別れ
列車を降りると、駅では数名の死神が名簿を片手に待ち構えていた。大まかに死因別に分けられていて、死神の持っているプレートに書かれた文字はその死因の人にしか見えないようだった。
「名前を呼ばれた方はこちらに来て下さい。あなた方の魂を回収した死神とはここでお別れになりますから、何か伝えたいことがある場合は今のうちにお願いします。しばらくすればまたどこかで会う場合もあるでしょう…」
私とクロさんは、ソラくん、コトコさん、コトネさんにお別れを言った。
「すみませんでした…動揺していて…子どもたちの願いを叶えてくれてありがとうございました…」
コトネさんは深々と頭を下げた。
「いいえ。大したことはしていません。それに我々はこれが仕事ですから…」
「ねぇ、もう会えないの?」
ソラくんに言われて私は困ってしまった。クロさんが微笑む。
「いいえ。またどこかで会うこともあるかもしれませんよ。それはあなたの今後の選択次第です。まずはあちらで待っている死神の誰かが名前を呼びますから彼らに従って移動して下さい。不安に思うことは質問して構いませんからね。私の言動があなたの選択にあまり影響を及ぼしてもいけませんから…ここではあまり余計なことは言えないのです」
「この後クロさんたちはどうするんですか?」
コトコさんに聞かれてクロさんは微笑んだ。
「私たちは家に帰って少し休みます。マソホさんは久々に下界に降りたので…疲れていると思いますし」
「私は…大丈夫ですよ?」
慌てて私はそう言ったものの、言われてみるといつもよりも身体が重い気がした。やがて名前が呼ばれ始めて、三人は女性の死神がいる列に並んだ。他殺の列だ。何グループかに分かれて彼らは駅のホームから出てゆく。見送りが終わると死神たちは再び中に戻って次の列車が来るのを待った。近くでヒサメさんが女性の死神と話しているのを私はぼんやり見ていた。
「マソホさん、無理しないで下さい。長い間コトネさんの魂を収納していたから疲れているんですよ?私の中に入って下さい」
「え?私は…大丈夫…」
けれどもクロさんに抱き寄せられた私はそのままつるんとクロさんの中に入ってしまった。途端に身体が楽になる。
(大丈夫じゃありませんよ。立っているのもやっとなのに…よく頑張りましたね。帰ったらたくさん甘やかしますから)
クロさんに言われて私はクロさんの中で赤面した。
「あれ?マソホちゃんは?」
ヒサメさんの声がクロさんを通じて聞こえる。
「私の中にいますよ。初仕事で疲れているようだったので、先ほど中に入れました」
「うわ、やることが、やらしいな。クロさん。マソホちゃんを中に入れてるんだ」
ヒサメさんが急にニヤニヤと下品な笑い方をするのが見えた。ヒサメさんの隣の女性は困ったようにヒサメさんの顔を見ながら遠慮がちに言った。
「今日が初仕事だったんですか?私なんて帰りの列車に乗った途端に気絶しちゃって…帰り道の記憶がないんです。おんぶされて帰ったみたいでその方が恥ずかしかったですよ。見送りまでできるなんで、すごいですね…」
「マソホさんは気力の塊みたいなところがありますから…無理でもやれてしまうんですよね…」
「それはやっぱり血も涙もないクロガネ先生が担当だからじゃないの?個別調査入れられたんでしょ。あれって一応合法だけど調査の仕方によっては逆に訴えられるんだよね?どうすんの?講義の担当を脅したらしいって聞いたし、訴えられるレベルだとあたしは思うけど」
「いちいち面倒ですからしませんよ。それに…米国の統括本部の息のかかった死神が関わっているので、下手に騒ぎを起こすと国家レベルの争いになって、もっと面倒な相手が出てきますからね…」
「えっ?今回の騒ぎって、もしかしてペリー提督が関わってんの?うっわ、そりゃ藪蛇になるなぁ。マジかよ」
「あの…誰ですか?その…ペリー提督って…ホンモノじゃないですよね?歴史上の…」
女性が恐る恐る口を開く。ヒサメさんは笑った。
「あぁ、あっちの小姑みたいに口うるさいクロフネって死神のあだ名だよ。日系何世だったかなぁ?まぁ、コナツは知らなくて当然だな。一級以上の階級の死神にしか、あっち絡みの騒動に関しては知らされないから。でも別に箝口令が敷かれてる訳でもないから、あたしはペラペラ喋るけどね。むしろ階級の低い奴らにも共有すべき内容だと思うよ。知らない間にそういう個別調査に加担させられてて自分もがっつり減点されるとか、正直なところ死神の階級によっちゃ迷惑だろ。売るほど点数の余ってるクロさんとは違ってさ」
「…私だって売るほどはありませんよ。ことあるごとに減点されてますから、しばらくはランクAに上がれそうにもないですね…」
「わざと減点されるようなことしてる、の間違いだろ?私はむしろもっと上のランクの感情がどうなるのか知りたいから減らさずに試してるけどさ」
「なんだかんだ言っても女性は精神力が強いですからね…私はそのランクに上がりたいとは思いませんが…やはりクチナワさんやハイアオさんの例があるので…男性の死神は躊躇するというのが現状でしょう…」
「あーまぁ、そっか。よくよく考えたらランクA以上の死神って元は女で働く都合上楽だから、男になってる奴が圧倒的に多いのか。盲点だったな。クロさんやシロガネがハイアオみたいになるかって言われてもあんまり想像つかないけど…呪禁師の系譜はやっぱ、警戒はするよなぁ。むしろ統括もそれを分かってて第一階級特別区なんて絶妙な枠組みを設けたんだろうしね。二人を第一階級に留めておく理由付けとして」
ヒサメさんはつぶやいた。隣でコナツと呼ばれた女性は興味深そうに話を聞いている。
「第一階級特別区って、何となく触れてはならない話題のような雰囲気で私の指導官は話してもくれませんでしたけど…複雑な事情があってそうなっているというのは分かりました。ハイアオさんって…やっぱりすごく怖いですし…」
「統括も人格破綻してるようなとこあるけど、まぁ…あの時代の人間だから仕方ないよなって諦めはつくし、守るべきところはちゃんと守ってくれるから信頼はしてるよ。じゃなきゃハイアオがあの椅子に座る可能性だってあったんだ。そうなったらどんな独裁政権が出来上がるか分かったもんじゃない。むしろあいつのせいでペリー提督がやって来たんだから、元はと言えばハイアオが元凶で呪禁師の系譜の死神に目をつけられたって言ってもいいくらいだろ?ペリー提督もしつこいからなぁ…」
(マソホちゃんの持ってる炎は絶対にペリー提督からは隠しておいた方がいい。よほど目のいい死神じゃないと見えないだろうけど、あいつは勘がいい)
ヒサメさんの声が心の中に響いた。
「あー早く帰ってアシシといちゃつきたいよ。あ、大丈夫だよ。今日はあたしが喫茶店の方に行くからさ。来るの待ってるだろうし」
「ヒサメさんにしては意外と長く続いてますね…アシシさんは、一応私の担当なんですから、飽きたからって突然振ったりしないで下さいよ?」
「そっか、すっかりそんなこと忘れてたわ。危なっ!クロさんが担当なら、メンタルケアもちゃんとしないとダメじゃん。アシシはまぁ…大丈夫だろうとは思うけどさ。犬みたいに懐かれるとなんか放っておけなくてね…」
「犬って…アシシさん本人に言わないで下さいよ?」
「あ?言ったよ?お前、犬みたいだなって。でも嬉しそうな顔してたから大丈夫だよ。ペット飼うのとそんなに変わんないな。感覚としては」
(ヒサメさんは浮遊している魂をペットとして飼っていた時期もありましたから…あぁいうことを平気で言うんですよ。気にしないで下さい)
心の中にクロさんの声が聞こえた。
(え?それって大丈夫なんですか?浮遊している魂って…)
(契約で縛ればできないことではありませんよ。ただ雑多な何の縁もない霊の中から見繕ったようなので…私はあまりお勧めはしませんが…それでいくとアシシさんは、妥当と言ったら失礼ですが研修生ですからね。ヒサメさんの性欲に付き合えるのですから、精神力は強かったのでしょうね。大概は男性の方が数日で逃げ出すようですから…)
(そ、そうなんですか!?)
(死神の間では有名な話ですよ)
「あークロさん、なんかマソホちゃんに私の悪口言ってるでしょ。なんとなく分かるだからね?」
「いいえ、アシシさんは精神力があるんですねという話をしていただけですよ…」
「あはは、まぁ、それはそうかもね。みんな体力って勘違いしがちだけど、あたしらの全ての現象は精神力の賜物だ。アシシはあたしについてこれる。たまにへばるけど許容範囲内だな」
話しているうちに列車が到着した。私たちが乗り込むと列車は夜の闇の中を滑るように動き出した。




