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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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遭遇

 ソラくんとコトコさんのお母さんに心残りを聞くと、彼女はないと言った。子どもたちだけでも生きていてほしかった、そう彼女は言って泣いた。彼女の望みは叶えることができない。すでに肉体から魂は離れてしまい、繋がってすらいなかった。時々亡くなったと思った人が蘇生するのは、肉体と魂にかすかな繋がりがあってそうなるのだという。その場合は生きるか死ぬかを自分で選択することが可能で、選ばなかった場合、その繋がりを死神の鎌で断ち切るのだと聞いた。けれどもあまり頻繁に起こることではないから、死神たちは普段は鎌を晒すことはなく魂の回収を終える。そして、あまり望ましくないのは回収した魂を運ぶ途中で悪魔に奪われることだった。クロさんは心残りを解消した子どもたちの魂を自らの身体の中にしまった。こうして運んだ方が確実だからだ。私も二人のお母さんを中に入れたままクロさんと手を取ると、空に昇った。


「久々の現世はいかがでしたか?」


 クロさんに聞かれた私は返答に窮した。


「どうと言われましても…私が死んでも…当たり前ですけど何も変わらないなという感じです…」


「そうですか」


 ところが空に昇っている途中でクロさんは突然鎌を出した。反射的に私も鎌を出す。上空に妙な人影が見えた。


「悪魔です!」


 初仕事で悪魔に遭遇するなど、運が悪いにも程があると私は思ったが、クロさんはゆっくりと昇っていくと、悪魔の近くで静かに止まった。クロさんを見た悪魔はニコリと笑う。随分とガタイの良い男性で長い黒髪に猛禽類のような輝く瞳をしていた。悪魔は何やら片手にタブレットを持って下界を見下ろし難しい顔をしている。鳥のような大きな翼が背中に生えていた。


「おや、魂の回収中でしたか。お疲れ様です。少々調査中なだけですから…あなたと戦う気はありませんよ?さっき通った死神の少年もビビり散らかしてましたけど…俺は魂を掠め取る趣味はないんで安心して下さい」


「…あなたでしたか。久し振りですね…もう、こちらの世界に用はないのだと思っていましたが…今日はどうしました?」


 クロさんは肩に大鎌をかけたまま悪魔に向かって話しかけた。


「あの…お知り合い…なんですか?」


 私が小声で言うと悪魔は私の顔を見て微笑んだ。妙に色気があって心臓に悪いと思う。私が身構えると悪魔は言った。


「美しい妻とようやく出会えましたか…良かったですね。俺は少々探し物をしていましてね。別に欲しい訳じゃないんですが、人に悪い影響を及ぼす魂の欠片がもしかすると、この世界あたりに落ちてる可能性が無きにしもあらずなんで検索をかけていたんですが…どうやらこの国にはなさそうですね。だとするとアメリカかなぁ…こっちのアメリカは野蛮な悪魔がたくさんうろついているから、あんまり行きたくないんですよねぇ…品がないったらありゃしない。あちらの死神統括本部は、悪魔の駆除はしないんですか?」


 悪魔に悪魔の駆除はしないのかと尋ねられてしまってクロさんは苦笑混じりにため息をついた。


「先日…こちらの統括本部がその品のない悪魔の一人に襲撃されました。我々としては警戒を強化して悪魔と戦うべく準備はしておこうと思ってはいますが…戦える死神もそう多い訳ではないんですよ、残念ながら」


「なんて言ったかな…?あの威勢のいい…あぁ!ヒサメさんか。けっこういい戦い方しますよね。でも…アメリカの悪魔は年々進化しているから…ちょっと難しいのか。会ったら即攻撃してくるから彼女とはあまり話す間もないんですが…もしも向こうに行く機会があったら、天使の魂の欠片を持っている人間がいないか、気配を探ってもらえませんかね?その欠片を持っていると他人に対して暴力的になったり…まぁ、良くない影響が出るんですよ。この世界は一部俺のいる世界と被ってる部分があるから…散らばったならこの辺かと思ったんですけどね…」


 天使の魂の欠片を持っていると暴力的になる?と私は首を傾げた。悪魔の魂の欠片ならまだ分かると思ってしまう。


「…お姉さん、短絡的だなぁ。悪魔が悪で天使は善って考え方自体、こっちの世界じゃ根底から覆されてるよ?悪魔でもいい奴もいるし、天使でも嫌な奴は嫌な奴だ。結局は個々の品性の問題だよね」


 突然悪魔の身体の中から金髪の少年の頭が出てきて喋った。私は驚いて声を上げそうになる。


「コラ、ルイ!勝手に出てくるな!危ないだろ。死神がいるんだから、大人しく引っ込んでろよ」


 悪魔に言われた少年はニコニコと笑いながら私の顔を見た。


「お姉さん、美人だね。美人薄命をそのままいっちゃったのか。僕はこの悪魔に魂を差し出して彼のものにしてもらったからずっと一緒にいられるよ?滅多なことじゃ死なないし。最初は死にたかったのに変な話だよね。彼と一緒なら生きていたいって思えるなんてさ」


「お前、あんまりペラペラ喋るなよ…この世界にいる悪魔は種類が違うんだからさ。ま、とにかく協力してくれるんなら、まぁ…その見返りと言ってはなんですが、邪魔な悪魔を消す手助けをしてもいい…部下の精鋭部隊をお貸ししますよ?」


「……クロさん、ダメです!!」


 私は怖くなってクロさんの腕を引いた。クロさんは少しの間思案していたが頷いた。


「ちなみに…探している天使の欠片とは…元はどんな天使なのですか?分からないことには、気紛れに思い出しても探せませんから」


「…こいつですよ」


 悪魔はタブレットをクロさんに向ける。クロさんは一瞬顔をしかめて頭を抑えた。私は焦った。


「何をしたの!?」


「大丈夫ですよ。脳内に直接情報を送っただけです。その魂がどれだけ卑劣なことを天界でやらかしたのかも含めて…後で教えてもらうといいですよ。天使に対するイメージは少なくとも変わる…。でも、そうですね。俺らの世界における天界の天使の話なので、この世界の天使はまた違うだろうし…多重世界の一部に悪い天使もいる、と覚えていてもらえると助かります。俺たちは滅多なことでは人間の魂とは契約しない悪魔なんですよ。それこそ…一生添い遂げるパートナーと決めたら魂を貰いますが。俺はルイと結婚しているから一緒にいる。あなたと彼みたいにね?盗んだ訳じゃない。だから、あなたたちが回収した魂を奪ったりもしません。ただの通りすがり…時折こうして情報交換もする…ルイ、彼に少し炎を渡せるか?俺の気配じゃマーキングを疑われるから…元精霊の炎が丁度いい」


 呼ばれた少年は悪魔の身体の中からするりと出てきた。彼は手のひらの上に炎を呼び出した。美しい赤と黄色に燃えている。


「はい、どうぞ。多分…死神でも使えるハズだけど…天使の魂の欠片を見つけたらこれに話しかけてくれたら大丈夫。あとはピンチのとき?僕は先に恩を売っておいて協力してもらうタイプだから」


「ルイ…勝手に別の条件をつけるなよ…」


「だって、精鋭部隊って大佐の部隊のこと言ってるよね?陛下の許可なしに使えるの?」


「細かいなぁ。緊急事態は俺でも使えるから心配するなよ。そもそもガブリエルが頭を仕留め損ねるからこうなってるんじゃないか。あの天使も詰めが甘いっていうか…生首なんかわざわざ見せずに、バラバラに全部細かく砕いておけば良かったんだよ」


「ま、それはそうだよね。あ、炎は飲み込んで大丈夫だよ?」


 ルイと呼ばれた少年は飲まない選択肢はないとばかりにクロさんの顔を見上げてニコニコと笑う。笑いながら彼は再び悪魔の中にするりと消えた。クロさんはじっと炎を見つめて、口に入れようとした。


「クロさん!何かの罠かもしれないじゃないですか!!」


 私は慌てて手を伸ばした。炎が跳ねる。跳ねた炎は何かの意思を持ったかのように跳び上がって驚いた私の口の中にするりと入り込んだ。


「……マソホさん!?」


 さすがにクロさんは慌てた声を出す。


「あーお姉さんが飲んじゃった…ま、いっか」


 ルイが顔だけ出して笑った。私は喉の奥を熱い塊が降りてゆくのを感じていた。熱いお茶を飲んだときとそこまで変わらない。胃の辺りが熱くなる。燃えていると思った。


「別に何ともないですよね?とりあえず…契約は完了してしまったので…あと、この炎はGPSも兼ねてるんで…もしも、マソホさんが今後誰か悪い奴に誘拐された場合でも、マソホさんが話しかけてくれればそこから我々が救出しますよ?」


「さっきは、そんな機能があるって言わなかったじゃないですか!!」


 私が苦言を申し立てると悪魔は笑った。


「それはだって…俺も悪魔ですから。聞かれないことに対して事細かにわざわざ説明はしません。他に知りたいことはありますか?」


「あなたの名前を教えて下さい」


 私が言うとクロさんは少し警戒する顔付きになった。


「いいですけど、名前を知ったからといって…別にそこまで拘束力はないと思いますよ?名前で縛られるような存在でもないので。俺の名前はストラスです。まぁまぁ長生きしている悪魔なんで、困ったら呼んでもいいですよ?マソホさん」 


 悪魔はそう言うと微笑んだ。名前を呼ばれた瞬間私の中の炎が燃え上がる感じがした。彼が片手を横に振ると空がまるで裂けたかのように見えた。彼はその暗い裂け目にするりと入り込むと言った。


「またどこかでお会いしましょう」


 空間が閉じて何もない夜空が広がる。私は狐につままれたような気持ちで周囲の夜空を見渡す。お腹の中にはほのかに炎の熱が残っていた。


「戻りましょうか」


 クロさんは何事もなかったかのように言って私の姿をじっと見つめた。クロさんはホッとしたかのように頷いた。


「炎があっても違和感はありませんね。精霊と言うからには自然由来の物なのでしょうし…」


「あの…悪魔って…色んな悪魔がいるんですか?」


 私は言ってからあまりに無知をさらけ出した質問だと思ってしまった。


「えぇ。そうですね。彼のように…悪魔ではあっても…人間や死神に好意的な悪魔もいますが…彼は先ほど帰るのを見た通り別世界から時折侵入する悪魔なので…こちらの世界にいる悪魔とは異なる存在なのです。こちらの世界の悪魔は魂を食い散らかす…彼は所有して大切に育てる…あの共にいた少年のように。同じ存在だとは思わない方が良いでしょう…それにしても、精鋭部隊を貸すなどと言うからには…もしかすると、彼らから被害を被ったことがあるのかもしれませんね。私は共同戦線もありかと思いますが…あちらのお偉方は納得しないでしょうから戻ったら統括と協議が必要ですね…」


 クロさんはそう言いながら雲の上に降り立った。遠くから列車が近付いてくる。帰りはバスではないらしい。クロさんの中から出てきたソラくんとコトコさんが、目を輝かせて夜空を走る列車を見ていた。


「銀河鉄道の夜みたい!!」


 コトコさんが歓声を上げる。確かにそうかもしれないと思って私はクロさんと共に停車した列車に乗り込んだ。

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