第一章 3 『双子の力』
カルシュが、何かを喋った。その瞬間私は全身に冷や汗をかくような違和感を感じた。
そしてそのすぐ後に違和感の正体を知った。
手が、足が、動かない。
「――ッ」
声も、出ない。私に許されている自由は首を動かし、世界を認識することと、それをもとに思考するくらいであろうか。
いや、現代では感じ得なかった突然の出来事に、世界を認識するまではできるが、それを理解し思考に至るまでは私ではできなかった。
カルシュは、何を喋ったのか。我が身には何が起きたのか。
それを理解するべく、精一杯首を回して背後にいるカルシュを視界に収めようとする。
「――あなたは、誰なの」
声が、聞こえた。
それがカルシュのものであると認識するまでに多少の時間を要するほどに、低く、その外見に見合わぬ殺気の籠もった声だった。
――誰なの、と言ったか。彼女は私が誰だと問うたのか。
それは、私がクルシュではないことを勘付かれたことを意味する。
それは、危険であることなのか、そうではないのか私にはわからない。
しかし、この拘束されているという状況が脳内で警報を鳴らす。
「――喋ることだけ、許してあげる」
「――ぷはっ!」
今まで極度の緊張により止めていた、いや、殺していた息が生き返る。
酸素という恋い焦がれ求めていたものをようやく得た息は激しく繰り返される。
「――お前はクルシュじゃない」
「―――」
断言、された。やはりバレている。
これはきっとクルシュだと演技し続けるのには無理があるだろう。
「――そう、です。私はクルシュじゃない。目が覚めたらいつの間にかこの姿になっていました」
カルシュは黙って聞いていた。
続きを話すことを許されたのだと判断する。
「私も、返せるものならこのクルシュさんの体をあなたたち家族に返したい。しかし、私もどうすればいいのかわからないのです」
何も、嘘は言っていない。何も、機嫌を損ねてはいないはずだ。
それなのに、ここまで殺気を向けられて手足が震えないわけがない。
一時でも隠そうとしたこと自体が気に食わないのではないかと罪悪感に襲われる。
この後ろめたさが私が死ぬ理由にならないことを願うのみだ。
「――あなたに、クルシュは返せないの」
「はい」
「私からの質問に、真剣に答えなさい。あなたにかけたのは封印魔法。あなたの動きを封じた。あなたは私に許されたことだけできる。わかった?」
「わかりました」
緊張感が漂う。これは間違いなく私の人生いちばんの修羅場だ。
「まず、入れ替わったのは今朝。あってる?」
「そのとおりです」
「どうして入れ替わったのか、その心当たりは」
「全くありません。本当に突然、私も驚きました」
「そう」
やけに素直に信じてくれる。
「私達についてどこまで知っているの」
「私が入っているこの体の持ち主はクルシュ。そしてあなたが双子の姉のカルシュ。父と母とメイドさんがいて、家の大きさからしてどこかのお嬢様なのかなと推測していました」
「なぜすぐ言わなかった」
「言った瞬間よそ者だと殺されてしまうことを恐れたからです。このまま暮らそうとは思っていませんでした」
「あなたは、帰りたいの?」
「もちろんです」
カルシュは考え込んでしまう。
この尋問官は私を疑わないのだろうか。
そんなことを考えていると、カルシュは口を開いた。
「召喚系魔法の類?それなら魔法陣と最低でも守護級魔術師が15人ほど必要なはず。それに一人の人間の人格を召喚するだなんて相当な労力――それが我が家の今朝に起きたはずがない」
なにか、難しいことを言っている。
でも殺されることは無さそうで、少し緊張が解けてきた。
「なら転送系の呪術の類か?それならば人格だけを他の人に転送することができるはず。しかし、クルシュにやった意味とは?」
なにやら色々可能性があるのだろう。簡単なことだ。転生だと言いたい。
しかし、転生とはあまりに非現実的で受け入れてもらえないだろう。言わないほうがいいだろうか。
「あなた、どこ出身」
「日本です」
「ニホン?ふざけているの?それとも吹き飛ばされたいという意思表示なの?」
「違います!多分、この世界とは別の世界から来てしまったと思います…」
「別世界?」
「私が済んでいた世界では魔法なんてありませんでした」
「魔法がない世界?そんなものがあるの?」
「私は魔法がある世界が本当に実在したということに驚きました」
素直な感想を述べる。
この場で大事なのは誠意を見せることだろう。
敵意はない。害意もない。あるのは純粋な謝罪の気持ちと帰りたいという気持ちだ。
この2つを見せてまずは生き残る。この状況を生きて打破する。
そして帰る方法を探すのだ。
このクルシュの体を家族に返したい。いつまでも私がとどまるわけにはいかない。
「――嘘じゃ、ないよね?」
「誓って」
「何に誓うのよ」
「神に」
「そう、死になさい」
「え?!」
神に誓うのはまずかったか!
脳みそが再び警報を鳴らす。これは本当に死ぬかも知れない。
カルシュがこちらに突きつけた手に何かが集まる。
私の想像では魔力、だろう。集約された魔力はやがて実体化し、脅威を薙ぎ払う攻撃となる。
その標的は、間違いなく私。これは、死ぬ。
「ちょ、ちょっと待ってください!違うの、私の世界では神に誓うことはちょっと繊細な話だけど最上位の約束事だった!私はあなたに誠意を見せたかっただけなんです」
「――別の世界から来たなら異文化であることもある、か…」
「この世界で、神はだめなのですか?」
「そうね、聞いたのが私じゃなかったらあなたは死んでいた。この世界――いえ、この国では神は汚れた部族の信仰する妄想よ」
なんという言い方か。あくまでこの世界だけであろうが恐ろしい。
敵対心や嫌悪感がにじみ出ている。簡単に神という単語は出してはいけないみたいだ。
「――あなたに敵意を感じない。本当に、迷い込んだのね」
信じて、もらえたのだろうか。
カルシュは手をおろした。集められた魔力はふわっとそよ風を起こし消えた。
生き、残った…。
私はどっと力が抜けた。
しかしまだカルシュに拘束されているためその場で座り込んだりはできない。
できるのは顔を伏せてそっとため息をつくことくらいか。
「――あなた、本当に自分の意思でクルシュから出られないの?」
「はい」
「――」
カルシュが考え込んでいる。
なにかまずい気がする。カルシュから先ほどと同じように魔力が集められている気がする。
それも、膨大な何かが来る。
私の脳みそが再び警報を鳴らす。いったい何回ピンチが訪れれば気が済むのか。
「何かの本で読んだことがある。他の人物の意識が転移してしまったら、一回殺すの。それで、意識が肉体から離れる。肉体は回復魔法か復活魔法で蘇らせる。これで目覚めたらもとの主の意識が帰ってきてるという方法よ。試したてみたいと、思わない?」
あ、これは本格的に死ぬかも知れない。
カルシュがこちらに再びつきつけた手のひらをただ呆然と見て、
――私も魔法、使ってみたかったな。
と呆然と考えることにより、現実から目を背けることしかできなかった。




