第二章 2 『転生者、転移者、召喚者』
カルシュは六法全書もどきをぱらぱらめくりながら色々なことを教えてくれた。
まず、例は少ないが、別世界から来るという現象は実在するということ。
そして今も数人この世界にいるということ。
「別世界で死んでこの世界に来ることを『転生』というんだよ。こういう人たちは新しい力を持っていることが多いんだって。そういうのを特殊魔術っていうんだけど、この本に記録されているのはどんな物でも食べ物に変えてしまうという魔法、どんな物でも浮かせられる魔法、どんな距離でも会話が聞こえるという魔法」
「なんだろう、絶妙じゃない?」
「使い方によっては強いよ。こういう人たちは死んだ経験があるからより生き残れるような魔法を習得するっぽいよ」
「へえ」
「こういうときは、死ぬときに強く願った力を使えるようになる傾向にあるらしい」
どんな物でも食べ物に変えてしまうのはわかる。浮かせられるとか会話が聞こえるとかはなんなのだ。
鉄骨が落ちてきて、あの鉄骨を浮かせられればいいのに…とかか?
会話に関しては何もわからない。
死ぬ寸前というのは変なことを考えるものだな。
そういえば私もさっき死にかけたな。
あの場合はどのような魔法を習得することができるのだろうか。
いや、死んだもの全員が転生するとは限らないだろう。
転生する人はどのような条件があるのだろうか。
「そして転移者。別世界から転移してくるというものだね。これはこっちの世界の人が別世界の意識を召喚して、こっちで用意した媒体に憑依させるという呪術に近いもの。転移者って呼ばれるの」
「なんでそんなことを?別世界からわざわざ意識を転移させてどうするのさ」
「こっちの世界からの呼びかけに応答する魂というのはこっちの世界と波長が合っている人だけなの。魔法は自然の力だからそういう人たちは魔法に長けているという特徴があってね、強力な魔術師が欲しい場合は有効なのかもね」
非道徳的ではあるだろう。
しかし魔法というのは自然と調和し、精霊の力を身に宿す、ということならば世界と波長が合っているというのはすなわち魔法の才能があるということなのだろう。
「でも、別世界から転移させるなんて大変なんじゃないの?代価が必要になりそう。例えば…生贄、とか」
「――そうだね、それ相応の代価が必要だよ。それに身を宿す器も別世界から呼んできた魂と調和しなければならない。かなり難しいし、成功率はかなり低い方法なんだけどね。でも召喚された人はそれに見合った魔法の才能があるっぽいよ」
「ハイリスク・ハイリターンか」
「何言ってるかわかんないけど。これは転送系の呪術に分類されるの。やってることは魔法なんだけど、あまり認められたことではないから呪術の分類なんだよね」
そりゃ憑依だなんて褒められたことではないだろう。
カルシュは呪術に嫌悪感を示す。やはり呪いというのはろくでもないものなのだろう。
「それと召喚系の魔法ね。別世界から意識だけじゃなくて体ごと持ってくるという方法。これは呪術ではない。こういう人たちは召喚者って呼ばれるの。」
「さっきのやつとの違いは何なの?」
「さっきのやつは強力な肉体を用意するのが定石なの。でもこれは別世界の生命体をそのまま持ってくるから非力な肉体のままだったり、魔法も使えない、剣術も使えない、そんな人が召喚されてくるんだよ」
「いや、何の役に立つの、それ」
「異世界の知識だよ」
カルシュの話では、異世界の知識というものは貴重らしい。
異世界の知識のお陰で戦に勝つことができた、という記録も残っているほどこの世界では価値のあるものになるそうだ。
そしてそのような知識をもたらす異世界人は重宝され、丁寧な扱いを受けたり、高い地位を与えられたりするらしい。
そしてそのままこちらの世界で家庭を持ち、そしてこの世界で死んでいく召喚者もいるそうだ。
「なら私も無双できるじゃん」
「それだよ!スミレに注意したいのは!」
「おお、なんだなんだ」
急に食い気味に来た。
カルシュはピンと人差し指を立て、早口で注意喚起をしてくる。
「いい?異世界の知識というのは貴重なの。私はそれを悪用しようとは思わないけど、異世界の知識なんて誰もが欲しがる超貴重なものなんだよ。それを持っているだけで地位も得られる。そしてこの先の人生も保証されるようなものなの」
「確かにそれはほしい」
「だから奪いにくる人もいるんだから!召喚者は厳重に守られるの。なぜかわかる?」
「人さらいにでもあうの?」
「そうだよ!人さらいが来て、拷問したりして無理やり知識を奪うの。もしくは人を売っている闇取引の目玉商品として売り出されることだってあるんだよ」
それは困る。
召喚者は一般人だから身を守る術を持っていない。なんせ魔法も剣術も使えないのだから。
だからいいように使われてしまうのだろう。
「だから絶対に異世界の知識を持っているなんて口に出しちゃだめだよ。あんまり異世界のものをこちらに作ろうとしたりするのも避けたほうがいい。それで莫大な富を得られるかも知れないけど、そんなことしたらきっとスミレは無事じゃいられないから」
「それは困る」
「私は絶対にスミレを守り抜く。だからスミレにも危険なことをしてほしくないんだよ」
カルシュはまっすぐ、私にそう言ってきた。
何よりも信頼できる眼差しだ。この世界において私を守り、導いてくれる存在。
「私はスミレの持っている知識を聞き出そうとはしない。興味もない。だから私はそんなことしないって信じてほしい」
「もちろん、カルのこと信じてるよ」
「ん、ありがとう」
カルシュはやはり私にとって唯一無二の存在だ。
カルシュの言うことはよく聞こう。それが私の生存につながるから。
「それで、そういう人たちの帰り方についてだけど」
「――うん」
心臓がどきどきする。
帰りたい。帰り方については心に刻もう。
「――殺す」
「え?」
「殺すしか無いの」
「は?」
聞き間違いであってるだろうか。いや、あってるはずだ。
どれだけ戦いが好きなこの世界だったとしても流石に短気すぎるというものだ。
「こういう異世界の人は殺すの。殺して魂がもとの世界に帰っていくのを信じるしかないんだよ」
「そんなの実践できるわけ無いじゃん」
「そう、つまり――」
そのさきのセリフは言われないでもわかる。
私が最も聞きたくない言葉だ。受け入れがたい真実がそこにはある。
「帰り道は、無い」
「――そん、な」
この世界にいつまでもいろというのか。クルシュの体はいつまでも返せないということなのか。
私は絶望に包まれた。頭を叩かれたような衝撃が、頭痛が私を襲う。
「でもね」
カルシュが次の言葉を紡ぐ。
「世界各国から賢者が集められた学会にもしかしたら変える方法を知っている人がいるかもしれない」
「学会?賢者?」
カルシュが言うには、世界各国の知識人や天才が集められ、知識を高め合い、学び合うのが学会という組織なのだそうだ。
その学会には実際に転生者や召喚者も在籍している。
「特に学会のトップ、大賢者とかなら知っていることもあるかもしれない」
大賢者とは賢者の中の賢者、世界で最も知識を得た人の称号だそうだ。
「じゃあ、その大賢者にはどうやって会うのさ」
「大賢者はその知識を求めて世界中から人々がやってくる。そのうえで大賢者は命を狙われることもあるんだよ。だから大賢者が死んだら困るから、大賢者の信頼する3人の賢者を通して知識を分け与えているの。その賢者に謁見することが叶えば、知識を分けてもらえるかも知れない」
「じゃあ、どうやってその賢者に会うのさ」
「それは、学会の本部に行って、その賢者たちと謁見する権利を得なくちゃいけない」」
「どうやって」
「それが、わからないんだよね」
「はあ?」
「いや、わからないっていうのはね、その賢者から与えられる試験が、どのようなものなのか公表されてないし、その時その時によって方法が変わるの」
「つまり、入試傾向が変わりすぎて予想問題が作れないということだな」
「何を言ってるかわかんないけど続けるね。学会の本部に行って、大賢者から知識を授かりたいということを伝えるまでは一緒なの。それ以降が謎に包まれているの。それに選ばれる人はほんの一握りなんだって」
なんてこった。超倍率の高い難関校の受験みたいなものじゃないか。
でもそれをしなければ帰り道はわからない。
ならば、どんなに確率が低くてもその大賢者とやらに懸けてみたいと私は思う。
「ここで、問題があるんだよね」
――問題ありすぎだろ。
私は帰るまでの壁の厚さに、ため息をつくことしかできなかった。




