頷いた。

 そうして誠三は、複数の男性人魚に囲まれ、牢屋へと連行されていくのであった。

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