第一章 5 『協力』
世界が、紅い。私はそっと目を閉じる。その瞬間を待つ。
――くるであろう衝撃や熱を感じない。
声が、聞こえる。
「セコンド・スチルド」
目の前の紅に、水色の薄い膜が割り込む。
次の瞬間、紅い火の粉を振りまきながら炎の鳥が消えた。
そして、それとともに水色の膜も消える。
そこにあった魔法は、跡形もなく消えていった。対象を焼き焦がす前に。
何かが、私を守った。
その正体は――
「本当に、あなたは迷い込んでしまったのね」
カルシュだった。
「――どうして、私を守ったの?」
未だに動くことを許されていない体を精一杯カルシュの方に向けようとするが、うまく向くことができない。
「あなたは私が魔法を発動したにもかかわらず防御魔法を展開しなかった。そして危険を感じてクルシュの体から離れようともしなかった。これは、あなたがなすすべがなかったという証拠じゃない?」
カルシュが少し笑いながら言った。
つまり私は、命をかけて、本当に文字通りに命をかけてカルシュに自分の身の潔白を証明したのだ。
これでカルシュの信頼は勝ち取れたようだ。
「これは、もういらないよね」
そう言ってカルシュは左手を軽く上げると、
パキンッ!
と音とともに私を拘束していた魔法が解除された。
私は久しぶりに自由になった手足をぶらぶらさせながらカルシュの方に向き直る。
そこにはやはり美しい白髪に紫紺の瞳、曇りなき微笑みでこちらをまっすぐに見ている可愛らしい少女がいた。
さっきまで私を本気で殺そうと魔法を発動した人とは思えない。あのバリアがなければ確実に私は死んでいただろう。
本当になにをするのだか。バリアが間に合わなかったらどうするつもりだったのか。
「じゃあこれからあなたは何をするつもりなの?」
カルシュが話しかけてきた。先ほどとは打って変わって友好的だ。ありがたい。
「これからは元の世界に帰る方法を探すつもりです。なるべく早く、あなたたちにクルシュさんの体を返し、私はこんなに危なそうな世界から離れたいのが本音です」
そう言うとカルシュはふふっと笑った。
「さっきから思っていたけど言いたいことを素直に言う人だよね、あなた。死にたくないとか。そういうところ、少し好きかも」
カルシュが友好的な笑みを向けてくれるのは、どこか安心する。
この世界で初めて味方と思える人に出会えたからかも知れない。信頼を勝ち取るのはとても大変だったが。
「そうね、あなたがクルシュではないことは隠したほうがいいと思うよ。きっと私より早く殺しにかかってくるし、やめるなんて選択肢は無いよ」
「じゃあ、なんでカルシュさんは私を守ってくれたのですか?」
「かわいい妹の体を傷つけたくなかったっていうことと、あなたから敵意を感じなかったのは本当だったからね」
「じゃあどうしてわざわざ攻撃までしたのですか」
「達人は殺したい人にすら敵意を感じさせないまま近寄り、認識する間も与えず行動するからね」
「なるほど」
それで攻撃したのだろう。
その魔法で死ぬような実力者だったら敵意を隠すことはできない、敵意を隠せるほど卓越している者ならば魔法を避けないはずがないということだろう。
あまりに危険な確認方法ではないだろうか。カルシュはちょっと早とちりだったりするのだろうか。
「わかった、私はあなたに協力するよ。可哀想な迷子さん。あなたがこの世界にいるときは私が守ってあげる。クルシュの体だしね」
「ありがとうございます!願ってもないことです」
「あなたは私のお友達だよ。クルシュは私の妹。敬語なんてやめてよ。それにいつでも頼ってね。じゃないと水臭いじゃん!」
――カルシュはとても優しい子なのだろう。
妹想いで、何者かもわからない私に協力してくれる。
そして守ってくれるというのだ。
私はこの子に何を返せるのだろうか。
せめてこの世界にいる間だけは精一杯の恩返しをしたい。
「よろしくね、カルシュ」
「カルでいいよ」
「ありがとう、カル。たくさん、お世話になるね」
「どんと来い!だよ。そう、あなたの名前は?」
私の、名前。
両親がつけてくれて大切にしている人生で最初のプレゼント。
この世界では少し異色を放つ名前かもしれない。日本人の名前は。
それでもカルシュが聞いてくれたのだから、答えないわけにはいかない。
「――私の、名前は」
――カルシュが続きを促すように首を傾ける。
私はこの世界で初めて自分という存在を主張する瞬間がきた。
これからはきっとクルシュとして生きていく。
これまで生きてきた17年間を隠して生きていかなければならない日々が続くだろう。
そんな中で自分を認めてくれる存在に、精一杯自分を知ってほしいという気持ちを向けて。
口を開く。
「私の名前は、すみれ。すみれだよ」
「そう、スミレ。あなたを必ず守り抜き、スミレがいた元の世界に返すことを約束する。――我が名、カルシュ・フォートと…我が愛する妹、クルシュ・フォートの名に懸けてここに誓う」
そんな仰々しい誓いをしなくても私は疑わない。
そう思ったが、きっとカルシュが見せてくれた誠意のなのだろう。
私はそれを受け取る。
「ありがとう、カル」
そして私とカルシュは軽い友情の抱擁を交わし、笑いあったのだった。




