第二章 4 『告白』
1階に下がると、まだインテリゲントとサージは揃って何かを飲みながら机を囲んでいた。
そばにはメイドさんも控え、二人で話し合っていたようだ。
緊張する。
果たして受け入れてもらえるかどうか、とても不安だ。
高校に入るときの面接の前のような気持ちだ。
自分を伝えられるかどうか。それによって今後の人生を左右する。
カルシュが私の背中を優しく叩いた。
カルシュの方を振り返るとカルシュは力強くこくんと頷く。
覚悟を決める。
――私は、この告白にこの世界での人生のすべてを、懸ける。
「カル、クル、どうしたの?」
サージが声をかけてくる。やはり美しい声だ。
「あの、二人に話したいことがあるの」
私はなるべく緊張を悟られないようにできるだけ自然に振る舞った。
「――ちょうどよかった。ふたりとも、座りなさい」
インテリゲントが口を開く。
その声には強く、そして少し冷たいような言い方だが、不思議と温かみを感じる。
私とカルシュはインテリゲントの言葉に従い席につく。
するとメイドさんが、温かい飲み物を出してくれた。おそらくホットミルクであろう。
「話したいこととは、なんだ」
インテリゲントが単刀直入に聞く。
大事な話だと悟っているのだろう。二人の面持ちは少し固く、真剣さが伝わってくる。
私はホットミルクであろうものを一口のみ、深呼吸を一回。
そして、口を開く。
「まず、お二人に謝罪したいことがございます」
「―――」
インテリゲントは何も言わない。隣のカルシュも、サージも何も言わない。
私は、椅子から立ち上がり、その場で深くお辞儀をした。
「私は、別世界から来た、スミレという者です。別世界から今朝、このクルシュさんの体に意識だけ入り込んでしまい、帰り方がわからない状態です。どうか、お二人の大切なクルシュさんの体を返せないことをお詫びさせてください。申し訳ありません」
私は一気に事実を伝えた。
心臓がばくばくいっている。インテリゲントやサージにまで聞こえているのではないだろうかと錯覚するほどの緊張だ。
…これは高校の面接より緊張するな。
と関係ないことを考えて少しだけ緊張を紛らわす。
「カルシュさんが、私に協力してくださると約束してくださいました。私はご家族の皆様になるべく早く、クルシュさんをお返ししたい。私は、帰り道を探しています。どうか、私を手伝ってくださいませんでしょうか。私はこの世界についての知識は皆無、誰かの助けが無ければ何もなし得ない非力者でございます。どうか、お力添えをいただけないでしょうか」
まっすぐ顔を上げ、インテリゲントを見つめる。
インテリゲントは手元にあった飲み物を一口飲み、
「事情はわかった。まずは座ってりなさい」
と言った。
すぐに攻撃するという意思はないようだ。
しかし、どのように対応するのか迷っているという感じだろうか。
インテリゲントから覇気を感じる。
体が勝手に震えだす。
その体をカルシュがさすってくれる。
その、手のひらの温かみが私を支え、強くしてくれている。
インテリゲントがカルシュに目を向けた。
「カルはこの者について、どこまで知っているのか」
「はい、お父様。この者は本当に迷い込み、そしてこの世界について何も知っておりません。行動を封じる魔法をかけても戸惑うばかりでなにもせず、攻撃を仕掛けても無抵抗でした。敵意は終始感じれません。私はこの者を信頼すると決めました。そして惜しみなく協力するということも約束しております。しかし私だけでは力及ばず、この者を返し、クルシュを取り戻すということは叶わないと判断しました。そのため、お父様とお母様の知恵とお力をお貸しいただきたく」
「――そうか、お前はそう判断したのだな」
インテリゲントはまた考える。
サージはインテリゲントに従うという意思表示なのか、一切口を挟んでこない。
ずっと無言のまま会話を聞いているだけだ。
インテリゲントが口を開く。
「――そうか、カルがそう言うならば、私達も協力しよう」
「――え?」
「協力すると言っているのだ。このフォート家は私の名においてそなたを元の世界に返すために最善を尽くすことをここに誓おう」
「え?」
え、説得、いらないのか?
もっと質問することとかないのだろうか。
例えば、協力する報酬とか、娘は無事なのか、とか。
私を怪しいものだとは思わないのか。信頼するのが早くないか。
いや、こんなに話がすんなり通るのはありがたい。
しかし、あまりに早すぎる。
「え、どうして、そんなに早く決断してくださるのですか?どうして協力してくださるのですか」
「一番は私は私の娘を信頼しているからだ。クルは少し情に流されやすくそういった意味では少し危ういところもあるが、意外とカルは慎重で相手の見極めは正しい。それに、私もクルに会いたいからな。あと、そなたがクルでないことなど朝食時より気付いていた」
「ばれてたんですか…」
「当たり前だろう」
どうやら最初から取り繕うことなど不可能だったようだ。
とりあえず、わかったことはフォート家は私の敵ではなくなったということと、インテリゲントは親バカだということだ。
娘大好きな父親なのだ。
確かにそうでもしなければ娘たちを世間の目にさらされないように工夫したりはしないだろう。
「ちょっとお待ち下さい」
サージが会話を止めた。今まで沈黙を貫き通してきたサージが会話に入ってきたことに一瞬驚く。
そして、身構える。サージは真っ直ぐに私を見て、言う。
「私はインテリゲント様のご判断にすべて従います。しかし、私もクルの母親です。だから、どうかこれだけは約束してください」
「はい、甘んじてお受けいたします」
「どうか、クルの体を傷つけないようにしてください。あの子は少し体の弱いところがあり、体調を崩すことも少なくありません。だから剣術も控えめにやっているのです」
なるほど、そういうことなのか。
サージからの母親としての不安を感じる。その不安はもっともだろう。
「もちろんです。気をつけて過ごします」
絶対にサージに心配をかけないようにしようと自分に約束した。
「そしてもう一つ。この世界であなたが生き残るにはクルのフリをすることでしょう。完璧にクルになりきってください。そしてクルが帰ってきたときにあの子が何も困らないよう、人間関係をこじらせたり、クルの人徳を損なうような真似はしないと約束してください」
「もちろんでございます。どうか、ご安心ください。細心の注意を払います」
「以上です。会話を止めてしまって申し訳ございません。そして――スミレ、私のことはもう一人の頼れる母親だと思って接してちょうだい。あなたを、信じるから」
サージが力強く言い切った。
この世界でこの人たちは私に、見ず知らずの私にこんなにも暖かく接してくれる。
「私のことも父親だと思って頼りなさい。私の力、惜しみなくスミレを守るためにも使おう」
――こんなにも、心強い人たちがいる。
私の頬を、一筋、冷たいものがつたっていく。
緊張が解け、この世界への不安も軽減し、私は幸運にも最初から受け入れてくれる人と居場所を手に入れた。
もし、この人たちに受け入れてもらえなかったら私は独りだっただろう。最悪死んでいたのだ。
それなのに、まだ何も証明していないのに、信じ、協力してくれる存在に恵まれた。
「このスミレ、フォート家のために精一杯この世界を生きていきます!」
カルシュが勢いよく飛びついてきた。
私は椅子から立ち上がりカルシュからの抱擁を受け止める。
そしてサージもその輪に入ってきた。温かい。
インテリゲントとメイドさんはそれを暖かく見守る。
私の帰り道探しは、この一家のお陰できっと安全で穏やかなものになるだろう。
私はこの時、そう思ったのだった。




