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ドラキュティックタイム  作者: 秋山 楓
第7話『メリー・サンタクルージング』

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エピローグ

「いやはや、去年はそんなこともあったでござるなぁ」


 一年前の話を終えたサンタは、まるで他人事のように笑い声を上げた。


 時は戻り今年の24日の深夜。もう間もなく日付が変わる頃、天崎と円、そしてミルミルの三人は、サンタクロースのソリで夜空のクルージングを楽しんでいた。


「この金平糖みたいな宝石を空から蒔くんでちか?」

「そう」


 ソリの後方に置いてある白い袋を開けながら、円とミルミルが話していた。


 袋の中には、虹色に輝く小さな宝石がいくつも詰まっていた。サンタクロースが蒔いたそれらの宝石が少年少女の枕元へと到達すると、プレゼントに変化するのである。『奪者(ギフトレス)』はその宝石を奪って捕食するため、駆除する必要があったのだ。


「あんまり乗り出すなよ」

「わかってるでち!」

「はーい」


 返事をした二人は、ソリの両サイドから下界に向かって宝石をばら蒔き始めた。


 はしゃぎながら仕事をする二人に注意を向けながらも、ソリの縁に背を預けた天崎は手綱を握っているサンタへと問いかける。


「あんだけ大事になったんだ。まさか忘れちゃいねえよな?」

「忘れるわけがないでござる! 拙者あの後、他のサンタクロースたちにド叱られたでござるからな!」

「そりゃ当たり前だろ。叱られさえしなかったら、サンタの統率力を疑うよ」


 天崎にとっても、サンタクロースたちが『奪者』を掃討した後は、あまり良い思い出がなかった。主に安藤関連で。


 あれだけ巨大な山を作っていたにもかかわらず、『奪者』は周辺住民にはまったく知覚されていないようだった。ただサンタクロースの方は別だ。なんと翌日の新聞記事には、空を飛ぶ何隻ものソリが写真付きで載ってしまったのである。


 これには普段は温和な安藤もご乱心だった。


 クリスマスの夜でもないのに~とか、何隻も来る必要があったのか~とか、何時間も嫌味たらしい愚痴を聞かされたのだ。あれは本当に最悪なクリスマスイブだった。


 結局、話の顛末としてはそれで終わり。去年の24日の夜はミルミルを除くこのメンバーで普通にプレゼントの種を配ったのである。


「にしても、あの『奪者』の大群はマジでなんだったんだろうな? あんたら、帰ってから調べたんだろ?」

「調べはしたでござるが、原因はまったく分からなかったでござるねぇ。『奪者』が出現してから現在に至るまで、あのような大きさまで寄せ集まったという記録はなかったでござる」

「そうかぁ。時折聞こえてた、『ミツケタ、ミツケタ』って言葉も意味不明だったしな」

「ん? それはどういう意味でござるか?」


 手綱を握るサンタが、不思議そうに首を傾げた。


「あんたらも聞こえてただろ? 濁ったドブのような声でさ、『奪者』が何度も何度も『ミツケタ、ミツケタ』って言ってるのを」


 天崎が去年を思い出しながら説明するも、サンタとトナカイの反応は芳しくなかった。彼らはお互いに視線を交わした後、再び首を捻る。


『いいや、俺はそんな声は聞いてねえな』

「天崎殿。そもそも『奪者』は喋らないでござるよ」

「???」


 今度は天崎が首を傾げる番だった。


 いや、そんなはずはない。非常に聞き取りにくい音だったし、今となっては『ミツケタ』かどうかは自信がないが、間違いなく『奪者』は同じ言葉を繰り返していたはずだ。


 しかしサンタとトナカイの反応を見る限り、この二人は『言葉』どころか『奪者』から発せられる『音』すらも耳にしていないようだった。


「円は聞こえてたよな?」


 不安になり、円にも訊ねてみる。彼女は少しだけ考えた後、「覚えてない」とだけ答えた。まあ一年前の話だし、忘れてしまうのは仕方のないことだ。


「俺だけが……聞こえていたのか?」


 いったい何故? 思い当たる節などあるはずもない。それよりも幻聴だったと結論付けてしまった方が、よほど合理的だった。


「そういえば天崎殿。『奪者』があのような行動を起こした理由は分らぬが、『奪者』そのものについて、ちょっとした面白い資料を見つけたでござるよ」

「面白い資料?」


 耳を傾けようとするも、責めるような口調でトナカイの横やりが入る。


『おいおいサンタ、あの話をするのか?』

「なんだ? もしかして口外しちゃいけない情報なのか?」

『いいや、そうじゃねえ。ただ根拠のない眉唾物だということを頭の中に入れておいてくれ。桃太郎や浦島太郎を正史として歴史を語るようなものさ』


 なるほど。と、天崎は納得した。

 するとサンタは、まるで演説でも始めるように咳払いをした。


「サンタクロースが地球でプレゼントを配り始めた理由は、前にも話したことがあるでござるな? 初代サンタクロースが地球に来た際、イエス・キリストという青年に助けられた、その恩返しであると」

「ああ、覚えてるよ」

「実は初代サンタクロースが地球へ来た理由は友好を深めるためではなく、ただ単に逃げ込んだ先が地球だったというだけのようでござる」

「逃げ込んだ先? 何かから逃げてたのか?」

「如何にも。我々サンタクロースの先祖と別行動を取っていた初代は、とある惑星を侵略しようと単独で攻め込んでいたんでござる。しかし返り討ちに遭い、命からがら地球に逃げ込んだという話でござるよ」

「ちょっと待て。もしかして、その惑星で初代を返り討ちにした生物って……」

「察しが良いでござるな。その惑星の生物こそ『奪者』ではないかと言われているでござる」


 辻褄は合っている……ような気がする。


 初代サンタクロースに恨みのある『奪者』は、彼を追って地球へとやって来た。『奪者』が現れたのは三百年前なので、初代が逃げ込んでから千七百年後というのはいささか間が空きすぎではあるが、『突然現れた謎の生命体』という説明にも納得がいく。それがサンタの天敵だということも。


 だが死にかけの初代サンタクロースをキリストが助けたという逸話自体、もしかしたら作り話なのかもしれないのだ。鵜呑みにするのは危険すぎる。


「いやいや、鵜呑みにしたところで俺には関係のない話なんだけどな」


 今のは単なる昔話。仮に事実だったとしても、自分には危険も損得もない。

 そう結論付け、ソリの中でリラックスしようとしたのだが……。


 とある閃きが脳裏を過る。


 自分の血統の中に、初代サンタクロースの遺伝子が混じっていても不思議ではない。そして『奪者』の『ミツケタ』という言葉。もしかして奴らは、天崎を初代サンタクロースだと勘違いして襲ってきたのではないだろうか?


「……考えすぎか?」


 仮説を立ててみたものの、どうもしっくりこなかった。


 奴らは天崎よりも円を優先して狙っていた節があったし、何より何十人ものサンタが毎年地球で活動しているのだ。初代の血が流れているというだけで『奪者』が襲ってきたり、あのような異変が起きたりはしないだろう。


「……あれ? 今さらだけど、地球で活動してるサンタクロースたちって、キリストに助けられた初代サンタの子孫なんだよな?」

「違うでござるよ」


 天崎が問うと、サンタは即答した。

 その回答があまりにも予想外すぎて、天崎はポカンと口を開けてしまう。


「初代サンタクロースはキリストに助けられた後、しばらく……というか、その一生を地球で終えたでござる。そこで家族を持ったかどうかは分からんでござるが、帰郷したということはなかったみたいでござるね。たまに訪れた、他のサンタクロースと交流はあったみたいでござるが」

「はあ? だってお前、初代サンタをご先祖様って呼んでたじゃねーか」

「それは言葉の綾でござるよ。血が繋がっていようがいまいが、同じ種族の昔の人はみんなご先祖様でござる。我々は初代の血ではなく、意志を継いでいるのでござるよ」


 まあ、そこを責めたりするのはさすがに野暮というものか。

 ただサンタの言葉で仮説の信憑性は高まった。


 現在のサンタクロースは初代の子孫ではない。また、天崎には初代の血が流れている可能性がある。

 そして天崎が仕事を手伝った、去年だけに起こった異変。

 とてもじゃないが、偶然とは考えにくい。


「…………」


 いや、まだ足りない。


 初代サンタの血が原因なら、普段から『奪者』に襲われていてもおかしくない。特にサンタが駆除を始める前の十一月には、繁殖した数もピークに達しているはず。にもかかわらず、天崎は今まで一度も『奪者』を認識したことがなかった。


 他に何か理由があるはずだ。自分がキーとなるための、何かが……。


 その時、冷たい夜風が頬を撫でていった。それなりに高度もあるため、比較的寒さに強い天崎でも身震いしてしまう。円とミルミルは大丈夫だろうか?


 すぐ横で元気そうに仕事をしている二人を見て……気づいた。

 あの時は確か、サンタから借りた帽子と防寒着を身に着けていたんだった。


「まさか……な」


『奪者』を知覚するための装備が、初代サンタの血を覚醒させたんだとしたら?


 そこまで考え、天崎は己の思考を振り払うように首を振った。


 これ以上、解答のない推測を並べても無意味だ。この一年、『奪者』に遭遇しなかったのだから、それでいいじゃないか。あの防寒着が怪しいのなら、もう二度と着なければいいだけの話だし。


 不安要素を増やすことは精神的にも悪いしな。と、無理やり自己完結させた天崎は、背中をソリの縁へ預けてリラックスする。


 ただ一つだけ、どうしても訊いておきたいことがあった。


「なあ、サンタ。去年俺と会う前の話だけどさ、トレンチコートを着た背の高い老人に出会わなかったか?」

「トレンチコート? 背の高い老人?」


 キョトンとしたサンタは、虚空を眺めながら記憶を掘り返す。

 しかし思い当たる節がなかったのか、しばらく考えた後、首を横に振った。


「いや、会ってないでござるな。もしかしたら覚えてないだけかもしれないでござるが」

「そうか。ならいいや」


 深読みしすぎかもしれないが、もしあの謎の男……自称ヴラド三世が関わっており、天崎の中のサンタの血統を覚醒させることが目的だったとしたら、さすがに恐怖してしまう。いったいあの男は、いつから天崎に目を付けていたのか、と。


 一応サンタも知らないと言っているし、去年の事件は関係なかったのかもしれない。

 やや安堵しながらぼんやり空を見上げていると、頬に冷たい水滴が触れた。


「あ、雪だ」


 いつの間にか月と星は消え、分厚い雲が夜空を覆っていた。


「雪でち! 雪でち!」

「ゆきー」

「お前ら騒ぐな。落ちたら死ぬぞ」


 両手を挙げて踊り出す童女と幼女を窘めてから、天崎はソリの下へ目を向ける。


「こりゃ明日は積もるかな」


 白い雪と虹色の宝石が下界に舞っていく様子を眺めながら、天崎もまたホワイトクリスマスに心を躍らせるのだった。

サンタクロースの話は、一応ここで終わりです。

この後は、間章(短編? 掌編? 番外編?)がいくつか続きます。

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