魂の回収
「どうも、本日はよろしくお願いします」
魂の回収に向かうのに喫茶店を出て所定の場所まで歩いてくると、クロさんに話しかけてきたのはフレームの太い眼鏡をかけたホムラさんだった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
クロさんは穏やかに笑う。私たちはやってきた小型のバスに乗る。帰りが少し遅くなることはあってもこの時間帯に外に出ることはなかったので、私は少しドキドキしていた。
「マソホさん第五階級昇格おめでとうございます。第五階級の途中から単独での魂回収を任されることもあるので、経験を積めばマソホさんなら独立も早いと思いますよ?」
私はホムラさんの言葉に更に緊張感が増した。そういえば出会った頃のホムラさんは第五階級だった。でも今はもう第四階級だ。カサイさんの担当をしていたりと、しっかりしている。私はこんな風に果たしてきちんと誰かの面倒を見られるようになるのかと一抹の不安が過った。けれどもクロさんがのんびりと言った。
「ホムラさん、それは一般の研修生の場合であって…特別区の研修生は実質第一階級にならないと、単独での任務は発生しません。大勢が亡くなるような事故や災害が起きた際は駆り出されますが、完全に波紋が出ないと分かるまでは、単独行動は許されないという制限が加わります。それまでは私が縛り続けるんですよ」
「あっ…すみません!また間違ったことを言ってしまって…僕…期待させましたか?」
ホムラさんが慌てて謝罪してきたので、私はいえいえと焦って手を振った。
「私は…まだ…それほど自信がある訳でもないし…魂の回収と言われてもまだ現実味がなくて、戸惑ってます…」
「私もずっと戸惑ってるよ。第一階級になったのにね。だから、第五階級の君がそう思っても別におかしなことじゃない。むしろ自然な反応だ」
前の座席に座っていた死神が振り返って言った。見たことのない死神だった。年齢不詳の柔和な顔立ちをしている。
「おや、ロウキさんでしたか。お久しぶりです」
クロさんが言うとロウキさんは頭を下げた。
「クロガネ先生、噂は聞いていますよ?こちらが例の彼女ですか?」
「ロウキさん、意味深な言い方は止めて下さい」
ロウキさんは私の顔を見て興味深そうに微笑んだ。
「若くて美しいですね。クロガネ先生が夢中になるのも頷ける…」
私はどう反応していいものか戸惑う。少し苦手かもしれない。ロウキさんは微笑んだまま言った。
「私も今日は研修生を連れているんですよ。ようやく鎌の登録が終わったばかりです」
一人なのかと思ったら前の座席のロウキさんの膝の上に横たわった少女がいた。少女は慌てて起き上がると目をこする。
「カイネ、君はよく寝るね…」
「あっ!すみません!おはようございます…じゃなかった、こんばんは」
「カイネが興味津々のマソホさんがいるから、起こしてあげたじゃないか。この子…マソホさんが推しなんだそうですよ?私には理解しかねる感情ですが」
カイネさんはくるりと振り返って私の顔を見ると途端に真っ赤になった。
「ホンモノのマソホさんだ…!!すごい!どうしてロウキさんは理解できないんですか?美しい人はいつまでも見ていられるじゃないですか!!私、いつかマソホさんとヤミカさんお二人が一緒にお仕事するところを見てみたくて…それで研修生になろうって思ったんです。マソホさんはご存じないと思いますけど、私マソホさんとけっこう同じ講座に出ていたんですよ?でも特別区の研修生ってやっぱり気軽には話しかけられなくて」
「そう…だったんですか…」
「この子は病気でずっと入院していたせいか、今も放っておくとすぐに横になって眠ってしまうんですよ。それでもなんとか鎌を振るえる程度にはなりました。非力でどうにもならなかったんですけどね」
ロウキさんは苦笑する。
「もう!恥ずかしいことバラさないで下さい!!」
カイネさんは頬を膨らます。ロウキさんはカイネさんの頭を撫でた。
「カイネもそう考えると成長したよ。時間がかかっても諦めなかったからここまで来れたじゃないか」
ロウキさんがカイネさんを見る目は慈愛に溢れている。何となくロウキさんはカイネさんのことが好きなのだろうと思った。カイネさんが少し照れたような表情で私の顔を見て微笑んだ。そうこうしているうちにバスは停車する。
「それでは我々はここで降ります。それではまた」
「つつがなく魂の回収が出来るよう祈ります」
クロさんとロウキさんは挨拶を交わす。ホムラさんも頭を下げて立ち上がり、私たちはバスから降りた。そこは空の雲の上だった。眼下に広がるのは日本列島の明かりだ。こんな位置から見下ろすことになるとは思ってもみなかった。
「では降りますからマソホさんは私とホムラさんの間に入って手を繋いで下さい」
私は言われた通りにした。クロさんは雲から飛び降りる。
「えっ?えぇーっ!!」
ものすごいスピードで落下する。周りの景色など分からないうちに少しずつスピードが緩んで、ふわりと私たちは上空に立っていた。
「マソホさん立てますよ」
言われて恐る恐る何もない空間でクロさんとホムラさんの手を離す。私は浮いていた。
「ほんとだ…」
「そろそろですかね…」
クロさんは時計を見る。その時になって私はクロさんが時計をしていることに気付いた。
「マソホさん、行きましょうか」
周囲は整備された道路と瀟洒な住宅の並ぶ地域だった。女性の悲鳴が聞こえる。鈍い音と逃げ回るような音、男性の低い声が聞こえた。クロさんに導かれて私は子ども部屋に入る。先に見つけたのは下の子だった。男の子は呆然として自分の身体を見下ろしていた。
「お姉さんだれ?」
振り返るとクロさんは隣の部屋に入るところだった。階下では耳を塞ぎたくなる物音が響いている。
「私は…死神。あなたを迎えに来たの」
私が言うと男の子は、ネクタイの巻き付いた自分の身体を見下ろして言った。
「そっか…僕…死んじゃったのか…パパ…どうして?」
隣の部屋からクロさんが現れた。クロさんは少女を連れてこちらの部屋に入ってくる。少女は男の子を抱きしめた。
「ソラ…守ってあげられなくて…ごめん」
「コト姉ちゃん…ママは!?」
「マソホさんは、こちらで二人と待っていて下さい…」
「分かりました」
クロさんが一階に降りてゆく。コト姉と呼ばれた姉は私の顔を見て不思議そうな顔をした。そして某女優の名前を口にした。
「似てるって言われませんか?」
「あぁ…うん。よく言われてたよ。生きてた頃は」
「…お姉さんも死んだの?」
ソラくんに聞かれたので私は頷いた。
「もしかしてお姉さん…少し前に…通り魔事件に巻き込まれた?私、テレビで観たの。だから覚えてて…あ、私はコトコです」
コトコさんも遠慮がちに口を開く。
「そっか…うん。そう。けっこう大々的に放送されてたみたいだからね…」
こちらでもそれなりに有名人になっている事実に私は苦笑するしかなかった。
「…怖かった?」
コトコさんに聞かれて私は頷いた。
「それは…うん。みんな怖がって遠巻きにしてたし…あぁこれは助かるのは無理だなって思ったよ。寒かった。二人も…辛かったね…」
私が言うとコトコさんは首を横に振った。
「少し苦しかったけど意識を失っちゃったから…よく分からない間に死んでたみたい。お姉さんの方が辛かったと思うよ。パパ…会社をクビになって…もう選択肢がなかったんだって…分かってるから…仕方ないよ。お姉さん死神なの?」
「う、うん。まだ研修生っていう見習いで、さっき下に行った人が死神の先生みたいな人だけど…」
「すごい!死神ってなれるんだ?勉強するの?私勉強なら得意なんだ!」
その時クロさんが二階に上がってくる気配がした。後ろから女性がついてくる。子どもたちは声を上げた。
「ママ!!」
子どもたちが抱きつく。女性は子どもたちを抱きしめたが、辛そうに顔をしかめた。身体のあちこちから再び血が溢れ出す。クロさんが手を当てると再び血は止まったが、少しするとまた溢れ出てきた。
「クロさん…私が…中に入れますか?」
「いいえ…マソホさんはまだ…」
クロさんは断ろうとしたが、思い直したように私の顔を見た。
「練習の逆になりますが…確かにマソホさんの方が共感はできるかもしれません。ですが…痛みを共有するのは…」
クロさんは迷っていた。
「大丈夫です。もしも無理だったら…私ごと…同化させて連れ帰って下さい」
「分かりました。落ち着かせる間に私が子どもたちに未練がないか聞いておきますから」
私は頷いて女性の方に歩み寄った。私は静かに抱きしめる。
「私なら出血を止められます。少し私の中で休んで下さい。あなたの未練は落ち着いてから伺いますから」
私はそう言って自分の方に少し彼女を引き寄せた。
「マソホさん…」
少し心配そうにクロさんが見ている。私は女性を更に引き込む。少し身体が重くなるような感覚がして女性の姿が目の前から消える。同時に私の身体に傷が現れた。私は落ち着いてそこから彼岸花を咲かせた。咲いた花は再び身体の中に押し込んで傷を消す。
「お姉さん大丈夫?」
心配そうにソラくんが言う。クロさんが心残りはありますかと尋ねるとソラくんは首を傾げた。
「ダイチに会えないのはさみしい…」
ソラくんがぽつりと言う。
「それはお友だちですか?」
クロさんの言葉にソラくんはこくり頷いた。
「では…お別れに行きますか?」
「うん」
「少し出掛けてきます。コトコさんはその間に心残りがないか考えておいて下さい」
「…はい」
コトコさんは頷いた。
「マソホさん、もしも具合が悪くなったりしたら呼んで下さいね。コトコさん、一階には行かないで下さい。どうしても行かなければならない場合は、私が戻ってからにして下さい」
私は頷く。多分大丈夫だろうと思った。コトコさんも神妙な顔をして頷いた。私はコトコさんと少し話をしながら待つことにした。コトコさんのお母さんは今私の中で眠っていた。ようやく彼岸花が咲かなくなったので、私はコトコさんに案内されてソラくんの死体が目に入らない部屋に移動した。両親の寝室なのか並んで敷かれた布団があった。レースのカーテンから外の街灯が見える。誰かが通報したのかインターホンが鳴る音が聞こえた。コトコさんがビクリとしたので、私はコトコさんを抱きしめて部屋の隅で階下の音に耳を澄ませた。玄関が施錠されていなかったのか複数の足音が部屋に入ってくる音が聞こえた。私はコトコさんを連れてベランダから屋根の上に移動した。
「わぁ…月がきれい…」
屋根の上で空を見上げたコトコさんは言った。私には顔を覆った男性を連れたホムラさんの姿が見えた。コトコさんには見えていないようだった。しばらくするとクロさんがソラくんを連れて戻ってきた。コトコさんはクロさんの姿を見ると言った。
「あの…私…発表会のピアノの練習してたんです。最後にホールで演奏したかったなって…」
「分かりました。では移動しましょうか」
クロさんは頷いた。
ホールはまだ使用中だったので私たちは少し待った。やがて皆が撤収しステージの明かりが消える。クロさんは指を鳴らしてステージをライトアップする。私はコトコさんに合うドレスを想像して、そのイメージをクロさんに伝えた。コトコさんは水色のドレス姿に変わった自分に驚いていた。
観客は私と私の中のお母さん、クロさんとソラくんの四人だった。コトコさんはグランドピアノを弾き始めた。私はその曲をどこかで聞いたことがあった。
「華麗なる大円舞曲ですね…」
コトコさんの指はピアノの上を踊るように動く。明るい曲調なのに私はなぜか悲しくなった。コトコさんのお母さんが泣いているのだった。
(子どもたちまで…道連れにすること…なかったのに…)
お母さんは私の心の中で泣いていた。




