第2章 一年前の話 その1
これはリベリアや月島と出会う前の物語である。
今からちょうど一年前、二学期の終業式を終えた天崎は、まだ健在していた旧おののき荘に向けて一人帰路に就いていた。
ただし現在の時刻は午後九時前、辺りはすっかり闇に落ちている。何故こんな夜遅くの帰宅になってしまったのかといえば、クラスメイトの友人らと街へ出て遊び惚けていたからだ。
「……ちょっと遊びすぎちまったかな」
とは言うものの、懸念すべきことは何もないはずだ。
遊ぶことは前日から決まっていたため円の食事は大家に任せてあるし、金の方は正月に実家へ帰った時に親から無心すればいい。まさか高校生になったからお年玉はなし! なんてことにはならないだろう。
「っと。正月といえば、円はどうしようかなぁ」
夏休みに帰省した時は、天崎の部屋に住み着いてすぐだったため、大家に預けて一人で実家に帰ったのだ。しかし同居を始めて、もう半年は経つ。さすがに両親に報告くらいはしておいた方がいいだろう。家系的にも座敷童みたいな神様には理解があるし、何度も大家を頼るのは悪いし……。
「そうするかぁ」
ぼんやりと呟き、寒空を見上げながら間近の予定を立てる。そのため気づくのが遅れてしまった。進行方向から、「う~……ひっく……」という呻き声が聞こえていることに。
「なんだ?」
人間の嗚咽にも聞こえるし、獣の唸り声にも聞こえる。
何かいるのか? と警戒心を高めた天崎は、恐る恐る歩を進めていく。
そこで見つけてしまった。暗闇の中に映える街灯の下、赤と白を基調とした防寒着を着た人物が、一升瓶を片手にうつ伏せで倒れている光景を。
「うわぁ、嫌な予感がする……」
嗚咽の正体を目の当たりにした天崎は、今年一番の不快感を露わにした。
服装からして、どう見てもサンタクロースだ。本物か偽物かは関係ない。何故だか知らないけど、サンタ姿の人物が酔っぱらって路上で泣き呆けているという事実が問題なのだ。
自分の血統がトラブルを引き付けやすいことを、この時の天崎はすでに身をもって理解していた。
「もうすぐクリスマスだもんなぁ。サンタクロースくらいいても不思議じゃないさ。はは」
見て見ぬフリをしようとも考えたが、天崎の中の常識が足を引き留めた。
確か酔っ払いを放置しただけでも罪に問われたような気がする。未成年だからそれほど大事にはならないとはいえ、さすがに良心の呵責が耐えられなかった。
ため息を吐いた天崎は、ゆっくりとサンタの元へと歩み寄る。
「おーい、大丈夫っすか?」
少し距離を置いて、サンタの顔を覗き込む。
見た目は一般的なサンタ像とさほど乖離していない老齢。口の周りには立派な髭を蓄えているが、今はドン引きしてしまうほどの号泣中であるため、涙なのか涎なのか判らない液体でぐちょぐちょに湿っていた。
呼びかけても、こちらに意識を向ける様子はない。
あ、こりゃダメだわ。と判断した天崎は、ポケットからスマホを取り出した。
「ここは警察に任せるかな」
「ダメでござる! 警察はダメでござる!」
「うおわっ!?」
独り言に反応したサンタが飛び起き、天崎の両手首を握りしめた。
危っぶねぇ、スマホ落とすところだったじゃねーか! などという憤りは湧いてこない。サンタのあまりに俊敏な動きに、天崎は恐怖すら覚えていた。
「お願いでござる! 警察だけは勘弁でござる!」
「そう言うなら通報しないけど……。っていうか、ござるって……」
別に犯罪を犯しているわけではないのだ。本人が拒否するなら警察を呼ぶ必要もない。
いや、不審人物なのは間違いないから、ここは念のため通報しておくべきか?
もう少し様子を見ようと、天崎はいつでも逃げられる体勢で問いかける。
「で、こんな所で何してるんですか? 風邪引きますよ」
「拙者はサンタクロースなので風邪は引かんでござる」
「…………」
会話が通じているのかそうでないのか、微妙な返しだった。
やっぱり通報するべきかなぁ。などと逡巡していると、膝立ちだったサンタが大きく肩を落とした。
「実は……仕事をサボってたら相棒がどこかに行ってしまったんでござるよ」
「相棒?」
「トナカイでござる」
「まあ、サンタの相棒といえばトナカイか」
その少ないやり取りで、天崎は大方の事情を把握した。
仕事をサボっていたらトナカイに愛想を尽かされ、相棒を失った絶望に耐えられず酒に溺れていたというわけだ。ただ疑問なのは、サンタクロースの仕事日であるクリスマスは、もう数日ほど後のはずだが。
「とにかく、こんな所で寝てたら俺じゃなくても通報されますよ」
「ちょっと待つでござる。脚が震えて立ち上がれない……オロロロロ」
「うわっ、汚ねえ!!」
最初から逃げ腰だったため、サンタの吐しゃ物を引っ掛けられることはなかった。しかし周囲が胃酸の臭いで汚染され、顔を顰めた天崎は思わず鼻を摘まむ。
するとサンタは、ペットショップのチワワのような潤んだ瞳で見上げてきた。
「み、水を、水をくだされぇ……」
「…………」
心底関わりたくねえと思いつつも、天崎はその考えを振り払う。ここで見捨てるくらいなら最初から声なんて掛けていない。最後まで面倒を見るという覚悟はできていたはずだ。
嫌々ながらも、天崎は提案した。
「俺の住んでるアパートがすぐそこだからさ、ちょっと休んでけよ」
もう敬語なんて使う必要はない。敬う気持ちなんてひと欠片もないし。
そんな天崎の内心を知ってか知らずか、サンタは顔を明らめた。
「おぉ、なんと心優しき少年でござるか! しかし拙者は足元がおぼつかない故、できれば背負ってほしいのでござるが……」
「それは断固として拒否する!」
今の嘔吐ももちろんだが、天崎は隣に住むサキュバスからすでに学んでいるのだ。酔っ払いを背負うことが、どれほど愚かな行為であるかを。
結局、半ば引きずるような形でサンタクロースをおののき荘へと運んでいくのであった。
さて、同居人の座敷童にはどう説明したものか。
頭を悩ませつつ、サンタの腕を引っ張りながら自室の扉を開ける。円はいつも通り畳の上でゴロゴロ転がっていた。
「ただいま」
「おか……ッ!?」
雷に打たれたような反応を見せる円。
咳払いをした天崎は、簡単に事情を説明しようとする。
「あー実はな、すぐそこで倒れてて……」
「さんたくろーすだ!」
「……お前だったらそういうリアクションすると思ってたよ」
あまり感情を表に出さない円には珍しく、瞳を爛々と輝かせていた。
予想通りといえば予想通り。年齢に反して中身は見た目通りの子供なんだなと、天崎は改めて実感していた。
ただ当のサンタクロース本人は再び顔を青ざめさせており、予断を許さない状態である。もう一波乱ないことを祈るばかりだ。
ひとまずサンタを洗面台まで運び、水を入れたコップを差し出す。次に汚い髭面を洗えと指示してから、タオルを渡した。数分後、おぼつかないながらもしっかりと自分の足で歩くサンタが、先ほどよりも優れた顔を引っ提げて洗面所から出てきたのだった。
「大丈夫か?」
「ふぅ~、なんとか峠は去ったでござる。ホントにかたじけない。感謝するでござるよ」
表情からもスッキリしたのが伝わってくるほど快復したサンタが、顎髭を拭いながら畳の上にどっかりと座った。
「いやいや、お見苦しいところを見せてしまったでござるな。さっきも言ったように、実は相棒のトナカイに見捨てられてしまいましてな、ヤケ酒していたところでござった。まだ仕事も終えていないのに、本当に困ったものでござるよ」
「ちょっと待て。あんた、なに勝手に語ろうとしてるんだ?」
危うく変な方向へ進みそうだったので、天崎は慌てて制止した。
こちらとしては、水を与えてから少し休んでもらい、そのまま穏便に帰ってもらうつもりだったのだ。事情を聴きたかったわけではないし、そんな覚悟もしていない。一昔前のRPGが如く、助けた人物からイベントが発生するような面倒は、できるだけ避けたかった。
天崎が露骨に嫌な顔を浮かべていると、横にいる円が脇腹をつんつんと突いてくる。
「よっぱらい」
「お、おう」
その一言で、円の言いたいことがすべて分かった。
要は、酔っ払いが上機嫌に話している時は遮ってはダメ。難癖付けられて怒られるぞ、と言っているのだ。円も天崎も、隣のサキュバスの被害者なのである。
「話したいんなら聞いてやるけどさ。その前に、その『ござる』ってのは何なんだ? 気になって話に集中できないんだけど」
「実は拙者、ジャパニーズニンジャやサムライが大好きでござってな。いついかなる時もサムライ魂を忘れまいと、普段から心掛けているのでござるよ」
と言って、片膝立ちになったサンタが腰から日本刀を抜くような仕草をした。
あらかた振り回した後、神妙な顔つきで納刀する。
「またつまらぬ物を贈ってしまった」
「それ、サンタが一番言っちゃいけないセリフだろ」
プレゼントを配り終えた自分の姿を想像しているのだろう。決め台詞としてはカッコいいのかもしれないが、つまらない物を贈られた子供の身にもなってみろよ。とツッコミを入れてやりたかった。
「つーか、結局アニメの影響か」
「日本のアニメは世界一ぃぃ!!」
「分かった分かった! 分かったから静かにしてくれ!」
壁の方をチラチラと窺いながら、天崎は慌ててサンタを窘める。あんまり大声を出すと、普通に壁ドンが来るのだ。築何十年と経っているこのボロアパートは、それなりに壁が薄いのである。
「で、もう一つ訊いておきたいんだけど、サンタの仕事ってクリスマスイブの夜だよな? あんたの言い方だと、トナカイに逃げられたから仕事ができないのと、仕事をサボってたからトナカイに逃げられたのと両方に捉えられるんだが?」
もし後者だった場合、ちょっとだけ焦ってしまう。今日が終業式だったはずなのに、いつの間にか数日間の記憶が飛んでしまったのか? と疑ってしまうから。もちろんそんなことはあり得ないと思いつつも、変な疑念は晴らしておきたかった。
「おお! 拙者の仕事が気になるでござるか!? いいですとも。それではご静聴、よろしくお願いするでござる」
別に積極的に聴きたいわけではないんだけども。
とは思いつつも、饒舌に話し始めた酔っ払いを遮るのは悪手なので、天崎と円は黙って耳を傾けた。
目を閉じたサンタクロースが、滔々と語り出す。
「これは今から約二千年前の話になるでござるかな。我々サンタクロースの先祖は、地球人と交友を深めるために遠い星からやって来たんでござる」
「ちょっと待て! 二千年前!? そんな壮大な話になるのか!? っていうか我々サンタクロースって、サンタはあんた一人じゃないのか!? そもそもサンタって宇宙人だったのかよ!?」
「うぅ、あまり大声を出さないでほしいでござる。あ、頭に響く……」
頭を抱えながら小刻みに震え出すサンタクロース。だが天崎が大声でツッコミたくなるのも無理なからぬこと。冒頭だけでも、B級映画臭がぷんぷんしそうな内容だったのだから。
正直、天崎は自分の血筋の呪いからして、このサンタクロースが本物だという前提で話を進めてきた。だがあまりにも胡散臭い語り口に、からかわれているのでは? と疑いたくなってしまう。
天崎がツッコミの姿勢のまま言葉を失っていると、円が服を摘まんできた。
「うるさい」
ただただ短く発せられたその言葉には、言い知れぬ威圧感があった。
姿勢を正してじっとサンタを見つめる円の顔は、真剣そのもの。それでいてどこか期待感を孕んだ眼差しは、初めて聴くお伽噺に胸を躍らせる子供のそれだった。
あ、こりゃ逆らったらアカンやつだと悟った天崎は、ゆっくり元の位置に戻ると、無言でサンタに話の続きを催促した。
「二千年前、我々のご先祖様が地球を訪れた時に出会った青年が、かの有名なイエス・キリストだと言われているでござる。一説には死にかけていたところをキリストに助けてもらったという逸話もあるでござるが、なんせ昔のことなので真実は分からんでござるな」
「キリストって、まさか……」
「察しが良いでござるな、少年よ。キリストと交友を深めたご先祖様は、恩返しの意味も込めて、彼の誕生日に世界中の子供たちにプレゼントを贈っているのでござる。それが二千年も続いてるのでござるよ」
はぁ~……と、天崎と円は同時に感嘆のため息を漏らした。
サンタクロースの話はだいぶ要約されていたのだと思うが、それなりに要点を押さえられていた。つまりサンタクロースは宇宙人であり、初代から行っていた恩返しが二千年経った今も続いているというわけだ。
ただ、些細な疑問が一つ浮かぶ。
「クリスマスの意味もサンタクロースが宇宙人だってことも分かったけどさ、その話、今必要だったか?」
「……しかし今から三百年ほど前、サンタクロースの活動を妨害する存在が突如として現れたんでござる」
なんとサンタは、天崎の疑問を正面から無視したのだった。
握り拳を作ってみるものの、ここは円に免じて我慢するしかない。
「その存在の名は『奪者』。サンタクロースの天敵であり、謎の生命体でござる」
「謎の生命体?」
「判っているのは、『奪者』はサンタが配ったプレゼントを奪っていくこと。そして駆除しなければ際限なく繁殖していくことくらいでござる。おそらくサンタが地球でプレゼントを配っていると知った地球外生命体であると推測はされているでござるが、未だその生態ははっきりとは解明されていないでござる」
「サンタのプレゼントを奪っていく、『奪者』ねぇ……」
話がさらに胡散臭くなった感が否めない。
サンタが宇宙人でキリストと仲が良かったというとこまでは、よくある逸話として話半分に聴けていた。が、謎の生命体が今も地球に生息しているなんてのはやりすぎだ。『奪者』なんて、今まで見たことも聞いたこともない。
疑わしさ満天ではあるものの、ひとまず話の着地点を見極めるために最後まで聴くことにする。
「我々サンタクロースはクリスマスイブの夜、割り当てられた地域でプレゼントを配るのでござるが、ただ単に配るだけでは『奪者』に奪われてしまうのでござるよ。故に、十二月の頭辺りから、担当する地域の『奪者』を駆除していくのでござる」
「ああ、その駆除をサボってたってことなのか」
「いかにも。『奪者』を完全に死滅させることは不可能であり、また一年も経てばそれなりに数が増えるでござる。クリスマスイブの本番前に『奪者』を駆除することは、サンタにとって必須な仕事なんでござるよ」
重々しい口調で頷くが、仕事をサボってた奴が偉そうに言うことではない。
ともあれ、大体の事情は分かった。つまりは完全に身から出た錆、自業自得というわけだ。無関係な天崎としては、両の掌を合わせてご愁傷様としか言いようがなかった。
だが突如として天崎の背筋に奇妙な寒気が奔る。
その原因が、サンタクロースから向けられている物欲しそうな眼差しであることは明らかだった。
「少年よ! これも何かの縁でござる。もしよろしければ、『奪者』の駆除を手伝ってくだされぇ~!」
「はぁ!?」
唖然とした天崎の両手を、サンタクロースはギュッと握ってくる。近づけられた顔から漂ってくる酒気が臭すぎて、危うく昏倒しそうだった。
「なんで俺があんたの尻拭いをしなきゃならないんだよ!?」
「このままでは、この地域に住む少年少女たちにプレゼントが行き届かなくなるでござる。子供たちのためにも、ここは一つお力添えを!」
「やーだ、やーだ! 俺関係ないもんね! つーかサンタが一ヶ月かけても駆除しきれないんだろ? あと一日二日でどうこうできる問題じゃねーよ!」
「相棒のトナカイがいない今、単純な人海戦術が必要なんでござるよ! 一人よりも二人、二人よりも三人! 少しでも多くの『奪者』を駆除したいでござる!」
「知るか! なんでボランティアでそんな危険なことしなきゃならんのだ!」
「大丈夫でござる。『奪者』は人間には一切危害を加えないでござるよ。そこら辺を這い回っているゴキブリを踏み潰す程度の感覚だと思ってくれればいいでござる」
「だったら尚更やらんわ!」
結局『奪者』を放置していたところで、プレゼントが世間に届かなくなるだけなのだ。どこかの誰かが不幸になるわけではない。この地域に住む子供たちには、今年のプレゼントを諦めてもらうのが一番手っ取り早いだろう。
そう考えながら、一切合切の要求を拒絶するつもり満々だったのだが――、
ふと、気づいた。部屋の扉が静かにノックされていることを。
「は、はい!」
ヤバい! という感情が表に出ていたためか、声が裏返ってしまった。
ゆっくりと扉が開く。隙間から見えた仏頂面は、隣に住むサキュバスだった。
「東四郎。あたしは今から仕事に行くから構わんが、このアパートには他の住人もいるんだ。なるべく静かにしろよ」
「は……はい……」
まるで死刑執行猶予を言い渡された罪人が如く身を固める天崎。
酔っ払いのサンタは、そんな彼の背中を意気揚々と叩く。
「おお、なんだい少年! こんな美人が隣に住んでいたのでござるか。いやはや、少年も隅に置けないでござるなぁ」
「んあ? ござる?」
訝しげに喉を鳴らした空美が、扉を大きく広げた。
そして玄関で突っ立ったままサンタの顔をまじまじと見つめ……最終的に、彼女は嬉しそうに破顔したのだった。
「あ、お前、もしかして今噂になってる風俗サンタか!?」
「ふ、風俗サンタ?」
天崎と円が不思議そうに首を傾ける中、サンタがギクッと肩を揺らす。
「あたしは直接には知らねえけどよ、なんでも最近、拙者とかござるとか言うサンタクロース姿のじじいが巷の風俗店を梯子してるみたいでさ。その界隈じゃあちょっとした有名人だぜ。サキュバス同士の横の繋がりは無茶苦茶強いから、東四郎も変な噂を流されないように気をつけろよ」
「そうですか」
仮に将来的に風俗店を利用することがあったとしても、サキュバスのいるお店へ行くことはないのだが。
まあ、そんなことはどうでもよくて。と、空美が咳払いをする。
「とにかく、またなんか面倒くせえことに巻き込まれてるんだろうけど、夜も遅いし壁も薄いんだから静かにしろ。そのうちマジでぶん殴るぞ」
「……すみませんでした」
素直に謝ると、空美は鼻を鳴らしてさっさと行ってしまった。本人も言っていたように、どうやらこれから出勤のようだった。
突然の嵐が去ったことで、天崎の部屋は夜の静けさを取り戻す。
その静寂を崩したのは、サンタの苦笑いだった。
「はっはっは、ずいぶんと強気で理解のある女性でしたな」
「そうだな」
「して、少年よ。話の続きでござるが……」
先ほどよりも低姿勢で懇願するサンタ。
対する天崎は、軽蔑すら含んだ口調で同じ答えを返した。
「絶対に嫌だけど?」
「そこを何とかああああぁぁ!!!」
額を畳に押し付け、自分の年齢の何分の一にも満たない少年に土下座を披露したサンタの醜い悲鳴が、おののき荘中に響いたのだった。
「じゃあサンタクロースのお手伝いはしていないんですか?」
時は戻って今年の終業式の夜。
天崎と円とリベリアは、いつも通り三人で食卓を囲んでいた。
公園でパフォーマンスをしていたサンタと約束を交わした天崎たちは、そのままおののき荘に帰宅していた。それから午後は適当に過ごし、夕飯の頃合いを見計らってリベリアが押しかけて来たのである。
夕食を共にする最中、リベリアが「天崎さんは24日の夜、空いてますか?」という質問をしてきたため、サンタとの約束を説明する補足として去年の出来事を話したのだ。
天崎はリベリアの問いに対し、意気消沈気味に首を横に振った。
「いいや。結局は手伝うことになったんだよ。サンタの奴、手伝ってくれなきゃ部屋の中で吐くぞうんこするぞ絶対に出て行かないぞと脅してきたもんでな。嫌々ながら次の日から手を貸しちまった」
「うわぁ、そりゃ災難でしたねぇ」
「まったくだ。つっても、こいつは全然嫌そうじゃなかったけどな」
そう言って隣を見る。黙々と箸を動かしている円は、素知らぬ顔だった。
「24日がダメな理由は分かりました。では次の日、25日の夜はどうですか?」
「空いてるっちゃ空いてるけど……何時くらいだ?」
「八時から十時くらいですかね。実はお店でクリスマスイベントがあるんですよ。天崎さんも是非来てほしいと思いまして」
「なるほどな」
リベリアは今、駅前のコスプレ喫茶でアルバイトをしている。一品一品が財布から出血しそうな値段設定とはいえ、そういうイベントくらいはお邪魔してもいいかもしれない。事実、リベリアやその同僚にはお世話になっているわけだし。
「円はどうする?」
話を振ると、円は「うーん」と天井を仰いだ後、「いかない」とだけ短く答えた。
「珍しいな。ま、いいや。分かった。25日の夜は空けとくよ」
「わーい。実はウチのマスターも天崎さんと話したいって言ってたんですよね」
「マスター? 前に話してた、人間かどうか判らない店長さんのことか?」
目を閉じた天崎は、店長の顔を思い浮かべた。
二回か三回ほど顔を見たことはあるが、話したことはない。どころか、声を聞いたことすらないような気がする。そんな彼が、いったい天崎にどんな用事があるのか。
不思議に思いつつも、天崎はリベリアと約束を交わしたのであった。




