鎌の登録
私とクロさんはタテハさんの店を後にして再び死神養成所の建物に戻った。クロさんは窓口へ向かった。三つ編みを結んだリボンが揺れる五歳児くらいの姿のウミツキさんがニコニコと笑う。けれどもシラタマが顔を覗かせるとウミツキさんはぷいとそっぽを向いた。
「ウミツキ、今日もかわいいね」
「…そんな、シロガネさんみたいなこと言ったって、ダメですよ!クロガネさんの死神なのにどうしてそんなに軽薄なんですか?」
ウミツキさんはつんと澄ました顔のまま言って、言われるままに私が書いてクロさんが出した申請書に押印した。
「クロガネさんならお分かりかと思いますが、四階に行って鎌の登録をお願いします。マソホさん、鎌の登録と同時にマソホさんは第五階級に上がります。おめでとうございます」
私はぺこりと礼をした。私の陰からアオハが顔を出してウミツキさんの方を興味深そうに見ていた。
「かわいい雌だね。口説いていい?」
「コラッ、アオハ!止めなさい!雌って言うのも禁止!」
「えぇ?なんで?」
私は慌ててアオハを引っ張って窓口から遠ざかる。まったく油断も隙もない。クロさんを見ると笑いを堪えるような表情をしていた。
「クロさん!笑い事じゃないですよ!」
「いいえ、式神になってしばらくしてから、シラタマも同じようなことを言ってましたから…子育ても式神育ても難しいなと思いまして」
「そうなんですか?私…育てる自信失いそうです…」
「まぁ気負わずに」
クロさんは階段を上る。私はクロさんとぴょんぴょん跳ねるアオハやシラタマと一緒に上を目指した。四階に着くとクロさんは言った。
「お好きなドアを選んで開けて下さい」
「…?」
私は言われるがままに近くにあった空色のドアを選ぶ。開ける前になんとなくドアをノックしてから開けた。
「よく来たね」
そう言ったのは統括だった。振り返ると私の後ろにはずらりとたくさんの色とりどりの形の違うドアが並んでいた。同じ部屋に通じているのならドアを選んだ意味はあったのだろうかと思う。最初に会った頃と同じ和服姿をした統括は肘をついて顔の前で両手を組んでいた。襟足の長い白髪。少し色素の薄い瞳。
「マソホ、鎌を見せなさい」
私は男性の姿になって大鎌を出した。それから元の姿に戻って両手に一本ずつ少し小振りの鎌を持った。
「なるほど。マソホも小狡い手を使うって訳か。やっぱり指導官の影響は受けるよな…クロガネだって女の姿になれるだろ。その姿で鎌も登録してるんだ。なのにマソホに見せないのはどうしてだ?」
後ろに控えていたクロさんは咳払いをした。
「あまり…似合わないからですよ。今更いいじゃないですか。使っていない姿の話をしなくても…」
「マソホ、見たいよな?クロさんの女バージョン」
「え…?えっと…あの…いいえ…クロさんがあまりなりたくない姿なら…無理にならなくていいです…」
私の返事に統括は面白くないという顔をして鼻を鳴らした。
「クロさんに女の姿をさせて二人がかりで襲おうとした、ガキのところに寄っただろう?あいつも…クロさんに返り討ちにされてこてんぱんにやられて相当懲りたみたいだけどさ…」
名前を言われなくてもタテハさんのことだと私は分かった。知らないエピソードがたくさん出てくる上にクロさんもそんな大変な目に遭うところだったのかと思ったら、どんな表情をして話を聞いていればいいのか分からなくなる。
「マソホはこの二種類の鎌を登録するということでいいのかな?男性の姿のときの大鎌と、女性のときの両手で使う鎌と」
「はい。あの…別のドアを開けたら…統括以外の死神がいたんですか?」
私が言うと統括は笑みを浮かべた。
「うん?いや。選ぶドアに意味があるんだよ。それ以上は教えられないな」
統括はそう言いながら鎌の登録を行った。ブローチが光って石が増える。
「第五階級に昇級おめでとう」
想像していたよりも呆気なく鎌の登録は終わる。統括は椅子から立ち上がると私の前に立った。統括は私の頭を撫でる。そして言った。
「今日は夜勤のクロさんと一緒に魂の回収に行くんだ。必要なら少し仮眠を取って体調を整えるといい。クロさんもマソホと一緒に休んだらいいよ。まぁ…二人でいると休むどころではなくなるかもしれないけどな。マソホ、少しは慣れたか?」
「えっ?あ、はい…多分…」
私は少し恥ずかしくなる。クロさんが歩み寄ってきて私の肩に触れた。
「それでは帰りましょうか」
クロさんは私の顔を見下ろして微笑んだ。
***
「お父さん、僕はアオハとシロガネさんの喫茶店の方に行くから二人で家で休みなよ?」
歩きながらシラタマが言ってアオハの手を握った。アオハはえーマソホといたい、と頬を膨らませたがシラタマに何かを囁かれてこくりと頷いた。
「そっか、うん、分かった。あっちに行く前に心構えとか色々あるもんね…行くときは迎えに来てよ?」
勝手に話が進んでいて私は慌てた。喫茶店に顔を出すとシラタマはヤミカさんに駆け寄った。
「ねぇ、僕とアオハはあんまり休む必要ないけど、お母さんが今日お父さんと魂の回収に行くから少し休んだ方がいいみたいなんだ。ここで留守番させて?」
可愛らしい顔で見上げたシラタマにヤミカさんは頷く。
「マソホ…いよいよなんだね。応援してる」
当然ながらヤミカさんは鎌の登録を終えていた。魂の一部のバックアップの話をするとヤミカさんは頷いた。
「要するに魂の保険みたいなものだってシロガネさんはそう言ってたけど…私も鎌は複数登録してきたし。シロガネさんはアキさんの魂のマッチングに行ってて、クロさんもいなかったから私は今この喫茶店そのものに繋がれてるの。シロガネさん名義のもので一定の年数が経過してると…可能だって言われたんだけど…本当なのかな?」
ヤミカさんは首を傾げてクロさんを見た。クロさんは頷いた。
「あまり褒められることではありませんが…どうしても外せない用があって代理の死神も不在の場合は有効です。この喫茶店の守りは万全ですから、怪しい人が開けてくれと言ってうっかり開けない限りは大丈夫ですよ、安心して下さい。でもそうですね…ヤミカさんが不安なようでしたら、私とマソホさんは二階の部屋で休ませてもらうことにしましょう。すみません、私は午前中少し無駄に出勤してしまった分の時間を削る必要があるので、今から休憩に入ります」
クロさんはそう言うと私を手招いた。
「はい、ごゆっくり」
ヤミカさんはクロさんにそう言って意味ありげな視線を私に送った。
***
部屋に入ってからクロさんはいつものように指を鳴らして就寝準備の姿に変わってしまった。私も変えられてそのままベッドに横になる。クロさんに抱きしめられて私は少し緊張した。
「マソホさん…今日は鎌の登録が済みましたから…このまま休みましょう。私の中に入って下さい。その方が落ち着くと思いますから」
私がクロさんを見上げると、クロさんは優しい顔をして私の頬を撫でた。目を閉じると唇が重なる。口付けをしているうちに私はいつの間にかクロさんの中に入り込んでいた。
(この状態でしばらく休みましょう。私の中で眠ることも覚えてもらいたいので。魂の回収に時間を有する場合はこの方法も役立ちます…)
少し別のことを期待した自分が恥ずかしくなる。統括があんなことを言うからだと思った。私はクロさんに同化して目を閉じた。全身が包まれている感覚に安堵する。ここは安全だと思いながら私は眠りについた。




