第2章 自問自答の世界
はやる気持ちを抑えながら、天崎は土蔵の扉を開け放った。
窓が一つしかないためか、昼間だというのに非常に薄暗い。またカビや砂埃の臭いが酷く、呼吸をするのも躊躇ってしまう。今年の初めに軽く掃除をしたとは言っていたが、マスクくらいは持って来るんだったなと、天崎は今さらながら後悔していた。
まあ家系図を持ち出すだけだからいいかと、そのまま中に入る。
入り口付近には鍬やシャベルなどの農具が立て掛けられており、奥に行くにつれて使う頻度の低い物が保管されていた。あとは中身の分からない段ボールの箱が、所狭しと積み上げられているだけだ。
端には急勾配の階段があるものの、今は用はない。家系図は、入り口正面にある小さな引き出しの中だと聞いていた。
足元に気をつけながら奥へと進む。
突き当りには、いつ造られたのかも想像できないほど古い木製の引き出しがあった。一段ずつ中を確認していくと、ようやく『天崎家 系譜』と書かれた冊子を見つけた。
「つか、分厚ッ! これ本当に家系図か?」
ネットで得た前知識から、巻物や修学旅行のしおりみたいな薄っぺらい物を想像していた。しかし手元にあるのは、漫画雑誌にも負けない分厚い本。さすが歴史ある家系だなと、天崎は感動した。
「それで、中を見るのは自分の部屋でってことだけど……」
手に取った感覚では、何か不可思議な効力があるとは思えない。また、表紙や裏表紙に魔術が発動しそうな術式が描かれているわけでもない。
「いや、この家系図自体が魔術書だとか言ってたっけ?」
どちらにせよ天崎の目には、何の変哲もない薄汚れた古書にしか見えなかった。
ただ実物を前にして、ふと疑問が浮かぶ。
「蔵の中で読むのと、自分の部屋で読むのとで何が違うんだ? 薄暗いから目に悪い、ってわけでもないよな」
家系図を開くという行動自体に変わりはない。なら、どこで行おうと同じなのでは?
その心の緩みが明暗を分けた。
「親父も危険な魔術じゃないって言ってたし、これが目当ての物かどうか確認もしないといけないから、ちょっとだけ……」
軽い気持ちで、表紙だけをゆっくりと捲る。
表紙裏と一ページ目が視界に入った――その瞬間だった。
まるでテレビの電源を消したかのように、天崎の目の前が真っ暗になってしまった。
「――はっ!?」
一時的に気を失ったのか、それとも意識が繋がっているのかすら分からないまま、天崎は周りを見回した。
「ここは……?」
そんな疑問が自然と漏れてしまうほど、周囲の環境は様変わりしていた。
何もないのだ。一寸先の視覚情報も得られない闇。宇宙よりも暗い世界。にもかかわらず自分の身体をしっかりと視認できているのは、とても不思議な感覚だった。
「単に光がなくなった……わけじゃないよな?」
もし視界がブラックアウトしたのなら、土蔵の中の保管物は今も目の前にあるはずだ。しかしいくら両手を伸ばしてみても、何かに触れることはない。つまり天崎自身が、どこか別の空間へ移動したということなのだろう。
「マジかよ。何が危険な物じゃないだ、クソ親父」
不用意に家系図を開いた自分は棚に上げ、父親に悪態をつく天崎だった。
このまま立ち尽くしていても仕方がない。何か手がかりを探すべく、ひとまず足を踏み出してみる。
その瞬間、不意に気配を感じて天崎は振り返った。
「誰だ!? ……って、俺ッ!?」
「そう。俺はお前だ」
天崎の背後に立っていたのは、紛れもなく天崎東四郎本人だった。
一瞬だけ鏡を疑ったものの、動きも違うし声も返ってくる。また自分の姿以外の物体が現れないところを見るに、幻覚というよりは何者かが化けていると考えた方が自然だった。
「お前はすでに知っているはずだろ? 俺が誰なのか、この世界が何なのか」
「……なんだってんだよ」
「ここは『自問自答の世界』。そして俺はただの案内人だ」
目の前の天崎は、天崎らしくない低い声で答えた。
「『自問自答の世界』?」
「言い換えれば『思考の中の世界』だな。天崎東四郎は今、土蔵の中で家系図を開きながら、自分で問いかけ自分で解答を導き出しているんだよ」
「……意味が分からん」
「では説明しよう」
と言って、偽天崎はニヤリと笑った。
「周りが見えなくなるくらい物事に集中しすぎた、っていう経験はあるだろう? 今はそれが極限まで達している状態なのさ。家系図に施された魔術により、無理やり集中力を高められているんだ」
「つまり俺は今、土蔵の中であの冊子を熟読している状態なのか?」
「ご名答。今まさに前書きを読んでいる途中だ。そして、こうやって視覚的あるいは聴覚的に内容を読み解いていけることが、この家系図の何よりの強みだ。お前が疑問を提示し、本から得た情報を俺が解答として渡す。本を読みながら、自分一人の頭の中で問答を繰り返していくことができる」
「…………」
天崎本人にはまったく自覚はないのだが、本物の自分は土蔵の中で家系図を読みふけっている最中らしい。しかも周りが一切視界に映らないほど、最大限に集中しながら。
「魔術よりも催眠に近いって、こういう意味だったのか……」
「ご理解いただけたかな?」
「あぁ。ただ一つ要望がある」
「なんだ?」
「こうやって会話する形で家系図を読み進めていくんだろ? 自分自身と話すのは、ちょっとやりにくいかと思って……」
「問題ない。なら君が一番話しやすい人物を思い浮かべれば、それで解決するよ。ここは天崎東四郎の頭の中……なんでも自由になる世界だからね」
そう言いながらも、偽天崎は安藤の姿に変わった。
天崎にとって、蘊蓄や解説を述べる相手で一番しっくりくるのが安藤だったからだ。
「これなら話しやすい」
「なら続けよう」
新しく案内役となった安藤が、満足そうに頷いた。
ふと周囲の雰囲気が少しだけ変わったのを肌で感じだ。実際に家系図を開いている天崎が、次のページに移ったのだろう。
「次に注意書きだ。要約すれば、
・『自問自答の世界』に入れるのは天崎の血筋だけ。
・この家系図に記されていない情報は知ることができない。
・記されている情報がすべて正しいとは限らない。
って感じかな」
「前書きで間違ってる可能性を示唆するのか。ずいぶんと慎重だな」
「なんせ天崎家は千二百年以上もの歴史があるからね。一般的な家系としては長すぎるんだ。そのため記録が不明瞭な時期があったりだとか、記録そのものを残していない場合もなくはない。この家系図自体、書かれたのは四百年も前だし」
「じゃあ確実性が保証されてるのは、一般家庭と同じ明治辺りからってことか」
「いいや、そうでもない。この家系図の著者、天崎満春は魔術に精通した人物でね。これを書くにあたって、己の血の解析と天崎家に繋がる記録を世界中から集めたのさ。だから満春が没する以前の記録も、ある程度は信頼に足ると思うよ」
「世界中? そこまで調査範囲を広げる必要があるのか?」
「天崎家は普通の家系じゃないだろ? 空を飛んだり海を泳いだりして、海外から日本へ来た種族もいたはずだ。もちろん、その逆もね」
「ああ、なるほどな」
天崎自身、一日足らずで地球を一周できる知り合いがいるので、大いに納得できた。
そして家系図の著者である天崎満春は、天崎のご先祖様だ。つまり、この人物も『完全なる雑種』だったのだろう。海外で情報を集めるにあたり、人知の及ばない種族の助けを借りていても、なんら不思議ではなかった。
「ちなみに天崎満春本人はこんな顔だ」
と言って、安藤の姿が戦国時代の武将のような肖像画に変化した。
「自画像かよ。やめてくれ。話しにくい」
「……分かったよ」
残念そうに肩を落とした肖像画が、再び安藤の姿へと戻った。
どうやら天崎満春にとっては自信作だったらしい。
「とまあ、前置きはこれくらいかな。この先は天崎満春が生涯をかけて調べた、天崎家の血筋が記されているんだけど……何か質問がありそうな顔だね」
「まあな」
家系図を熟読している天崎には、次のページから自分の先祖について書かれていることは把握できていた。
しかし本題へ入る前に、どうしても整理しておきたいことがあった。
「そもそも『完全なる雑種』って何なんだ?」
それが、この質問だ。
この十七年間、天崎は自分の血が他人と違うことを理解し、それを当然として生きてきた。だが改めて考えてみると、『完全なる雑種』という血統の定義はひどく曖昧である。
一定以上の混血ならば、果たしてどこから『完全なる雑種』と呼ばれるようになるのか。
普通の人間と『完全なる雑種』では何が違うのか。
先祖はいつ頃から『完全なる雑種』になったのか。
九月にリベリアと出会って以来、自分の血統の意味を考えさせられる四ヶ月だった。
最終的に、自分の血をもっとよく知るべきだと店長からアドバイスをもらい、こうやって『完全なる雑種』に関する資料を求めたのだが……残念ながら、質問を受けた安藤の顔はあまり芳しくなかった。
「生憎、『完全なる雑種』に対する全世界共通の定義はない。『一定数以上の種族の遺伝子を持つ家系』くらいしかね」
「……そうか」
「ただ天崎満春が提唱した説が二つある。学会に認められるような論文をまとめたわけじゃないから眉唾物だけど……それでも聞くかい?」
「もちろん」
「ならば教授しよう。『完全なる雑種』とは何か。一つは『扉を認識した者』を指す」
ん? と、天崎は首を捻った。
「その扉ってのは何なんだ?」
「特に記述はない。ただ単に『扉』としかね」
「…………」
さすがに意味が分からなかった。
扉とは何だ? 家にあるようなものなのか、それとも何かの比喩なのか。
それを認識した者? 天崎自身、特に心当たりはない。つまり自分は『完全なる雑種』ではない? いや、そんなバカな。なら天崎満春の言う扉と、天崎が想像している扉が食い違ってるってことなのか?
この場で考え込んでも答えは出そうにない。
あとで親父にでも聞いてみるかと一旦保留にして、天崎は次を促した。
「もう一つは?」
「『他種族の遺伝子が残り続ける特殊な血筋』」
「……解説を頼む」
「異種族間にできた子供は、親の遺伝子を半分ずつ受け継いで生まれてくる。けど不思議なことに、孫の代にもなると大抵はどちらかの遺伝子が消滅してしまうんだ」
「え、なんで?」
「原理は解明されていない。少なくとも、この家系図が書かれた四百年前の時点では。おそらく相容れない遺伝子が反発し合った結果、より強い方が残るってことらしいんだけど……定かではないね」
ふと天崎は、吸血鬼と悪魔の血統を同時に覚醒させた時のことを思い出した。
その二つの相性は最悪だったのか、常に喧嘩している状態であり、お互いを抑制し合っていた。もしアレが『完全なる雑種』の覚醒によるものではなく、生まれ持った血統だったとしたら? ……孫の代まで待つまでもなく、そもそも長く生きられないのかもしれない。
「なるほどな。言い換えれば、いろんな血統が共存できる体質ってわけか」
「そうだね。中でも人間の遺伝子は少々特殊で、人外との間にできた子供は、基本的に人間として生まれてくるんだ。人外の特徴らしい特徴は顕現しないし、ほぼ確実に人間の遺伝子の方が勝つ」
「優性遺伝ってやつか」
初耳ではあるが、納得できる部分もあった。
四百年前ならいざ知らず、現代は個人が全世界に情報を発信できる時代。人間と人外の異種族婚もそれなりにあるだろうに、異形の特徴を持つ子供が生まれたというニュースを目にすることはない。
その理由は単純だった。滅多に生まれないのだ、人間以外の子供が。
「ただし人間は、子を成す以外の方法で他種族の遺伝子を取り入れることにはめっぽう弱い」
「あー……心当たりはあるな」
吸血鬼が眷属を作ったり、デュラハンが人間の首を斬って同族を増やすのが一例だろう。逆にリベリアは首を斬られてもデュラハン化しなかった。
「また子を成すことができない種族の間でも、血を飲んだり肉を喰らったりして、遺伝子を取り入れられる場合もある。天使とか妖精とかね」
天使は生殖器がなかったし、デュラハンは決して人間と結ばれないと耳にした。
「つまりヴラド三世は捕食によって様々な遺伝子を獲得したんだな?」
しかし一代で無理やり『完全なる雑種』に成ることは、天使の禁忌に触れたのだろう。最終的に天界へ連行され、その存在を抹消されたというわけだ。
「とまあ『完全なる雑種』に関する情報は以上だ。いかがだったかな?」
「役に立ったような、そうでないような……」
「何度も言ってるけど、この家系図が書かれたのは四百年も前の話だ。君が生きている時代なら、もっと調査が進んでるんじゃないかな?」
それが見つからなかったから実家を頼ったんだけどな。と、天崎は肩を落とした。
「せっかくだから、次に天崎家の血筋を見てみよう」
案内人の安藤が言うと、暗闇にいくつもの白い線が現れた。
それらは何もない空間に蜘蛛の巣のように張り巡らされ、最終的に視界を覆うほど広大なものとなる。まるで都心の路線図でも見ているような感覚に陥り、天崎は目を瞬かせた。
「これが天崎家、及び天崎家と血の繋がりがある系譜の全体図だ。天崎満春が調べられた範囲だけどね」
「予想はしてたけど……めちゃくちゃデカいな」
「いいや、そうでもないよ。記録が残っていないだけで、普通の人間だってこれくらいの先祖はいるはずだ。つまり、ここまで調べ上げた天崎満春が非常に優秀だったわけさ」
「そうなんだろうけどさ……」
案内役である安藤の言葉は、ほとんどが天崎家の家系図に記されている情報である。今の優秀という単語だって、著者である天崎満春が自分で書いたものだ。自画自賛が過ぎて、天崎は呆れてしまった。
「天崎家が興ったのは千二百年前、平安時代からだ。当時の貴族、天崎四方継から始まったとされている」
安藤が腕を振ると、まるでスマホの画面をスワイプするように家系図全体が真下へスライドしていった。
天崎の目の前に、一番上に記された名前が現れる。
天崎家最古の先祖、天崎四方継の名だ。
「それ以前は記録が残ってないんだよな?」
「そう。天崎四方継から家系の記録を付け始めたみたいなんだ」
つづいて真横に線が伸びる。
天崎四方継と結ばれた名は『紅妃』。
「この紅妃という女性。驚くべきことに、正体は鵺だったと記されている」
「鵺?」
「平安時代に居たとされる正体不明の妖怪さ。顔はサル、胴体はタヌキ、手足はトラで尻尾はヘビと、いろんな動物が混じり合ったキメラみたいなモンスターを想像してくれればいいよ。もちろん普通の人間だった天崎四方継がそんな化け物と番になるとは思えないから、人間の女性かなんかに化けていたんだろう」
「人間に化けるなんてことができるのか?」
「そういう妖怪だから、おそらくね」
ひどく曖昧な返しだが、それも仕方のないことだった。
四百年前の天崎満春ですら、平安時代は八百年も昔の話なのだから。
「天崎家は人間と鵺の夫婦から始まった、ってわけか……」
「そして何より重要な情報が一つ。天崎家が『完全なる雑種』と呼ばれるようになったのは、天崎四方継の次の代かららしい」
「つまり伴侶となった鵺が『完全なる雑種』の血統を持っていた?」
「結果的にはそうなるね。さらに言うと、天崎四方継もまた『完全なる雑種』に成り得る体質を備えていたってことだ」
「さっきの話か」
天崎四方継が普通の人間だったなら、三代も続けば人外の遺伝子は完全に消滅していただろう。にもかかわらず天崎の代まで『完全なる雑種』が途切れなかったということは、彼も他種族の遺伝子が共存できる体質だったわけだ。
「さて、ここまではいいかな?」
「ああ、驚きだよ。まさか天崎家が最初から『完全なる雑種』だったなんてな。今までは、少しずつ他種族と交わっていったんだと思ってた」
「天崎四方継以降も人外の配偶者を迎えていたことには変わりないからね。それ自体は、あながち間違ってないよ」
「あ、そっか。人外と交流する機会が多かったから『完全なる雑種』に成ったんじゃなくて、元々『完全なる雑種』だったから人外が寄ってきたってわけか」
因果関係が逆だったのかと、天崎は納得した。
「それと天崎家には、ちょっとした面白い特徴があってね。他の家系と比べても、非常に特殊なんだ」
「『完全なる雑種』ってだけで十分特殊だろ」
「いいや、そういうことじゃない。天崎家には、普通の家系には有るはずのものがないんだ。それについて、ちょっとやってほしいことがある」
「?」
首を傾げる天崎を無視して、安藤は家系図を指で示した。
「系譜の一番上は天崎四方継。そして一番下は君、天崎東四郎だ。では、課題を出そう。最古の先祖である天崎四方継から、ゴールの天崎東四郎まで指で辿ってほしい」
「はあ!?」
訳の分からない要求に、天崎は思わず嫌そうな顔を露わにした。
こんな蜘蛛の巣みたいな家系図を辿るなど、無謀にもほどがある。もちろん自分の直系の名前をすべて知っているなら簡単だろうが、そうでないなら何回間違えるか分かったもんじゃない。やるだけ時間の無駄だ。
拒否感丸出しの目で安藤を睨みつけてみたが、彼は早くやってみろと得意げな顔で催促するだけだった。どうやら天崎満春とっておきの大発見があるらしい。
「……分かったよ」
渋々といった感じで、天崎四方継の名前の上に指を置いた。
配偶者は紅紀という名の鵺なので、その間の線を辿る。さらに、その配偶者との子供。その配偶者との子供へと指をなぞっていき……さすがの天崎も途中で気づいた。
四百年前の天崎満春も無事に通過し、結果的に天崎東四郎まで到達することができたのだ。
一度も間違えることなく。
「一発!?」
「それが意味するところは……分かるだろ?」
「一人も兄弟がいなかったってことなのか!?」
「いや。たとえ二子を儲けたとしても、子供を残す前に病死・事故死・戦死などで命を失っているのがほとんどだ。天寿を全うしている人もいたみたいだが、生涯を独身で通している。まさに一子相伝の状態が続いているんだ」
「平安時代だったら、三十代以上は続いてるはずだろ? なんでこんな……」
「残念ながら、それは分からない」
天崎満春の悲願を表しているのか、安藤は悔しそうに首を振った。
特殊というか異常だろう。子供が一人しか生まれない世代が何回かあった程度なら理解できる。しかし千二百年もの長い間、家系がまったく枝分かれしていないことには、さすがに呪いか何かを疑いたくなった。
「まさかヴラド三世は、これを知っていて天崎家に意識を植え付けたのか?」
あの老人にとっては、どの子孫に自分の分身が受け継がれているのかを見分けることが課題だったはず。しかし常に一人しか子供を残していない天崎家なら、一目瞭然だろう。
とはいえ天使に連行される前に、そんなことを調べる猶予はあっただろうか?
……この疑問も保留だ。考えても答えは出ない。
ふと思い立ち、天崎は安藤に訊ねた。
「天崎家の直系以外の先祖も個人名を特定できてるんだよな?」
「この家系図に載ってる範囲ならね」
「ならヴラド三世で検索してくれ」
オーダーすると、暗闇に浮かぶ家系図が輝きだした。
まるでエネルギーが導線を伝っていくように、光の筋は細部まで広がっていく。
そして末端まで光が満たされるのと同時に、安藤が宣言した。
「『ヴラド三世』で検索した結果、該当件数はゼロだ」
「…………?」
もしかしたら血が繋がっているのかとも思ったが、どうやら違ったらしい。
だが何か引っかかった。
「……なんで天崎満春は、ヴラド三世の意識に気がつかなかったんだ?」
ヴラド三世の没年は一四七六年。天界へ連行されていったため信憑性は薄いものの、天崎満春が存命していた時代よりも前だったのは間違いない。そして家系図の通りなら、ヴラド三世の意識は天崎満春も経由しているはず。
天使の『真実看破』と同じで、個人までは特定できないだろう。しかし自分の血を解析したのなら、誰か知らない人物の意識が眠ってること自体は判明していても不思議じゃない。なら何故、彼はそれを記していないのか――、
「ああ、そっか。子供が生まれた後に自分の血を調べたんなら、分からないのも当然か」
ヴラド三世は言っていた。親から子へ、子から孫へと受け継いでいったと。
そして天崎満春も、わざわざ子供の血統までは調べないだろう。自分と配偶者の血だけで事足りるのだから。
ならば、自分が今やるべきことは――、
「天崎満春が自分の血について調べた方法を知りたい」
「オーケー」
安藤が了承すると、家系図が消えた。
つづいて解像度の低い画像が現れる。
「なんだこれ。石鉢?」
描かれていたのは、石でできた半球状の何かだった。バスケットボールくらいの大きさの石を半分に切断し、真ん中を繰り抜いてお椀型にした物。それ以外、特筆すべき点はなかった。
「天崎満春が作った魔術道具だよ。この石鉢の中に血液を落とすと、自分の遺伝子をある程度まで把握することができるんだ」
「それは今どこに?」
「四百年前の書物に書かれてるわけないだろ」
「……確かに」
焦っていたためか、頭の悪い質問をしてしまった。
ともあれ、そんなすごい道具を後世に残さないはずがない。四百年の間に失せてしまった可能性も捨てきれないが、探してみる価値はある。十五年ほど住んでいた天崎ですら、あまり知らない部屋がいくつもあるほど、天崎家は広いのだから。
今後の方針は決まった。明日から蔵や家の中をくまなく探索して――
――高所から落下したような浮遊感に襲われ、天崎は目を覚ました。
瞼を開ければ、土蔵の梁らしき輪郭が視界に入ってくる。
「ここは……?」
そう口にするまでもなく、現状を把握できた。
自分は今まで土蔵の中で家系図を読みふけっていたのだ。そして得たい情報が一時的になくなったタイミングで、『自問自答の世界』から帰還したのだろう。その際、勢い余って転倒してしまったらしい。
「こんな所にいらっしゃったんですか。東四郎さん」
「ん?」
入り口の方から声が聞こえ、天崎は寝転がったまま首を動かした。
逆さまになったエプロン姿のさくらが視界に映る。
「夕飯の支度ができましたよ」
「えっ、もうそんな時間!?」
どうりで土蔵の中が薄暗いわけだ。
にしても『自問自答の世界』にいたのは三十分くらいの感覚だった。集中している時は時間の経過が短く感じられるが、まさか現実では数時間も経っていたなんて……。
おそらく、いろいろと情報を探すのに手間取ったからだろう。脳内では一瞬の出来事でも、実際には手元の家系図をめくって必死に情報を集めていたのだから。
なら仕方がないかと一人で納得していると、さくらの顔が嫌悪感を露わにした。
「その前に、一度お風呂に入った方がいいかもしれませんね」
「…………」
さくらに咎められ、天崎は自分の状態に気づいた。
何時間もの間、カビや埃が満ちた土蔵の中にいたのだ。花粉を飛ばすスギが如く、天崎の全身から有害な粉塵が舞っていた。
「自分の部屋で読めって、こういうことだったのか……」
親父も同じ経験をしたからこそ、息子に忠告したのだろうが……。
だったら最初にそう言えよ! と、心の中で大きく愚痴る天崎だった。




