歓迎会
その日は夕飯の時間にアキさんの歓迎会を開くことになった。アキさんは嬉しそうだった。友だちから始めると言った割には絡みに行かないクジョウさんに、私は言った。
「クジョウさん、話しに行けばいいじゃないですか」
「いや…そんな急に言われても…」
私は赤い糸のことを言いたかったけれど、クロさんに念を押されたこともあり黙っていた。しかも歓迎会なのにクロさんはいなかった。
「それにしても、このタイミングで夜勤が回ってくるなんて聞いてなかったのに…」
クロさんがシラタマとアシシさんを連れて出かけてしまったので私は今はシロガネさんに繋がれていた。シロガネさんが私の頭を撫でる。なぜかヤミカさんも隣から頭を撫でてきた。
「そりゃまぁ人間なんて、朝昼夜関係なく死ぬんだから当番制で担当してるんだよ。でも俺もしばらく夜勤は行ってないから、多分感覚バグるなぁ…」
「それ、バグるって使い方合ってますか?」
「俺にとってはね。それに夜勤は変なのに遭遇する率も上がるから…って、あ、クロさんとアシシは大丈夫だよ。病院に魂を回収しに行っただけだから通常任務。火災があって…ちょっと人数が多かったから回されたんだよ。アシシの指導も兼ねて」
シロガネさんがどこか慌てて言ったように聞こえて、私は首をひねる。ヤミカさんがピックに刺さった一口サイズの料理を小皿に乗せてきて私の前に置いてくれた。というのも私の膝にはアオハが乗っていてすやすやと眠っているから立てないのだった。私はアオハの髪を撫でた。今はきれいな緑色だ。
「かわいい寝顔」
ヤミカさんがそう言ってアオハの頬をつつく。
「ヤミカも式神欲しい?」
シロガネさんに言われたヤミカさんは少し迷ってから頷いた。
「欲しいか欲しくないかで言ったら…欲しいですけど…」
「だよね。俺も勉強しに行こうと思ってたんだけどさ、このタイミングでクロさんが夜勤だからなぁ…マソホちゃんとヤミカを連れて統括んとこに行くのは…俺のプライドが…邪魔をするっていうか…うん、そうなんだな。みっともないとこ見られたくない。単なる俺のちっぽけなプライドの問題なんだよ。でもクジョウなら分かるだろ?好きな女に無様な姿は見られたくないって思うだろ?」
「…それはそうですけど。それは統括の前だとシロガネさんが無様になるってことですか?」
クジョウさんが唐揚げを食べながら不思議そうに言う。
「…それだと語弊があるかな。統括から呪禁について学ぶことになったら、俺は多分みっともない姿を晒すことになるってこと。あの人、容赦ないから」
「あぁ…なるほど」
ヤミカさんはどこか納得したかのように頷いた。
「別に私はシロガネさんがどんな醜態を晒そうと、嫌いになったりしませんけど…そもそも、私の方がみっともない姿をシロガネさんに見られてるし…あ、でもマソホに見られるのはちょっとまた違うのか。元は一人の魂だったとしても、今は別人格だから…」
ヤミカさんは私の顔を見る。料理が美味しくて思わず頬張っていた私はヤミカさんにプッと笑われた。
「マソホは気にしないと思うけど…ねぇ?」
「気にしないかどうかは…統括がどんな訓練をするのかにもよるというか…別に見て待つ必要がないなら別の部屋にいますし…終わったシロガネさんがみっともなくぐったりしてても私たち二人とアオハがいれば運べるから大丈夫ですよ?」
私が言うとシロガネさんは意外そうな顔をした。
「運ぶことまで想定してたの?」
「だって統括ですから。無免許なのに分娩しちゃう人ですよ?大丈夫だ、なんて言って」
「マソホちゃん、相当根に持ってるね」
「当たり前じゃないですか。医師免許があると思ったから…あんな恥ずかしいところを見せたのに…そうじゃなかったんですよ?完全なる詐欺です!」
クロさんが不在の中、寄り添ってくれたことについては感謝はしていたけれども、どう考えても納得できなかった。少し心が動いてしまった自分にも非はある。頼ってしまったのだから。
「ヤミカさんはもし擬似的出産を体験するなら必ず病院に行って!それか、クロさんがいるときにして。じゃないと、私みたいなことになるから」
その言葉を聞きつけたのか、アキさんがやってきた。コウギョクさんもやってくる。
「今コウギョクさんから擬似的出産の体験について聞いていたの。マソホさんの体験も聞かせてもらいたいなって…」
私は困ってしまった。私の手順は多分病院のそれとは違う。イレギュラーだ。
「多分…コウギョクさんのが正式なやり方だから…私のは参考にならないと思うけど…」
アキさんの顔を見ればそれでも知りたいのは一目瞭然だった。私は参考にならない、というのを再度強調してからアキさんにこれまでの一連の流れを語った。私の話を聞いているうちに、コウギョクさんまでが驚いた顔になり、途中青ざめたりしていた。
「えぇ…全然違うね…そもそも最初から…」
「通常だとどうなの?」
横からシロガネさんが口を挟む。コウギョクさんが言った。
「魂のマッチングから始まります…いくつか候補があって…こちらが選ぶと言うよりは、向こうが選択する感じですね。私の場合は身体機能を変えて女性になってましたから、やはり本物の女性に産んでほしい魂もあるのか、選択してくれた魂は少なかったですが」
「私はそもそもが…蟲…というかクロさんの式神をしていたシラタマですから…そこからして違いますね」
アキさんは真剣な顔をして話を聞いていた。
「途中経過はそこまで大きな違いもなかったですけど…一日が引き延ばされる感覚には慣れませんでした」
「私も…一日中悪阻の日とかは…本当に消耗して…」
コウギョクさんもそう言って頷く。そこで思い出したようにコウギョクさんは言った。
「メイゲツ…僕の生前からのパートナーなんですけど、妊娠した訳でもないのに私につられて具合が悪くなっちゃって…」
「それでシロガネさんがショートカットして帰ろうとしてクロさんたちが行方不明になっちゃったんですよね?」
ヤミカさんがピクルスをつまみながら言った。
「あーそんなに責めないでよ。そのせいでマソホちゃんは通りすがりの統括っていう、ヤブ医者に赤子を取り上げられることになったんだからさ。責任感じてるよ。コウギョクはクロハツに取り上げてもらったの?」
「はい、それで…少しの間一緒に過ごして…それから輪廻の輪に入れる手続きを取りました…名残惜しかったですけど…それが最初から本人の望みでしたから…」
コウギョクさんは抱き上げだ赤子の重みを思い出したのか両手をじっと見つめた。シロガネさんが口を開く。
「中にはシラタマのように居残る場合もある。シラタマは例外で元々、前前世のマソホちゃんとクロさんの子だから…まぁ、そうなる予感はしてたけどね。でも前前世の魂がそのままあるなんてことは、まずもって起こらない。シラタマの魂は式神としてクロさんが保管していたからこそ可能になったレアケースだからさ、ほぼほぼ魂は輪廻の輪に入ると思っていた方がいいけど…今回アキさんの仮押さえした魂は自分の子なんだな。そうなると、半々ってところかな。でも、こっちの意思で引き留めるのは難しいと思っておいた方がいいと思うよ。逆に残った場合は自分の子として育てるか育てないかの選択も必要になってくる。当然だけどね。子育て経験したい魂もある訳だし…」
「そっか…産んで終わりじゃないんですね…私…そこのところを少し勘違いしてました…」
「まぁね、そこまで書いてないし。少ない例を挙げてくとキリがないからテキストには明記されないし、擬似的出産に関しては窓口に相談して下さいとしか書かれてないだろ?そういうところは…何だかんだ言っても結局は典型的な男社会の生み出したシステムだからなんだと思うよ。この死神養成講座ってのが。統括だってそれを隠しもしないどころかむしろ公言してるからな。だから女性の死神は少ないんだよ。死神になってからほぼほぼ男性化したまま姿を変えない奴もいるくらいだ…」
「確かに男性化すると、使える力も変わりますから…大きな鎌を振るうならやっぱりその方が有利だなって痛感しました」
私が言うとなぜかシロガネさんはニヤリと笑って私の顔を覗き込んだ。
「だろ?それで…マソホちゃんは、男の姿のままでクロさんとはどこまで試したのかな?」
「なっ…!!」
私は予想外の質問に慌てた。人前でそんなことを答えられる訳がない。ところが私の目の前でヤミカさんが突然男性の姿になった。元々がシャープな顔立ちなので、ヤミカさんが男性化すると凄みが増して近寄り難くなる。
「赤くなるってことはキスくらいはしてみたのか?」
シロガネさんがヤミカさんの腰を抱く。
「…ふーん。ヤミカもやればできるじゃん。いいね。その強気な感じ」
シロガネさんは何のためらいもなくヤミカさんにキスをした。シロガネさんは満足気に笑う。
「初体験しちゃった。俺、こう見えて男とキスしたことないんだよねーうん、新鮮だね。新しい刺激も悪くないなと思う。男になってもヤミカはヤミカだわ。みんなも色々試すといいよ」
あれほど強気な顔をしていたヤミカさんは、あっという間に元の女性の姿に戻って口を押さえて赤くなっていた。私はそのギャップに驚く。
「ちょっと、どうしたの?」
「……本当にするなんて…思ってなくて…」
「可愛いなぁ…そういうとこ。見た目と中身と…ヤミカはアンバランスだよね」
シロガネさんはヤミカさんの頭を撫でた。固まっていたクジョウさんはようやく気を取り直したように、グラスのビールをゴクゴクと飲んだ。
「アキさん、明日、午後から魂のマッチングができるって連絡が来てるけどどうする?もう少し考える?」
アキさんは首を横に振った。
「私…行きます」
「うん、分かったよ。じゃクジョウも来いよ。後学のために」
「えっ?俺?いや、そもそも…いいんですか?俺なんかが行って…」
「そこは一応設定でも守っておけよ。誰が見てるとも限らないからさ。それっぽく手でも繋いでおけばいいから」
クジョウさんとアキさんは思わず互いの顔を見合わせて途端に困ったように目を泳がせた。結局このシロガネさんの提案は後々に活かされることになるのだけれど、このときの私たちはそこまで彼がアキさんに執着しているとはまだ考えてはいなかった。そしてその執着は厄介だった。




