第1章 侍サンタと着ぐるみトナカイ
冬休みが二日減ったことが確定し、鬱々と項垂れた天崎は一人帰路を歩んでいた。
本当はクラスの友人から遊びに行こうと誘われたのだが、そんな気分でもなかったので断ったのだ。安藤も昼から用事があると言っていたし、犬飼も先日の一件から必死こいて勉強を頑張っているようだし、参加率も悪そうなので特に後ろ髪を引かれることもなかった。
はぁ。まさか冬休みに入ってからも学校に行かなきゃならないなんて……。
大きくため息を吐いた天崎は、自分の血統を呪いながらおののき荘を目指していた。
その途中、通学路の児童公園が騒がしいことに気づく。見れば、敷地の一角に人だかりができていた。
「なんだ? イベントでもやってるのか?」
足を止めた天崎は、その人だかりを遠巻きに眺めた。
多くの子供が集まり、その後ろでは保護者の姿もちらほらと見受けられる。そして皆が皆、同じ方向へ視線を向けて大騒ぎしていた。
天崎もつられて、子供たちが熱中している方へと焦点を合わせたのだが……人だかりの中心でパフォーマンスをしている人物を目の当たりにして、表情を一変させた。
「げぇっ!?」
しかも汚物をまき散らすような醜い声まで上げる始末。
子供たちの中心にいたのは、見知った二人組だった。一人は赤と白を基調とした防寒具を着込み、白い顎ひげを蓄えた老人。そしてもう一人は、どこぞの球団のマスコットにでもいそうな着ぐるみだ。簡単に言えば、サンタとトナカイである。
ああ、そっかぁ。もうそんな時期だもんなぁ。そりゃサンタもトナカイもいるさ。
見て見ぬフリをして立ち去ろうとした天崎だったが、すぐに帰宅が不可能だということに気づく。なぜなら子供たちの輪の中に、円とミルミルの姿を見つけてしまったからだ。
公園脇の道端で立ち尽くした天崎は、目頭にそっと手を当てて、先ほどよりもさらに自分の血統を呪ったのだった。
そうしている間にも、サンタたちのパフォーマンスは終わったようだ。五つのボールでお手玉をしていたサンタはそれらをすべてキャッチし、奇妙な踊りを披露していたトナカイの着ぐるみとともにお辞儀をする。
子供たちの歓声が沸いた後は、プレゼントタイムだった。
サンタは背後に置いてあった大きな袋からお菓子を取り出すと、一人一人に丁寧に配っていく。それらを手にした子供たちは、ある子は保護者とともに、ある子は友達とともに散らばっていった。
そしてほとんどの子供にお菓子を配り終えた頃、円とミルミルはようやく天崎の存在に気づいたようだ。公園の中心から、こちらに向けて大きく手を振っている。
さすがに無視するわけにもいかない天崎は覚悟を決め、大きなため息を吐きながら公園の中へと入っていった。
「天崎のお兄さん、おかえりなさいでち!」
「おか」
「ただいま」
お菓子をもらってホクホク顔の二人とあいさつを交わしてから、サンタとトナカイの着ぐるみの方へと視線を向ける。少し遅れて、彼らも天崎に気づいたようだった。
「おぉ、天崎殿ではござらんか! 久しぶりでござるのぉ!」
恰幅の良いサンタクロースは、立派な髭を揺らしながら笑い声を上げた。
その笑いが癇に障ったわけではないものの、天崎は煩わしそうに毒を吐く。
「……ああ、久しぶりだな。できれば二度と会いたくなかったけど」
「そんな悲しいこと言いなさんな。共に『奪者』と戦った仲でござろう」
「んな盟友みたいに言われても……」
言葉端からだと、様々な修羅場を一緒に潜り抜けた戦友みたいに受け取ることもできるが、一年前の事件はそんなバトル溢れる展開でもなかったはずだ。どうやら老人の記憶とは、都合の良いように美化されるものらしい。
何はともあれ、あまり去年のことを振り返りたくもない天崎は、早々に話題を変えた。
「んで、何しに来たんだ?」
「何を言ってるでござるか、天崎殿! もうすぐクリスマスですぞ! サンタとトナカイがいるのは当然ではござらんか! ……はっ! もしや天崎殿、まさか今年もクリスマスを共に過ごすコレがいないのでは……」
サンタがこれ見よがしに小指を立ててきたので、天崎は無言で蹴りを入れた。
「こ、腰が~……。やめてくだされ天崎殿! 老人は労わるものですぞ!」
地面に沈むサンタクロース。腰を押さえて立ち上がろうとする姿は少しやりすぎたかなと思うも、仲間であるはずのトナカイの着ぐるみが一切手を差し伸べようとしないのは、見てて哀れだった。
「クリスマスなのは知ってるよ。俺が訊いてるのは、なんで公園で菓子を配ってるのかってことだ。本物のサンタクロースがこんな所で油売っててどうするんだ」
「心配ご無用でござる。今年はすでに仕事を済ませたでござるからな。後はクリスマスの深夜……本番を待つだけでござる」
「……それなら別にいいけどな」
「それに子供たちと交友を深めるのもサンタクロースとしての務め。この通り、トナカイも着ぐるみ状態であるが故、誰も本物だとは思わんでござるよ」
と言うと、隣のトナカイが腕を上げてポーズを決めた。
言葉は通じるものの喋ることはできないので、無言で行う仕草の一つ一つがとてもシュールだった。
ふと、横で呆然と目を見開いているミルミルと円に気づく。
「えっ……おじいさんって、本物のサンタクロースだったんでちか!? サンタクロースなんて、この世に存在しないものだと思ってたでち」
「本物だよ。ミルミルはもうちょっと夢を持とう。逆に円は何でそんな驚いた顔してんだ? お前は知ってるだろ」
さすがに去年のことは忘れてないよな? と疑ってしまうほどの驚きっぷりだった。
というか座敷童と堕天使が何言ってんだと思いつつ、天崎はもっとも重要な質問をサンタクロースへと投げかける。
「仕事を済ませたってことは、『奪者』は掃討したってことでいいんだよな? 去年みたいな騒動にはならないんだよな?」
「当然でござる。完全に殲滅することは不可能でござるが、例年通りの数までは減らせたと思うでござるよ」
「ならいい」
天崎にとって、一番の懸念はそこだった。
今年は二日も補習があるのに加え、去年みたいなことになれば寝る暇もなくなってしまう。サンタクロースが仕事を終えているのなら、天崎としても彼らがどこで何をしようと責め立てるつもりはない。
「じゃあそろそろ昼飯だし、おののき荘に帰ろう」
「帰るでち! おばあちゃんのお昼ご飯が待ってるでち!」
「わかった」
サンタとトナカイの着ぐるみに別れを告げ、おののき荘に向かって歩き出す。
しかし天崎は聞き逃さなかった。背後から迫ってくる、二つの足音を。
「……なんでついてくるんだ?」
振り返り、目を細めて圧力を掛ける。
するとサンタは、腰を低くして自分の両手を揉み始めた。下心満載の、ニヤニヤとした嫌らしい笑みを張りつけながら。
「いやぁ、その、天崎殿に折り入ってお願いが……」
「手伝わんぞ」
「そこを何とか!!」
突然、サンタが額を地面へとめり込ませた。ジャパニーズ土下座というやつだ。
ただ味方であるはずのトナカイが、一緒に土下座せずにサンタを軽蔑した眼差しで見下しているのは、見てて滑稽だったが。
「何でだよ! 『奪者』はある程度殲滅したって言ったじゃんか!」
「今年はプレゼントを配る時だけでいいでござるからぁ。当日の夜だけでいいでござるからぁ。『奪者』を駆除しなくてもよいでござるからぁ」
「それこそ何でだよ。俺がいても変わんねえだろ」
「いやいや。ただ純粋に、人数の多い方が楽でござるからね」
「あっ、てめっ、去年のことで味を占めやがったな!」
泣き付くように制服にしがみついてくるサンタを振り払おうとする天崎は、最終的に拳を上げる。しかしここは未だ公園の中。周囲の目もあるため、寸でのところで怒りをため息として吐き出すことに成功した。殴ってしまってはこっちが悪者だ。
「どうせ聖夜を共に過ごす女子もおらんでござろう? ならば拙者と夜空のクルージングを楽しもうではござらんか!」
「うるせっ! 余計なお世話だ!」
「じゃ、じゃあ円嬢だけでもいいから、一日だけ貸してござれぇ!」
「円を物扱いすんな! っていうか円だけを預けることはできんし、第一サンタのソリじゃ能力は発揮できないって知ってんだろ! なんでそんな……」
とまで言いかけ、天崎は自分の後ろから制服を引っ張られていることに気づいた。
背後にいる円が、目を輝かせてガッツポーズしている。
「やる!」
やる気満々だった。
円の純粋無垢な反応を見て、天崎はすべて悟った。恐る恐るサンタの顔を窺うと、案の定、顔を背けて「計画通り」とでも言いたげな悪い表情をしていた。
「お前な……」
こめかみに青筋を浮かべるが、もう遅い。円の期待を裏切るわけにはいかない。
子供を上手く使われたなと悔やんだ天崎は、おそらく今年最後のドでかいため息を吐きだしたのだった。




