表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼守りと桜雨  作者: 橘花やよい
人と狼(戦編)
62/66

11 許されるなら

 弥琥が目をまたたいた。その目をまっすぐに見つめる。


「狼守りは、狼を使って国を守ってきた。でも本当は狼を守った一族だったはずでしょう。一族のはじまりは、神を助けたひとりの男だったのだから。いつからかその意味がすり替わってしまったけれど、いまが正すときだと思う。いまさらだと思うかもしれないし、わたしも遅すぎたと思うけれど、一族の役目を果たしたいの。だから、わたしとともに生きて、弥琥!」


 足もとに、あたたかいものが触れた。狼姿の琥春が頬を寄せていた。まほろは屈み、琥春を抱きしめる。ぬくもりに頬を寄せた。琥春は弱々しく鳴き、まほろに寄り添う。


 狼たちの命もあり方も、歪めてしまった。けれど、信じたい。琥春のように、彼らともわかり合えるはずだ。彼らが憎しみから解放される道だってあるはず。かつての一族と狼のように、対等でいられる未来が、きっとある。


「わたしは、あなたたちとともに生きたい」

「戯れ言だ」

「信じて」


 まほろは弥琥に腕を伸ばし、見つめた。覚悟が伝わるように、声に力を込める。


「わたしは、あなたを道具にはしない」


 弥琥の瞳が揺れていた。嫌悪を込めたような、不可解を込めたような瞳だった。


 幼いころのまほろは、いつだっておびえた瞳で弥琥を見ていた。そうして弥琥は、にらみつけるような視線を向けてきた。自分は嫌われているのだと、まほろはわかっていた。


 けれどいまなら、気づくことができる。まほろと琥春が遊ぶ場所に居合わせた弥琥は、そのときだけ、ちがう顔をしていた。


 まほろと琥春だけが、あの丘の邸で特別だった。あたたかくて、やさしい場所。弥琥には手に入れることができなかったもの。


「人間は、嫌い?」


 嫌いだろう。憎いだろう。けれど弥琥は、狼たちは、もう人間なしでは生きられない。そういう運命なのだ。逃れることなどできはしない。


 だからこそ。


「人間が恋しい?」


 息ができなくなった。弥琥の指がまほろの首を鷲掴みにしていた。ひとの手の形をしているものの、爪は狼のそれだった。多くのひとの命を奪い、まほろの家族を踏み敷いた爪。まほろの肌を引き裂くことが、容易にできる。


「ふざけたことを言うな!」


 喉がしまり、気道がつぶれる。視界がにじんだ。


 でも――、弥琥は恋しいのでしょう?


 まほろは臆せず、弥琥を見つめつづける。いまならあなたたちの心がわかる。


 やがて、弥琥の指から力が抜けた。弥琥は恐ろしいものを見る目で、まほろを見ていた。まほろは咳きこみ、それでも言葉を絞りだす。


「主が、あなたたちには、必要だから」

「黙れ」

「やさしい主が、いてくれたらと、あなたたちは」

「黙れ」

「望んで、いたんでしょう」


 もう、まほろには弥琥が恐ろしい獣だと思えなかった。


 視線をまわりの狼たちにも向ける。本当は彼らだって、知っているのだ。願っているのだ。認めてほしいのだ。狼たちも生きているのだと、意志があるのだと。狼は道具ではない。命ある獣だと。主となる人間に、認めてほしかったのだ。


 まほろは知っている。丘の邸で、まほろと琥春が遊んでいるとき、弥琥やほかの狼がうらやましそうに見ていたことを。


「あなたたちに、手を伸ばせばよかった」


 恐れずに。彼らの憎しみも受け止とめて。


「あなたたちと、共にあればよかった」


 彼らとともに、生きていけばよかった。


「弥琥。ごめんね」


 悔しいだろう。人間にすがらなければならない自分が、きっと悔しいはずだ。人間が憎いだろう。おぞましいだろう。でも、それでも。欲してしまうはずだ。


「わたしが、なるから。あなたたちの望む人間になるから」


 狼守りの一族、最後のひとりとして。もう、間違えない。まほろは弥琥の指に触れる。


「わたしは、絶対に、狼を裏切らない」


 弥琥が、目を見開く。


 弥琥の手は、冷たい。きっとこれがはじめて触れる人間のあたたかさだろう。まほろは弥琥の手を両手で包んだ。弥琥の顔が歪む。葛藤が、見て取れる。


「……ずっと、虐げられてきたのだ。ずっとだ」


 弥琥が、絞りだすように言った。


「おまえひとりで、なにができる。これまで道具として扱われて死んだ狼たちの怨みは、どうなる」

「うん……」


 難しい。死んでいった狼に、なにができるのか。過去は変えられない。だが、未来なら変えられる。


「いま、生きているあなたたちを、わたしは救いたい」


 身勝手なことだとは知っている。それでも、望んでしまうのだ。


「だから、お願い。わたしと生きてほしい」


 まほろのとなりで浅く息をしていた琥春が、すり寄ってきた。


「わたしは――、狼が好きだよ」


 目を見開く弥琥の頬に手を伸ばす。触れることはしない。ただ、伸ばした。


 あとは、あなたに任せるよ。


 まほろは弥琥を見つめる。弥琥は、くちびるを噛んだ。泣きだしそうな顔だった。


 許してくれるなら、あなたの涙を拭おう。


 ねえ、弥琥。だから。信じて、選んでほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ