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死神は残業をしない  作者: 樹弦


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調査

 翌朝になって私はヤミカさんとフブキさん、アキさんと共に痛みの訓練に参加することにした。アキさんは今日の午後のマッチング次第ではしばらく痛みの訓練は休止になる。クロさんは今日も夜勤で午前中は休みの扱いだったため、死神養成講座の方には顔は出さないことにして喫茶店に待機すると言っていた。顔を出すと時間外労働の扱いになり何やらクロさんにとっては都合が悪いようだった。アシシさんは疲れたらしく朝食の時間もまだ眠っていた。


「…火災の現場で…シロガネさんの…知人を見かけましたよ」


「あぁ…あいつも…こまめにチェック入れてるからねぇ…」


「なんか話した?」


「話す訳ありませんよ。シロガネさんじゃないんですから。今のところあちら側に依頼することもありませんし。お互い見て見ぬふりです。そのくらいでちょうど良いんですよ」


「クロさんの息子もさ…いっそのこと犬神研究室に戻ればいいのにね」


 クロさんは嫌な顔をした。


「息子には稼業は引き継がせませんよ。ちょっと勘がいいくらいでやっていけるほど呪禁師は生易しい職業じゃないんですから…」


 クロさんとシロガネさんの会話を聞くともなしに聞いていていた私は、隣から素早く舌を伸ばしたアオハにミニトマトを奪われた。一瞬のうちにサラダの上からミニトマトが消え失せる。


「アオハ!行儀が悪いよ!」


「だって、マソホ考え事してるんだもん」


 アオハは舌の上に乗せたミニトマトをぱくんと飲み込んでニコリと笑った。


「僕らはぼんやりしてたら生き残れないからね。人間は危機感がなさすぎるよ。僕は寿命を全うして死んだから、カエルとしては悪くない生き方だったと思うし」


「そ、そうなの?じゃあ本当はおじいちゃんってこと?」


「まぁ…そうなるのかなぁ?でもジジイの式神なんて可愛くないでしょ?それともマソホは歳上の方が好みなの?」


 アオハはそう言って二十代程度の若者の姿になった。今日のアオハは深緑の髪にエメラルドのような瞳の色をしている。アオハなのに若者になると雰囲気が変わる。私は思わずドキリとした。


「元に戻ってアオハ!!」


「もう、照れなくたっていいのに」


 アオハはそう言って笑う。クロさんがやってきてアオハの頭を撫でながら言った。


「あまりマソホさんをからかってはいけませんよ。あなたの使っている力も一部は契約者であるマソホさんの力なんですから、遊びでコロコロ姿を変えていて、いざというときに消耗していて戦えないようでは困りますからね?マソホさん、午後から鎌の登録に行きませんか。そろそろ…実地訓練にも出るべきだと思いますから…」


「えっ…!?」


 私は不意打ちに慌てた。鎌の登録はもう少し先だと思っていたせいだった。男性の姿で使う大きな鎌と女性の姿で使う二刀流の鎌と、最近はだいたい定まってきてはいたものの、これで決まりかというと自信がなかった。


「まだ、定まりませんか?」


「いいえ…午前中の訓練で…そろそろ最終形態を決めたいと思います…」


 私は思わず緊張しながら頷いた。



***



 シロガネさんが同行して痛みの訓練に向かった私たちは、そこでトウキさんを見かけた。トウキさんは昨日とは違う研修生の男性や女性たちと一緒だった。シロガネさんは痛みの訓練の観覧室に移動し、クジョウさんやペコさんは講義に向かう。私たちが事前説明のある部屋で待っていると、聞こえよがしに話すトウキさんの声が聞こえた。


「意味分かんない理由でフラれた挙句に、早速おっさんと付き合い出してんの。マジでなんなのって思うわ」


「えー?トウキくん、フラれたの?おっさんって…誰?」


「クジョウって奴だよ」


「あ!あの噂のイケおじ!えーマジで!?優良物件じゃん」


「遊ばれてんのに気付いてないんだよ」


 すっかり被害者面していることに私はイラッとする。隣のヤミカさんも冷たい視線をそのグループに送った。


「嫌な空気ですね…アキさん、気にする必要ないですよ。どっちが正しいかは、いずれ分かることですから」


 フブキさんが言う。私は腹が立つあまりに男性モードになってしまった。私にちゃっかりついてきたアオハまでが急に青年の姿になったので、近くに座っていた別の研修生が驚いてこちらを振り返り、なぜか急に慌てて目を逸らした。


「あ、ごめんごめん、びっくりさせるつもりは、なかったんだけどさ」


 アオハがその女性の二人組に笑って声をかける。一人は目を瞬きながら、首を横に振った。


「あの…いいえ、お二人ともイケメンだから思わず見ちゃっただけなんです…言われません?」


「イケメン…?言われたことないよ、でも、ありがと」


 アオハは爽やかに笑う。この展開はまずいと思って私は口を開いた。


「あーこれ、人の姿してるけど、元はカエルで私の式神なんで気にしないで下さい。アオハ、勝手に話しかけないで。その姿で女性に気軽に声かけたらナンパしてるみたいになるから止めてよ」


「えー?固いなぁ、マソホ。別にいいじゃん。視界に入った雌は口説いてなんぼっていうのが常識なのに」


「アオハ…カエル界の常識を人間の前で適用しないで。いいから、縮んでて。もっと小さく」


 私は頭に手を当ててアオハを幼稚園児サイズにした。まったく油断も隙もないカエルだ。


「カエル?え…?だから…緑なんですか?かわいい。式神って…?」


「僕はマソホの言うことは一応聞かなきゃならないの。僕の契約者はマソホだから」


 縮んだアオハは私の膝の上でニコニコとあざとい笑みを浮かべる。


「でもさ、あっちの人…悪い空気を蔓延させてるから一応用心しておいた方がいいと思うよ?」


 アオハはトウキさんの方に視線を向けて言った。


「うん…そうだね。アキさん、何かあっても困るからアオハを貸すよ。アオハいい?訓練の邪魔はしないこと。ただし、訓練以外で面倒なことが起こりそうになったら、アキさんに手を貸してあげて」


「オッケー分かったよ」


 アオハはそう言うと私の膝の上からアキさんの方に移動した。アキさんは少し照れたような顔をしつつもアオハの頭を撫でる。アオハはニコニコと笑った。



***




 今日の訓練はクジ引きで相手が決まり、私はよりによってトウキさんと話をしていた女性とペアになってしまった。


「ラッキーイケメン!!」


 女性はそう言って私の腕を取ると豊満な胸を押し付けるようにしてこちらを上目遣いに見上げてきた。アキさんとペアになったフブキさんが苦笑まじりに声をかける。


「チグサ、今はイケメンだけど…マソホさんは女性ですよ?戦闘用で男性になってるだけで」


 どうやら顔見知りらしい。フブキさんも顔が広いなと私は思った。


「は?フブキ、夢を壊さないでよ。だからいいんじゃん。それに女性ならホンモノの男みたいにがっついたり、いやらしいことしないでしょ?だからいいの」


「…みんながみんな、そうって訳でもないと思うけどね。でも当たってる部分もあるから否定はできないな…」


「ね、トウキから乗り換えたってホント?」


 チグサさんが小声でアキさんに尋ねる。アキさんは困ったような顔をして頷いた。設定だけれども、そうしておいた方が安全だと判断したしクジョウさんも納得済みだった。


「ふーん。別にいいんじゃない?あっちは未練タラタラみたいだけどさ。何だかんだでトウキは女のこと下に見てるし、アキもよく文句言わずにずっと付き合ってんなって思ってたからさ。トウキには言えないけど。頑張って!」


 チグサさんは小声で言って拳を握る。案外、人の性格をよく見ているのかもしれない、と私が思っているとチグサさんは私を見て言った。


「ねぇ、マソホさんってことは、擬似的出産体験したんだよね?やっぱ…しんどい?痛かった?」


「それはまぁ…痛くない訳はないけど…あ…私の主観は参考にならないから、聞かない方がいいと思う…」


「えー気になる。言ってよ」


「…滅多刺しにされるのと比べれば、痛みにも耐えられるし有意義な経験だったよ」


「あーなる…ダメだ。全然分かんない!その感覚!」


 チグサさんは眉を寄せて首を横に振った。



***



 今日の訓練は死神が過去に出会った悪魔を模した姿の者との戦いだった。何組かずつ訓練場に呼ばれて入ってゆき終わった者は後ろのドアから出るので中で何があったのかは分からないシステムだ。ヤミカさんは不幸にもダイコンさんとペアになってしまい、すでに何かを諦めたような悟りの境地に達した表情をしていた。私よりも前に並んだトウキさんがペアになった男性と何か笑いながら話している。けれどもやがて順番が来て訓練場へと消えた。少しずつ列が進んでヤミカさんとダイコンさんが中に入る。直前まで話していたダイコンさんが、変に芝居がかった口調で君のことは守るよ、と言っていたのが聞こえた。やがて私とチグサさんの番になる。開いたドアの中に私たちは足を踏み入れた。

 最初は視界がやけに暗いと思った。けれどもその暗さに明らかに不快な羽音が混じっている。ブンブンと羽音を立てて視界を黒く染めているのは大量のハエだった。単なるハエではないだろう。足元に転がったガイコツにチグサさんが足を引っ掛けて悲鳴を上げた。辺りには死体が転がり無数のハエが集っている。鎌を試すはずが、またもや殺虫剤の出番かと思った。私は火炎放射器型の殺虫剤をイメージし噴射した。近くのハエは落ちたが次から次へとキリがない。私は殺虫剤を火炎放射器に戻して炎を放った。


「燃え過ぎたら水出すから…火炎放射器…イメージしたことなくて…こんな感じかな?うわっ!」


 見様見真似でチグサさんが火炎放射器を作り出してハエの大群を燃やし始める。臨機応変に対応できるタイプのようだ。


「ここ最近虫多くない!?もう、ヤダ!まじでキモい!」


 チグサさんは怒りながらも的確に燃やし続けて、炎は他の場所に引火することなくやがて視界が少しずつクリアになり始めた。私は呼び出した水を頭から被る。イメージでも熱い。チグサさんも同じように水を浴びていた。ようやく周りが見えるようになって終わりかと思ったら、向こうから人影が現れた。


「…ヤミカさん…?」


「えっ?フブキ…?」


 でも、どこか様子がおかしい。


「ヤミカさんの担当死神は誰?」


「シロガネでしょ。どうしたのマソホ」


「……あなたは、ヤミカさんじゃない。ヤミカさんはシロガネさんを呼び捨てにしたりしない」


 私は鎌を取り出した。今は男性の姿だから大鎌を呼ぶ。


「そっちはホンモノ?」


「フブキ、今付き合ってるのは誰?」


「ミナミだよ。そんな分かりきったこと質問しないでよ」


「ゲッ、合ってる…」


「フブキさんは、そんな風に馴れ馴れしく話しません!だから偽者!!」


「そっか、んじゃ遠慮なく」


 チグサさんは細身の剣を取り出した。すぐに攻撃を開始する。私もヤミカさんの偽者目掛けて鎌を振るう。ヤミカさんの取り出した鎌はヤミカさんの鎌とは違って妙な形をしていた。鎌の上の方に波のような突起がいくつかついている。


「男性化して大鎌振るう女がいるとはね…ま、こっちも化けてるから人のこと言えないか。本気で来ないと腹(えぐ)るくらいのことはするよ?」


 話し方からなんとなく男性だろうと見当をつける。私は大鎌を振るいながらもどう戦うのが手っ取り早いのかを考えていた。この姿だから互角に戦えるが、女性化したら腕力では勝てないと思った。しかも早い。そのとき相手の鎌の突起に私の鎌が引っ掛かりものすごい力で引き寄せられた。


(まずい殺られる!)


 咄嗟に私は女性化して大鎌を放棄した。小ぶりな鎌に得物を変えて前方に突き出す。


「マジかよ…危なっ…!」


 ギリギリでかわした相手はけれども、服が破れたことに気付いて目を剥いた。


「うわっ!切られてるし!マジで?」


 反対側ではフブキさんの偽者にチグサさんが鎌を突きつけられて降参とばかりに両手を上げていた。


(アオハ、来れる!?私と組んでる子の方)


(大丈夫だよーまだまだ順番来ないし)


 両手を上げたチグサさんの場所に突然現れた少年に、偽者のヤミカさんが気を取られる。私は地面を蹴って服の破れた死神の方に鎌を繰り出した。


「うわっ!お前…なに!?」


 私の鎌は死神の腹に届いて一本の赤い線を描く。アオハはチグサさんを下がらせて伸ばした舌で死神の鎌を奪い取っていた。鎌を奪われた死神はギョッとした表情になる。


「死神の大事なものを奪うとどうなるんだっけ?魂の消滅?これを僕の鎌にしたら、この人消滅するのかなぁ?」


 可愛らしい顔をしながらアオハは怖いことを言って鎌を手に取ってぐるんと回した。


「アオハ、止めて。返してあげて。ありがとう。助かったよ」


「どういたしまして。僕はマソホの式神だからね。シラタマ兄ちゃんからスパルタでしごかれてるから、悪い方法も知ってんの。死神の弱点もね…だから、そこをカバーするのが僕の役割」


「分かった分かった!終わりだ!何なんだよ。こんなの聞いてないだろ。研修生で式神なんか持ってる奴いるのかよ…」


「アオハ、アキさんのところに戻ってて。訓練の邪魔はしないでね」


「はーい」


 アオハは再び姿を消す。


「マソホさん…実力的には第四階級でもいいくらいなのに、なんで第六なのかと思ったら…出産の体験で遅れたのか…それに鎌も未登録だし…」


 ヤミカさんの姿から元の死神の姿になった男性は頭を掻きながら履歴を見て困ったように私を見た。


「あの…鎌の登録は…午後にでもする予定です…」


「あ、そうなの。それならいいけど…担当の死神に…嫌がらせでもされてんじゃないかって、一部心配する声が出てたからさ。でも余計なお世話みたいだな」


「え?クロさんが嫌がらせなんかする訳ないじゃないですか…」


 私はきょとんとした。するとアオハに鎌を奪われた方の死神が言いにくそうに口を開いた。


「あの人…優しそうな顔しておきながら超スパルタで有名だからさ。あの人のところにいたら永年第六階級止まりなんていう話があったりもして…だから君も無理矢理擬似的出産体験させられたりして遅らされてるんじゃないかと思ってたんだけど…特別区って秘密主義なところがあるから調査もしにくくて。こういう機会じゃないと聞けないし。夜勤なら今彼はいないだろ?じゃないと終始張り付いてるから…怖くって」


「えぇ!?シラタマを産んだのは私の意思ですよ。だって元々私とクロさんの子どもなんですから、もう一度産みたいに決まってるじゃないですか。それに私、来世でもクロさんと一緒になりますから、本当に余計なお世話ですよ!」


 私は小指を突き出した。意識を集中するとそこに繋がる赤い糸が見える。今それはなぜか天井の方に繋がっていた。クロさんはここにいないはずだ。けれども、そのとき上から声が聞こえた。


「なるほど、訓練中に個別に調査を入れるとは…なかなかに不愉快なことをしてくれますね…」


 クロさんが不穏な笑みを浮かべて、観覧席からこちらを見下ろしているのが見えた。

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